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Primula  作者: 澄葉 照安登
第七章 聖夜に灯れ
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聖夜に灯れ 10

 電車に揺られること一時間強。普段行き慣れない大きな街へ降り立つと、人の匂いでむせ返りそうになった。

 ソウと映画に行った時のことを思い出しながら息を吸い込めば、少しだけ息苦しくて鯉のように空を見上げながら息継ぎした。

 駅前集合ということになっているのであたりをきょろきょろと見まわしてみるが、今のところそれらしい人影はない。バイト上がりでそのまま向かったから少しばかり早く着いたのだろう。

 そう思いながら空の闇色とは裏腹にキラキラと輝く街に目を向ける。

 自分の住む町とは、大違いだ。

 空の暗さも感じさせない光輝くビルや車。昼間なのかと勘違いしそうになるほどの人々の喧騒。そして何より、男女のペアで歩く人がとても多かった。

 時期的な問題なのかもしれないけれど、地元ではあまり見慣れない光景に俺は少しだけ委縮してしまって、そこから離れるように数歩後退って駅構内の柱にもたれかかった。

 そうしたとき、コートのポケットでスマホが震えた。

 なんだろうと思いながら取り出して確認してみれば、それは待ち合わせをしている相手からのメッセージだった。

『先輩いつくらいに着きますか?』

 そのメッセージを目にして、もしかしたら彼女ももう到着しているのではと思ってもう一度あたりを見回す。けれどやっぱりそれらしい人影を見つけることはできなくてスマホを操作した。

『今着いたところ。立花さんももういるの?』

 そう送ってみてれば、すぐに既読が付く。これはいよいよどこかにいるのかもしれないと思って柱の真裏をのぞき込んでみる。けれどそこには誰もいない。もしかして違う改札口にいるのだろうかと思って改札のほうを見た。

 するとそこで焦ったように小走りで改札を抜ける彼女の姿を見つけた。彼女は改札を抜けるなり白い息を吐きながらキョロキョロとあたりを見回す。

 柱のところで見つけてもらうのを待っているのも歯がゆくて、改札前にいる彼女のところまで歩いていく。

 俺の動きに気付いた彼女と目が合う。すると彼女は慌てたように俺のもとへと駆け寄ってきた。

「先輩なんで早いんですか!」

「えっ? ご、ごめん」

 開口一番しかられて、反射的に謝った。

 わけがわからずたじろいでいると、立花さんがずいっと寄って俺をたしなめる。

「私が先に来て待ってるはずだったんですよ!」

「あ、そ、そうなんだ……」

 俺は謝ればいいのか呆れればいいのかわからず困り笑いを浮かべる。

「待ち合わせと言えば、遅れてごめん、今来たところだよ、っていうのをやるのが定めじゃないですか」

「……なら立花さんが遅れてごめんって言う方をやればいいんじゃ……」

「そういうのは男性のやるべき所じゃないですか!」

「女性がやるものな気がするけど……」

 ぐいぐい詰め寄ってくる立花さんに困り笑いを浮かべながら身を引けば、周囲の人の視線が痛くて横目で確認する。

 俺たちを見ている人が痴話ゲンカかと呟きながら俺たちを見ている。それがすごく恥ずかしくて俺は慌てて立花さんをなだめる。

「立花さん、落ち着いて? 周りも目もあるからさ」

「…………」

 俺が言うと、立花さんはあたりをきょろきょろと見まわす。奇異な視線が自分に向けられているとこに気付くと立花さんはあー、と納得したようにぼやくとため息を吐いた。

「仕方ないので今回は諦めます、なので先輩まず私の服装を見て言うことがありますよね?」

 立花さんはそう言うと、数歩俺から距離を取って自分の体全体が見えるようにと体を捻って見せた。

 彼女が体を捻るたびに揺れるクリーム色のコートは普段同様ボタンが一つも止まっていない。だからその内側に着ている白いセーターとタイツの上にはいたショートパンツが隠れることなく姿を露わにしている。より見やすいようにと彼女が足踏みを踏んで角度を変えれば低いヒールがカツカツと地面を鳴らした。

 手袋やマフラーをしていない、コートのボタンすらまともに止めていない彼女の服装を見てまず浮かんだのは、寒そうだなというのが正直なところだった。

 けれど、そんな風にこれ見よがしに見せつけてきて言葉を求めてくるという行為の意味するところを理解できないほど愚鈍でいるつもりもなかったので、俺はやや恥ずかしいセリフを目を逸らしながら口にした。

「かわいい、と思うよ」

「先輩目を逸らさずに言ってくださいよ」

「あはは……」

 むすっと不貞腐れた彼女に言われて俺は申し訳ないと思いながら苦笑いを浮かべた。

「ま、それはそれで嬉しいのでいいですけど。真っすぐ言ってもらえる方が女の子は嬉しいもんですよ」

 挑発的に言った彼女は蠱惑的な笑みを浮かべた。

「善処します」

「してくださいね」

 押され気味にそう口にすれば、立花さんは満足そうに微笑んだ。

 もしかして、もう次回のことを考えているのだろうかと思って気が早いなと思った。

「では先輩、行きましょうか」

「あ、うん」

 ポンポンと話題が前に進むから、俺はやや急ぎ足で彼女の会話についていく。それと同じように少し急ぎ目に彼女の隣に着けば、立花さんはニコッと笑って歩き出した。

 こんな風に女の子と二人で肩を並べて歩くなんて、初めてのことだ。文芸部のメンバーという括りであったり、そのほか何か事情があるときであればあったかもしれないが、こういう形で歩くのは初めてのことだった。

