26:ある限り見せ給へ
美弥さんのレシピ本によると、炒めた玉ねぎとパセリをコンソメでことこと煮たものをミキサーで粉砕し、それを鍋に戻す。牛乳を入れて、もう一度、温め、味を調えれば、簡単パセリポタージュスープが出来る。
美弥さんはベランダで育てていたパセリを利用していたようだ。パセリは育てやすいし、栄養が豊富なんだそう。それも鉄分とか食物繊維とか、女性に嬉しい野菜なのだと、レシピ集の隅に書かれていた。さらに応用として、キャベツ、マッシュルーム、ソラマメなんかで作っても美味しいとあった。
そこで私は、乾燥玉ねぎと乾燥マッシュルームで作ることにした。理由は簡単で、新しい食材を買う前に、自宅に買い込んだものを消費しなければならないから。乾物は保存が効くだけでなく、うまみがぎゅうっと凝縮されている。マッシュルームの戻し汁に、野菜スープの素を入れる。ショッピング・シャワー・チャンネル/グルメ部門第一位の野菜スープの素を使えば、なんでも美味しくなる。
いい香りがしてきたスープを粉砕するのに、ミキサーではなくハンドブレンダ―を使う。
「鍋やボウルに直接入れて使えるので、ミキサーを出す手間も、洗う手間も省けます。
刃が底に当たらないように、ガードがついているので安心ですね。
アタッチメントを変えれば、泡だて器としても使えます」
うん、煮込みが足りなかったせいか、ちょっと舌触りが粗いけど、味はいい。
材料を粉砕しながら加熱するという、海外製のもの凄い馬力のミキサーもあるけど、今日はこれでいいだろう。
メインは冷凍のアボカドとエビを使ったパスタ。
予めダイス状にカットしてあるアボカドもグルメ部門ではかなりの人気商品だ。なにしろ、買ってきて、切ってみたら痛んでいたというリスクがないし、いつでも好きな量が使える。
エビも同じで、下ごしらえの手間が省ける。
サラダも冷凍野菜を使った温野菜。ブロッコリーにカリフラワー、アスパラ、ニンジン、それにベイクドポテトだ。ドレッシングはイタリア料理研究家が監修したブランドの商品で、パスタとオリーブオイル、味付けに使ったガーリックハーブソルトもそうだ。なんなら、エプロンも同じブランドである。「明るいエプロンやキッチン小物を使えば、調理タイムも楽しさ倍増! 料理も美味しく出来ること、請け合いです」
デザートは、冷凍のベリーミックスを材料に、アイスクリームメーカーで作ったジェラードにすべく、仕込んでおく。
「これがあれば、濃厚なアイスクリームは勿論、口溶け滑らかなジェラードから、さっぱりシャーベットまで、ご家庭で手軽に作れます。こだわりの材料から、ヘルシーな食材まで、いろいろなアイス作りに挑戦してみてはいかがでしょう?」
「輝夜さんのお宅って、ショッピング・シャワー・チャンネルの商品で構成されているんですね。
なんなら輝夜さん自身も」
一緒に料理をしている更紗ちゃんが嘆息した。
それは感心しているのかしら? それとも呆れている?
かなり量が減った冷凍庫を覗く。ショッピング・シャワー・チャンネルが扱う食品の多くが冷凍食品か乾物系なので、それを保存するために、私の部屋には冷凍庫が別にある。業務用だ。
便利なことに決して異論はないが、多くのお客さまが保存に関して苦悩していることは知っている。
年末ともなるとクリスマス用のチキンにケーキ、年越し用のお蕎麦に、それに乗せる天ぷら、お正月用のお節一式、蟹やら魚卵やらなにやらで、一般家庭の冷凍庫の許容量を越える。そうなると買い控えがおきるので、こちらとしてもなんとかしたいのだけど……業務用冷凍庫を買って下さいとは言えない。さすがに扱ってないし。我が家の業務用冷凍庫は、電気屋で買った。
「おかげで食費が大助かりだわ」
その業務用冷凍庫に貯めこんでいた食材や食料をやりくりすることで、ここ最近は、牛乳と卵くらいしか買ってない。
「……でも、結局、輝夜さんが買ったんですよね?
