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悲願花  作者: 非常食
7/7

7終

数年が過ぎた。庭園の一角に、赤い花がまとまって咲いている。季節の境目にだけ現れるその花は、葉を持たず、細い茎の先で燃えるように広がっていた。世話をする庭師が言う。「彼岸花でございます。花が咲いている間は葉がなく、葉が出る頃には花はもうありません」その説明は、ただの事実のように静かに置かれる。


小さな靴音が近づく。あの子はもう歩けるようになり、庭園を一人で進む。花の前で足を止め、じっと見つめる。指先を伸ばしかけて、やめる。誰に教えられたのか、触れてはいけないと知っているような動きだった。


「ここにおります」


ふいに、その子が口にする。柔らかく、覚えたての発音で、けれどどこか整っている言い方。庭師が目を細める。「まあ、どこで覚えられたのかしら」近くにいた侍女が笑う。「あの子、よく言いますのよ。落ち着く言葉みたいで」


「ねえ、どうしてその言い方をするの?」


侍女の問いに、その子は首を傾げる。少し考えたあと、答える。


「だいじょうぶだから」


意味は十分ではない。ただ、言葉の形だけがよく整っている。言ったあとで満足したように頷き、再び花を見つめる。


少し離れた場所で、ハイリはその様子を見ている。呼ばれはしない。必要とされていないわけでもない。ただ、名を呼ばれることが減り、代わりに指示だけが届くようになった。それでも距離は近い。手を伸ばせば届く場所に、いつもいる。


「似てきたわね」


誰かが言う。


「ええ、あの子は吸収が早いもの」


軽い会話が風に紛れて流れる。ハイリは聞いていないふりをする。視線はただ、その子に向いている。


その子はふいに振り返る。ハイリの方を見る。目が合う。ほんの一瞬、間がある。


それから、その子は小さく笑う。


誰に向けたものでもない、ただの反応。それでも、確かにこちらを通ったように見える。


ハイリはわずかに頷く。近づかない。呼ばない。手も伸ばさない。ただ、その場にいる。


庭師が続ける。「花と葉は、同時には存在いたしません。どちらかが現れるとき、もう片方は姿を消します」


誰も返事をしない。ただ、赤い花だけが風に揺れる。


その子はもう一度、同じ言葉を口にする。


「ここにおります」


発音は、最初よりも整っている。


ハイリは静かに目を閉じる。


それでいいと思う。


自分がここにいなくても、その形が残っていくのなら。


彼岸花は、葉を持たないまま咲き、やがて静かに姿を消す。


その代わりに、別の季節に葉が出る。


同じ場所で、別の形で。


ハイリは何も言わない。


ただ、そこにいる。

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