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Primula  作者: 澄葉 照安登
第七章 聖夜に灯れ
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聖夜に灯れ 2

 十二月初めにあったテストも終わって、もう学校は午前授業になっていた。

 今週が終わればもう冬休み。そんなだから教室ではその話で持ち切りだった。昼食をとりながら教室の端を見れば、いつかのカップルは二人でどこそこへ行くなんて話をしているらしく、それを冷かしに来た男子生徒がヒューヒュー言いながら小躍りをしている。

 俺はそれをチラチラと見ながらため息を吐くために開いた口に卵焼きを放り込む。そうしていると、机をくっつけて一緒に昼食をとっていたソウが口を開いた。

「お前ら冬休み予定あんの?」

 いきなり問われた俺と真琴はそれぞれ箸を咥えたままにソウに視線を向けた。

 いきなりどうしたんだろうと目で訴える俺たちを見たソウは、唐揚げを口に放り込んで「んー」と唸るとそれを飲み込んでから言った。

「初詣、また三人で行くか?」

 言われて、もうそんな話が出るようになってしまったのかと思いながら咥えたままの箸をゆっくりと引き抜いた。

 十二月も後半に差し掛かろうとしている今、一月を迎えてからの話題が出るのは何の不思議もないというのに、俺はえもいわれぬ虚しさを感じていた。

 箸を引き抜くと同時、口から小さなため息が漏れるがソウはそれに気付いた素振りもなく話を進める。

「毎年三人で行ってたろ? どうするよ?」

 ソウが言いながら、俺のほうをちらりと見た。俺と真琴二人にではなく、俺に問いかけるように。

 俺はその視線を見て、視線を下ろして箸を止めた。

 ソウの言う通り、初詣には毎年今この場にいる三人で行くのが恒例となっていた。誰に何を言われるでもなく、正月が迫ると連絡を取り合い、三人そろって初詣に出向く。それは当たり前のことで、きっとソウが今ここでそんなことを口にしなくとも結局は冬休みの間に何度か遊んでいるうちにそんな話が出ていたのだろう。

 だから、今の視線でソウの言いたいことが分かった。

 今年ももう終わりに近づいているが、今年に入ってからというもの、ソウは何かイベントごとがあるときは決まって文芸部の面々を呼んでいた。間城がたまに混ざることくらいならば去年からあったことだが、今年はそこにあの二人も加わっていた。特に理由などもなく、取材なんてもっともらしい理由で飾り付けてみんなでただ遊んでいた。

 それを覚えているから、ソウの目を見てすぐに理解できた。

 ソウはこう言いたいのだ。

 あの子を誘う気はあるかと。

 文芸部全員で行く勇気はあるのかと。

 少しだけ、力が抜ける。その拍子に硬直していたはずの腕が下がってしまって弁当箱と箸がぶつかりカチャリと音を鳴らした。

 その音が耳に届くと同時腕を意識的に上げて笑顔を作った。

「三人でいいんじゃない? いつも通りで」

 浮かべた笑顔は、いつも同様苦笑い。それがいいと選んだのではなく、それでいいと妥協したのがまるわかりの表情だった。

「ん、じゃあ日にちはそうだな…………」

 ソウは何も言わず、予定を組もうと話を進めた。

 俺がどう思っていたのかを理解しているだろうに、ソウは何も言わなかった。

 あの時のことは、文芸部の部員全員が知っている。当然だ。俺自身があの部室を空けてくれと頼んだのだから、知らない人は一人たりともいない。

 結果がどうだったかも、直接伝えてこそいないけれど理解しているのだ。

 だから気を遣わせてしまっている。ソウはまたみんなで出かけたいと思っているだろうに。

 逃げるような答えを出した俺に何を言うでもなく唸り声をあげるソウ。しばらくそうしているとはっと何かを思い出したように声を上げた。

「あっ、そういやマコ今年――」

 ソウが口を開いたとき、開けっ放しになっている教室の扉をノックする音が響いた。

 妙に大きく聞こえたその音に三人して振り返ると、そこには文芸部顧問の桐谷先生の姿があった。

「岡林君、いいですか?」

 いきなり教室にやってきてどうしたのだろうと思って首を傾げようとすると、それよりも早く、先生が俺の幼馴染の名前を呼んだ。

「はい? なんすか?」

 ソウが首を傾げながら立ち上がり、けだるげに先生のもとへ寄って行く。俺と真琴はその背中を見送って、廊下に出たのを確認すると同じようなタイミングで弁当に手を付け始めた。

