15・馬鹿が重機でやって来た
「おおっと……!」
アホみたいに課金して防御力に極振りしたようなブルドーザーの突撃。
建築物が回避行動などとれるはずもなく、療養所は鉄塊の体当たりをまともに受けるしかなかった。
激突したショックで、強い地震でも起きたみたいに建物が揺れる。
グラグラ……!
ではなく、
ドガガガッ!
という具合に。
揺れに耐えきれず、倒れそうになったが、とっさに壁に手を突いてこらえた。
みっともなく床を転がる姿はさらしたくない。
「やべっ……」
一方、加狩はそんな姿をさらしそうになっていた。
ま、助けてやるか。
「よっと」
片手が空いてたので伸ばし、肩を掴んで引き寄せる。
そのままほっといても良かったが、親切にしておけば、もし今後何かあってもあまり邪険にはされないだろうという保身アリアリからくる行動である。
「いや、わりぃわりぃ……。危うく床を舐めるとこだったよ」
余計なお世話だと文句言われるかと思ったが……意外なことに、お礼の言葉が返ってきた。
こんなのでも、良家のお嬢様だけあってそこはしっかりしてるのかもしれんね。
「んだよ兄さん、加狩の令嬢は助けておいて、俺には手を差し伸べねーってか? こっちだって、かよわいかよわい年下の女の子だってのによ」
かよわいという言葉の意味が崩壊しそうな声が、すぐそばから聞こえてきた。
誰の声かは言うまでもない。
風船屋だ。
「いらんだろその様子なら」
心にもない不満を垂れるプリン頭のネコ顔。
あの『バブルガム・エンジェル』という雲やワタアメみたいな式神に腰掛け、宙に浮いて、激しい揺れから逃れている。
来るのがわかってたんだからそりゃ対応もたやすいよな。
むしろボケっと棒立ちしていた俺と加狩が間抜けだったのだ。
「かーっ、女心のわからん男はこれだから困るね。強ぇ弱ぇとか、自力でどうにかできるできないの話じゃねぇんだよ、こういうのはさー」
「ボク人間じゃないんで人間の機微とかよくわかんないんだ。ごめんね」
「都合のいい時だけ化け物ムーブすんなや」
「ンな怒るなって爆発娘。つい、どうしても助けたくなっちまうほどに……この私が、加狩霧香が、キュートで魅力的だったって…………こ、と、な、の、よ♡ ねぇ、優人くぅん?」
「ほいリリース」
わざとらしい甘ったるさに拒否感が出てしまい、調子こきながら見せつけるようにしなだれかかってきた加狩を、つい押しのけてしまった。
まさか俺がそうくるとは予想外すぎたらしい。俺もだ。
倒れそうになったのを助けたことで加点された好感度を、思わずドブに捨ててしまった。
何の反応もできず、加狩がドスンと大きな尻餅をつく。
「ひゃんっ!? ちょっ、なにすんだお前……!」
細いツリ目を見開いて声を荒げている。こいつがこんな感情的になるの初めて見たわ。
「わからん。なんか猛烈にイラっとして体がつい拒絶を」
「ハハッ、そっか。殴らせろ」
加狩はゆらりと立ち上がると、右腕をぐるぐると回し始めた。力でも溜めてるのだろうか。
「キヒヒヒヒッ、とんだキュートもあったもんだなぁ。クッソうけるぜ」
「そんなに面白いならいっそ変わってくれよ」
「それはいやで~す」
おのれ。
──そんなわけで。
カブトムシ式神をメリケンサック兼グローブみたいにした右拳で殴られた。あの腕ぐるぐるは景気づけみたいなもので意味はなかった。
「前が見えねぇ」
「嘘つけ。顔面陥没どころか、鼻が曲がりさえしてないだろ。なんて固い野郎だ……こっちのほうが砕けちまったぜ」
「でも鼻血は出たぞ」
