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Primula  作者: 澄葉 照安登
第七章 聖夜に灯れ
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聖夜に灯れ 12

 夕飯と呼べるかはわからない、けれど軽食と呼ぶには少し重たく感じる食事を済ませた後、俺と立花さんはショッピングモールへ向かった。

 これも彼女のリクエストだが、特にこれが買いたいというわけではないらしく、普段入り慣れていない女性服のコーナーや、同様になれていないアクセサリー売り場。時には必要もないのに家具売り場にも足を運んだりしながら何か購入するでもなくただ見て回った。

 女性の買い物は時間がかかると耳にしたことがあるが、それはきっとこういうことなのだろうなと他人事のように思いながら肩を並べて歩くこと暫し、彼女が唐突に切り出した。

「先輩って、趣味とかってあるんですか?」

「え? 趣味?」

 いきなり湧き出た問いに驚きながら返せば、彼女は笑顔で頷いた。

「趣味、かぁ……」

 言われて俺に趣味と呼べるようなものがあるのかと思う。ソウであれば、趣味というか夢と同義になってしまうが小説関係だろう。真琴であればゲームと植物を育てること、そういえば綺麗なものを作ってみたいなんて言う話を聞いたこともあった。

 仲のいい友人二人はそういうわかりやすい夢中になっているものがある。しかしそんな二人に対して俺には、何かがあるわけではなかった。

 文化祭に合わせて小説を書いては見たけれどそれは趣味と呼べるようなものではないし、ソウたちと一緒にやっているゲームも熱中しているとはとても言えない。家で一人でいるときに取り立ててこれをやっていると言えるようなものはないし、趣味ではなく習性に近いものであれば人様の恋愛を覗き見て妄想を膨らませるなんて言うこともするが、趣味と言われてしまうと何と答えたものかと悩んでしまう。

「んー、これと言ってはないかな……」

 結局自分の中にそれらしいものは見つけられずそんな風に答えた。

 すると立花さんはその答えを気に入ったのかニコッと笑う。

「そう言うと思いました」

「あはは……」

 笑顔自体は無粋なものが混じっている気はしなかったが、その言葉にどこか嘲るような音が混じっていた気がして苦笑いを浮かべる。

「立花さんはあるの?」

「んー、そうですね……」

 お返しとばかりに言えば、立花さんは少し悩むようなそぶりを見せるとニコッと笑った。

 そのまま小走りに目の前に合ったお店へ向かうと、その商品を一つ手に取って言った。

「ぬいぐるみ、ですかね」

 手のひら大の小さなクマのぬいぐるみを両手で持つと口を隠すように掲げた。そのしぐさがとても愛らしくて、まるで小さな女の子を相手にしているように気分になる。

 小さく微笑みながらゆっくりとした歩調で彼女に近づくと、得たりとばかりに俺は言う。

「これが見えたから趣味の話をしたんだね」

 俺の言葉を受けた立花さんは、その通りと笑って見せる。そしてくるりと半回転すると、棚に並んだぬいぐるみに目を落とした。

 俺もそれに倣って棚の上に座っているクマのぬいぐるみたちを見る。

 胸元にネクタイを付けたもの耳にリボンをつけたもの、スカートを穿いたもの、ズボンを穿いたもの。棚の上に並んだクマのぬいぐるみは多種多様。何かのマスコットなのかと思ってはみるがそんなことは無いらしい。周りを見ればクマ以外にもたくさんのぬいぐるみがずらりと並んでいた。

 隣の彼女はそのぬいぐるみの群れを見てどれがいいかと思案気に難しい顔をしている。

「ぬいぐるみ集めてるの?」

「集めてるって程じゃないですけど」

 言うと彼女はポケットからスマホを取り出してタタタッと写真を見せてきた。

「こんな感じですね」

 突き出されたスマホを見ると、そこには彼女の部屋なのであろう写真が表示されていた。

 足の踏み場もないほどに転がっているぬいぐるみの群れ、ベッドらしき段差の上にもこれでもかというほどの大型のぬいぐるみが寝転んでいる。

 見た瞬間はそれこそ目の前の売り場と変わらない印象だったが、ベッドやカーペットの明るい色遣いを見てそれが女の子の部屋だということを遅れて理解すると途端にいたたまれなくなって視線を逸らした。

「なんかすごいね」

「コレクションの域ですよ」

 そっぽを向きながら言った俺に対して立花さんは得意げに言った。

 床にも散らばっているところを見るとコレクションと呼べるほど大切にしていない気もしたのだが、大切にする、の定義は人それぞれだ。綺麗なショーケースに入れて愛でるのも、絶えず触れ合っているのも。