「文芸部のことかな?」

「さあ」

 行儀悪く口におかずを放り込みながら言うと、真琴がそっけなく答える。

 ぶっきらぼうな真琴だけれど、ちらりと廊下に向けた視線を見れば俺と同じことを思っているのがまるわかりだった。

 あの先生がわざわざ担当科目のことで生徒に会いに来るなんてことはまずない。俺たちの部活にだって顔を出すことがほぼないのだから。

 そんな人が、わざわざこのお昼時にソウに会いに来る理由など、文芸部のことで伝えなくてはいけないことがあるときくらいのものだった。

 そう思いながら真琴と教室のドアのところにいるソウに視線を向けていると、ソウが何かプリントを受け取ったのが見えた。

 なんだろうと思っているとソウが会釈もせずに踵を返してこちらへ戻ってくる。

 ついさっき受け取ったプリントをパタパタと指先で遊ばせながら席に座ると、それを無造作に鞄にしまった。

 俺と真琴はそろってソウをじっと見つめる。すると、それに気付いたのか気付いていないのか、箸を手に取って食べかけだった弁当に手を付けながら興味なさそうに言う。

「冬休みの予定、決めてくれってよ」

 言われた瞬間、なるほどと思いながらほーんと声を上げた。そんな俺に対して真琴は興味ないと言いたげに弁当箱をつつく。

 さっきまで同じ様な行動をしていた俺たちの噛み合わない動きを見ながらソウが付け足すように言う。

「年末年始四日間は部活無しだってよ。決まり次第プリントに書いて渡せって」

 ソウが言いながらちらりと鞄を見たので、ようやくさっきの紙の正体が分かった。

 おそらく、冬休みのカレンダーでも書かれたシフト表みたいなものを渡されたのだろう。そしてそこに部活のある日と無い日を記入して提出しろと。大体こんなところだろうか。

 そんな風に予測を立てながら弁当箱を空にして、箸を片付けながら一言。

「毎度だけど、先生が決めたりはしないんだね」

「まああの先生だからな」

 俺が言うと間髪入れずにソウが言う。

「毎回こっちで決めてるもんね」

 呆れたようにも興味がなさそうにも見える表情で口にしたソウに苦笑いを浮かべる。

 夏休みの時といい本当に干渉してこない先生だなと思う。文化祭の時だってコピー機の使い方だけ教えてあとは丸投げされてしまったし、本当にあの人は顧問なのだろうかと思いたくなるほど顧問らしい行いを見ていない。

 ともあれ、こちらで部活の予定を決めなくてはいけないことは毎度のことなのでもう慣れてしまっている。今回はシフト表のようなプリントを渡されたらしいので少し珍しくはあるがやることは変わらない。

そう思いながらソウの鞄をちらりと見て、ふと思い出した。

「そういえば真琴、バイトはどうなってるの?」

「あ、そうそれ」

 俺が問いかけるとソウも同じようにして身を乗り出して真琴に詰め寄った。

 ついさっき言いかけていたのはそのことだったのかと思ってちらりとソウを見てからもう一度真琴に視線を戻した。

「どうって何だよ」

 鬱陶しいと言いたげににらみを利かせる真琴。もちろんそれは不機嫌なそれではなくいつものこと。それがわかっている俺たちはいつもと変わらず気の抜けた声で言う。

「バイトの予定、どうなってるのかなって」

「んあ」

 俺が言うとソウが同調したつもりなのか頷きながらうめき声をあげた。

 真琴は俺とソウを交互に見るといつも同様ため息交じりに言った。

「冬休みの半分はバイト入れた」

「やっぱ今年もやるのか」

 真琴が言いきると、やや食い気味にソウが大きく息を吐いた。俺はそんな幼馴染を横目に苦笑いを浮かべる。

「毎年やってるもんね」

 苦笑い交じりに真琴の代わりに付け足して言う。

 真琴は毎年この時期になると、短期のバイトを入れている。普段からバイトをするのは面倒だという理由で、時給の良いこの時期にバイトを詰め込んで一年分の遊ぶための金を手に入れる、ということらしい。そのほとんどはゲーム内の課金に吸い尽くされてしまうことは言うまでもないが。

