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Primula  作者: 澄葉 照安登
第八章 熱が寒空を溶かして
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熱が寒空を溶かして 1

二月初旬完結予定です

 もう何度目かもわからない鐘の音が聞こえる。それに交じって砂利のこすれる音と、人の話し声が聞こえてくる。普段は人気のない寂し気な場所だというのに、今この時はいつかの夏祭りを彷彿とさせる喧騒に包まれていた。

 星が輝いているであろう空を見上げてはみるが、そこに光の粒は見当たらず、代わりに提燈が明るく灯っている。その明るさのせいか、もう日をまたぐころだというのにこの場所だけは寝静まる気配がなかった。

 とはいえ、真冬の夜中ともなれば頬に当たる風は冷たさを通り越していたいほどだ。提燈の穏やかな光に照らされようともそればかりはどうしようもない。

 俺は赤くなっているであろう耳を手袋越しにさする。

「さっむいね」

 少し震えながら口にしたせいでスタッカートがかかってしまう。しかし、隣にいた幼馴染は気にすることなく、身震いしながら俺と同じようにこぼす。

「さっむいわ」

 首をすくめたソウは、俺と同じようにコートにマフラー、手袋と完全防備という姿だ。当然だ、真冬の夜中に薄着でいる人なんて一人たりともいないだろう。

「ならこんな時間にしなきゃよかっただろ」

けれど、愛想なく吐き捨てたもう一人の友はコートやダウンではなくパーカー姿だった。

「真琴は寒くないの?」

「別に」

 絶対に寒いだろうと思いながら尋ねれば、真琴はあっけらかんと言って見せた。

「なんでパーカーで寒くないの」

「だよな」

 信じられないと思いながらこぼせば、ソウも同調した。

 けれど真琴はため息を吐きながらわけがわからないと頭を振って見せる。その振動で中途半端にチャックの空いたパーカーからマフラーも巻いていない首元が覗いて、自分のことではないのに寒気がした。

「周りの人と比べても真琴はおかしいよ」

 そう言って周りを見れば、俺やソウと同じく防寒具を着込んだ人たちの姿が目に入る。

 ここに来るのも、とても久しぶりのような気がする。前回来たのは、夏休みに入る前のことだ。普段は人気なんてないこの神社だけれど、今日はあのお祭りの時に負けず劣らずの喧騒に加えて、薪の煙の臭いがほんのりと風に乗っていた。

