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Primula  作者: 澄葉 照安登
第七章 聖夜に灯れ
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聖夜に灯れ 3

「あ、ジャストタイミングですね」

 部室へ向かおうと階段を上っているとき、そんな声が聞こえてきて三人そろって声の方を見上げた。

 俺たちの正面、階段の上った先に目をやれば、そこには明るい髪色の後輩が同じく明るいベージュのコートに身を包んで俺たちに手を振っていた。

「みたいだな」

 俺たちの先頭に位置していたソウが階段を上り切って言う。俺と真琴もそれに続いて階段の踊り場に足を付け、小さく笑顔を浮かべて手を上げて挨拶をする。しかしながら真琴は身振り手振りもなく息を吐いただけだ。

「お疲れ様です」

 そんな言葉を交わさない挨拶で終わらせようとした俺たちとは違って立花さんは笑顔で口にした。

「お疲れ様」

 疲れているような気配はまったく感じなかったが、つられて小さく呟くように言うと明るいコート姿の彼女はぱっと華やぐように笑って見せた。

「原先輩もお疲れ様です」

「……はぁ」

 立花さんが一歩踏み出して真琴に言えば、ウザいとばかりにいつも通りのため息が聞こえた。

 相変わらず愛想がないなと思いながら真琴を見れば、いつにもましてテンションの高い立花さんにやられたとばかりに真琴が肩を落とした。

「立花さん何かいいことあった?」

「何でですか?」

 真琴の代わりにそう訊ねてみれば、彼女はきょとんとして俺を見た。

「なんだかテンション高いみたいだから、何かいいことあったのかなって」

 笑顔を浮かべてそう口にすれば、立花さんは唇をすぼめて考えるようなしぐさをした。

「んー、そうですね…………。むしろ良くないことはありましたよ」

「あ、えっ? そうなの?」

 予想外の答えに戸惑いながら確認してみれば立花さんは肩を落として「そうなんですよー」と呟いた。

 いったい何があったのだろうと思っていると立花さんは俺の横に並んだ。

「ハル、行くぞ」

「あ、うん」

 彼女が俺の隣までやってくるのを待っていると、ソウがしびれを切らして急かしてきた。

 俺が返事をするが早いか、ソウはそのまま上の階へと昇っていく。真琴も俺たちには目もくれずにその後に続く。

 俺もその後に続こうと隣にいる立花さんに話の続きをどうぞと視線を向ければ同じようなタイミングで歩きだした彼女がぽつりと言った。

「今日の占い、運勢悪かったんですよ」

「あ、占いね」

 何か嫌なことでもあったのかと警戒していたから大した問題ではなくてほっと息を吐く。けれどそんな俺に対して立花さんは大問題とばかりにため息を吐く。

「最近ずっと運勢悪いんですよー」

「そうなんだ?」

 よくわからないけど、占いに一喜一憂するものなのかなと思って首を傾げてみれば立花さんは品定めするかのような目で俺を見た。

「先輩占いとかってみます?」

「いや、ほとんど見ないかな」

 それどころかテレビなんてほとんど付けない。天気予報を確認する習慣がついたのだってつい二ヵ月前くらいからだ。男子の俺はスマホに占いのアプリなんていれていないし、ほとんどどころか全く見たことがなかった。

