48・先鋒、槍使いカイト
「どうしたよ、俺が相手じゃ不服か? 強い強い魔物さまは」
「…………」
不服ではない。
この学生服着た槍使い、大して強くないのが身ごなしや気配でわかる。
手合わせしていないうちから、こいつらの中でも一番弱いだろうという確信を、もう俺に抱かせている。
何というか、迫力がない。
圧がない。
極光の聖女や汚れた剣に同行してきたのだから、実力はあるほうなんだとは思うが……。
微妙。
そんな印象だ。
こんな奴を相手にするなんて俺では役不足ではあるが、なら不服かと言われたら、それは違ったりする。
むしろ都合いい。
一番弱いのが実にいい。
いきなり一番目や二番目をボコボコにしてしまえば残りのメンツの危機感が急上昇するからな。弱い奴から潰していけばそこまで派手に上昇しないだろう。
本来なら強い奴から仕留めたい。
弱い奴を先に相手して消耗したり手の内をさらしたくないってのもあるが、なによりビビって撤退してくれるのを期待できるからだ。
しかし今回それはない。
ここにいるのは、話が通じない奴やバトルしたくて仕方ない奴、俺を倒して名を上げたい奴ばかり。
追い詰めたら、逃げるどころかまとめて襲いかかってきそうである。
それはめんどい。負けはしなくてもめんどい。
なので、初めのうちから追い詰めないよう、弱いのから選んで勝とう。
(それも勝ち方によるけどよ)
あまりにも圧倒的に勝利したらそれはそれで警戒される。それはよろしくない。
ほどほどだ。
ほどほどに苦戦して勝てば、警戒もそんなにされずに済む。
なのでこいつとの戦いで重要なのは、強さよりも演技力。
下手な芝居、ダメ、絶対。
力の差をわからせるのではなく、ちゃんと手こずらねば。こいつの心を途中で折ることなく、いい勝負をしてやらねば。
と思ってたのに、
「はぁ、はぁ……な、なんだこいつ、何なんだ、どうなってんだ……」
「どうもこうもないよ。俺が強いのもあるが、お前が弱すぎるんだ」
苦戦しなきゃいけないのに、こいつが予想よりショボかった。
カイトと名乗ったこの槍使い。
才能はある。
ただ、本人の技量や身体が、その才能に追いついてない。もて余している。
「俺が、よ、弱い……?」
「そうさ」
「な、舐めたことを……」
「自信アリアリだったけどさ、どうせ、軽く小突いたら死ぬようなひよわな魔物ばっかり退治してたんだろ? 倒せそうな奴とだけ戦ってきたんだろ? だからこうなってんだよ、お前」
こいつが未熟なせいで苦戦ムーブできなかったので、腹いせに煽ってやる。
効いてるのか顔色が変わった。ざまあ。
「う、うるさい、何を知った口聞いてる。もう勝ったつもりか!」
「勝ったようなもんだろ」
「黙れぇっ!」
安い煽りで燃え上がり、唾を飛ばして叫びながら懲りずにまた挑んでくる槍使いカイト。
間合いを詰め、ただ一直線に俺の胸元を狙って突きをかましてきた。
速い。
これまでと変わらぬ速さだ。
戦闘前に、風の精がなんだとかヘルメスの羽がどうだとか祈っていた、その効果なのだろう。身体から、白い光の帯みたいなものがゆらゆらしてる。白い風?
祈るの邪魔してやろうかなとも思ったが……かわいそうな気がしたのでやめといた。
「ひょい」
これまでと変わらぬ速さの、これまで通りの攻撃を、最低限の動きで半身になって横に避ける。速いだけなんで簡単だ。しかも殺意の矢印も見えてるし。
さっきまで俺の身体があった空間に突き込んだ槍が、横薙ぎの動きに切り替わる。
避ける。
速いだけだし矢印あるし。
「くそっ、くそっ、くそおおっ!」
槍使いがわめく。
悔しさと情けなさに叫び散らす。ざまあ。
何度も振られる槍。
首へ。
胴へ。
腕や腿へ。
なんてことなく避ける。
「……えぇい、これならどうだっ!」
──そして、俺の動きを止めないと勝負にならないとでも思ったのか、
俺の足を刈ろうとした、その時。
右の足首を狙ってきた槍の穂先を、足を持ち上げかわした直後、すぐさま下ろして踏み砕いてやった。
「なっ!?」
「よっしゃ成功!」
聖なる力もなければ、逸話や伝説もなさそうな、安っぽい槍。
魔物や悪霊退治に使われてるのだから、儀式とか聖水とかで清められたりはしてると思うが、たかだかそんな程度の鉄製の刃が、俺の踏みつけに対抗できるはずがない。
せんべいみたいに脆かった。
踏んだ衝撃で先端の刃が粉々になり、床に散らばる。
槍使いを見ると、とうとう怒りよりも恐怖のほうが勝りだしたようだ。顔に怯えの色が見えてきた。
槍の穂先と一緒に戦意も砕けたのかな。
こうして俺は、華麗に槍使いの武器を使い物にならなくしてやった。
しかし、ただ矢印が見えていたからというだけで、ここまで無駄なくやれない。相手の動きが読めているからこそできたのだ。
