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Primula  作者: 澄葉 照安登
第九章 冬に咲いたサクラソウ
133/139

いまも期待を胸にして

 気付けば一月も終わり、二月初旬になった今彼女と目を合わせない日々は三カ月を経過したことに気付いた。

 そんな週半ば、寒さに震えながらも一日の終わりを告げる闇色に目を凝らしながら昇降口を抜ける。ほうという息が六つ重なれば改めて珍しいことだなと思った。

 いつもなら俺とソウ二人だけなのだが、今日は珍しく部員全員で昇降口を抜けた。示し合わせたわけではないのだが、いつもより歩調を落としていた後輩二人と、総を待っていた間城、それに捕まった真琴が加わって文芸部が固まって歩いていた。

 普段であればカギを返しに行くソウとそれを待つ俺が二人で並んでいることはあってもそこに誰か加わることは無い。後輩たちは俺たちより一足早く校門を抜けているし、間城もわざわざ俺たちを待っていたりしない。家の方向が違う真琴はと言えばいつも一人でさっさと帰宅してしまう。もし昇降口まで一緒だったとしても、俺とソウは自転車だ。取りに行っている間に皆学校を出てしまうだろう。

 しかし今日はなぜかそんな俺たちのことを待つかのようにみんな昇降口で足を止めていた。

 珍しい光景だなと思う。けれどそれ以上に、今までこんなことが一度もなかったことの方に驚いていた。

 とはいえ、六人全員でいるのも数分の間だけだ。校門を抜ければ真琴は逆方向に向かうし、十字路を境に後輩たちは駅のほうへ向かう。

 普通に歩けば一分もかからない校門までの道のりを、俺たちはゆっくりと進んでいく。

「そう言えば、最近総の小説読んでない気がする。今度なんか読ませてよ」

「んじゃあユサが部活来ない間に書いてたやつ全部持ってくるわ」

「さんきゅ」

 俺の前方に位置する二人は本当に恋人未満なのかと思うほど仲睦まじく肩を並べて。

「楓ってお菓子作りとかするの?」

「あんまりしないかも。得意じゃないから……」

「じゃあ来週一緒に作んない? そのほうが失敗しても責任ないし」

「いいけど、ちゃんとやってね?」

 後輩二人は俺の後ろで来るバレンタインの話に花を咲かせ。

「…………」

 最も後方に位置する真琴は歩きながらもスマホゲームに夢中。そして俺はと言えば、愛想笑いを浮かべながら皆の会話を盗み聞きしていた。

 会話に加わればいいのにそれもせずに、ただ寒さで赤くなった耳を澄ませて気持ち悪く微笑む。

 我ながら気色の悪い行動だと理解しながら空を見上げれば、冴えた星空が見えた。

 クリスマスに行ったあの街に比べて明かりが少ないからか、一等星二等星はもちろんのこと五等星くらいまでは目に見える。

 闇色に染まった町に気を取られていると気が付かないものだが、顔を上げてみれば思いのほか煌びやかな景色が広がっている。

 普段意識しないからか、それもまた珍しい光景に見えて。そしてそれを意識的に見たからか、なんだか手が届くんじゃないかってそんな気がして、俺は空に手を伸ばしそうになりながら口元に手を当てて誤魔化した。

 はぁと息を吐けば、手袋越しでも自分の吐息の熱を感じる。寒さが薄れるにはまだ早いが、最近では昼間に春が顔をのぞかせることもままあるので日が落ちれば余計に寒さを感じる。