 曖昧に笑顔を浮かべてみれば、立花さんは仕方ないかとばかりに息を吐く。

「男の人ってそういうの多いですよね。……でも松嶋先輩は占いとか好きなイメージがありました」

「え、そう?」

「そうですよ」

 そんなイメージを持たれていたのかと思って問い返してみれば、彼女はあっけらかんと答えて見せた。

 どんなところが、と思いながら首を傾げると、立花さんは得意げに笑った。

「先輩、純粋乙女な性格してるじゃないですか」

「純粋、乙女……?」

 何一つ俺に当てはまらない単語が出てきて眉をしかめて首を傾げる。けれどそんな俺に対して立花さんは勝ち誇ったような笑みを携えて言った。

「先輩、心乙女じゃないですか。一目惚れとかそういうの好きじゃないですか」

「あー、そういう」

 言われて、彼女の言わんとしていることがようやくわかった。

 いつかも彼女に言われたことだが、俺はどうやら女々しいらしい。もちろん多少の自覚もあるし、ムキになって否定するようなことではない。

 彼女の言うように、俺の心は悪く言えば奥手で内向的、よく言えば今彼女が言ったように、純情乙女というところなのだろう。

 恋を美しいものだと信じてやまず、初恋の恋焦がれ、運命の赤い糸を妄信する。

 さながら少女漫画に取りつかれた夢見がちな女子中学生、といったところか。

 確かに、男らしいとは言えない俺を一言で表現するならそんな言葉が妥当だなと思って、苦笑いを浮かべながら同意する。

 すると彼女は八重歯をのぞかせた。

「だから先輩はそういうの、見てはいなくても興味とかあるかなーって思ってたんですよ」

「んー、そっか……」

 得意げな顔を浮かべた彼女にそんな風に言われて、俺は苦笑いを浮かべた。俺は占いなんて言うものに興味はなかったから。

 小学校のときなんかには、周りでそんな話をしている友達がいたような気もするが、そのころの俺はまだ恋という存在を知りえてなかったからそもそも興味を持つかどうかの話ではない。

 恋という存在を知ってからは、ただひたすらにそれだけを妄信していた。好きになって告白して付き合って。それを名前のない登場人物に演じさせる。その光景が好きなだけで、ほかのことはよく考えたことがない。

だから、占いを見て一喜一憂する気持ちなんて、俺にはわからなかった。

 しかし、それを口にしてしまうのもなんだか申し訳なくて、代わりに苦笑いを返した。俺にはわからないなんて言ってしまえば身もふたもない。誰かの好きなもの、興味あるものに理解を示せないと口にしてしまうのは憚られた。

 立花さんは、俺の笑顔を見てなんとなくの雰囲気を察したのだろう。ふっと表情が一瞬冷めると、また笑顔を浮かべて言った。

「それで最近ずっと運勢悪いんですよ。星座占いなんて十位から十二位の間を行ったり来たりしてるんですよ」

「逆にすごいね」

 苦笑いを浮かべて言えば、立花さんが肩を落として唇を尖らせた。

「フォローになってないですよ」

「あはは、ごめん」

 頭を掻きながらそう口にすれば、立花さんは仕方ないとばかりに「はあ」と息を吐いた。

「先輩も今度占い見てくださいよ。それで一緒に落ち込みましょうよ」

「運勢悪いのは決定なんだね……」

 苦笑い気味に口にすれば、立花さんはもちろんとばかりに浮かく頷いた。

 二人ともいっぺんに最下位ワンツーを決めるならそれはそれでもはや運がいいのではないか、なんて思いながらたははと笑うと、ふと、そういえば立花さんの誕生日はいつだったかと思った。

「そういえば、立花さんって何座?」

「私ですか? 私はですね…………」

 立花さんはそこまで口にすると、悪戯っぽく笑って俺を見た。

「当ててみてくださいよ」

「え、当ててみてって」

 いきなりのクイズ形式に戸惑って間抜けな声を上げる。

 星座は十二種類。適当に言っても当たる確率はそれなりにある。いつだか真琴が死に物狂いで手に入れようとしていた限定キャラに比べれば優しすぎるくらいの確立だろう。

 しかし、十二分の一で当たるとはいっても外れる確率のほうが圧倒的に多いわけで、俺は暫し悩んで口元に指を当てて考える。

「……ヒントとかってある?」

「そうですねー。前に先輩に誕生日を話したことはありますよ?」

「えっ」

 言われて、そんなことあったかななんて思って記憶をたどってみる。けれどそんな出来事がいつあったのかと疑問が膨らむばかりだ。

 そうして悩んでいると、立花さんがまた悪戯っぽく笑う。

「外れたら何かしてくださいね」

「え」

 そんなことを言われた俺は口をぽかんと開けて目線で本気で言ってるのかと問い返す。すると彼女は上機嫌にふふーんと鼻を鳴らした。

 どうやら間違った答えを口にするわけにはいかないらしい。無理難題を押し付けられまいと必死に悩んで自分の足元を見る。するとついさっきまで段差で構成されていたはずの足もとはワックスがけした固い平面へと変わっていた。

