27話
え? 攻められてるってこと? うちが?
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「ねえ! 私を掴んでバランスを取る事ないじゃない!」
「ハヤイ! ハヤイ!」
「未知の兵器による砲撃を受けています!」
「ふざけすぎだろ、壁を透過してるなんて!」
「リョウ、落ち着いて!」
私たちがさっきまで居た場所が、一瞬で爆風に包まれた。正気か!? こんな時に仕掛けようとする馬鹿が、本当にいるなんて! 鳴り響く端末。耳をつんざくような声が流れ込んで来る。
「この大地に秩序が失われた最中、僅か3日弱で、ローゼン地区が周囲の地域を吸収し5倍以上の規模となっている! その速度から、我々はこれをAIによるものと断定した。これは人類に敵対する最も大きな脅威である! 直ちに投降せよ!」
一瞬止んだ静寂の中、端末を取り出す。やや赤みがかった黒い制服の兵士たちがずらりと並んでいる様子が写っている。先ほどの声は、中央にいる古臭い茶色いスーツの男から発せられていた。
「おかしいんだよ! こっちは頭使ってどうにかやりくりしてるって言うのに、あいつら、ハナから物理法則なんて無視したものを使ってるんだ!」
兵の1人が仰々しく片手で小銃を射撃すると、退避しきれずに置いて行かれた建物の壁に、音も無いまま巨大な風穴がひとつ空いていた。そのまま、水滴を落としたように穴は大きくなり、そのまま倒れていく。
「ふざけた真似を……」
「攻撃まで、10分の時間を与える。健在な一般人がいる場合、直ちに退避せよ!」
「ふっざけんじゃないわよ! 裏も取らずにガタガタ騒ぎやがって! こっちにどれだけの人が居ると思ってんのよ! AIともなんだかんだ上手くやってけそうって思ってたのに! その首、芹澤家の名に懸けてでも叩き落としてやる!」
「キカレテルヨ」
……そんな馬鹿な、どれだけ離れていると思ってるんだ。
「ムコウモ、オーパーツイッパイモッテル」
止めて貰えないタイミングで私はなんてしょうもない暴走を…… もう引けない、というか、頭に血が登ってそれどころじゃない! 自分を客観視するところまでは行ってるのに、肝心の行動に歯止めが効かないとは!
「誰だ? 人か、AIか? 今のは宣戦布告だな。 ……なに、なんだと? 名前? 名前はなんだ!」
「氷川 笑子! 少なくとも、ここはあんた達みたいなろくでなし共の遊び場じゃないのよ。確かにそっちの方が部分的には強いみたいだけど。貴方達が警戒してるのは物量でしょ? 今のうちに根城を焼け野原にしてやった方が良いわよね。屑は一人でも道連れにした方が、世の中の為になるでしょう!?」
くそっ、くだらないハッタリだ…… 情けない。しかし、このまま黙ってすり潰されるよりはまだ含みを持たせた方が良い……
男の眉間に皴が寄っている。当初よりは深くなっている気はするぞ。
「……どういうことだ?」
「どういう事って何よ! 私の目が黒いうちはやりたい放題できると思わない事ね! このローゼ……
レグルヘイムに! そっちから仕掛けてきたんだし、脅威制圧とかなんだほざく前に絶滅戦争するくらいの覚悟くらいは持ってきなさいよ、えぇ!?」
思ったより効いてるぞ? あいつらが全戦力なのかもしれない。
「芹澤家だと……?」
「ガタガタ言わずに帰りなさいよ。躊躇するくらいのリスク抱えて突っ込めるほど確信が無いんでしょ」
少し緊張が和らいで瞬きをした刹那、男の前に、オラクルが1人現れた。
ずっとそこにいたかのような振る舞いにも動揺せず、臨戦態勢を取った兵達。だが、一度頷くと構えを解いた。
「契約事項の変更が通達された」
「何? 一体どういう事だ!」
「詳しい話は、身内から聞け」
その中に紛れるように後ずさりする男の腕を、オラクルが取った。
「オズワルド殿。貴方の能力は我々も低く見積もっているわけでは、ないのですよ」
「誰だお前は!」
「我々は常に、人類の為にしか行動致しません」
「おい、撃たないのか!?」
「排除は可能だ。その場合追加条項として、護衛対象の許容損失を9倍まで引き上げて貰う」
「何だと!?」
やりとりが終わらぬうちに、灰になっていくかのようにオラクルが消えていく。
「オズワルド。もう一度言った方が良い?」
彼は無念そうに歯噛みをしている。少し経つと、無念そうに背を向けて撤退していった。
こうも目の前に危機が迫ってみると…… 思ったより、緊張するな。私だけならまだ慣れがあるけれど、私以外の命に対しても無責任でいられないとなると、少し震える。
「ちょっと腰が抜けちゃった、かも……」
「なんだ、さっきまで平然としてたじゃないか。貫禄も十二分にあったぞ」
「ナラク? まだいたの?」
「私は君が話している間、意識が飛んで立ち尽くしていた」
「あんたねぇ……」
さっきからノルンもリョウも話さないし。堪えるな、こりゃ……
「とにかく、対策を練らなきゃ…… 多分、外交とか? しなきゃ、いけないんでしょ、こういうの……」
「氷川、1人でそんな事をするつもりなのか?」
「お飾りでも、トップは人間の方が良いと思う。そうじゃないと、他の人と話す時に余計な偏見が混じるから…… 相手がまともとは限らないもの」