それって、味噌汁がしょっぱいから塩分が濃すぎるって、お湯で薄めて全部、飲んでるようなものですよ」
つまり塩分は同じ量だし、使ったお金が減る訳でもない。
「それから、余裕が出来たからって、また詰め込んじゃ駄目ですよ。
収納スペースを作ると、物が増えるんですよ。
整理したいのなら、捨てることです」
うわぁ、耳が痛い。
キッチンの棚を開ければ、収納便利グッズが並んでいる。すっきり仕舞ってスペースが空くと、そこに物をしまいたくなるのよね。
「に……人間だもの!」
「何言ってるんですか。人間ならば理性を働かせて下さい」
出来た料理をリビングに運ぶ。
あれからマメに掃除をしていたおかげで、綺麗な部屋だ。便利掃除道具の力も大きいけど、忙しく働いていたって、掃除は出来る。なんなら、掃除サービスに頼んでもいい。ショッピング・シャワー・チャンネルは、物だけでなく、その手の商品も取り扱っているのだ。将司に甘えなくたって、部屋を綺麗にする方法なんて、いくらでもあった。料理だって、随分と上達した。二人で一緒に家事を担当すればよかったのかもしれない――。
「ワインは何にする?」
ワインクーラーの中には各国のワイン。決して高くはないが、バイヤーが選んできた、味に自信の品々だ。
「私、詳しくないので、お任せします」
「私もそんな詳しくないんだけどね」
白にしようか。
手前にあったワインを適当に取る。裏を見ると『輸入元:オオノフーズ』とあった。
「どうしたんですか?」
「……いや、ちょっと」
そう濁してみたが、ここ最近のオオノフーズとの打ち合わせのこと思い出していた。
前回の成果がすこぶる良く、また前々回、取り扱った青汁林檎ジュースのゼリー状タイプの売れ行きも良かったことから、本格的に扱うことになった。それで今度も小野さんが来たのだが、一緒に、同じ研究部門で働いているという女性社員も随伴してきた。
それは別にいいのだけど……なにか引っかかるのよね。
『彼女も輝夜さんの仕事ぶりを勉強したいそうです!』
小野さんは嬉しそうだったけど、彼女はどこか浮かない顔だった。はじめは緊張しているのかと思い、いろいろ話しかけたものの、話は弾まない。この間は、青汁林檎ジュースの新しい飲み方を提案する会議だった。正統派の組み合わせから、キワモノと思えるようなものまで、とにかく手当たり次第に試すので、これは美味しいとか、これはあり得ないとか、普段は大いに盛り上がる会議なのだが、その時も、なんだか冷やかな視線で座っていた。
もっとも、落ち着いた風の女性だから、私がはしゃぎすぎているように見えて、不真面目だと思われた可能性もあった。
「私、嫌われてしまったかも……」
「誰にですか?」
サラダを取り分けはじめた更紗ちゃんの前で、私はワインの栓を開けようと奮闘していた。
「うーん……更紗ちゃんに……とか?」
ポンっと、小気味がいい音がした。
「私ぃ? そんなこと、ないですよ」
「でも、ほら……私、征吾さんと……」
「それなんですけど。
相手にも好きな人がいるって、そりゃあ、ありますよね」
グラスに赤い液体を注ぐ。
更紗ちゃん、今、『にも』って言ったわよね?
そこを速攻で攻めるべきか、迷う。
どうぞ、とワイングラスを差し出すと、更紗ちゃんは一気に煽った。自棄酒か?
「ああ、どうしよう。
輝夜さん、石橋姉妹みたいに私を助けてくれませんか?」
「更紗ちゃん……私の行動、探っていたのね」
私が石橋姉妹のアテンドをしている間、更紗ちゃんも竹取家の課題をこなしていたのだ。
だから、杏子さんのこと、あんなに聞きたがったんだ。
「ごめんなさい」
謝られたけど、あまり悪びれた感じはない。
「だけど、それってずるくないですか?
私だって、輝夜さんがアテンドについてくれたら、負ける気がしませんよ」
「私が足を引っ張るとは思わないの?」
そう聞くと、「ないない」と手を振られた。
「だって、売り残すなんて、輝夜さんのプライドが許さないじゃないですか」
その通りです。
更紗ちゃんはマーケティングとショッピング・シャワー・チャンネル仕込みの話術で、二つの課題を順調にこなしたらしい。
「もともと、テレビショッピング業界に携わろうと思ったのも、マーケティングに興味があったからです。
マーケティングって、統計と心理学を組み合わせてあって、すごく面白いと思います。
あ、勿論、輝夜さんに憧れたこともありますよ。
それで二つ目の課題までは順調だったんです」
「それはどうも」
その尊敬も、あの夜で大分、削られたけど。はぁ、私、また将司のこと考えている? けれども、更紗ちゃんの前で征吾さんのことを想うのも、憚られた。
もっとも、更紗ちゃんは自分のことで頭がいっぱいのようだ。
「でも、次の課題は無理!」
「何を売るの?」
聞くと、我が意を得たとばかりに更紗ちゃんの目が輝く。
「石です」
「石?」
「パワーストーンですね」
可愛い顔が顰められた。
なるほど。
彼女の一番、苦手とする分野らしい。
「もう! 私、非科学的なこと大っ嫌いなんです!
石に価値がないとは思いません。建材としての石とかはむしろ好きです。
だけど魔除けとか、恋愛運が上がるとか、幸運を呼び込むとか、金運が良くなるとか、そういうのは受け入れられないんですよ!」
征吾さんがワーカホリックなら、私はテレビショッピング脳。ならば更紗ちゃんは理系脳と言うべきか。彼女はテーブルに置かれたワインを奪うように取り上げ、自分のグラスに注ぐ。
「更紗ちゃんはどうしてそこまで、そういう……ちょっと不思議な力が嫌いなの?」
「どうして輝夜さんは、そんな非科学的なこと、信じられるんですか?
そんな流説を広めるようなことに手を貸したくないです」
「信じている訳じゃないけど、そこまで拒絶するようなものでもないわ。
頼り過ぎなければ、そういうものに少しだけ気持ちを預けてみるのも、精神の安寧に役立つことだってあるでしょう」
「私は――!」
「嫌なんですよ」と更紗ちゃんがテーブルに突っ伏した。いつも元気なポニーテールまでしおれたように垂れさがる。
「ねぇ、私に助けて欲しいって言った?」
「――言いました」
「じゃあ、本当のことを打ち明けて。
そうじゃないと、何を助けたらいいのか分からないわ」
竹取家の課題としてパワーストーンを売るのか。
それとも、別の問題を解決するのに助言が欲しいのか。
「けど、輝夜さん……物を売るのは大得意だけど、そっち方面全然、駄目駄目じゃないですか」
そっち方面……ときたか。
やはり更紗ちゃん”にも”好きな人がいるようだ。征吾さんじゃなく、別な人が、ね。