 空に昇る煙を見ながら、その火元へと視線を向ければ、老若男女が白い紙コップを片手に白い息を何度も吐いている。

「甘酒でも飲んでくれば?」

 言いながら薪のほうを指させば、真琴はふんと鼻を鳴らした。

「あとで飲むに決まってるだろ」

「甘いの好きだね」

 たははと笑いながら真琴を見やれば、俺の悪友は少しだけ鋭い目つきで俺を見た。

「甘酒はそんなに甘くないだろ」

「そうなの?」

 言われて、そういえば俺は甘酒の味を知らないなと思って首を傾げた。

「どんな味するの?」

「甘い飲み物」

「甘いんだね。……どんな甘さ?」

「優しい甘さとか言われてる」

「……あとで飲んでみようかな」

 なんとなく興味がわいてきてそう呟けば、隣の幼馴染が声を上げた。

「あんまうまくねぇぞ。だったらコンビニでココアでも買ってこようぜ」

 ポケットに手を突っ込んだソウは、あんなもの二度と口にしないとばかりに顔をしかめた。

「ソウは苦手なんだね」

 真琴とは正反対だななんて思いながらふっと笑う。けれどその思いとは裏腹に真琴が声を上げた。

「俺もミルクティのほうがいい」

「えぇ……甘酒好きなんじゃないの……」

「甘いもののほうがいい。甘酒は甘くない」

 さっきまでのやり取りは何だったんだと思うくらい真琴は堂々としていた。

 そんな真琴を見たソウは、ふはっと笑うと得意げに言った。

「一番は変わらねえってことだな。あとでコンビニ行こうぜ」

「わかった」

 間髪入れずに答えた真琴と歯をのぞかせて笑うソウの二人を見ながら、年明けだというのにそれらしい雰囲気なんてあんまりでないものだな、なんて思って苦笑いが浮かぶ。

「そういえば、あけましておめでとうだね」

 ふと思い出して呟けば、ソウと真琴が揃ってスマホを取り出した。

 そのまま必要以上に眩しい液晶画面を見るとあー、と声を上げる。

「もう年明けてたんだな」

 全然気づかなかったと言いたげなソウに同調するように、真琴も俺のほうを見た。

「さっき周りの人たちがざわついてたよ」

 俺はつい数分前のことを思い出しながら苦笑いを浮かべる。日付が変わる前から神社の列に並んでいたからその時から新年を迎えている気ではいたが、周りの人がざわついて新年のあいさつを口にし始めれば時間を見ずとも年が明けたのだと理解できる。参拝列に並んでいるというのにその声に気付いていなかったらしい二人を少しだけ呆れた瞳で見れば、気を取り直してと言うようにソウが笑顔を浮かべた。

「明けましておめっとさん」

「おめでと」

 真琴も続いて新年のあいさつを口にする。俺はそれに「あけましておめでとう」と返してスマホを取り出した。

 ソウも真琴も、それに何を言うでもなくそれぞれスマホをいじりだす。真琴はスマホを横持ちに変えたのでおそらくゲームをしようとしているらしい。

 友達三人で初詣に来ているのにスマホ片手に会話も途切れてしまう様に、現代人の悪いところを垣間見ながらも俺はスマホを操作する。

 目的はもちろん、新年のあいさつだ。

 近頃は年賀状を送るという文化もすたれてきて、中学に入ったころにはもう年賀状を友達で送りあうことなんてなくなっていて、そのころからはスマホのメッセージが主流だった。

 そしてその例に漏れず、俺もまた年賀状を一通たりとも書いていなかった。

 そもそも、年賀状を送るような相手がいない。親しき中にも礼儀ありという言葉もあるが、ソウと真琴に年賀状を送っても返ってはこないだろうし、新年のあいさつをするためであればこうして会うことは目に見えていたのでわざわざ年賀状を書く必要もない。

 ほかの相手に関して言えば、住所を知らなかった。

 昨今は電話番号を知っていようが家に行ったことがあろうが住所の番号を覚えていないという人はとても多いだろう。わざわざそれを聞く理由なんてそれこそ年賀状を書くためくらいのものだし、昔なじみの相手でなければなかなか聞けない。

 だから、俺は現代人の例に漏れず、スマホで見慣れた緑のアプリを起動した。

 トークの一番上にはソウたちとのグループ会話がある。そしてその下にはバイトへ行くときの待ち合わせの話をした真琴との会話が。

 ソウと真琴には、メッセージを送る必要もないのでその履歴を開く必要はない。なので俺はその少し下にある文芸部のトーク履歴をタップしようとする。けれど、それよりも上に十二月下旬にやり取りをしていた立花さんのトーク履歴が見えた。

 ふと、クリスマスの時のことを思い出しそうになる。決して忘れているわけではないが、脳裏にあの時のやり取りがフラッシュバックしかける。

 俺はそれを身じろぎで払って、液晶を指先でつつきながら立花さんに新年のあいさつを送った。

 日が回ったばかりだからもしかしたら眠っているかもと思ったのだが、送った瞬間に既読が付いた。それが何だかおかしくて笑いが漏れる。

 すぐに返信が返ってきそうだなと思いながら、俺は画面をスクロールして次の相手にメッセージを送る。

 すぐにそれぞれの相手の名前が現れると思ったのだが、思いのほか見つからない。決してメッセージを送りあっている相手が多いわけではないのだが、目当ての相手の名前が現れない。

