47・(一対一)×五回?
「さあ、誰をお望みですか?」
やんわりとした動きで両手を広げ、どれでも好きなの選べとばかりに聖女コルテリアが聞いてくる。
人間の願いを聞いてくれる女神さまみたいな見た目と物言いだが、聞いてくれる願いは対戦相手の指名のみである。拒否の願いは聞く耳をもってくれない。
やっぱ聖女はダメだな。
俺の中で、聖女という存在への偏見がじわじわ増していく。
かくして、
俺の意思を無視して、聖女主導のタイマンバトルが勝手に始まろうとしていた。
五人中、誰を選んでもいいとのことだが……。
そうなると、ある疑問が沸き上がる。
「あの、質問いい?」
「どうぞ」
「これってさ、あんたらの中の誰か一人とやり合って、俺が勝てば、素直に引き下がって帰国してくれる……ってことでいいのか?」
「いいえ」
聖女にあっさり否定された。だろうな。
「ぷっ、そんな虫のいい話があるわけないだろ。夢見てんじゃないよボクちゃん」
話に混ざりたいのか、聖女のそばまで寄ってきた残り四人。
そのうちの一人、青スーツの女──騎士アンジェリカがさらに追い討ちをかけてきた。
「勝ち抜き戦だよ、勝ち抜き戦。こっちは五人で、そっちはお前だけ。ズルいか? 卑怯だと言いたいか? でもよ、元はと言えばお前が先にやったことだぜ? 何の罪もない敬虔な騎士を罠にかけて、よってたかって廃墟の床の染みにしやがったんだからなぁ……」
「自分の番がきた──ということだ、小僧。観念するのだな」
低い男性の声が、銀色の人物のほうから聞こえた。
上から下まで、何もかもが銀色。
『完全なる』オーバザイル。
ジーク何たらとかいう洋風式神を全身鎧のようにまとっている、でかい男だ。
「むしろ感謝しろよ。本来なら、この聖女さまの言うように、お前みたいな魔物なんか五対一で仕留めても良かったんだからな」
「キキキ……」
素性のわからない少年が恩着せがましいことを言い、同じく素性のわからない少女が不気味に笑う。
……いや、なんも言わないのかい。
笑うためだけに近づいてきたのかよこの女。なんなんだ。
やっぱ変なのの集まりだわこいつら。
「……感謝、ね」
五対一でやるところを、一対一を五回にしてやる。
悪い話じゃない。
いや、いい話だ。
別に全員同時にかかってこられても勝てないわけではない。
しかしどちらが難易度低いかと言われたら、やりやすいかと問われたら、当然タイマン五回のほうである。
俺にとって聖女の提案はメリットしかない。
しかし……。
(その提案、どこまで信用していいものやら)
最初はいいさ。
一人くらい負けても「フッそいつは我々の中でも最弱」みたいな感じで余裕を崩さないんじゃないかな。一人減ってもまだ四人いるんだし。
不穏な空気になるのは二人目がやられた辺りからだろう。
多分、その辺りからぼちぼち余裕が揺らいで、焦りも生まれてくるはずだ。残り三人でかかるかどうか迷う頃合いだ。
だから、一対一を二回こなした後は、一対三になるかもと思っていたほうがいいかもしれない。
いざとなればなりふり構わなくなるのが人間ってもんだ。
ましてや、こいつらは俺を退治したくて仕方ないときてる。俺のことを邪悪な魔物だと信じこんでいるからな。そのほうが都合いいだろうし。
中でも特に聖女がヤバい。
このお姉さんはヤバい。話が通じるようで通じない。攻撃は当たってるのにダメージが入ってないみたいな不条理さがある。
他の四人も、そこまで重症ではないにしても、俺に対して寛容な態度はどうも取りそうにない。屁理屈と悪口をほざくだけほざいてから、開き直って数で押し切ろうとしてくるなんてこともあり得そうだ。
