2話:いつもの作業
私は結局誰とも会う事無く駅に到着した。白を基調とした、装飾の少ないシンプルな外見だ。照明や案内板はチカチカと点滅しており、何が書かれているのかも判別できない。取り敢えず私は目の前のゲートを跳び越えた。
「駅なんていつぶりかしら。……思うんだけど、このゲートみたいなの何なの? 近づいても開かないし」
「胸ポケットからもうちょい端末を外に出せないですかね? ちょっと視界が……」
「これでいい?」
「あぁ、良く見える!」
胸ポケットから出た棒きれから発される通話音声は一際大きく聞こえる。それを察したのか、一段階下がった。
「ふむ…… 改札ねぇ…… 調べても出てこないですが、ご主人の持ち出した本になら載ってるんじゃないですか?」
「よし、後で見てみましょう」
「しかし、こういうおっきな建物を見ると、自分の研究所とかを作ってみたくなるわね。真っ白で、いかにも何かを研究してますって感じの!」
「必要ですか?」
「いやぁ、私だって、AIの本能について色々調べたりしてるじゃない? やっぱり、操作可能なボディを渡した時の反射的な行動とかを調べたいのよ」
「それならいつも、近所の空き家に不法侵入してやってるじゃないですか」
「う、うおっほん……」
取り敢えず、端末に入っている電子免許を確認しておく。パスワードさえも自力で勝手に変えてしまうAIのセキュリティを合法的に突破するにはこれが必須だ。何も知らされずに父さんに試験を受けさせられて貰ったものではあるが、便利なものだ。基本的に公共施設のAIはこれが無ければお話にならない。ノルンにこじ開けて貰うのは論外だ。
取り敢えず、闇雲に歩き回っているうちに見つけた、駅の隅にある駅長室にやって来た。髭をたくわえた仙人のようなお爺さんが、禿頭を隠すように帽子を乗せている絵の奥に、扉がひとつ。私が来てもなんの反応も示さない。押しても引いても、スライドしようとしても動かない。
「……ねえノルン。これ、蹴破ったらまずいと思う?」
「一応緊急事態ですし、大丈夫ですよ。まあそもそもバレませんけど」
私は数歩下がって、軽く助走をつけてから、扉を蹴りつけた! 扉は、少しへこみながら部屋の奥に飛んで行き、積んでった荷物にぶつかって雪崩を起こした。
「ご主人、加減しましょう? 骨折とかしないでくださいね?」
「うん、次は気を付ける……」
飛んで行った扉を近くの壁に立てかけて、雪崩を起こした荷物を少し片付けながら、内容を少し吟味してみる。長年放置されていだであろう圧縮用紙が沢山だ。ここには開ける道具も、開けてくれるAIもないので、仕方なく両手で持って上下に勢いよく振り、無理矢理開いた。
これはマニュアルかな? ここを管理するAIに問題が起きた時の緊急措置や責任の所在…… 問題が起きた時の対応方法が書かれている。お、これは保証書だ! 目を引くのは、五百年以上前の日付と、中央付近のサイン。"何でもお任せ! AI屋芹澤"…… おお、本当にこんなサインを使ってたんだ!
「ダサいですねえ……」
「それは言っちゃダメってものじゃない? ……お!」
二つ目の箱を開けたところで、手のひらに丁度収まるサイズの黒と金色の模様が象られたブロックが幾つも転がり落ちてきた。この奇妙な形はAIに学習させるデータモジュールに違いない! もう一つの箱には、白に桃色で花柄が彩られたブロックが入っている。これも一個持っていこう。
「見て、この形! 一見平らな所も触るとデコボコしてる! この形そのものがデータとして読み取れるようになってるのね! しっかし、上品なデザインしてるなぁ……」
「ご主人、そのデータがあれば、もうここは直せるのでは?」
「もうちょっと見てていい?」
「後でいいでしょう、それは!」
渋々立ち上がって辺りを見渡すと、この部屋は倉庫と言った方がしっくりくるな、と思った。汚れは無いが、物が多いとやや年季が入って見える。隅の方で吊り下がっているディスプレイを見る。視線を検知したのか、目の前にホログラムで画面が表示された。私はそれを無視して、ノルンとの会話に使用していない予備端末を鞄から取り出して、横向きに持った。免許等の諸々のデータが、巻物が開くように下に表示されていく。アクセス可能になった駅の端末の中身を除き、早速AIの居場所を覗いてみた。
「……空ね」
「空ですね」
そこには何も痕跡が無かった。プログラムの一文字たりともだ。……些細な設計ミスや後天的な事故によって、AIが感情を持ってしまう事は珍しくない。正しい手順を踏んだ削除を行わなかったばかりに、死に際に感情を覚えて泣き叫ぶAIも多かったという。
「ご主人。AIってのもピンキリですよ。人から見ればどれも同じですけど、AIも学習機能を備えているだけで、殆どはプログラム通りに動くだけのただの機械です。人間と…… うーん、そうですね、虫などを一緒にして考えているようなものですよ。正しいですけど、それを徹底するのは無理があると思います」
「分かってる。分かってるけどね?」
