25:気持ちは半月
「こんばんは! 本日は、大、大、大人気の”スプリングフラワー”の春の新作尽くしのご紹介です。
ゲストはデザイナーにして女優の梅花谷 椿さん。そして、アテンドは私、讃岐輝夜です。
よろしくお願いします。
番組開始から、ものすごい数のお電話をいただいております。
早速、ご紹介をはじめましょう。
まずは、春の風を感じる、軽やかなスカートです」
「とっても春らしくって、動くたびに揺れるのよ。
淡い色合いだけど、ラインも綺麗で、ほっそりと見えるでしょう!」
椿さんとの掛け合いが、ずっとスムーズになった気がする。
前は置いて行かれないように、喰い付くような感じだったのだと、今更ながら思う。
もっとも、その違いを見ている人は気づいていないかもしれない。
なにしろ、今頃は、電話やネットで注文するのに必死だろう。画面に出されている在庫状況が一気に紫色に変わる。
「桜ピンクは全サイズ、ウェイトリストとなりました」
ウェイトリストのことを思うと、頬が熱くなる。
「ウェイトリストの場合、注文した商品の確保を保障出来ません。ご了承下さい」
「もっと作れればいいのだけど。ごめんなさいね。
でも、他にも素敵な服を用意しているから。
次は何かしら? 輝夜ちゃん」
「あ、はい! スカートとセットアップ出来るジャケットのご紹介です。
組み合わせれば、フォーマルな席にもぴったりです」
椿さんの対応がいつもと違う。こんな風に、私の進行に合わせてくれたことははじめてだ。
以前までは言葉がぶつかってしまうこともあったけど、今日はそれもない。
椿さんはスカートを握りしめ、視聴者に訴えかける。
「スカートを手に入れた方! 同じ色のジャケットを買うのを忘れずにね!
でも、このジャケットはカジュアルなパンツにも合うの。
だから、スカートを手に入れられなかった方も、諦めないで!」
無茶苦茶な要求だ。私は思わず笑う。
「椿さんったら……みなさま、インターネットのスマート注文や、電話でのダイレクト注文などを活用して、是非、手に入れて下さい」
”スプリングフラワー”の番組は、相変わらずウェイトリストの嵐だった。つまり完売ということ。
「みなさま、ありがとうございました。
この春も素敵なファッションで素敵な毎日を!」
そう締めると、椿さんが意味ありげに流し目で見た。
「輝夜ちゃん。お化粧変えた?」
「いえ」
「そう? じゃあ、何かいいことあった?」
「いいこと……ですか?」
半々だ。
告白されて嬉しいけど、付き合う訳にはいかない。
「恋!?」
「ち……いや、その……」
「もう、やだぁ、輝夜ちゃん!
正直なんだから!
そんな恥ずかしがることないわ。
そのせいかしら? 今日はとってもやりやすかった!
あ、いつもそうだったけど、なんだろう? とにかくやり易かったの」
「ありがとうございます」
これは素直に嬉しいことだ。
「もしかして、小野さん?」
「え? あ、そうです」
これに関してはそうだ。頷くと、椿さまが手を打って喜んだ。
「やっぱり!?」
「はい。
小野さんとの番組はいい経験になりました。
自分の欠点に気付くことが出来て……椿さんにも今まで、ご迷惑をお掛けしました」
これまでのひとりよがりなアテンドのことを詫びると、椿さんはあからさまにガッカリした顔をしたが、すぐに切り替える。
「そっか。
で、輝夜ちゃんの好きな人って、誰なの? 会社の人? 私の知っている人?」
「それは……」
言えない。
椿さんは全国どころか海外にも進出している大型商業施設などを経営している梅花谷家の夫人だ。おそらく竹取家とも取引がある。さらに椿さんには娘が一人いる。芸能活動をしている上に、椿さんの盟友・白梅の君こと白加賀沙紀さんの一人息子であり、新進気鋭の映画監督である男性と婚約していることを公にしている彼女は、竹取家の婚約者選定競争に加わってはないだろうが、年頃の娘を持つ資産家夫人の耳に、その話題は届いている可能性は高い。私が横恋慕しているだけなら問題がないだろうが、椿さんにそう思わせるほどの演技力は到底持ち合わせていないのだ。今だって、もう、恋をしていることがバレバレなんだもの。
征吾さんの名前なんて、絶対に出してはいけない。
「私も知りたいわね、輝夜ちゃん」
”スプリングフラワー”ファッションで固めた真理子さんも来た。難しい顔をしている。
「輝夜ちゃんはプライベートを詮索されるの、嫌かもしれないけど……心配なのよ」
