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Primula  作者: 澄葉 照安登
第七章 聖夜に灯れ
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聖夜に灯れ 4

「ってわけで、冬休みの部活の予定を決めるんだが、みんな予定どうよ」

 六つくっつけられた机の真ん中で、ソウが四人を見回して言った。

 その視線が一周してソウの目の前に座る立花さんに向けられると、彼女は元気よく声を上げた。

「なるべく多く入れましょう!」

 予定を聞かれているのにそんな風に言われたから、質問を投げかけたソウはと呆れたように笑っていた。

「いや、それはいいけどまず予定な」

 ソウに笑顔でたしなめられると、立花さんは居住まいを正してから笑顔で言った。

「私は基本いつでも大丈夫ですよっ」

 悩むそぶりを何一つ見せることなく元気よく言った立花さんを見て、俺は苦笑いを浮かべる。

「立花さん、両親の実家に帰ったりとかしないの?」

「しないですよ?」

「あ、そう……」

 少し不安になって聞いてみれば、一部の隙も与えない返答が返ってきて俺は口ごもる。それは本当に予定らしいものがないからなのか、それとも家族の予定など関係ないと思ってのことなのか判断がつかない。

 そんな俺の戸惑いを察したわけではないだろうが、ソウが腕を組んで頷く。

「ま、そういうのもあるからだろうし、あんまり人が来れない日は無しって感じにしようと思ってな。ほら」

 ソウが言いながら鞄から取り出したのは、昼に見せてきたあのシフト表じみたプリントだ。

 立花さんは机におからたそれを見ると「はー」とどうでもいいような声を上げる。

「とりあえず予定ある人は挙手してくれ。あっ、ちなみにユサはほとんど来れないらしい。バイトだってよ」

「あー、まあそうですよね」

 ソウが言うと、立花さんは言いにくそうに視線を逸らして呟いた。

 俺たちからすればもう毎度のことで慣れているのだが、立花さんはそれなりに物足りなさのようなものを感じているのだろう。

 そう思って視線をプリントに移せば、ぶっきらぼうな悪友が低い声でぼそりと言った。

「俺もバイトあるからほぼ来ない」

「えっ!?」

 真琴が言うと、立花さんははじかれたように俺の悪友へと視線を向けた。

真琴はそれを受けるなり見るなとばかりにため息を吐く。けれど立花さんは虚を突かれたせいか、目を見開いて静かな声で真琴に問いかけた。

「先輩って、バイトやってたんですか?」

 信じられないと言いたげに立花さんが口にすれば、真琴は説明するのも面倒だとばかりにため息を吐く。そしてちらりとその視線がこちらに向けられたので俺は苦笑いを浮かべながら真琴に変わって口を開く。

「真琴は毎年この時期に短期バイトを入れるんだよ」

「あ、そういうことですか」

 一安心とばかりに胸をなでおろす立花さん。その様子がまるで、真琴はバイトしていないのが普通、みたいな印象を受けて苦笑いを浮かべる。

「なんか、原先輩がバイトしてる姿とか想像できなかったので驚きました」

「あはは……」

 思った矢先、立花さんがそんな言葉を吐くものだから俺は力なく笑って返した。ちらりと真琴を見てみれば、そんな問答に興味がないのか退屈そうに俺たちの様子を見ていた。

「ま、そういうことだから、俺たちだけの去年は冬休みは部活なかったってことだ」

 すると俺たち三人を見て結論が出るのを待っていたのであろうソウは、会話が前へ進まないことを危惧したのか、いつもの通り明るいトーンで付け足すように口にする。

 言われて、そういえば去年は冬休みどころか夏休みにも部活動をしていなかったことを思い出す。もともと部活と呼べない人数だったし、そのうち一人はバイトで部活の顔を出さないのが当たり前。そんなだから去年の夏休みは、三人で遊ぶことはあっても部活動という名目で顔を合わせることは一度もなかった。