 そんな悪友を見ながら俺はもう一つ尋ねる。

「郵便局以外は入れてるの?」

「今年は入れてない」

 俺が言えば、すぐにぼそりとした声が返ってくる。そしてまた真琴のトレードマークともいえるため息と、なんでそんな質問をするんだと言いたげな視線が返ってくる。

 去年はクリスマスシーズンにはそれ関係のバイトも入れていたからもしかしたらと思って聞いてみたが、今回は恒例ともいえる郵便局の年賀状仕分けのバイトのみらしい。

 そのことに少しだけ安堵して、そんな顔しないでくれと苦笑いを返すとソウがガバッと体を起こした。

「じゃあマコは部活あんまこれねえてことか」

「部活があるならな」

「んー」

 ぶっきらぼうに言った真琴に対してソウはどうしたものかと思案顔だ。そんなソウを見て俺は若干呆れながら言う。

「今考えなくても……部室行ってから決めようよ」

「んや、それはそうだけどな。なんか去年と一緒で部活なしになりそうな気がしてな」

 言うとソウは、心底残念そうにため息を吐いた。

 よほど文芸部のみんなで過ごす時間を気に入っているのだろう。さっきまで気を遣ってくれていたのにこの変わりようは何なんだと思いながら苦笑いを浮かべる。

 するとソウは気分を盛り上げるためになのか「んッ」と勢いのあるうめき声をあげて立ち上がった。

「ま、みんなに聞いてからだな。部室行くか」

 そして立ち上がったソウは指先に引っ掛けた文芸部と書かれたネームタグ付きのカギをチャラチャラと鳴らした。

「あれ? いつ持ってきたの?」

「さっき先生から渡された」

「そうなんだ」

 笑顔を引っ込めて言ったソウに対して俺は、先生が珍しく気を利かせてくれたのかななんて思いながら声を上げた。

「ま、さっさと部室行こうぜ」

 ぽけーっと意識を飛ばしているとソウがまた笑顔を取り戻して言う。それと同じタイミングで真琴も立ち上がった。

 見れば、弁当箱を広げたままにしているのは俺だけだ。

「ちょっと待って」

 俺は言いながら立ち上がり、弁当箱をカチャカチャと鳴らしながらチャック式の弁当箱ケースに収納し、学校指定の鞄を拾い上げその中へ放り込む。

 やや急ぎめだったから少し乱雑な扱いをしてしまったが、ケースに入っているし中身ももう入っていないのでまあいいかと思いながら椅子をしまう。

 鞄を肩にかけてくっつけていた机を元に戻すと、準備完了とばかりにソウにアイコンタクトをした。

 それを受けたソウはニカッと笑うと指先で部室のカギをくるりと回して踵を返す。真琴と俺は何も言わずにその後を追う。

 教室を出るときに入口のところの時計を見てみれば、時刻はまだ十二時半。部活開始とされる一時までには余裕があった。

 しかしだからこそ、鍵がここにあるのでもし後輩たちが部室の前で待っていたらと思うと気持ちが流行ってしまうのだろう。ソウの歩調はいつもより少しだけ早かった。

 ソウに続いて真琴も廊下へと出る。別に狙ったわけではないが最後尾に位置していた俺はなんの気なしに教室を振り返ってみた。

 さっきまで俺たちのいた教室に人の姿はない。あのカップルもそれを冷かしていたクラスメイトもいつの間にかいなくなっていた。

 人気のない冷たい教室を見て一抹の寂しさを感じた俺は一つ息を吐いた。

 屋内だというのに、吐きだした息は鼻先でほんのり白く染まった。


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