 俺は、なんだかそれが少し恥ずかしくて、居心地の悪さを感じながらヒールのおかげで少しだけ顔の近づいた彼女を見つめた。

 いつもの彼女は、肩口までの髪の毛に何か手を加えたりはしていない。ヘアピンもつけなければゴムもしていない。それが当たり前で、見慣れた光景だった。

 けれど、今の彼女は何と呼ぶのかわからない小難しいヘアアレンジをしている。

 俺はそれをなんだか見ていられなくて、視線を逸らした。

 すると、突然彼女が思い出したように言った。

「そういえば先輩、なんで早かったんですか?」

「え、あー、バイト終わってそのまま来たからかな?」

 急に言われたから少しどもって、自分のことなのに推理するような言い方をした。

「先輩、バイトって何時まででしたっけ?」

「今日は四時過ぎまで」

 言うと彼女は、少し考えるようなしぐさをして訝しげな目を向けてきた。

「……もしかして先輩何か食べちゃいましたか?」

「いや、何も食べてないよ」

 そんな目で見られて心外だなと思いながら言えば、立花さんはほっと息を吐いた。

「立花さんが食べてこないでって言ったのに」

「そうでしたっけ?」

 苦笑いを返せば立花さんはわざとらしくとぼけて見せた。

 俺はそれがおかしくてふっと噴き出すと、立花さんもまた同じように噴き出した。

「それなら、とりあえずご飯食べに行きましょうか。私行きたいところがあったんですよ」

「いろいろ行きたい所挙げてたもんね」

「先輩ムード作ってくださいよ」

「ごめんね」

 笑顔で言いながら二人で歩けば、足取りはどんどん軽くなっていく。 

 そこでようやく、ここ数週間、足が泥の様に重たくなっていたことに気付く。アルバイトで疲れていたせいか、そう思ってはみたけれど今この場でそれを実感したということはそういうことなんだと思って内心苦笑いを浮かべた。

「ちなみに先輩、甘いものって好きですか?」

「苦手じゃないよ。真琴を基準にされなければ大丈夫」

「原先輩?」

 俺が苦笑い交じりに言えば、立花さんはどういうことだと首を傾げた。

 俺は、彼女が真琴の普段の行いを知らないのも無理はないと思いながら説明する。

「真琴は甘いものが好きなんだよ。ファミレスとかでもいつも飲み物はアイスティとかだし、それにガムシロップ何個も入れてるんだ」

 いつだか真琴がやっていた光景を思い出しながら言えば、立花さんはほえーと声を上げた。

「原先輩って甘いもの好きなんですね。なんか意外です。ブラックコーヒーとか飲んでるイメージでした」

「真琴は苦いもの嫌いだよ」

 そう言うと立花さんはまたほへーと声を上げた。

「そういえば前に先輩が自販機で買ってたミルクティも原先輩の分だって言ってましたね」

「あー、そういえば」

「忘れてたんですか」

 そんなこともあったなと思い出しながら声を上げれば立花さんは少しむっとして言った。

「そういうの覚えておいた方がいいですよー。女の子は些細な事でも機嫌悪くしますからね」

「善処します」

 またそんな風に言えば立花さんも同じく「してください」と得意げに言い放った。

 そして一呼吸置くと、気を取り直してと言うように居住まいを正して言う。

「ともかく、先輩は甘いもの食べれないわけじゃないですよね?」

「うん、大丈夫」

 俺が答えると立花さんは満足げに微笑んでスマホを取り出して操作した。

「じゃあ、ここに行きましょう」

 そう言った立花さんは俺にすり寄ってスマホを見せてきた。

 肩が触れてドキリとするが、それを悟られないように冷静を装いながらスマホを覗く。

 そこには、つい数日前にも立花さんがここへ行きたいと送ってきてくれた画像が表示されていた。

 見るからに女性の好きそうなおしゃれな店。俺とは無縁なそのお店の写真を見ながら、俺は笑顔を浮かべて言った。

「行きたいって言ってたもんね」

「だからムードを考えてくださいよ」

 言えばまた立花さんに文句を言われてしまう。けれどそれがまた心地よくて俺は笑顔を浮かべた。

「あんまりそういうこと言うと奢ってもらいますよ?」

「んー、値段によるかな」

 あははと笑いながら冗談めかして言えば立花さんは言質を取ったとばかりに笑顔を浮かべてスキップした。

「じゃあ、早くいきましょう。予約してあるので」

「もう行くことは決定してたんだね」

 今までのやり取りは丸々何だったんだと言いたくなってしまうがそれを飲み込む。苦笑いを浮かべながら彼女の様子を覗えば、立花さんは当たり前だと言うように笑顔を浮かべた。

「さ、行きましょう先輩」

 少しだけ甘い響きを持った彼女の声に少し戸惑いながらもうなずきを返せば、周りのカップル同様肩を並べて歩き出した。


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