その道の歩きかた
頭の痛みに、目が覚めた。
もっと眠っていたかったのに、ズキズキとぼくに主張をしてくる。
早く起きろと、いつまでも寝ているなと。
それがあまりにもわずらわしくて、ぼくはゆっくりと眼を開く。
瞳に映るものは、覚えのない光景だった。
「どこだよ、ここは」
よくある話でうんざりするが、またどこかに運ばれたらしい。
でも眠る前のことなんて一つも覚えていないので、それもまた仕方がない。
一面の花畑が美しく、ぼくがもたれていたのは大きな木だった。
柔らかいベッドには勝てないけれど、これはこれで心地が良く、動き出すのがおっくうになる程だった。
それでもゆっくりと立ち上がる、身体を走る痛みがぼくの顔をしかめさせた。
「さて、どうしようか」
思い当たることもなく、頼れるナニカも思いつかない。
ならば歩くしかないだろう。ぼくは花を踏まないように、一歩ずつ前に進んだ。
色とりどりの光景は眼に優しいようで、目に痛い。
花々を見ても心は癒えず、なにかを責められているようで嫌な気分にもなる。
そんなものは思い込みだと、ぼくは進む。
なにかが見つかると嬉しいな。
散策していても何も見つからない。そして何かを思いだすこともない。
記憶を失ったわけではない、ルシルやフルーツのことは覚えている。
どこかにいるのか、それとも死んだのか。
「いや、そもそも」
よく思い出せ、どこまで覚えている?
なんだっけ、思い出せない。
「月で、暴れていたような?」
動き回って走り回って、大変だったような気がするけど。
具体的には何も思い出せない。誰が生きていて、誰が死んでいるのか。
「……こういう時は、どうしていたっけ?」
誰かが親切に教えてくれるんだっけ。
エキトじゃなくて……。
「そうか、セカイだ」
すっかり忘れていたけど、一つ一つ思い出していく。
あれが便利に教えてくれるはずだ、どこにいるんだろう。
そういえばこの花畑も、あいつの世界にあるものだった。
よくこんな場所で、つまらない話をしたんだった。
「で、どこにいるんだ?」
とりあえず横にはいなくて、見える範囲にも見当たらない。
ここが本質世界なら、どこにいてもぼくのことがわかるだろうに。
「おーい、セカイ」
声が響くけど、答えるモノはない。
ぼくの声が聞こえないのか、それとも返事をする気がないのか。
どちらでも構わないか、それならそれでいい。
「よいしょ」
一面の花畑は、足の踏み場がないことを指している。
ゆっくりと歩いていても、少しずつ潰れていく姿が痛ましい。
出来るだけ傷つけないように踏みつぶしても、やはり壊れていくのがよくわかる。
それでもぼくは、座り込んだ。
「色々と無視をすれば、やっぱり地面よりは柔らかいな」
頭上を見ると真っ暗だ、この世界には空に灯りを求めない。
いつだって光るのは花たちだ、命を燃やすように淡く光っている。
これがぼくを導いて、そして安心を与えてくれた。
真っ暗な世界は嫌いじゃないけれど、この光は温かい。
「さあ、どうしようか」
何も思いつかないし、何も目的はない。
元の世界に戻りたいとは思うけど、戻ったところで何もない。
ならもういいのかと、少し悩んだ。この世界でのんびりと生きるのも、否定できるほど悪くはない。
このままセカイが現れないでくれたら、帰れないと言い訳が出来るのに。
「でも、やっぱりよくないよな」
この世界は美しく、ずっといたいとすら思わせてくれる。
でも足の踏み場がないんだ、どこにいても花を潰す。
少し歩けば踏みつぶし、走ってしまえば舞い散らせるだろう。
なにもない地面ならいいのかと言えばそうでもないけれど、何かを傷つける自分は好きじゃない。
セカイには悪くないのだろうけど、ぼくには罪の意識すら感じてしまう。
この世界は嬉しくない。だから、なんとか戻ろうと思う。
『あはっ。ならこうしようか』
帰還を考えていると、誰かの声が聞こえてきた。
少しだけ驚いていると、周りに劇的な変化が起きる。
一面に咲いていた花たちが全て散ってしまい、なにもない地面が現れた。
そのままコンクリートで舗装されて、まるで都会のアスファルト。
自然など一つもない、良く見慣れた景色になってしまった。
『これならいいでしょ。全ての花を散らして、淡い光りごと壊しつくしたよ。味気ないアスファルトなら、むげんの心は痛まないよね』
誰かの声は、そう囁く。
すべての命は自分が散らしたのだから、その上を歩けばいいと。
つまらない罪悪感は自分の手を汚すから。代わりに誰かがやれば何も気にならない。
声の主は、そう言っているのだ。
「ああ、そうだな」
だからぼくは、その通りだと答えた。
自分の手さえ穢れなければいいと。
だってそうだろう、ぼくが歩くには道がいる。花が邪魔なことに変わりはないのだ。
それがないのなら、不満は一つだけ消える。新たな不満が出来るとしても。
でも、一つだけ違うこともある。
「許しをくれたら、自分でやったのに」
罪悪感とか、美しい花を散らす嫌悪はあるけれど。
それはそれとして、ちゃんと掃除をしたのにな。