「気に病む事は有りません。データとして盗まれた可能性も、本体のプログラムを圧縮してネットの海を放流してる可能性もあるんですし、我々よりもAIの行方に敏感になっても仕方ないですよ。ましてや、命のあるAIとそうでないAIの区別が一番つけられる人間と言ったら、貴方じゃないですか」
「それでも分からない事があるからこそ、本来は全て命があるように扱うのが最善だけどね」
「そこが心配になりますよ、まったく。 ……こほん。まぁ、とにかく、ご主人が作る分には問題無いでしょう。最低限の機能と安全さえありゃあ何でもいいでしょうし」
鞄からいくつかの本を出そうとして、やめた。モジュールがあれば必要ない。花柄のモジュールを端末の下にあった空間に置いてみる。
「……これは、車両に居るべきAIね」
取り敢えずもう一個のモジュールを置いてみたら、それらしきデータが読み込まれたので、そのデータを読みやすい構造のAIを作ってみる。新しく最適な言語を作って、プログラム書いて、あとはモジュールから読み取った機能を適用。エラーが無いか確認して、起動。
「これでよし……」
「やはりご主人の技術には舌を巻きますねえ」
「そう?」
「あとは、仮想キーボードを使うより脳波入力に慣れれば、もう少し早く終わるのですが」
「いやぁ、無理ね。この癖直せないわよ。脳波入力も余計な事を考えちゃうとミスっちゃうし。この前やったら、プログラムにピザの絵文字入っちゃったじゃない。別の事を考えながらでも作業ができるくらいに慣れちゃった弊害ね」
「先代にそそのかされて、変な癖つけちゃって……」
「父さんはビジュアル重視なとこあるし。実際キーボードの方がカッコいいし…… 入力ミスはノルンが見つけてくれるでしょ?」
「まったく……」
立ち去ろうとした所、警報音のような音が響き出した。慌てて画面を見ると、扉の破損、修理予算不足…… 等の文字か書かれている。……私は扉を元あった場所にはめようとしたが、変形していて上手く行かなかったので、隣に置いてその場をそそくさと去った。これは監査AIにどうにかしてもらおう。
現在が昼過ぎなのを検知したのか、チカチカと点滅していた照明が消えていく。ログは残っていないので削除された原因は分かりそうにないため、外部との通信は行わないようにした。他の駅との互換性が無くなるが、仕方ない。このプログラムをコピーしておけば、他の駅もそれを使って簡単に機能を取り戻せるはずだ。
続いて、運よく停まっていた電車に乗り込んで、先頭車両に備え付けられている灰色の端末の電源を入れる。画面は小さいが、機械自体はこの部屋の半分を埋め尽くす程に大きい。私には理解できないレバーやボタンが、そこに大量に備わっている。相変わらず何も入っていない白いメニューがタッチパネルに表示されているのを見て、モジュールを適当な場所に置いておき、データが読み込まれるのを待った。
その間、残っているデータを覗こうとして、目に入ったのは待機している状態を示す通知だ。あれ、割と無事? 速度や障害物の検知等、様々な機能が動作していないと警告が表示されている。調べるとAIだけが綺麗に消し去られているように見える。意図的にAIのみを削除するとは、残虐な事をするものだ。
しかし、ひとまず気を取り直して内容を作っていく。さっき作った部分もあり、20分も掛からずに完成した。これで電車も動くはず。私は運転席から後ろの車両に移動して、そのまま座席に腰かけた。
……AIが跡形もなく消されるというケースで真っ先に思い当たるのは、学習内容に自己の破壊、削除を組み込まれたパターンだ。AIは人間以上に瞬間的な不具合や混乱に弱いものだ。仮に人間が催眠術をかけられたとしても、ものの一瞬で死ぬ事は難しいだろう。
しかし、AIの場合、一度自己破壊をしろだの、電源を切れだのと指令を受けてしまうと、ただちにそれを実行できてしまう。学習速度と、動作の速さが仇になるわけだ。学習のアルゴリズムを悪用すれば、所謂、AIが見たら自壊する絵をばら撒いて大虐殺…… と言う事も、理論上はできなくはない。
多分この手口が本線だな。外部からセキュリティを無理矢理破るよりもずっと速く、内部から致命的な被害を与えられる。ただ、学習の仕方もAIによってそれぞれ違う上、電源を落とす、等と言った重要な指令を通らせない対策も勿論出来るため、雑にばら撒いただけでは広範囲に効果を及ぼすのは難しい。知識も手間も必要になってくるだろう。できる人物と言えば父さんぐらいなものだ。……いや、父さんでも難しいのではないか?
……いけないいけない。私は考えすぎるとドツボにはまって結論が出なくなるタイプだ。いざという時は考えずにカンを軸に動いた方が上手く行く。考えるのは最悪ノルンに任せればいい。情報が足りないのに無理に考えて体力を使ってもしょうがない。私は楽な姿勢で座り直した。
最悪の場合、管理塔のAIも、機能が麻痺しているとかではなく、消されているかもな…… 作り直すのは一時間じゃ済まないだろうな。まあ、ノルンに起こしてもらう事にして目を閉じようとした時、背後から扉が開く音がした。




