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20話:地固め開始

 ひとまず、何とか無事に逃げ帰れたな。


「じゃあまず、リョウの解析をしましょうか」

「あー、うん」


 ノルンが把握していて、リョウが把握できなかった情報があるのはちょっと危ない。何かしら変なプログラムが入っている事になる。自宅に戻った頃には既にノルンが解析を済ませていた。


「まあ、致命的なものでなくて良かったと言うべきかしら」


 あったのは軽い認知フィルターくらいだ。比較的汎用性が高いものと見受けられる。認知できないのは…… 地母神に留まらず、自身より上の組織の情報をシャットアウトされている、という感じだろうか。であればあの傍受した通信は別にどうでも良かったという事にはなるか。取り敢えず、外してしまおう。


「何のために働いて来たんだ、今まで…… 何にも情報ないじゃん…… ド下っ端じゃん……」

「お、おいたわしや、リョウさん……」

「もうやだ! 働きたくない!」


 数百年分の仕事が結構軽いノリで片付けられるんだものなと、感心しながらリョウを内部を隅々まで確認していく。


「あれ、さっき返信来てたの?」


 恐らくこれも認識できなかったのだろう、一件、メッセージがある。


 ”人の子よ、人の子よ。私の元に戻っておいで。人類に光を灯しておくれ”


「なんですか、これ」

「さあ……?」


 戻っておいで? 私が戻る場所。うーん、心当たりが無いな。


「地母神サマからのメッセージかな?」

「いや、わっかんない…… 戻っておいで、何て言われてもホントに心当たりないのよ」

「産まれた場所、とかですかね?」

「そんなの、みんな試験管の中とかじゃあないの?」

「んま、ですよねぇ……」


 情報不足の中、考えても仕方ないな。


「そしたら、文献でも漁っておきますよ。こっちは」

「マニピュレータが足りなくない?」

「それでも、役に立つ本を絞り込んで持ってくることくらいは出来ますよ」

「分かった。目利きを信じましょう」

「それで、リョウ。ものは相談なんだけど……」

「え?」

「要するによ。この地区の整備とかもできるって事はさ、資金繰りもやってるって事じゃない?」

「いいや、やってないよ?」


 嘘だな。もう嘘をつけるとは大したものだ。ただ、急ごしらえで嘘をつくよう発言内容を調整しようとすると、わりと大がかりな変化がプログラムに起きるのでわかりやすい。突っつきながら話を続ける。


「今は一時的に、治安維持の為のドローンやらAIやらもまったく不足してる訳でしょ? 金を使って人の力を借りるのはどう?」

「こいつ、大義名分を得て、自分の趣味を布教する気満々ですよ!?」

「ただ、理には叶ってる。AIがAIを造るってケースは親の脆弱性をそのまま引き継ぎがちだからあんまり良くないし、人がどっかで関わった方が良いのは事実だよ。それに極論、ここに攻め込んでくる奴が居ないとも言い切れないし」


 リョウが、聞いたことのないほど無念そうな声をしている。捕まえられた時よりもテンション落とすことないでしょ。


「決まりね……! 求人、出すわよ! 未経験者でも歓迎していろいろ叩き込んであげなきゃ! マニュアル作りなんて初めて!」

「ご主人がどんどん戻れないところに足を踏み入れていくんですけど。というかご主人、悪いことした人って大嫌いですよね?」

「それは、そうかも。でもここに居るなら悪いことは出来ないでしょ。まあ、私がそういう連中を潰すべきだと思ってるのは、いつ誰に標的にされるか分からないのが理由だから、安全になると気が緩むのかもね」