 するとまるで示し合わせたかのように背後でも息を吐く音が聞こえた。

「今日も寒いですねー」

「そうだね」

 振り返れば、両手で口元を隠した立花さんがにこりと笑って言う。俺はそれに同意する意味も込めてもう一度自分の手に息を吹きかけた。

「雪でも振りそうな気温だよな」

 すると前方で間城と仲睦まじく話していたソウが振り返る。

「でも一週間くらい晴れる予報だったよ?」

 それにぼそりと付け足せばソウが口をほーっと開けた。

「マジか、ってか今年初雪まだだよな?」

「クリスマスに降りましたよー」

「それ去年じゃね?」

 そこに立花さんが入ってきて、ようやく文芸部の一団として会話が成り立ち始める。

「クリスマスに降ったの? うち見てないんだけど」

「降りましたよー。でも夜にほんの少しだけですけどね」

「えー、ロマンチックじゃん。うちも見たかった」

 そうやって少しづつ会話の輪が広がっていき、気付けばゲームに夢中な真琴以外全員が同じ話題を共有していた。

「霜は降りたりしますけど、しばらく雨も降ってないですよねー」

「そうだな、道路が凍ったりしないからそれはそれでいいんだけどな」

「乾燥が結構きついですけどね。まあ総先輩にはわからないことですよ」

「なんでいきなり嫌味言われてんだ俺?」

 そんな、ちょっとしたコントを見ながら俺はいつものように言葉数少なく笑顔を浮かべる。しゃべりたくないわけではないけれど、なんだかこの流れを邪魔してしまうのも気が引けて俺はたいていそうしている。

 それは、おそらく彼女も同じなのであろう。立花さんと隣だって歩いていた永沢さんも時折くすりと笑っていた。

「そう言えば、もうそろそろ一年経つんですね」

 不意に、立花さんが呟いた。いったい何のことだと思って聞き耳を立てて首を捻ればソウが声を上げた。

「あー、二人が入部してからか」

 立花さんの呟きに、ソウが頷ききながら振り返る。

 俺はその視線が真後ろの彼女にしっかりと届くようにと半身で避けて振り返った。

 確かに、気付けばもう冬だ。もうそう遠くない間に春と呼べる気候になることだろう。太陽が空に浮かんでいる時間だって伸びてきたと実感できるくらいだ。

 もう二カ月もすれば、彼女たちとの付き合いも丸一年が経過する。

 そう思いながら聞き耳を立てていると立花さんが指を振った。

「違いますよ。私は一年ですけど、楓は夏からですよ」

「あー、そうだったな」

 言われて、俺もソウと同じく声を上げてしまいそうだった。

 もうすっかり文芸部の一員で、立花さんと同じ一年生。だから当然彼女との付き合いも一年になるのだと思っていた。

 けれど、彼女は七月から文芸部に入部したんだ。春の間は違う部活に在籍していた。

 そのことを遅れながらに思い出してちらりと彼女のことを見た。

「…………」

 永沢さんは恥ずかしいのか、何も言わずに視線を背けた。

 あまり注視されるのが得意ではない彼女から視線を逸らしながら、俺は付け足すように言う。

「でも、もうそんなに経つんだね」

 俺が言えば、ソウは呆けた声で「だなー」なんて言って見せる。その隣にいた間城も思いを馳せるかのように空を見上げていた。

「あっという間でもないと思いますけどねー」

 そんな上級生たちとは裏腹に、立花さんはセンチメンタルな気持ちに理解を示せないと声を上げる。

 俺はそれに愛想笑いを浮かべながらも改めて自分の言葉をかみしめた。

 もう、それだけの時間が経つ。ソウの付き合いと比較してしまえば長い時間とはとても言えないけれど、高校生という身分からすれば一年という時間はとてつもなく長い時間だ。

 とはいえ、過ぎてみればそれほど長いという実感もない。色々な事は確かにあったが、だからこそこの一年は、夏からの出来事は一瞬のことのように感じる。

 だから、みんなかみしめるかのように思いを馳せたんだと思う。この一年、それぞれの思惑があって、出来事があって今があるのだろうから。

「…………」

 そんなふうに皆が数秒黙ってしまえば精一杯時間を使った短い時間も終わりだ。気付けば六人そろって校門を抜けるところだった。

 自転車のチェーンの音を聞きながらばらばらの足音で校門を抜ける。そうすれば今まで会話に参加していなかった真琴とはお別れだ。

 俺は真琴に手を振ろうと足を止めて振り返った。

「きゃッ!」

「えッ?」

 そうしたところで、背後にいた永沢さんが俺にぶつかった。

 いや、ぶつかったというにはあまりに勢いのある衝撃は、まるで誰かに突き飛ばされたんじゃないかと思うほどで、彼女を抱きとめながらもう一人の後輩へと目を向ける。

 見れば、予想通り立花さんが今しがた永沢さんを突き飛ばしたのであろう体制のままにやにやと笑っていた。

「……大丈夫?」

 俺は嘆息しながらも自分の胸の中で固まっている永沢さん声をかける。すると、胸の中の彼女は勢いよく顔を上げた。

「――っ」

 目が、合った。

 真っ赤な顔をした彼女と目が合った。

 今にも泣いてしまうんじゃないかと思うほど瞳を揺らした彼女は、何か言いたそうに唇を動かす。けれど言葉は出てこなくて、それがもどかしいのか時間が経つにつれて顔の赤みと瞳の潤みが増していく。