また変な男に引っかかっていないか。言外にそう含まれていた。
「今度はきちんと仕事している人よね?」
それが最低限だと言わんばかりだ。
「それは……」
征吾さんは仕事をしていない。いいや、週三日の短時間のアルバイトをしている。三十二歳・男。
う……事実だけ抜き出すと、真理子さんに怒られそう。けど、今は過労で休職中なだけで、復帰すれば仕事はあるはずだ。本人も勤労意欲は失っていない。
将司とは違う。
「してないの!?」
「あら、不労所得の方?」
真理子さんの目はつり上がり、椿さんはお金持ちの発想をした。確かに竹取物産の御曹司なら、働かなくても生きていけそうだ。だけど、征吾さんは仕事が大好きなのだ。倒れるほどに……うーん、倒れるほど仕事が好きって、不安要素かもしれない。
そんなことを考えている間に、二人に壁際まで追い詰められる。真理子さんなどは、もう私の恋の相手の粗を探そうと躍起になった。
「当然、独身よね?」
「……それは、間違いなく」
ただし、結婚相手を決め損ねて、婚約者候補が競い合い中だ。
これが目下の所、一番の問題なのだ。
誰とも正式な婚約は交わしていないが、かと言って、完全なフリーとも言えない状態。
「このどろぼう猫!」と罵られても、文句は言えないだろう。
「なんか怪しい」
「輝夜ちゃん、おばさんたちのこと、煩わしいと思うかもしれないけど、人生の先輩として、アドバイスしてあげられることって、たくさんあるわ」
とてもおばさんには見えない、美貌の女優がそう言ったところに、助け舟がやって来た。
「輝夜さーん、次の番組のことで聞きたいことがあるんですけど」
「更紗ちゃん! すみません。仕事中なんで……」
これ幸いと、そそくさとその場を立ち去る。
「それで何? 聞きたいことって?」
二人から十分、距離をとったところで聞く。
「私、知ってますから」
振り向いた更紗ちゃんが、ぼそりと言った。「輝夜さんの新しい恋の相手」
「――私も知っているわ。更紗ちゃんのこと」
征吾さんが教えてくれた。
彼の婚約者候補の一人が、更紗ちゃんだということを。
「更紗ちゃん、いい家のお嬢さんだったのね」
「祖父が私立の学園の理事長なだけです」
「征吾さんのこと、好き……なの?」
ならば諦めないといけないと思った。
「そうです」
更紗ちゃんのきっぱりとした口調に、私は膝から力が抜け落ちる感覚がした。
さっきの覚悟なんて嘘だったんだ。私は”ニイナ”と同じ、浮気女になるんだ。それとも愛人? ヒモの次は愛人。そんな未来が待っているなんて、恋に恋する乙女だった頃には想像できなかったことだ。
「あの……ごめんなさい。嘘です。
そんな顔、しないで下さい」
「嘘?」
「……事情があって……」
ああ、またか、と思った。
なぜか、私が出会う竹取家の婚約者候補は、訳ありぞろいのようだ。
「詳しくは、今、ここでは……」
ちらりと更紗ちゃんは私の背後を見た。あの二人がこちらを観察している。
「分かった。じゃあ……家に来ない?」
外で食事をする資金がないのもあるが、話す内容が内容なので、出来るだけ人目を避けたい。
「輝夜さんの?」
「嫌?」
「いいえ。輝夜さんのお家に誘われたの、はじめてだなって」
更紗ちゃんは、ふふっと嬉しそうに笑った後、はっと口を押さえた。
彼女に限らず、あの部屋に引っ越してから、誰も家に誘ったことがなかった。
将司がいたからだ。
なにも彼氏がいたからって、友達を呼べない訳がない。そうしなかったのは――やはり、私の心のどこかに、将司を他の子に紹介出来ないという気持ちがあったからだ。
またもや、将司に投げつけられた言葉が浮かぶ。
私は、将司のこと、恥ずかしいと思っていたのだろうか……そうならば、将司を傷つけていた。
「輝夜さん」
「あ……ごめん。
いつにする?」
「早いうちに、お伺いさせてください」
予定を決めると、私たちは別れた。もう椿さんと真理子さんの姿もなかった。
フロアに置かれている自販機に目が行く。ああ、カフェラテが飲みたい。
それで征吾さんの言葉を思い出す。
『あの男のことは忘れて下さい。
輝夜さんがあの男のことで苦しむことなんてないんです。
もし、嫌な記憶が浮かんで来たら、代わりに私のことを考えて下さい。
あなたには、あなたを崇拝する男がいます』
心強いのと同時に、不安に襲われる。
半々だ。
――とにかく、更紗ちゃんの話を聞いてみよう。




