3話:異例の続く移動時間
ここまで誰とも会っていなかったのは間違いない。 驚きで少しよろめきながら立ち上がって音のした方を見る。 後方車両……? いつから?
無地の青いTシャツを着ているが、その割に少し老けた印象の男。何故ここに居るのかという話を除けば。凄く嫌な予感がしたが、だからといって出来る事も無い。警鐘を鳴らす私の本能に逆らって、声をかける。
「えーと、もし?」
反応が無い。聞こえないなんてことは無いと思うのだけれど……
「すみませ……」
少し近づきもう一度声を掛けようとしたところで、男が何かを持っている事に気が付いた。歪な形をした灰色の金属の塊は、建物の建材か何かだろうか? 男の顔が段々はっきり見えてくる。顔に引っ掻いたような跡がある。両手の先が真っ赤だ。金属製の顔に換えた後に掻きむしったのだろうか? ともかく、最早気にする価値はなさそうだ。
「あぁ、なんだ、またこのパターンか……」
「あぁっ…… ひぃ…… ひ、ひひ……」
「幸先が悪いですね」
座り直すと、私の真後ろに男が立った気配がする。そのまま男は得物を振り上げたのだろうと思う。
「はぁ……」
ガツン! と鈍い音がして、縦に真っ二つになった棒が私の視界の隅に転がっていった。その後ろで、ドスンと男が倒れた音がする。
「よくそんなに平然としてられますね」
「だって、AIが守ってくれるじゃない?」
「私以外のAIをあまりアテにしないでください。ご主人の腕があっても、データや設備に不備があるとも限りませんから」
「現在、2号車にて暴徒の鎮圧を行いました。皆様は、密集せずに該当の地点から離れるようお願い申し上げます」
放送が響く。座席の下部から銃口のようなものが見えた。立ち上がろうとして、まだ残っている障壁に頭を突っ込んでしまった。一瞬の不快感を感じ、唾を飲んで軽く耳抜きをした。
「これ、窒素製の防壁じゃないですか、古いですねぇ」
……手持無沙汰になり、うつ伏せで倒れている身体をひっくり返してみる。不気味な笑顔が未だ張り付いており、僅かに呼吸を続けている。その拍子に、男のものと思われる端末が転がっていった。
のびている男の顔を出して認証をしようとするが、意識が無い事を検知され失敗、ついでに警告だの通報だの、嫌な表示が出て一瞬ぎょっとしたが、今は恐らく通報先が機能していない。
「ご主人、何やってるんですか……」
「いや、今ならいけるかなって」
「バカな事するんじゃありません!」
ため息をついて座席に倒れ込むように座り直す。……これ、向こうにこの男みたいな奴がいっぱいいたらどうするんだ? ……ちょっと身震いがしてきた。やめよう。こんな奴、一年に一度ぐらいしか見かけることは無い。
「うーむ、ご主人、帰ります?」
「どうしよっかな。でもここまで来たら、管理塔行っちゃう方が安全な気も、する…… 悪い方に物事を考えるとロクな事にならないわね」
「向こうは人口が多いです。このような人物を見た手前、推奨しかねますね」
「そうね…… 着いた場所の駅だけ復旧して、その周りの様子だけ確認しましょうか。最悪、車内に居れば安全だし……」
そろそろ着くだろうと思い、忘れ物が無いか持ち物を確認する。
「この人、178歳なんですね。150歳超えた辺りから奇行に走りやすくなる傾向があるようですよ」
「そうなの? と言うか何処で知ったの?」
「19年前時点の、全人類のプロフィールデータがあったので」
「ちょっと、それまだ消してなかったの!? 父さんにバレたら怒られるわよ!」
「バレる訳無いから大丈夫ですよ、有効に使います」
「まったく…… それで、こいつはどうする?」
「いや、どうしようもないです」
「刑務所とかない?」
「ゲームの世界じゃないですよ、ここは。犯罪できる人が居ないのに刑務所なんて作りませんよ」
