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Primula  作者: 澄葉 照安登
第八章 熱が寒空を溶かして
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熱が寒空を溶かして 3

 お昼と呼ぶにはやや早い時間のおかげで、俺たち四人はすんなりと入店を済ませることが出来た。

 入店を済ませるが早いか、真琴はとっとと指定された席を確認すると腰を掛けることなく甘味を収穫しに飛び立った。

 俺たちもそれに続いて和洋入り混じった甘味を口にしていたのだが、制限時間となっている二時間の半分を超えたところでだんだんとペースダウンし始めた俺たちは、最終的にかわるがわるトイレに向かい始めた。

「………しばらく甘いものいらないな」

 トイレから出てくるなりそう呟く。店内に広がる匂いだけでも嫌気がさしそうだと思いながら、ちらりと立ち並んだ甘味たちに視線を向ければ、俺たちの中で唯一と言っていいほどの暴食を披露し続けていた真琴の姿が目に入った。

「普段はあんな食べないのに」

 呆れながらこぼせば、次いで俺たちの席でテーブルに肘をついて俯いているソウの姿が見えた。

 まるで沖縄の時の二人を逆転させたみたいだ。

 そう思ってくすりと笑みを浮かべれば、肩をつつくかれたことに気付いて振り返った。

「何してんの松嶋」

「あ、間城か」

「他に誰がいるの」

 間城が呆れ気味にそういえば、確かにと苦笑いを浮かべるしかなかった。

「何で隠れて二人を見てんの? なんか隠してごと?」

「いや、そうじゃないよ。ただ甘い匂いにやられてるだけ」

 言いながら再び苦笑いを浮かべれば、間城ははーんと納得したのかどうかわからない返事を返して壁にもたれかかった。

「……戻らないの?」

 不思議に思って尋ねてみれば、間城がふうと息を吐く。

「ちょうどいいかなって」

「え?」

 その声音は、思いのほか深く重く響いてきて、呆気に取られてしまった。

 ちょうどいいとはいったいどういうことだろうと思って間城を見つめ返せば、いつもより幾分か澄んだ瞳が俺のことをとらえた。

「クリスマス、結局どうなったの?」

「…………」

 俺は何も言えなくなってしまった。

 前のように好きにすればいいと、間違っていないと言っていた時とは打って変わって真剣な表情をしていたから。

「……それを聞くために呼んだの?」

 恐る恐る尋ねれば、間城は少し考えるようなしぐさをした。

「間違いではないけど、それはどっちかって言ったらついでかな」

「次いで……」

 うわごとのように繰り返せば、間城はふっと笑った。

「で、どうなったの? …………美香ちゃんと付き合うことになったの?」

「………………」

 俺は何も言えなかった。言わなかった。

 代わりに、俺は首を振って答える。

「どうして? 松嶋、そのつもりだったんじゃないの?」

「…………そのつもりだった、けど……」

 俺は首を横に振った。

 すると間城は目を見開いた。驚愕という言葉がそのまま顔に張り付いているようだった。

「……どういうこと?」

 俺はどう答えるか少しだけ悩んで、言い訳をしそうになっている自分に嫌気がさしてため息を吐いた。

「永沢さんに、諦めるための道具として使うなって言われた」

 言われたままを間城に伝えれば、短髪の同級生は悟ったかのように吐息を吐き出した。

「そっか、松嶋も、見透かされたか」

「……どういうこと?」

 今度は、俺が問いかける番だった。

 間城は少し恥ずかしそうに笑うと、ぽつりと言った。

「うちも見透かされたの。振られたこと」

「あ……」

 その言葉を聞いて、立花さんの言葉を思い出した。

 俺を叱咤した彼女は、さも当然の様にそのことを口にした。知らないほうが、気づかないほうがおかしいと言いたげに、少し呆れたように彼女は言って見せた。

「そのこと、立花さんにも話したんだね」

 確認を取っていいのかわからず、目を逸らしながら口にする。

 すると間城はふっと笑うと俺の傍まで寄ってきた。

「で、怒られてそのまま解散になったってこと?」

「そんなところ、かな」

「松嶋この短期間で二人に振られるってすごいね」

「これ以上俺を責めるのはやめてください……」

 肩をすぼめながら頭を下げれば、間城は悪かったと手刀を掲げた。

「まあでも、やっぱりこうなったなとは思ったよ。……松嶋、楓ちゃんのこと全然諦めれてなかったしね」

「あはは……」

 否定できるはずもなく、俺は笑ってごまかした。

「で、どうするの? これから」

「それが訊きたかったのか……」

 苦笑を浮かべながら言えば、間城はいやいやと手刀を振った。

「それもついで。なんとなく気になっただけ」

「あ、そうなんだ」

 あっけらかんとした物言いに拍子抜けしてしまう。けれど間城は真剣に、それでも優しい声で言った。

「どうすんの、これから」

「…………」

 問われて、改めてどうしようかと考える。

 諦めない、とは決めた。諦められないから、なんていう後ろ向きな理由からではあるがそう決めた。

 けれど、だからと言って何をすればいいのかはわからなかった。

 何せ今この立ち位置はゼロどころかマイナスなのだ。足し引きができないから掛け算をすればいいなんて言う問題ではない。

 すでに告白して、されて。断られて、断って。そんなことが前提として起こってしまったのだ。出会ったころと比べても、どちらがいいかと言われれば一概には言えないけれど、どちらも同じく好ましい状況とは言えなかった。