「なるほどです。……じゃあ今年も原先輩は部活に出れないってことですか?」

 確認するように立花さんが真琴を見れば、ぶっきらぼうな悪友は頷く代わりにふっとと息を吐き出した。

 それで伝わるのは俺とソウくらいのものだろうと思って苦笑いを浮かべると、今度はソウが真琴の言葉を代弁してくれる。

「ま、そういうことだな。俺はずっと暇だけどな」

「総先輩暇人ですもんね」

「辛辣」

 立花さんが笑顔で言えばソウも同じく笑顔で返す。そんな二人を見て頬を緩ませれば、隣から呆れたような溜息が聞こえた。

 ワイシャツから厚手のコートへと服装が大きく変わっても夏のころから何も変わらないな、なんて思いながらその余韻に浸っていると突然俺の肩が叩かれた。

 不思議に思って振り替えてみれば、真琴がその悪い目つきのままに俺を見ていた。

「どうしたの?」

「お前も言うことあるだろ」

 問いかけてみれば、真琴はぶっきらぼうに言う。

「……あー、そうだね」

 言われて、数秒遅れてから真琴が何を伝えたいのかを理解して苦笑いを浮かべながら頷いた。

 俺は真琴に背を向けるようにくるりと振り返ると、コントをしていた二人のほうへと向き直る。

「あのソウ? 実はさ」

「はん?」

 俺が口を開けば、ソウがどうしたお前と言いたげに首を傾げて俺のことを見る。そのすぐ近くで立花さんも同じようにしている姿を見て、彼女の気持ちを思うと言いにくいなと思う。とはいえ、ここで口にしないわけにもいかずに俺は誤魔化すように苦笑いを浮かべた。

「俺も、バイト入れちゃったんだ」

「…………は?」

 俺が言うと、ソウは知性を感じさせない間抜け面で俺のことをじっと見つめた。それに申し訳なさを醸し出しながら苦笑いで返すと、しばらくの間の後、大きな声が響いた。

「え!? 先輩もなんですか!?」

「うん、そうなんだ」

 大声を上げた立花さんに、ごめんよと目で伝えるとあからさまに不服そうに声を上げた。

「先輩も毎年やってるんですかー」

「いや、俺は今回が初めて」

「何のバイトするんですかー」

「郵便局の、年賀状仕分け」

「どれくらいシフト入れたんですかー」

「……可能な限り」

「はぁー……」

 怒涛の質問攻めに身を引きながら答えると、彼女の表情がどんどんと落ち込んでいく。そして最後には盛大なため息が吐き出された。

「二人も部活に参加できないじゃないですかー」

「間城も入れると、三人だよ……」

「わかってますよー、追い打ちかけないでください」

 俺が付け足して言えば立花さんは俺をキッとにらんで不貞腐れてしまう。

 彼女の不機嫌の原因を作ってしまっている手前、フォローすることなんてとてもできず俺はただ苦笑いを浮かべて謝罪の念を送る。

 次いでソウにもごめんとジェスチャーで伝えれば、腕を組んだ体制のまま首を傾げていた。

「んー、楓ちゃんは予定どう?」

「あ、えっと、私は祖父の家に……」

 ソウが難しい顔で尋ねれば、申し訳なさそうな声が聞こえてくる。それを聞いたソウは小さく息を吐くと仕方ないと言いたげに口を開いた。

「冬休みは部活無しにするか」

「えー……」

 ソウが言うと、唇を尖らせたままの立花さんが嫌だと言いたげに声を上げる。しかしこれだけの条件がそろってしまえばそれが無意味なことを彼女自身理解しているのだろう。立花さんはふうと苛立つように息を吐くと、俺のほうへ恨めしい視線を向けてきた。

 俺は両手を合わせてごめんねと訴えるが、当然彼女の機嫌が直る気配はない。

「なんで先輩バイト入れちゃったんですかー」

「いや、なんとなく……」

 頭を掻きながら苦笑いを浮かべてみる。もちろん立花さんがそんな言葉で満足してくれるはずもなく、諦めたような溜息と同時に、立花さんの視線がちらりと隣の席に向けられた。

