13・死んだものは仕方ない、では済まないわけで
「あーらら。あらら。あーららー」
『あ』と『ら』。
その二文字しか出てこない。
えらいこっちゃ。クラウスさん死んだ。
前後。左右。真上。斜め上。
いろんな角度から見たが、やはり、どっからどう見ても完全に死んでいる。
神父さんぽい服着た腐乱死体が聖剣らしきもの持って汚い床にへたりこんでる。
ドッキリかな?
そうであってほしいという、我ながら無茶な願いからソナー能力を発動させて撮影スタッフや本物のクラウスさんを探すが──
──おかしい。
うまく建物内を探索できない。
足元を通じて感じられる音や震動が、歪み、うねっているように届いて、信頼性がまるでない。
駄目だ。
こんな怪しい感覚を頼りにしたら逆に混乱してしまう。
これは変だ。
こんなことになるってことは、それはつまり……俺の探知感覚を惑わせられるほどの怪異が、ここに潜んでいるのだ。
イカれた研究者の集まりが放棄するしかなかった、洒落にならない何かが。
──だが、それでも。
意図的なものか偶然なのかはまだわからない妨害を受けてはいるが、人間らしきものがこの周りにいないことくらいはわかった。
そもそも生き物がいない。虫すらいないのだ。
どっかに本物のクラウスさんがこっそり隠れてるか、あるいは捕らえられてるかしてほしくてソナーで探ったのだが……その可能性は潰えた。
この死体がクラウスさんだと認めざるを得ない。クソが。
「どうするよ」
失意の中、捜索を打ち切り、とりあえず、今後のことについて加狩と相談してみる。
「まじいな……出だしからいきなり一人減るかフツー。ただ働きしてくれる、貴重な人材だったってのによ……」
「いやそこじゃない。それもまあ、まずいっちゃまずいが……騎士団に、バチカンにどう説明するんだ?」
加狩とクラウスさんが二人で話してるときに風船屋に教えてもらったのだが、クラウスさんは割と有名なエクソシストらしい。
期待の新星みたいな存在で、いくつもの任務を難なく乗り越え、名実ともに聖オリヴィエ騎士団の一角を担うのも時間の問題だとまで言われていたそうだ。
そんな有望株が死んじゃった。
日本くんだりまで来て死んじゃった。
「そーだな……呆気なく死にましたって伝えてから、荼毘に伏して、遺灰と遺品を送りつけるだけじゃ駄目か? ……駄目に決まってるか」
「やることは大体それでいいとは思うが、呆気なくってのが余計すぎる」
「だってさ、知らんうちに死んでたんだぜ……? いかにもやり手に見せかけておいてよ。この肩透かし感……呆気ない以外にどう表現するってんだ」
「しなくていいだろそんな表現。お前んとこのボランティアまじ使えなかったわって遠回しに言うようなもんだぞ。あちらさんを逆撫ですんなよ」
「じゃあ健闘の果てに倒れたことにするか」
だいぶ話を盛ったな。
「そんなとこだな。なら、クラウスさんの最期についてはそれでいいとして……郵送にしても、その場合って送り先はどこなんだ? バチカン市国聖オリヴィエ騎士団御中でいいのかな? 郵便番号は……」
「キヒヒ、そこを深掘りしてどーすんだよ大将」
呆れたように風船屋が言った。
いや、実際、呆れているに違いない。こんなことで悩んでる場合じゃないしな。
でもつい考えてしまったんだ。
「うるせーな、俺だって動揺してんだよ」
よその国から来てくれた善意(と騎士団の権威向上目的)の協力者を死なせた。
しかも将来有望な人物ときてる。
「どう取り繕おうと、これは荒れるぜ……」
ええんやで、では絶対に済まない。それだけは確実にわかる。
謝って済む問題ではないのだ。
「でもよ、天外の兄さん。この騎士様だってよぉ、こうなる覚悟くらいはしてただろうさ。まさか、してないってこたぁないだろ。俺たちの業界は……ンな腑抜けがやってける場所じゃないぜ? そーだろぉ?」