壁や床から伝わる揺れなどを感知して、人や物の形や居場所、動きの予測などを可能とするソナー能力。
魔女が自然豊かにしたせいで広範囲を探ることはできないが、このくらいの範囲内なら余裕だ。
しかもこいつは速さこそあるものの、動きが素直で単調すぎた。
いやらしさがまるでない。
己の速さに振り回されている──とまではいかないが、制御できてるとは言いがたい戦い方だった。だからこそ、今やろうとしていることも、次にやろうとしていることも、とても分かりやすかったのである。
槍使いの動きが、止まった。
だから今度は、俺から近づいてやる。
「うっ」
槍使いが後ずさる。
「どした? もうおしまいか? 戦意も勇気もガス欠か? 案外早かったな」
「……だ、誰がビビるかよ。魔物なんぞに、お、俺が負けるはずが……」
槍使いの口調から、強がりが失せていく。
目が泳ぎだした。
「カイト」
槍使いを呼ぶ声。
女の声だ。
観客であり後々の対戦相手の一人、騎士アンジェリカが、槍使いの名を呼んだのだ。
「もういい。引きな。そいつはお前じゃ手に負えないレベルの化け物だ。自分でも、戦ってみてわかってるだろ?」
「そ、そうは言っても」
「私がやるから、殺される前に戻れって言ってんだよ。ごちゃごちゃ言ってないで、大人しく引っ込めってのがわかんないのか? 何度も言わせんなよ、カイトォ?」
「…………い、嫌だ」
「はぁ? お前、いい加減に……」
「嫌だっ!」
槍使いが俺を睨む。
覚悟の決まった、腹が据わった瞳で。
なるほど。
好きな女の前でケツまくって逃げ出すくらいなら玉砕すると、そういうことかな。
「俺は、騎士カイトだ! アストルフォ騎士団の一員なんだ! 認められたんだ! 実力もあるし才能もある俺が、ここでつまずいてられるか! ここで立ち止まるようで、聖なる騎士が務まるか!」
おーおー、胸に手を当てて演説みたいに叫ぶ叫ぶ。まだ元気だなコイツ。
つーかこいつもやっぱ、この女と同じ騎士団なんだな。
頼れる先輩であり、憧れのお姉さんってとこか。
「……の前で、魔物相手に背中向けられるもんかよぉぉおおお!!」
穂先がなくなった、ただの棒と化した槍を構え、槍使いカイトが突撃してきた。
突撃前の叫び、最初のほうは小声すぎて聞こえなかったが……まあ、「あんた」だろうな。
「勇気だけは認めてやるけどさ、それだけじゃどうにも──」
ならない、と、言い終わる前に。
槍使いが足を止め、構えを変えた。
白い風が、その手に持っている槍に、わたあめ作ってるみたいにくるくると回って集まりだし、それに比例して体にまとっている風が薄れていく。
集まっていく白が、鋭利な形へと変わる。
槍使いの新たな構えは──槍投げのような体勢。
折れた槍は、渦巻く風の錐と化している。
きっと速度向上の能力を破壊力に変えたんだ。使うと能力が解除になるから、さっきから一度も使わなかったに違いない。
だいたい当たってるんじゃないかな、この推測。
「消し飛べ化け物──」
「──詳細不明砲」
槍使いに向けた右手の平から、いつもの見えざる砲撃を放つ。
槍使いのほうは、間に合わなかった。
もっと素早く射てたら俺の砲撃と相殺くらいで済んだだろうに、風をまとわせるのが遅い。
あちらさんも俺がそんな飛び道具使いとは思いもしなかったのか、ブチ切れてて冷静な思考ができなかったのか、俺が手の平を向けても避けようともしなかった。
判断ミスがたたったな。
その結果、風の錐をこっちにブン投げるその直前くらいで俺の砲撃が命中して──
「…………っがあああぁぁああぁ!!? うあぁ、腕が俺の腕がぁあっあああぁあ!!」
白い風の錐や、風をまとわせていた折れた槍、槍を持っていた右腕が、砲撃を受けて爆発。
それらの、どれもが吹き飛んだ。
普段から技の練習するなり、才能を磨くなりしておけば、発射までモタつかなかったかもしれないのに……。
「ぐあっ、あっ、うぎゃあああっ!」
残ったほうの手で、無くなったほうの肩を掴み、槍使いが顔も学生服も靴も血みどろにして痛みにもがく。
「……あーあ、だから引っ込めと言ったのによ。取り返しつかなくなったじゃねえか、馬鹿餓鬼が」
右手で顔を覆い、騎士アンジェリカがぼやいた。
後輩が駄目になったことに困り、呆れてしまったような内容だが、声の調子に悲しんでいる感じはない。
「先輩の忠告ってのは、やっぱ聞いといたほうがいいってことか……。高い授業料だったな、槍使いさん」
片腕になりたてほやほやの、槍使いの少年。
騎士アンジェリカや俺の話など聞く余裕などあるはずもなく、血飛沫を飛ばしながら、ひたすら床の上ででかい虫みたいにもがいていた──