パンチが命中した直後に加狩の式神がばっくり砕けた、その、だいたい数秒くらい後か。
左の鼻の穴から、たらっと赤いものが流れて顎から垂れたからな。
「痴話喧嘩はその辺にしとけや。なんか嫌な雰囲気がしてきたからよ」
「ああ……言われてみれば」
廊下の奥から、不快なものの気配が近づいてくる感じがある。
俺や風船屋だけでなく、加狩もそれを感じ取ってるだろう。
どんな奴が来るのか見てやろうと思ったのだが──
廊下の奥を、見通すことができない。
建物の中で霧かモヤでもかかっているのか。はたまた、サンマでも焼いてるのか。
わかるのは、実体をもった何かが、その向こうから、こちらへと接近してきていることのみだ。
「呪いじゃ駄目だったから、今度は物理的な方法でくるのかね」
「それもあんだろうけどよ……あんなイカれブルドーザーが突っ込んできたってのも、理由の一つなんじゃねーの? あの鉄の塊にゃ、生半可な呪いなんぞ通じそうにないぜ……?」
「言えてるな」
「そこの小娘といい……安愚羅会ってのは、やっぱ、まともな奴がいねーってのがよくわかるわ」
「キヒヒ、そりゃどーも」
そのイカれブルドーザーこと、式神『ノンストップ』だが。
体当たりのあと一階を荒らしだしたらしく、下が酷くやかましくなっている。医療施設で響かせたら絶対駄目な騒音が止まらない有様だ。
大事な柱を壊されまくったら建物が崩れるから、無差別に暴れまわるのはやめてほしいんだがな……生き埋めは勘弁だぞ。
「……お、来たぜぇ」
風船屋が楽しげに言う。
「ああ、来たな。俺にも見えたよ」
「私もだ」
霧のような不気味な視界不良から、ついに不快な気配の主どもが抜け出て、俺たちの前にその姿を現した。
人間サイズの蠅──じみた怪物。
太い後ろ足で体を支え、二対の前足で、ハンマーだの斧だの槍だのを持って武装している。
鋭い牙の生えた口からは長い管のようなものが伸びていた。
管の先端は鋭く尖っている。獲物の体に突き刺して体液でも吸ったりするのだろうか。
「腐らせるのに失敗したんで、次は手下をけしかけて暴力でカタをつけると。そういうことかな」
背中から触手を出し、身構える。
化け物が相手ならこちらも化け物らしくやってやるよ。覚悟するんだな。
「適度に痛めつけて、情報吐かせたいけど……喋れそうな見た目じゃないね。皆殺しでいいか」
全身に小さなカブトムシを這わせ、加狩が不敵に笑う。
「更地崎のバカも、今頃下でこいつらの仲間にたかられまくってるかもな。キヒヒ、クソ野郎にふさわしいぜ」
風船屋はそんなことを言って笑ってるが、
「それだと俺たちも蠅にターゲッティングされてるウンコ連中にならないか?」
「キヒヒッ、それもそっか! とんだブーメランだったな。キッヒヒヒヒッ!」
さらにおかしそうに笑う始末だ。
箸が転がっても……ってやつかな。
なんて話してるあいだにも、武装蠅どもは無造作に、じわじわと距離を詰めてくる。
こちらの様子をうかがうとか、そんな感じはまるでない。敵意や殺意の矢印すら出ていないのだ。
それはつまり──こいつらが、与えられた命令をこなすだけの、どこかロボットじみた存在だということに他ならない。
加狩の言うように、尋問して話を聞き出すのは無理そうだ。
「殺虫剤持ってくりゃ良かったな」
「こんなのに効くわけないだろ……常識的に考えて」
呆れた口調で加狩が言った。
非常識と非常識のぶつかり合いが繰り広げられてる業界にいる奴の台詞じゃないだろと思ったが……それはそうとして、言ってることは正しい。
ま、適当に叩いて潰して駆除しましょうかね。蠅だけに。