 きっと彼女は、大切なものはすぐそばに置いておきたい性質なのだろうと思って笑顔を浮かべた。

「なんで笑うんですか」

 すると彼女が少しむっとして言う。

 他意はなかったのだがそんな反応をされてしまって、俺は早口に言った。

「あっいや、意外と子供っぽいんだなって」

「子供っぽい、ですか……」

 なんの気なしに言っただけだったのだが、彼女は俺の言葉が気に入らなかったのか、ふっと笑顔を隠して小さくつぶやいた。

「あ、変な意味じゃなくてね?」

「…………先輩」

「え、はい」

 急に静かな声で呼ばれたから背筋を伸ばして返事をした。もしかして機嫌を損ねてしまったのだろうかと思ってドキドキしていると、彼女はニコッと笑った。

「私、先輩が思うほど子供じゃないですよ?」

「え、あ……」

 その声は、蠱惑的な雰囲気を携えていて、虚を突かれた俺は何も言えずに視線を逸らした。

 するとそんな俺を見た立花さんはくすりと笑ってからかうように言う。

「先輩のほうが子供だと思いますよ」

「…………」

 悪戯っぽく笑った顔を直視できなくて、俺はファンシーなぬいぐるみたちに視線を向けた。

「た、立花さんどういうぬいぐるみが好きとかってあるのッ?」

 焦りながらもそういえば、立花さんはふふっと笑って店内へと入っていく。

 少し遅れて俺もその後に続けば、彼女は壁際に並んだ抱き枕サイズのぬいぐるみたちの前にいた。

「こういう子たちですかね」

 見れば、立花さんは自分と同じくらいの大きさの白クマのぬいぐるみと握手していた。

 なんだかその光景が子熊が親を見つけた光景に見えて俺は小さく笑った。

「大きいぬいぐるみが好きなの?」

 問いかければ、立花さんはふっと笑って呟くように言う。

「よく言われますッ」

 とても嬉しそうに笑うから、つられてこっちまで笑顔になる。しかし彼女は「でも」と続けた。

「大きいぬいぐるみじゃなくて、肉食動物が好きなんですよ」

「……ぬいぐるみじゃなくて動物が好きってこと?」

 きょとんとしながら問えば、彼女はおかしなものでも見たかのように噴き出した。

 わけがわからず固まっていると、立花さんは少し愁いを帯びた瞳で言った。

「肉食動物の、ぬいぐるみが好きなんです」

 自分の体ほどもあるぬいぐるみを見つめる瞳はどこか儚げで、そこに何か特別な理由が含まれているんじゃないかと考えてしまう。

 実際、どうしてと尋ねてしまいそうだった。

 しかし、それを口にするより早く、彼女はにこりと笑って言った。

「肉食動物は、一緒に居れませんからね」

 小悪魔的な笑顔でそう言った立花さんは、近くにあった実物大の狐のぬいぐるみを抱きかかえた。

「…………もともとは、肉食動物が好きだったの?」

 彼女の言葉の意味するところがいまいち理解できなくてそう問えば、立花さんはまたふっと笑って言った。

「襲われたいんですよ」

「いッ!?」

 度肝を抜く言葉に、息を呑むどころか喉と肺が奇妙な動きをした。

 彼女の口にした言葉はとても蠱惑的で、それなのにそんな言葉を無邪気に口にするから苦笑いもできずにぴたりとその場で固まってしまう。

 すると彼女はそんな俺を見てくすりと微笑む。

「先輩たちは、反応が正直ですよね」

 なぜ複数形だったのか、そう思いはしたけれど歯をのぞかせながらニシシと笑う姿が俺の幼馴染と重なってはあとため息と一緒に吐き出した。

 どうやら俺はからかわれてしまったらしい。やめてくれと頼みこむように視線を向ければ、屈託のない笑みが返ってきて苦笑いが浮かぶ。

 立花さんといるといつも忙しなく動いている気がする。焦らされたりからかわれたりもそうだし、会話だってそう。些細な会話だってテンポが速い。ポンポン話題が進むから気付いた時にはもう次の話題になっている。

 だから、俺を翻弄して楽しんでいる彼女に一矢報いてみようかと思ってこちらから問いを投げかけてみる。

「肉食動物ばっかり集めてるの?」

「そうですね」

 言うと彼女は手にしていたぬいぐるみを置いてほかのぬいぐるみにも手を伸ばす。一つ一つの頭や背中に触れ、触り心地を確かめながらゆっくりと進んでいく。

 触れるのはすべて彼女お気に入りの肉食動物。今いるスペースにクマのぬいぐるみが多いからそうなのかもしれないが、彼女は隣にあるウサギばかりが並んだ棚には行こうとしない。

「こだわりがあるんだね」

「こだわりって程のものじゃないですよ?」

 彼女は謙遜するように言ったけれど、ぬいぐるみ一つに自分なりのルールを持っているのはこだわりだと言えるだろう。

「なんで肉食動物なの?」

 問いかければ、立花さんはしゃがんだままくるりと俺のほうを見上げた。

 そしてきょとんと眼を丸くした彼女がさっきまで俺の見ていたウサギばかりの棚のほうを見るとふむ、と唸るような声を上げた。

「なんとなく、ですね」

「あ、そうなんだ……」

 何か特別な思い出もあるのかと思っていたので拍子抜けしてしまった。

 動物園が好きでその名残で肉食動物のぬいぐるみを集めるようになったとか、誰か大切な人からの贈り物がきっかけだとか、そういうのがあるんだと深読みしていたから落差が激しい。

 そんな風に思った俺を見ていた立花さんは、ふっと嘲るように笑うと諭すように言った。

「なんとなく、それが理由なんてよくあることじゃないですか」

「あー、そうかな……?」

 考えてみたけれど、ぴんと来なくて首を傾げた。俺の周りにいる人は決まって理由を持っていたから。

 ソウが小説にのめり込むようになったのは、母親のことがあったから。間城が何度も告白しようとしたのは、それが抑えられるようなものではなかったから。真琴が恋愛を嫌うようになったのは、昔付き合っていた相手との出来事があったから。永沢さんが男性に対して極度の警戒心を抱くようになったのは、前の部活のことがあったから。

 そんな風に、みんなそれに至るだけの大きな理由を持っていた。だから、立花さんの言い分いまいちぴんと来ない。

 けれど立花さんはそれならそれでいいと息を吐くと、立ち上がって俺に向きなおった。

「先輩も、そうやって決めてることいっぱいあると思いますよ」

 気付いてないだけだと笑顔で言い放つと、立花さんはくるりと踵を返して店の外へと向かって歩き出す。そして首だけで振り返るとにこりと笑った。

「先輩、そろそろ行きましょう」

「え? あ、うん」

 なおも首を捻っていた俺は、彼女に追いつくまで暫しの時間がかかった。


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