こんなのを放置するのは嫌だけれど、拘束する手段も無い。管理塔をきっちり直せば、大丈夫かな…… 駅に出た途端背後から襲われたりとか、しないわよね? 到着したのに気が付くと、私はやむを得ず置いて行こうとして、扉から飛び出ようとした。
「おっと」
「ひッ!? あ、あぁ、しまった、すみません!」
少しボサついた長い黒髪とだぶついた上着が目立つ少し中性的な女性に、作業着のような格好で、顔がすっかり隠れる程に深く帽子を被った白髪の男。その二人の間に私が突っ込んでしまった。
「いいえ、こちらこそ」
「怪我が無くてよかったのお」
あ、この人たちは話せるのか。そりゃそうか……
「えっと、そこにいる男は襲い掛かって来たから気を付けて!」
「そうなの? 戻してあげようか?」
「笑いながら気絶しているとはのぉ……」
「戻す? うん、お願い!」
「ふふっ。私の名前はデペッシュ、そこのおじいさんはビルネス。こういう人を見つけたら、紹介してね」
閉まった扉越しにそう聞こえたかと思うと、電車が去っていく。さすがに皆が皆、襲ってくるような輩ではない、か。私は前の駅と同じプログラムで、消えていた防犯システムのAIを直ぐに復旧させにかかった。
「ご主人、あの二人、ご主人より年上ですよね?」
「ん? たぶん」
「19年前時点で彼等のデータはありませんよ」
「それじゃあ、大人の義体を買ってる子供ね」
「待ってりゃ大人の身体になるのに、おかしな話です」
駅の周りにはそれなりの人が居るが、想像よりもずっと平然としている。これなら大丈夫かな…… 私は管理塔への道を歩き出した。真っ赤な照明が照りつけ、思わず眉をひそめた。
「ちょ、ご主人、見てください! なんか建ててます! あれは砦?」
「え、なんで? まだ機能してるの!?」
端末が私の視界の下部から、その様子を拡大した画像を見せてくる。遠くの方で物凄い騒音を響かせながら、いくつもの塔にビル、防壁、AIが犯罪の防止に使うような制式装備が大量に運ばれている。
「えぇ? なんで?」
「ご、ご主人! あれ管理塔の周りを囲むように建ってますよあれ!」
「早く行きましょう!」
私はすぐに目的地まで行くことに決めた。
「ねぇ、このカンテラ持ってきちゃったんだけど!」
「有効に使えば良いのでは?」
「無くしたら災害起こせちゃうレベルだから洒落にならないのよね、これ」
念のためカンテラを懐に忍ばせてどんどん走る。目と鼻の先にあるように感じられた建物は、私がその大きさに騙されていた事を笑うように、走れば走るほどその大きさを誇示してくる。
「でも、好都合! AIを相手にするんならどうにでもなるわ!」
防犯システムも生きてる可能性がある。ノルンではないAIの視線も感じるし、想像していたよりずっとマシだ! ラッキー! これなら他の人を気にする必要もない!
「あ痛っ!」
そう思っていたが、どうやら薄暗い路地を好んで走っていたのが良く無かったらしい。走っていた時に、何か躓いて派手に転んでしまった。受け身を取ったが、右胸に鋭い痛みを感じる。
何に躓いたのか、咄嗟に後ろを見ると、落ち着いた印象の女性が、意外そうに私を見ていた。”おや、本当にできるのか” とでも言いたげに興味深そうにしていた。どうやら足を引っ掛けられたらしい。すぐに、ハッとしたように背を向けて早歩きで大通りへと歩いていった。
「チッ……」
「ご主人、大丈夫ですか?」
「平気だけど、多分これランタンが逝ったわね」
「……我々の二ヶ月が、パア?」
「そうね。これだからロクでなし共は……」
右胸と脇腹の間辺りから少し血が出ているのが分かる。耐久性なんて一ミリも考えて設計していなかったカンテラは粉々になってしまった。悪事に使えるものは作る度に怒られている為、使えそうなものは家に置いてあるものを含めても白衣ぐらいしか残っていない。
はぁ、やっぱりAIが見てくれない場所は嫌だなあ。また鳥肌が立ってくる。早く管理塔に行こう。