 こんな状態で、何をすればいいのだろう。いや、何ができるのだろう。

 まともに話すこともできない、目も合わすことが出来ない。あれだけ苦労して手に入れた連絡先だって活用できない。

 今この状況で何をしても、ぎこちないままになってしまう気がするのだ。

 新年のあいさつ、部員全員へ送る業務連絡。そういった類のものであればある程度は自然にやり取りが交わせるかもしれない。けれど、それ以外となると、個人的な会話になるといい未来が想像できないのだ。

「わからない」

 だから、そんな風にしか答えられなかった。

 俺の答えを聞いた間城は、ふーんと鼻を鳴らすとまた壁にもたれた。

「ま、簡単に答えなんて出せないよね」

「……うん」

 小さく頷けば、間城はもう一度吐息を吐いた。

「……間城は、そういうの悩まない?」

 間城の反応が呆れにも感じられてそう尋ねれば、彼女は短髪を揺らしながら小首を傾げた。

「どうだと思う?」

「…………悩まな、そう」

 問い返されて、考えてみる。けれど、俺はそう思ったからこそその問いかけをしたのだ。だから、ぎこちなくそう答えるしかできなかった。

 すると間城はプッと噴き出した。いきなりの破裂音に驚いて振り向けば、間城は笑いをかみ殺すように歯をのぞかせていた。

「松嶋は、そんな風に思ってたんだね」

「えっと……」

 予想だにしなかった反応にどう返せばいいものかと悩んで視線逸らした。

 悩まない、ということは無いかもしれない。けれど、悩み過ぎない、考えすぎないとは思っていた。悪い意味ではなくもちろんいい意味で。

 事実、間城はこれまで俺と永沢さんのようなぎこちない関係にはならずにいたのだから。

 けれど、間城はそれを笑い飛ばすとはっきりと言った。

「悩むよ。泣きそうになるくらいにはね」

 さも当然だと言いたげに答えるから、息を呑んでしまった。間城が、泣くなんて口にするとは思わなかったから。

 呆気に取られていると、間城は微笑み交じりに言った。

「悩んで、どうにもできなくて、だからうちはバイトしてるの。忙しくしてれば、暇にならなければ、思い出さなくて済むからね」

「…………」

 言われた瞬間、二学期中盤からの部活を思い出した。

 修学旅行が空けてから、間城は部活に顔を出すことが少なくなった。

 もともと多かったというわけでもなかったが、あの時期からは以前にもまして部活に顔を出さなくなったと思う。顔を出したのは、部誌を作るための数日間だけ。それ以外に間城が部活に顔を出したことはなかった。

 思い出しながら俯けば、間城がまたくすりと笑った。慌てて顔を上げれば、間城は幼馴染と同じような笑みを浮かべていた。

「部活に出なかったのはそういうこと。思い出さないようにしてただけ。会って、ぎこちなくならないようにしようとしてただけ」

 言葉の内容は決して軽いものじゃないのに、淡々と口にするから質感も重量もわからなくなってしまう。

 俺は何も言えずに間城の言葉を聞いているだけ。そのせいか、間城がどんどん説明してくれた。

「松嶋には、もう迷惑はかけない、なんて言ったけど。実際はそんなの無理だよ。ただの強がり。どうやったって気まずくなっちゃうし、無理していつも通りを装えば、その無理の分だけぎこちなくなる」

 間城の言うことには、心当たりがあった。

 俺も、いつも通りにしなければならないと思っていたから。その分だけ、彼女との関係がぎこちなくなって、壁ができてしまったのに気づいていた。

「だから、今部活内がごちゃごちゃしてるのは松嶋だけのせいじゃない。うちのせいでもある」

「そんなこと――」

「あるよ」

 否定しようとしたのに、間城はあらかじめ用意していたかのようにそう口にした。

 それに何も返せなくて、申し訳なくて横目で見れば、間城が優しく微笑んだ。

「うちが告白しなければ、多分もう少しはいい状況になってたと思う。うちに何かができたってわけじゃないけど、そんな気がする」

 俺はやはり何も言えない。きっと今違うと口にしても、間城からの言葉でまた押し黙ってしまうから。

 そう思って立ち尽くしていると、間城が壁から背中を離して俺に向かい合った。

「だから何ってわけじゃないけどさ、うちはもう十分時間をもらったから。だからもう一回ぶち当たろうと思う」

「…………え?」

 瞬間、脳がホワイトアウトした。一歩たりとも動いていないのに、気圧の差で鼓膜が圧迫されたかのように音が遠ざかる。

 そんな俺をしり目に、間城は笑って俺の肩を叩いた。

「脈がないかもしれないけど、文芸部が粉々になるかもしれないけど、うちはやっぱりそれしかできない。……うちは、ソウにとっての一番になりたいから」

 そう言い切ると、間城はニッと歯をのぞかせてから甘い香り漂う向こうへ歩いて行ってしまった。

「…………え? 嘘?」

 取り残された俺は、素っ頓狂な声を上げるしかできなかった。


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