 私だって理解が無い訳じゃ無い。気が立つというか、頭に血が上るというか…… 感情的になりやすいだけだ、少し限り。リスクを考えれば、そうなるのも仕方ないだろう。


「まあ、軽犯罪程度、今じゃ誰がやっててもおかしくないですし、そのくらいはノーカンでもいいのかもしれませんね」

「今度みんなで倫理観のすり合わせしようよ。状況が状況だし、対応の仕方を変えざるを得ないから」

「おっけー」


 この地区の外にいる人々も見るだろうし、ここが安全であることをきっちり伝えるべきだな……


「というか文面だけ発信してももう食いついてる人いるくらいなんだよね」

「じゃあ、私が対応してみましょう。人が矢面に立っとけば多少はマシになるでしょうし」

「まあ、そうするのが最善ですかね」


 日を改めて、集合する前に調べて分かった事が有る。地母神と呼ばれたそのAIは、本人の希望で死を


 取り敢えず集合場所が管理塔の前か。さっさと行ってしまおう。

 徒歩でもうすぐ着くという所で、記憶にある顔が目に入る。



「あ! 氷川さん!」

「ん、ハック?」

「酷いじゃないですか! あれからデバイスだけ取ってくなんて!」

「ああ……」


 デバイスだけ持ってかれた挙句、むりやりうちに連れてこられたのか。不憫っちゃ不憫だな。ヤクミとかいう奴に悪い影響を受けてないか心配なくらいか。


「氷川さんも働きに来たんですか?」

「ああ、まあそんなところ……」


 主催者側だなんて、変な事口走れないもんなあ。


「一生働く機会なんて無いと思ってたんですけど、幸か不幸かこんな事があって、喜べばいいのか、悲しめば良いのか、良く分かりませんね」

「そうね。あんまり嬉しくはないかな」


 ここまで来ると申し訳なくなってくるな。


「師匠とやらは一緒じゃないの?」

「自分にしかできない事が沢山あるって言って行っちゃいました」


 どうせロクでも無い事をしてる癖にな。 一応、顔に出ないよう気をつけよう。


 すっかり平凡な広場と化した管理塔の前には既にある程度人が居た。ざっと見て七十人くらいだろうか? 猶予一日で集まったにしては上出来か。目を引くのは中央で馬鹿笑いしている連中だ。ナラクもそこから少し離れた場所に佇んでいる。


 さっきの爺さん婆さん達に、ナラクのに連れられてた奴等…… 酒と煙吸いまくって酔ってるでしょ、これ。


「なんか怖い雰囲気ですね」

「こんなひどい有様になるとはね……」


 ナラクよりも更に離れた隅に、険しい顔の女性が一人立っている。随分きっちりした服を着ているな。見た事の無い背表紙の本を眺めている。AIに関連するっぽい雰囲気ではあったな。広場をぐるっと大回りし、こっそり後ろに回って中身を軽く盗み見てみた。


 無限大に計算できる筈の機械をオーバーフローさせる…… AIが制御している事を逆手に取って、機械側を故障させてからAIを停止させた事例か。余程精密にやらないと異常検知されて直されちゃうでしょうに、とんでもない技術の持ち主がいたものだ。


 理論上はAIは人間や機械より反応速度が僅かに遅れる…… おお、私の理論と類似してる。……酷く粗削りだけど、こんな前例があったのか。論文として出してくれれば良かったのに。


 こんなのを読んでるならこの人はかなり優秀なんじゃないだろうか? 後で話を聞いてみたいな。そっとその場を離れる。そろそろ時間だ。広場の前に行く。


「よーし、何か気の利いた事でも言いましょうか」

「あんまりアドリブかまさないでくださいね? ご主人」


 小型の拡声器の調子を確認する。こちらに視線が集まったという事は、ちゃんと機能しているな。


「えー、どうもお初にお目にかかります。氷川です。趣味でAIに触れてるだけの一般人、ですが……」


 どっかから、どの口が言ってるんだと聞こえた気がする。うちの子か? 女性か? 男性か?


「訳あって、この地区、いや…… 全世界の治安、インフラの回復の為の労働力不足に対して尽力する事になりました。……というのは、まあどうでもいいでしょう」


 ここでアドリブぶっこむのかと、胸ポケットからツッコミの声が聞こえた。


「下された判断は一つ! 機械とAIを増産し、この地区を中心に、"安全地帯"を増やし続け、一秒でも早く世界の平和を取り戻すこと! そしてその手段として、金銭が用いられること!」


 お、結構良い感じに食いついてる。ちょっと良い感じだ。


「人々の為に一刻も早く平和を取り戻す! その為に尽力すべきです! ……そしてその気がなくとも!この中に一生働く機会が無かった筈の人がどれだけ居るでしょうか! しかし、今、無数の需要が目の前にある! 寿命の克服? 一時の贅沢? 何でも良い! 機会なら目の前に有る! このチャンスを逃す人など何処に存在するの? 御託はおしまい! 手筈は各自に配布されるから、確認して! はい、解散!」


 皆が端末を受け取る。リョウが用意した物だ。一人として画面から目を離している者がいない。


「うわっ!」


 例外が一人いた。


「氷川女史…… 人に扇動と言うのは問題無いが、これは……」

「いや、これは、人の為に、やってること……」

「そうなんだよ。これは別に責める事じゃないんだが…… こういうのは初めてか?」

「ええ。そうだけど?」

「初回でここまで話せるのか? 才能があるんじゃないか?」


 まずい、私にブーメランが……

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