 俺もつられてそちらを見る。けれど顔を向けることはできずに、目線だけで。その目線すら机の表面をなぞるかのように落としたままで。

 立花さんから見て右隣り、俺から見て真正面の席に座っているのは黒髪の彼女だ。

 俺の視線が彼女に向いたからか、カーディガンが顔をのぞかせているブレザーの袖は、彼女の華奢な指先同様居心地悪そうにせわしなく動いている。

 あまりにぎこちない態度では返っておかしく思われてしまう。そう思った俺は彼女の手から袖口、そこからブレザーの袖を伝ってその視線を上げて行こうとしたのだが、彼女の顔を見る前に視線が逸れる。

 目を合わせていいのかと、そう思ってしまった。

 それは悪い事なんかじゃないとわかっている。むしろ目も合わせないほうがよくないだろう。人当たりの悪い印象を与えかねないし、それ以前に無視されているなんて彼女に勘違いさせてしまいかねない。

 そんなことはわかっていたのに、俺はまるで逃げるように隣のソウを見る。そして誤魔化すように顧問から渡されたプリントをしまう幼馴染を見ながら口を開く。

「間城に連絡しないとだね」

「そうだな」

 しわの寄ったプリントを乱暴に鞄の中に詰め込むと、ソウは少し残念そうに返事をした。

 ソウはそのまま鞄からスマホを取り出すと、タタッと画面をタップして間城に連絡し始める。俺はそれを見ながら、体を机のほうへと戻そうとして止めた。

 代わりに俺は真後ろに位置する真琴のほうを向いて声を投げた。

「そういえば、さっきも聞いたけど真琴はいつからバイト?」

「……土曜から」

 俺が尋ねれば真琴は相変わらずぶっきらぼうに答える。

「郵便局?」

「そう」

 確認すれば真琴から一息の返事が返ってくる。

「じゃあさ一緒に行こうよ。時間も多分一緒でしょ?」

「お前何時」

「十時から」

「わかった」

 不愛想に言った真琴だけれど、断らなかったということは俺の思った通りだったということだろう。

「じゃあ真琴の家に行くよ」

 俺が言うと、真琴は「ん」と返事かどうかも分からないうめき声を口にして窓の外へ視線を投げた。

 俺はそんな真琴の様子を見てふっと笑うと、横目で正面に座る彼女を見た。

 彼女は、立花さんと何やら話をしている。その表情を見ることはできないが声を聴くに沈んだ表情というわけでもないだろう。

 俺はまた視線を上げようとして、今度は自身の手を見た。

 その手に何か握られているわけでもない。指輪やブレスレットなんて付けたりしないし、腕時計だってつけない。何か違和感があって確認するようにそうしたわけではない。

 けれど、俺はいつもの通りにそうした。

 逃げるように、隠れるように、隠すように。視線を彼女とは別のほうへと向ける。

 そうしてまた俺はソウへと視線を向けると、間城への連絡が終わったらしいソウが後輩たち二人のほうへと視線を向けていることに気付いた。

 楽しそうに、という感じではない。何か考え込むように無表情。時たま漏れる吐息はどこかため息じみていて、呆れたような雰囲気をまとっていた。

「……?」

 いったいどうしたんだろうと思って首を傾げると、その視線がちらりと俺に向けられた。無関心にすら思える瞳だけれどもの言いたげに俺を映し続ける。

 俺はなんだか品定めでもされているような気がして身震いをする。するとソウはまた後輩二人の方へと視線を戻して、小さく息を吐いた。

 やっぱりよくわからなくて、何かあるのだろうかと思って彼女のほうに視線を向ける。

 けれど、視界に彼女の姿が入ろうとした瞬間に、条件反射でまた逸らした。

 その瞬間、ふっと呆れたように笑うソウが目に入った。

 それを見て、ようやくソウの視線を意味を理解する。

 ソウは、二人を見ていたんだ。立花さんと永沢さんを、ではなく、俺と永沢さんを。

 俺はそれにようやく気付いて、後ろめたさを感じて視線を落とした。

 文化祭以来、俺は彼女と目も合わせていない。


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