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27:月の裏側を覗く

 更紗ちゃんはワインを飲みすぎて、眠ってしまった。

 ソファーに寝かせ、寒くないように羽毛布団を掛ける。老舗布団メーカーの最高級品だけど、柄が選べないので、お買い得だ。カバー掛けちゃえば、分からないしね。

 

 ――さて……と。

  

 彼女から聞き出した話を要約すると、更紗ちゃんの実家は仏教系の学園を運営していて、創立以来、懇意にしている大きなお寺があるそうだ。

 その家は男の子二人で、寺は兄ではなく弟が継ぐという。その弟は大学卒業後、修行に出ていたが、この春、いよいよ戻ってくることになった。そこで、一、二年の内に身を固めるのもいいだろうという話が持ち上がる。

 その相手として白羽の矢が立ったのが、幼馴染である更紗ちゃんだったという。


『去年の法事の席で、親同士が盛り上がって、勝手に決めてきたの!』


 更紗ちゃんは憤るし、私も、それは酷いと思った。

 当然のように、両親のみならず、本人にも、結婚の意思はないことを伝える。

 なのに、誰も本気にしてくれなかった。

 

 はじめは、そんなことある? と一緒になって怒っていたけど、どんどん雲行きが怪しくなってきた。


『私、清澄きよすみのことなんか、好きじゃないもの!』


 そう叫んで、更紗ちゃんがワインをあおる。その表情が、台詞とは真反対のように見えるのだ。

 おそらく、親御さんもそうなのだろう。それどころか、相手側のご両親も。

 そんな娘に母親は、どこからか竹取家の嫁取りの話を持って来た。『あなたがそんなに言うのなら、この課題を受けてごらんなさい。見事、合格したら、あなたの決意を認め、意志を尊重してあげる』


『それで受けちゃったの?』


『うん……だって! だって、仕方がないじゃない』


『相手の方はそのこと知っているの?』


 そう言えば、当の相手方が更紗ちゃんのことをどう思っているかも知りたい。二人で同じ気持ちなら、いくら親同士が意気投合したからって、無理強いは出来ないだろう。江戸や明治時代でもあるまいし。今は自由恋愛が認められる現代なのだ。


『……知ってます。

私が竹取家の課題に挑むって言ったら、頑張れよって、言われました』

 

 ここでワインの消費量が一気に上がった。

 相手方は更紗ちゃんを引き留めはしなかったが、婚約を解消するのに協力する姿勢もないようだ。それが更紗ちゃんには、悲しいようだ。目が潤んだのは、酔いのせいじゃない。

 そして、問題は征吾さんだ。


『つまり更紗ちゃんは征吾さんの婚約者になりたい訳じゃない……?』


『ないです。課題の全部に合格しても、竹取の御曹司とは婚約するつもりはありません』


 ああ、御社で是非とも働かせて下さい! と熱意と実力をみせておきながらの内定辞退か。ありと言えば、ありだけどぉ!

 

『あちらがこちらを選ぶなら、こっちだって選ぶ権利があります』


『でも、表向きは更紗ちゃんの方から希望しているのでしょう?』


『私が断った方が、輝夜さんには都合がいいじゃないですか』


 それはそうだけどぉ!


『征吾さんを断るなんて……』


 いくら事情があると勘付いていても、こんなに振られ続けたら、自信を失いそうだ。


『うわぁ』


 すると、自分の好きな相手が、全世界の人間にとって憧れの的とでも思っているんですか? みたいな視線で見られた。


『こんなこと言いたくないけど、竹取征吾って、あんまりいい噂、聞かないですよ』


『え……?』


 大丈夫ですか? また騙されてないですか?

 そんな風に心配する更紗ちゃんの実家の学校からは、竹取物産に就職している学生が多くいた。そのルートで仕入れた情報から、竹取征吾はずばり――『悪鬼みたいに仕事する人』だそうだ。


『石橋家の杏子さんの上位互換みたいな感じだったんじゃないですか?

アメリカではちょっと強引な仕事もしていたとか……なんとか……』


 更紗ちゃんの語尾が消えていくのは、私の眉間の皺のせいだろう。

 そんな風には見えない……。けど、私が見たくないだけなのかもしれない。

 そう言えば、征吾さんが杏子さんを評した時、どんな顔をしていただろうか。


『私も直接、本人を知っている訳じゃなくて、隆道さん……清澄のお兄さんなんですけど、竹取征吾とは高校の時、同級生だったと聞いたので、探ってみたんです。

そこで、輝夜さんの話を教えてもらいました。竹取征吾に関しては、人間性に若干、問題があって、結婚生活には不向きなんじゃないかという答えをもらいましたので……一応、教えておいた方がいいかなって』


『……ありがとう』


 彼をよく知る人間の話を初めて聞いた。私のワインの消費量もあがるというものだ。

 にしても、竹取物産と更紗ちゃんの実家は、そんなに繋がりはないようだが、全くないわけでもないのに、大丈夫なのだろうか。


『学生さんが多く就職しているのに、内定辞退……じゃなかった……課題をこなした上で婚約しないなんてことしたら、心証が悪くならない?

契約を反故にする訳でしょう?』


『……出来なかったら、結婚しますよ』


 どうにでもなれ! と言わんばかりだ。そんなに”清澄さん”とやらと結婚したくないのだろうか? どうしてもそうは見えない。


『でも、今は輝夜さんがいるじゃないですか!

だから私に協力して下さい。

私が他の候補者たちを蹴散らす。その上で婚約を辞退すれば、竹取家の嫁探しは振り出しに戻ります。

その後は……竹取の御曹司に頑張ってもらいましょう。

それこそ、その頑張りを見て、輝夜さんに相応しいと思ったら、私も応援します!

もし、そうじゃなかったら、竹取征吾は輝夜さんの相手じゃなかったんですよ』


 『いい取り引きだと思いませんか?』更紗ちゃんが私の手をガッシリと握った。

 正直、魅力的な提案だとは思う。

 でも……。


『お願い。輝夜さん!』


 そして、更紗ちゃんは潰れた。

 「パワーストーン売って下さい、輝夜さぁん」「清澄の馬鹿ぁ」「まんじゅう怖いよぉ」という寝言を断続的に繰り返した後、穏やかな寝息を立てた。

 一人、デザートとして、手作りベリーミックスのジェラードにワインを注いだものを食べながら、窓の所に行くと、今宵は満月だった。


「征吾さん……悪鬼みたいって、どんな仕事ぶりだったの?」


 確かめようにも連絡先を知らない。二人でそう決めたのだ。

 婚約者関係を清算するまでは、距離を縮めない。だけど、征吾さんのことを知っておくことは、どうやら必要なことのようだ。

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