42・緑に包まれし砦
蒸し暑い夏の夕方。
そんな暑さとは無縁の涼しいドライブも、そろそろゴールが近づいてきた。
いよいよだ。
俺たちを乗せた車は、療養所──ではなく、そこから離れた場所にある、ちょうどよい広さの更地に停車した。
見覚えのある更地。
道中、何かあるかもと警戒していたが……全く何のアクシデントもなく、途中で警戒解いてコンビニ寄ったりしつつ……。
こうして、また舞い戻ってきたのである。
戻ってきたといっても、間狩とグロリア先輩にとっては、これがお初なんだけどね。
更地には先客がいた。
天原さん達をここまで運んできたであろうワゴン車が一台、エンジン切って運転手ともども待機している。
どうして天原さん達が乗ってきたのか断言できるかというと、それは簡単だ。
一目でわかった。
何故なら、車体の横っ腹に『生体総合科学研究所』の文字が堂々と書かれていたからである。どこの車なのかと頭を悩ませる余地なんかあるわきゃない。
前回は加狩と風船屋、見かけ倒しの剣士と訪問した。
今度は間狩とグロリア先輩、天原さんとギャル二人だ。
また来ることになるなんてな。
もう足を運ぶことなんかないと思っていたのにな、ここ。運命ってやつはマジわけわかめだわ……。
「──お、ようやく来たね」
「ども」
車から降り、少し歩く。
すると、療養所の駐車場にいる知り合いの姿が、いくつか見えてきた。
その姿のひとつ──天原さんと俺は、互いにほぼ同じタイミングで片手を上げると、ある程度近づいてから軽い挨拶を交わした。
よそよそしさのない、顔見知りに対する挨拶。
高速道路の害虫退治を経て、それなりに付き合いを持つようになった今では、このくらい砕けたやり取りもするようになったのだ。
元々、かなりフランクな人だし、害虫退治の件があろうとなかろうと、こんな感じのやり取りをするようになるのは時間の問題だったと思うが。初対面の頃からすでにギスギスした関係じゃなかったし。
「遅っそいぜユート。もっと早く来れなかったのかよ。日が暮れちまうぜマジで」
「はいはい、そんなにブー垂れないの。別に急ぐわけでもないんだし、それに……主役は遅れてやって来るものでしょ?」
不満をこぼす炎のギャルを、氷のギャルがなだめる。
「悪い悪い。道が混んでてさ」
ほむらとしても、そこまで本気で文句を言ってるわけでもないだろう。
適当に出まかせを言って謝っておく。お約束みたいなものだ。
「にしても、主役とは、また嬉しいことを言ってくれるね」
「事実じゃん。海外から来たお客様が、手ぐすね引いてお待ちかねなわけだし♪ 大人気だね♪」
腰を曲げ、軽くこちらに顔を突き出す、ゆらぎ。
口元に手をやると、人の悪そうな顔をしてニヒヒと笑った。他人のトラブルを見るのが三度の飯より大好きそうな、そんな笑い顔だった。
駐車場には、天原さん達だけでなく、当然だが『浄』の人たちもいる。
でも全員ではない。
高所から監視してる人もいるはずだ。
この療養所より高い建物は付近にないので、おそらくは、山の方から精度の良い双眼鏡でも使って見下ろしてるんじゃないかな。偵察してるようなのは何も飛んでないし。
「……てっきり、ドローンか式神で見張ってるとばかり思ったんだけど」
しかし、夕暮れの空に浮かぶのはわずかな雲だけだ。
飛行物体は影も形もない。
「これ見よがしに飛ばして、いたずらに刺激するのを控えました」
この場にいる『浄』の一人が、簡潔にそう教えてくれた。
若い尼さんだ。
いや、尼さんの格好をした若い女性か。
本業ではなく、仕事用の衣装というだけなのかもしれない。
間狩だって巫女服着てるけど、どこかの神社で働いてるわけではないもんな。あのシスターコンビは教会に寝泊まりして雑用やってるらしいが。
「ああ、そういうことね。ほっとかれるかもしれないが、癇にさわるかもしれないと」
「その通りです」
どんな気難しい性格の奴がいるかわかんないしな。
挑発と見なされるような真似はやめて、遠巻きに見張ってるだけにとどめたのか。
妥当な判断だろう。
「変わったことはありました?」
俺に答えてくれたその人に、今度は、グロリア先輩が現状について訊ねた。
「いえ、特にこれといっては──」
その言葉が、不意の振動で止まる。
地面が、グラグラと、何度も揺れた。
誰も彼もが思わずバランスを崩し、よろめく。
俺も無論そうなったが、派手にすっ転ぶほどのものでもない。無視していられるほど、ささやかな揺れでもなかったが。
「地震……?」
たまたまこの辺の地底でプレートが動いただけかと、
そう思っていた、その時。
「おお!?」
揺れから、数秒の間を置いて、事態は急変した。
白や灰色の、長く太いもの。
そんなものが、次々と地面を突き破り、あるいは補修されずひび割れたままのアスファルトをぶち壊し、生えてきたのだ!
それも一本や二本ではない。
あちこちから、数えきれないくらい無数に生え、伸びてきている。
何かの怪物の触手──いや違う。そうじゃない。
これは、昨日見たばかりのものであり、光景だ。
「魔女の仕業……!」
俺と同様、その場にいた間狩もわかったようだ。
魔女カサブランカ。
奴は、木の枝や幹だけでなく、根っこも自在に操っていた。今、こうして目の前で起きているものはあの時のそれだ。間違いない。
「ふふ、なるほどなるほど。ただじっと待ち構えてるだけではなかったようだね。面白い趣向じゃないか」
天原さんが不適に笑う。
不愉快そうな間狩とは違い、とても楽しそうだ。
ずっと待ちぼうけで退屈していたのかもしれん。やっと変化が起きて嬉しいのだろう。待たされるの嫌いな人だしな。
「これって、俺が到着したからっすかね?」
「他に何があるんだい?」
「やっぱりかー」
根っこは一斉にこちらに襲いかかってくるかと思いきゃ、そんなこともなかった。
ただ、伸びていくばかり。
やがて、色も茶色っぽくなり、葉っぱが茂り、花まで咲いて……太い根っこというよりも太い幹と化していく。
雑草すら生えていなかった殺伐とした駐車場は、まばらに木の生えた、ちょっとした林へと変貌したのだった。
療養所のほうはというと、こっちはこっちで、普通に絡みつかれまくっていた。
絡みつく根っこが、無造作に交差しまくる。まるで、建物そのものに灰色の網でもかぶせたかのように。
が、それも、駐車場と同様に根っこが幹へと変わっていくと……。
療養所は、網をかぶせられた建物から、過疎地の奥にありそうな、自然に呑み込まれた廃墟みたいになってしまっていた。
赤い夕日に照らされる、緑まみれの療養所。
以前は埋蔵金が眠っていたが、こんな風になると、王子様を待つ眠り姫でもいそうな感じだな。
「……あら、どうしたの? まさか、こんなことくらいで怖じ気づいたのかしら?」
声がする。
あの魔女の声だ。
しかし、その姿は見当たらなかった。
どういうことかというと、その声は、周りに生えている木に咲いている花々から聞こえてきていたのだ。
天然のスピーカーかな。
「見ることしかできない臆病者は、尻尾を巻いてお帰りなさいな。我が領域に踏み込むことが許されるのは、恐るべき怪物と、怪物に与する命知らずだけよ。ホホ、ホホホホホッ……!」