 文芸部の履歴からそれぞれのトーク履歴へ飛んだ方がよかったかと少し後悔するが、いまさらだ。すぐに目当ての名前が見れるだろうと思ってスクロールし続ける。

 ニュースや公式アカウントのメッセージを飛ばしながらしばらくスクロールすると、ようやく目当ての名前が表示された。

 けれど俺はそのすぐ下に見えていた同級生の名前をタップする。

 間城とのトーク履歴の日付は九月下旬だった。

 修学旅行の時の日付だ。

 あれからかなり時間が経っているというのに、それ以降間城と一対一で連絡を取ったことは無かったということに、少しだけ驚いた。

 けれど、普段は文芸部のトークで会話をするのでそういうこともあるだろうと思って、新年のあいさつと不愛想に見えないようにと一言付け加える。

 そしてバックボタンを押せば、間城の名前のすぐ上に彼女とのトーク履歴が表示された。

 同じく修学旅行中の日付。おぼろげな記憶をたどりながら彼女とのトークを開けば、その時のことを思い出す。

 修学旅行二日目、ソウたちとハンカチを買った日のことだ。

 前日に送った写真に対する問いかけと、それに対した俺の返しがそこに刻まれている。

 他愛のない会話だ。中身なんてあったものじゃない。時候の挨拶ほどのとるに足らない会話だった。

 そんなやり取りを最後に、俺と彼女は連絡を取らなくなった。

 もちろんその後面と向かってしゃべったりもした。関係がなくなったわけではない。けれど、データに刻まれた文字列はそこで途切れている。

 少しだけ、胸が苦しくなった。

 まるでそのトーク履歴が今の俺たちの状況を表しているようで。

 立花さんに叱咤されたけれど、結局俺は何も行動を起こしていない。アルバイトをこれでもかというほど詰め込んでしまったし、部活もないので何ができるというわけでもないのだが、それでも、現状を一言で言えば何もしていない、だった。

 いきなり会って話をしようとは言えなかったし、それに答えてくれるとも思わなかった。何を送ればいいのかわからず、俺は何も行動を起こしていなかった。

 だから少し、いやかなり怖い。

 新年のあいさつをするだけなのだけれど、もしも何も返ってこなかったらと思うと怖くてたまらない。無視されてしまったらと考えると息が苦しくなる。

 このタイミングなら、少しは自然に送れると思っていた。新年のあいさつ。あけましておめでとうのたった一言。それくらいならば久々のメッセージでもそれほど不信感を抱かれない。自然に会話ができるだろう、メッセージを送ることが出来るだろうと、そう思っていた。

 けれど、やはり怖いものは怖いのだ。怖くて、恐ろしくて、寒さも相まって腕が震えだしてしまいそうになる。やろうと決めていたのに途端に引き返したくなる。

 再度告白するわけでもないのに、何の変哲もない新年のあいさつを電子に乗せるだけなのに。

 それだけのことが、たまらなく怖い。

「…………ふぅ……ぅ」

 それでも、このままでいるのはもっと怖かった。

 あと一年以上もの間、ぎこちないままでいるのはもっと怖かった。

 だから俺は震えを力で押さえつけながら、間城や立花さんに送ったのと大して変わらない新年のあいさつを入力した。

 改めて呼吸を整え、空を見上げる。やはり星は見えず、代わりに見えたのは上っていく煙だった。

 俺は意を決して眩しい液晶を睨むように見る。そして、息を止めながら送信ボタンを押した。

 止めていた呼吸を取り戻し、息苦しさにあえぐようにもう一度空を仰ぐと、カラカラと転がるような鈴の音が聞こえてきて顔を上げる。見れば、俺たちは参拝列の最前列にまで進んでいたらしく、すぐ目の前には賽銭箱と共に鈴から垂れ下がった三本のひもが俺たちを待ち構えていた。

「ハル、順番来てるぞ」

「あ、ごめん」

 ソウに言われて慌ててスマホをしまいながら最後の石段を上がる。三つある鈴の内真ん中を陣取り、お辞儀をしてから五円玉を投げ込んだ。

 一瞬何を願おうかと思って、少し苦笑いを浮かべながら二礼。罰当たりかとも思うが自分の考えを正す意味も込めて二拍手。

 お願い事というのは、決意を聞いてもらうものだと聞いたことがあった。叶えて欲しいではなく、叶えて見せるから見ていて欲しいと。決意を表明するものだと。

 神頼みしようとした自分が少し情けなく思えてしまった。何をするか決めたのは、自分自身だというのに。

 目を瞑って、念じる。言葉にするのは少し難しくて、頭でその光景をイメージした。

 またみんなで、だらだらとしながらも騒がしく過ごせる日々を。

 彼女が文芸部の一員となったあの日に訪れたこの神社で、そんな未来を改めて思い浮かべた。


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