お見舞い 2
駅に向かう道すがら、私はずっと足元を見つめていた。視界の端に見える白線を頼りに、駅へ向かっていた。
時折人とぶつかりそうになりながらも、顔を上げることはしない。
握っていた手首は、いつの間にか痛みすら感じるほど熱くなっていて、それでもなお私は自分の手首を握りしめ続けた。
気付かなかった。
もう、とっくに平気だと思っていた。
漫研の先輩のことではない。あの人と対峙すれば、私は動けなくなってしまうだろうということはわかっていた。それに関して気付けなかったことなんて何もなかった。
気付けなかった。
いつも楽しく笑い合っていた。一緒に居た。もう、大丈夫だと思っていた。
もう私は、男の人に怯えないと思っていた。
漫研の先輩だけじゃない。総先輩まで怖いと思ってしまった。近づかれた瞬間、何かされるんじゃないかって、そんなことあるはずないのに怖くなってしまった。
とても申し訳なくて、私を守るために前に立ってくれていた先輩を怖いと思ってしまったことがたまらなく申し訳なくて。でも、怖いと思ったのは、幻でも何でもなくて。
触れられたくなかった。触れたくなかった。
触れるのが怖くて、恐ろしくて、嫌で嫌で仕方ない。
他人ならいざ知らず、文芸部の先輩たちなら大丈夫だって、そう思っていた。だって、私は触れたんだから。松嶋先輩の手を、握れたんだから。
恐ろしさを押し込めるまでもなく、ただあの人の手を握りたいと、握っていたいと思えたんだから。
もう大丈夫だって、そう思っていた。
でも、違った。状況が状況だったとはいえ、私はそれを拒んだんだ。
特別だった。
あの人だけだったんだ。
たとえ文芸部の人でも、総先輩でもダメだった。触れられると考えただけで恐ろしくて、飛び退いた勢いのまま逃げ出したくなった。
私が触れたのは、触りたいと思えたのは、手を握りたいと思えたのはあの人だけだったんだ。
そんな簡単なことを、今になって気付いた。
「私、バカだ……」
そう呟いて握りしめた手は、もうすっかり冷えていた。