確かにそうだ。
俺みたいな、今年の夏から退魔仕事始めたほとんどズブの素人でさえ、それはわかっている。
ここまで俺たちを運んでくれたあの運転手さん達すら、その覚悟はできているのだ。できてないなら命を惜しんでとっくに転職してるだろうし。
しかしだ。
「建前や理屈はそうだよ。だけど、心情的にそれで納得できると思うか?」
「無理だねぇ」
風船屋の答えは即答だった。迷いがない。
「だろ?」
「でも、どうなろうと俺は追及されそうにないから、バチカンの連中が納得しようがキレようが知ったこっちゃ……ふにゃ!?」
「舐めたことを言うのはこの口か」
油断していたところを、口に両手親指突っ込んで、ぐいっと左右に引っ張る。
「やみぇひょりょお」
やめろよ、とか俺に言ってるんだろうな。
「お前は高みの見物でいいだろうが、俺とそこのカブトムシ使いはバリバリ当事者なんだよ。一人だけ余裕ぶっこきやがってこの部外者が」
「やっちまえやっちまえ。そんな悪党の口なんぞ、引き裂いたほうが世のため人のためだ」
「なんりゃおてみぇへ……!」
なんだとてめえ、って加狩に言ってるのかな。
むにゅむにゅ
「はにゃしぇっへぇ」
離せって、に聞こえた。
「離してほしいか?」
そう訊くと、風船屋は何度も首を上下に振った。
「……あいつの言うように引き裂いたり、あるいは餅みたいになるまでお前の生意気なツラをこねてもいいんだが…………そんなことしてる場合じゃねえしな」
両親指を口から抜き、手を離す。
こいつの顔をどれだけこねたところで事態は好転しないし、口を裂こうと今後の不安は何一つとしてぬぐえない。
それは確かなことである。
並の性能しかない頭をフルに使って、面倒臭い現実と戦わなければならないのだ。
「やっと離したか。ごちゃごちゃ言いながら人の顔をオモチャにしやがって……」
風船屋が自分のほっぺたをさすりながらボヤいた。
もう強気の姿勢である。少しくらい裂いておけばよかったか。
「触り心地は意外と良かったぞ」
「そんな褒め言葉いらねーんだよボケ」
「……制裁はもういいのか? なんならもっとやってもいいんだぜ?」
ここに以前忍び込んだ輩が持ち込んだものなのか。
パイプ椅子に、加狩が前傾姿勢でダルそうに座っていた。
「いや、心が少しは晴れたし、もういいや。いい気分転換になったよ」
「フフ、そりゃ良かった」
加狩がおもむろに立ち上がる。
「こっちは気分最悪なんですがねぇ」
俺も加狩も、その言葉を無視して建物の奥へと進むことにした。
少し遅れて風船屋がついてくる。
今の出来事のせいで俺たちから距離をおいてるようだ。
……カラッとした、後に引かない性格みたいだから、機嫌もそのうち良くなるだろ。
そんなわけなんでクラウスさん。
後から持ち帰ってあげるんでそこでじっとしていてくれ……言われなくてもじっとしてるだろうけどさ。死んでるし。
「あれ、あのまんまでいいのか?」
風船屋が後ろから訊いてくる。
クラウスさんの死体と遺品をそのまま放置してある事についてだろう。
「そうは言うが、今はどうしようもないぞ。外に埋めるわけにもいかないし、燃やす設備もない。ほっとくしかできん」
「フフ、なんなら、墓標代わりに死体にあの剣でも突き立てておくか?」
「で、引き抜いた奴が選ばれし者として、次の死体になるわけだ。キヒッ、キヒヒヒヒッ!」
「とんだ聖剣だな。ハッハハハッ!」
笑う風船屋に、笑う加狩。
女二人の不謹慎トークを聞きながら、俺は、クラウスさんの死について「バチカンが遺憾の意を機関に対して表明するくらいで済まないかなー」なんて思いながら、奥のほうへと足を進めていた。