「差し出がましいが、休んだ方がいい。心ほど重要なリソースはないぞ」
「それは無理。これからノルンとリョウが当事者にならざるを得ないのに、それをボケっと見てるだけの私が休憩なんて言ってられないでしょ?」
まだ何か言いたげなナラクを置いて、家に走る。最適化された機器がある分、ノルン達が会話に使うリソースが少なくて済むはずだ。
「ノルン!?」
「一体どうしたの?」
「リョウがパンクしました」
「どうして?」
「リョウは今回の兵器についてすべて記録を持っていました。いえ、持っていたというより、湧いて出てきたと言うべきでしょうか」
「ハード側が怪しいわね。……でも、このカエルの置物は間違いなくシロなはずなんだけど。管理塔のものならあるいは、かしら」
「あと、再現は無理そうです。材料が存在しないんですよ。未知の元素を人工的に作り出しているという仮説が濃厚ではあります」
ともかく、箱からあふれ出た山のようなデータに飲み込まれた形か。
「いかんせん情報量が多くて。私が7割ほど受け持ったのですが、もうボロボロで。現状把握もできてないです」
リョウの様子は…… おかしな挙動はないな。異常が起きない限りは放置で良いだろう。ただ、ノルンもかなり無理してるな。今まで片手間で何でもこなせていたのに、現在は両手も両足も塞がっている状態だ。俄然初めての状況だし、不慮の事故も有り得なくはない。
私は最新の記録を貰いつつ、命綱としての例外処理プログラムのセットを忍ばせておいた。リョウ用のものも毎日更新しておいた方がいいな。ノルンに任せてばかりもいられないし。
「……別の場所も攻撃されてたの?」
オズワルドとかいう奴等と向かい合う間に、横っ腹からドローンやら装甲車やらに突っ込まれている。
どうなったのか確認しに行かなければ。
久々にこんなに走ったな。体感でも5キロは走ってる。少し息切れがしてくるな。
見えてきた光景は、想像より幾分かマシだ。作業中の場所には倒れているものはある、大体は綺麗に残っている。もっと近づくと、建物の間からベコベコにへこんだ車両が見えてきた。現場にいたらしい人々の中央に、簀巻きになった人が何人も並んでいた。100人はいるんじゃなかろうか。既視感がすごい。
「こいつらは……?」
「なんか来たから、捕まえた!」
「アルガス…… さん?」
そんなノリで言われても。
「銃っぽい物も持ってたから、隠れて、地面を動かしてそこかしこにぶつけてやったんだ。こいつら何も知らないド素人だぞ」
確かにバラバラな見た目だ。彼等は大した脅威ではなさそうだが…… また変なオーパーツ出されても困るし、上手くかわしたいな。
「こいつどうする?」
「どうするって…… こんなに沢山居てもな。うちに軟禁しとけば?」
「自分たちと同じ場所に住むことを罰にされるのは複雑だな……」
「そんな事言われても、罰を与えるってのも変じゃない?」
「まあな」
こいつら、強盗しようとしてた時の老人軍団と似てるんだよな。雰囲気が。こいつらを絞っても何も出てこない気がする。
「うお、バジルちゃん、どうした?」
人混みの間からバジルがでてきた。バジル…… ちゃん?
「メッセージが入ったドローンが飛んできた。休戦だと」
「休戦もなにも、こっちは襲われただけじゃねえか」
「まったくもって、その通りね」
ドローン内のプログラムにメッセージなんて入れないでしょ、フツー。
「こちらの住人が暴走してしまい申し訳ありません、我々は敵意はありません。対話の準備があります」
「……そりゃあ、よかったわよ、うん。そういう事にしておきましょう」
どの面下げてと思うよりも、瞬間的な敵が減った事に着目しておこうか。バジルがイライラを募らせている様子だが。
「尻尾切りだな」
「なんだ、彼等は捨て駒にされたのか」
「その通りだ」
表向きだけでもいいよ。明らかな敵じゃないなら……
「しかし、それで、和平と言うかなんというか…… 通信方法無いでしょ?」
「どうやら向こうは、直接出向けと言ってるみたいですよ」
「ちょくせつ?」
「顔を見せろって話ですね。行くわけないじゃないですかこんなの」
とはいえそれって、危険じゃないの?
「にしても連絡が早すぎる。同時に叩いてきた奴等、全員グルだと思うよ!」
「まあ、偶然とは思えないわよねぇ……」
「代表者として行くのか?」
「……いや、うーん」
「飛んで火にいる夏の虫」
バジルが私を笑っている。そっちはさぞ楽だろうな。
「冗談でも行くとか言ったら足切り落としてやりますからね、ホント」
「その、通話相手? AIなのか? 声が、機械のそれに似ている気がするが。そこら辺の知識は無いけれど、それくらいは分かる。そんな事を言うAIなんて作ったら、親父さんにどやされるぞ?」
「あはは、まさか。人間に決まってるでしょ? AIの進化をどうコントロールするかが、この分野で一番大事な事なのよ!」
「お爺さん。諦めろ。仮にそうだとして、何かしようとすると逆にこっちが痛い目見るぞ」
「そういうものなのか? バジルは若いのに物知りだな」
アルガスはバジルを随分可愛がるじゃないか。歳を重ねると、誰でも可愛く見えるものなのだろうか。……分からない。私は適当な荷物を持って歩き出した。