 俺は、それに見とれてしまった。

 見とれてしまったと言っていいのかはわからないけど、目を逸らせなかった。

 もしかしたら、ただ単に逸らしたくなかっただけかもしれないけれど、彼女が俺のことを見上げている間、ずっと視線を交わしていた。

 幾ばくかの間が空いて、お互い見つめ合っていることをようやく自覚したのだろう。離れなくてはいけないと僅かばかりに体が離れる。けれど、永沢さんはまるで離したくないと言うように袖をつかんだ。

 嫌だと、歪みかけた表情を歯を食いしばることで耐えようとしているのがわかる。その理性に従うように、袖を掴んだ指からの力が抜け、名残惜しそうにしながらもすぐに彼女はその手を離した。

「……永沢さん、大丈夫?」

 二つの意味で問いかけた。けれど彼女は黒い髪の毛で眼を隠しながら「……はい、すみません」なんて蚊の鳴くような声で言った。

 俺は自分の手をちらりと見てから「そっか」なんて返す。

 そして作り物の笑顔を浮かべたまま、彼女の下ろされた瞳につられて足元を見れば、不意にコツンという音が鳴った。

「いったい! 何するんですか!!」

 その音とほぼ同時、ニヤニヤとしていた立花さんが頭を抑えながら憤怒の形相で振り返る。その先にいたのは、呆れたような顔をしている真琴だった。

 見れば、真琴の手には先ほどまでゲームをしていたスマホが握られていて、それで立花さんの頭を小突いたというのがすぐに分かった。

「邪魔すんな」

「だからって叩くことないじゃないですか」

 呆れたように真琴が言うが、立花さん納得いかないとは唇を尖らせる。

 しかし真琴は嘆息すると、そんな言葉耳に届いていないと言うように俺たちを見た。

「じゃあまたな」

「あ、うんまた明日ね」

 立花さんのことを無視していいのかと思いながら視線で問うが、真琴は自分には関係ないとばかりに踵を返す。立花さんはなおも唇を尖らせていたが、無視され続けていよいよ観念したのか「わかりましたよぅ……」と心底不服そうに呟いた。

「ぷっ、ハハッ!」

 それを見ていたソウは盛大に噴き出すと腹を抱えて笑い始める。何とかかみ殺そうと歯を食いしばっているがその隙間からシシシと笑いが漏れているのを見るにしばらくは笑い続けるのであろうことは理解できた。

 俺はそれにため息をこぼしながら隣の間城へ視線を向けると、最近部活によく顔を出すようになった同級生は親指を立てていた。

 俺はなんとなくその意味するところが理解できて、たははと笑って返す。

「バカ」

「いーじゃん」

「美香のバカ」

「バカだもん」

 そんな上級生達とは裏腹に、後輩たちは何やらお互いいじけたような声で言いあいをしていた。

 別に喧嘩しているという雰囲気ではないので止めようとも思わない。むしろそれが年下の女の子という型にすっぽりとはまるような気がして耳を澄ませながらくすりと笑った。

 なんだか、久しぶりだと感じる。文芸部でこんな風ににぎやかに過ごすのは。

 もちろん部活がなかったわけではないし、顔だって合わせていた。けれどだからこそ、こんな風に微笑みが漏れるような時間は久しぶりだった。

 いったいどれだけ、迷惑をかけていたんだと思う。

 これだけ楽しいはずの場所を、どれだけ壊していたんだろうって。

 何をしていたんだろうか。こんな日々を望んでいたはずなのに、俺は自分から行動を起こしていなかった。彼女にメッセージを送ったのだって一度きりでただ待っているだけだった。運命の人を妄信していたころと同じく、ただ待っていただけだった。

 彼女との関係を改善するのは難しいのかもしれないけれど、それが受け身になる理由になんかならなかったのに。

 むしろ難しいからこそ、いろいろな手を尽くすべきだったのに。

 ようやくそれに思い至って息を吐けば、すぐ近くでも同じ息遣いが聞こえて振り返った。

 俺が彼女を見た瞬間、もう一度視線が交わった。


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