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Primula  作者: 澄葉 照安登
第七章 聖夜に灯れ
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聖夜に灯れ 1

 マフラーを巻く手に力がこもる。

 少し汗ばんだ首元にマフラーが触れ、くすぐったくて身動ぎをすれば学ランよりもいくらか重いコートの感触を思い出す。

 黒に近い紺色のそれの肩口をちらりと見て、いつもの通りかごに入っていた学生かばんを掴んだ。鞄を肩に掛けると厚みのあるコートのせいで手提げ部分がわずかに短くなったよう感じる。

 俺はそれを払しょくしようと鞄を肩にかけなおすと、ガチャンと音を立てたばかりの自転車のハンドルを撫でた。

「ハル、行くぞー」

「あ、うん」

 呼ばれて振り返れば、そこには俺と同じく厚着をした幼馴染が駐輪場を出ようと俺に背を向けている。

 ソウも俺と同じく茶色のコートにマフラー、灰色の手袋と、この時期自転車に乗る人間には欠かせないアイテムを余すところなく身に着けている。しかし、寒さに対抗するために身に着けているはずのコートはボタンがいくつか外れていて何のためにコートを着ているのかと問いたくなってしまう。

 俺と違って若干着崩してだらしなくも感じるソウに置いていかれまいと、惜しむかのように自転車を撫でていた手を止めて数歩先のソウのもとへと駆け寄る。その時に自転車を漕いで温まった体から吐き出された吐息が眼前に白い霧を作った。

 それを見たソウも示し合わせたみたいにほう、と白い息を吐いて呟く。

「寒くなったな」

「そうだね」

 俺は言いながら姿を隠した太陽を探すように空を仰ぎ見た。その拍子に首元が外気に触れ、途端に寒さを感じる。

 寒い、なんていうのはもうこのところ毎日のこと。時期も時期だ、熱いなんて口にできたのはもうとうに昔のことのように思う。体も寒さになれ始め、いまさらそんなこと口にする必要もなくなってきているというのに、曇天の空を見ればいつもよりも寒々しい雰囲気を感じて、首をすぼめてマフラーをもう一度強めに巻いた。

 隣を歩くソウを見れば、俺と同様、コートにマフラー、手袋と寒さを遮るための装備がしっかりと整えられている。それは、今まさに駐輪場に入ってきた生徒や駐輪場を後にしようとする生徒も例外ではない。

 本当に寒くなったのだなと視覚的にそれを自覚しながら、マフラーに埋めた口から吐息を吐き出した。

 そうしながら二人で一緒に駐輪場を出ると、昇降口へ向かう道の途中で見知った人影を見つけた。

「マコ、はよー」

 ソウが手を上げて言うと、昇降口前の人影がちらりとこちらを見た。

 総はそれを見てにっこりと笑い、俺は小さく手を上げて朝の挨拶の代わりとした。

 俺とソウは歩調を早めるでもなく、その場で待っていてくれた真琴のもとまで行くとちょうど三人並ぶ様にして歩き出す。

「マコ相変わらず寒そうだな」

 総がからかうように笑って見せる。ソウに倣って真琴の姿を見やれば俺たちに比べればずいぶんと薄着な真琴の姿が目に入る。

 黒い学ランは秋のころから全く変わらず、マフラーの代わりに身につけている真っ黒なネックウォーマーは百円均一に売っているようなうっすらとした生地のものだ。学ランの内側にはここ最近、そして去年の冬同様これまた真っ黒なカーディガンを着てはいるのだろうが、コートに手袋、そしてマフラーと防寒具一式を綺麗にそろえている俺たちに比べればやや、いやかなり寒そうな姿だった。

 ソウと同じ感想を抱きながら真琴を見ていると、俺たちの悪友はいつも同様そっけなくそっぽを向いて答える。

「別に、暑いよりマシだろ」

 言われて、もう何か月も前のことを思い出す。汗を滝のように流しながら暑い暑いと文句を言っていた真琴の姿を。

 暑さが苦手な真琴からしたら寒いくらいの気温のほうがまだ過ごしやすいのだろう。納得しつつ内心では苦笑いを浮かべた。

 三人そろって昇降口をくぐる。俺とソウはともかく、真琴まで一緒に居るのは少し珍しい。何せ家の方向が真逆なのだ。学校入り口で待ち合わせでもしない限り毎日一緒に昇降口をくぐるなんて言うことはあり得ないし、仮にそんな約束をこぎつけようとしたところで三人が三人とも教室に付けば会えるのだからそんなことする必要はないと口にするだろう。中でも真琴は真っ先にそれを口にするはずだ。

 だから、登校時に三人そろっているというのは珍しい。

 いつもソウの様子ばかりうかがっているけれど、今日はその隣にいる真琴にも視線が行く。

 二人とも何かをしているわけではない。ただ普段と変わらず外履きを脱ぎ捨てて上履きに履き替えるだけだ。二人だけじゃない、周りにいる生徒はみんなしている。俺だって、そうしている。当たり前のこと。

 けれど、俺はそれを自覚したくなくて、ここ最近ずっとそうしていた。

 時間は進んでいく。止まったりしない。

 それは当たり前のことで、止まってしまったり、流れ方が変わってしまうことのほうが異常なのに、俺はもうずっと思っていた。

 時間が止まればいい。進まなければいい。

 このまま世界ごと凍り付いてしまえばいい。

 荒唐無稽な話だ。何一つ現実的じゃない。リアリティも何もありはしない。

 けれど俺はずっと願い続けている。

 俺は二人より早く上履きに履き替えると、ポケットからスマホを取り出してその画面を見た。

 十二月十八日。デジタル表示されたそれを見ると時間を見ようと取り出したはずのスマホをポケットにしまってため息を吐いた。

 もう、あの時から一ヵ月以上の時間が過ぎていた。


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