君子は豹変する。
そんな言葉を小説で読んだことがある。
君子が変わるなら聖女や騎士だって変わるだろ。口約束くらい簡単に破るさ。
いつ、突然、一対多になっても動転しないよう、心構えだけはしておこう。
「は、話と違うぞ!」なんてみっともないことをうっかり口走りたくないからな。殺し合いはルール無用だろ。
「ああ、ついでにもうひとつ」
俺は頭上を指差した。
床や壁と同様、緑にまみれた高い天井。
大型の倉庫とかドーム球場みたいな体育施設とか、そういうのを連想させる高さだ。
「ここってどこなんだ? こんな異様に広いエリアなんか療養所に無いと思うんだが」
「…………なぜ、そんなことを聞きたいのです?」
「なんでって、単に不思議に思ったからだよ。深い理由なんてないし、どうしても知りたいとかじゃない。ついでだよ、ついで」
「──魔女だよ。あの魔女の作り出した『妖精の園』ってやつさ」
答えてくれたのは、意外なことに騎士アンジェリカだった。
「アンジェリカさん」
聖女が、騎士アンジェリカのほうを向き、不満そうな声で名前を呼んだ。
「なんだよ、別に教えてやってもいいだろそのくらい。地獄の土産ってやつだよ」
「冥土だろ。冥土の土産」
「細かいことを気にするなよ。それに、どうせお前は地獄行きなんだから間違ってないんじゃないか、あ?」
「どうだろうな。もしそうだとしても、行くのは今じゃないと思うけどね」
「ほう……言うではないか」
感心したように銀の巨体がつぶやいた。
お前ら五人くらい退けられると、暗にそう言ったようなもんだからな。
「アハハ、ボクちゃん、いい度胸してんなあ」
「ケッ、強がってるだけですよ。どうせ悪知恵しか取り柄がない魔物なんだ。力の差を思い知ったらビビって泣き叫びますって」
騎士アンジェリカの言葉に、槍使いの少年がやたらとケチをつけてきた。
なんだこいつ。
俺がこの女に度胸の良さを褒められたのがムカついたのか? 鎧の大男が褒めたときは無言でスルーしたくせに。マジでなんだこいつ。
もしかしてこの女に惚れてるとか? 片思い?
それはそうと腹が立ったし言い返してやれ。
「余計なこと言うなよ雑魚」
「ざ……!?」
わかりやすく馬鹿にしてやると、ヘラヘラしていた槍使いの顔が数秒で怒りモードになった。
このくらいでカチンとくるとか沸点低いな。真正面から馬鹿にされた経験なかったりする? いや普通はないか。
ま、怒りたいなら勝手に怒ってろ。
無視だ無視。
こんなのほっといて騎士アンジェリカと話を続けよう。
「褒めてもらって悪いが何も出ないよ。それより……さっきの話だけどさ、じゃあここは魔女が作り出した特殊な世界というか、空間ってことなのか?」
「そうさ。この世のものではない霊木の枝を触媒に作り出した、人工の異界。魔女の奴はここの維持と操作で手一杯だ」
手一杯ね。
それでも、俺をこの場に飛ばしたりするくらいの芸当は可能みたいだな。
なら、俺を飛ばしたあと、間狩たちの足止めを今頃やってるのかもしれん。援軍は期待できそうにないか。
やれやれ。
「もう、聞きたいことはありませんか? なら、そろそろ一番手を選んでください」
聖女が、さっきとは違い、ちょっと急かすように言ってきた。
時間稼ぎでもしてると思われたのかな。
「そーだね、んじゃ誰にしようかな……」
「──俺とやれ」
くぐもった、低い声。
大柄な男のものではない。声が若い。
「強がりじゃなくて、本当に強いんだろ? 逃げないよな? 俺とお前、どちらが雑魚だかはっきりさせてやるからよ、だから俺を選べ、クソ魔物野郎」
槍使いの少年の声であった。