 話しながら前も見ずに条件反射に任せていたから階段を上り終えていたことに今になって気付いた。

 ついさっきまで目の前にいたソウたちの姿を探すと、少し先でカチャリという音が聞こえた。目をやれば見慣れた二つの人影が部室の中へと消えていく姿が見えた。

 話に夢中で歩調も合わなくなっていたらしい。俺は内心少し慌てながら二人に追いつこうと思ったが、隣にいる立花さんを置いていくなんてことはできずに思いとどまる。

 すると、隣の彼女はふっと笑った。

「期限は明日までにしましょう。それまでに答えられなかったら、そうですね……」

 そう言うと、立花さんは背後をちらりと確認した。

 どうしたんだろうと思うよりも先に、彼女は俺に向きなおって言った。

「冬休みの部活中に面白い事でもしてもらいます」

 そう口にした彼女は小悪魔じみた笑顔を浮かべると、早く部室に行こうとばかりに歩調を早めた。

 俺はそれに置いていかれまいと彼女に歩調を合わせる寸前、ちらりと背後を振り返った。

 けれどそれも一瞬のことで、立花さんと並んで部室の前まで歩く。

 立花さんは開けっ放しにされているドアの前で立ち止まると、お先にどうぞとばかりに手で促す。俺はそれに苦笑いで返すと、再び背後へ視線を向けた。

 特別な意味があったわけではない。ただいつもの癖というか、全員が入ってからでないと落ち着かないと言うか、そんな理由だった。

 俺たちの背後にいた彼女――永沢さんは俯き加減のままそこにいた。

「楓、入んないの?」

「えっ、あっ……」

 立花さんに呼ばれて、驚いたように顔を上げる彼女。少し落ち着きのない挙動を見て小さく笑みが浮かびそうになるが、すぐに頭が冷えて俺はお先にどうぞとばかりに道を開けた。

 すると彼女は俺の意を汲んでくれたのか、速さ足気味に俺の横を通ると小さく会釈をして部室の中へと入って行った。

 俺はそれを見て、僅かな寂しさを感じたが、苦笑いを浮かべるふりしてなかったことにした。

「…………早く入ろうか」

 ドアの真横にいた立花さんにそう声を投げかければ、永沢さんが向かって行った向こう側をじっと見つめる瞳が目に入った。

 それは、いつも笑顔で快活な彼女には似合わない。冷たさすら感じるどこか呆れたような瞳だった。

「……立花さん?」

 俺は少し不安になって茶髪の後輩の名を呼ぶ。けれど彼女は俺のほうを見向きもせずに、これから俺たちも入っていく文芸部の部室の中を見つめていた。

 普段の彼女らしくもない様子に。どうしたんだろうと思いながらその姿を見つめる。すると彼女は、まるで吐き捨てるようにため息を吐いた。

「……あーあ、純粋すぎ」

 その声は、本当に彼女が発したのかと思うほどに冷え切っていた。声音自体はとても柔らかく優しいのに、凍えてしまうほどに。それこそ、真琴を思わせるような、それ以上を感じさせるような。そんな冷気を伴った声だった。

「――ッ」

 息を呑む。あまりに突然で。何か恐ろしいものすら感じて、言葉がのどから消えた。

 もはや動くこともできずに、ただ彼女らしからぬその姿を見つめていた。

 けれど、立花さんはふうと息を吐くとまたいつものように笑顔を取り戻す。

「先輩、早く入ってくださいよ」

「あ、うん」

 少し甘えたような声で言った立花さんに戸惑いながらも、促されるままに部室へと足を踏み入れる。

 彼女の横を通る瞬間、ちらりとその表情を注目してみたが、そこにはさっきまでの凍えるような冷たさはみじんも感じられない。

 見間違いだろうかと思っては見たけれど、背を這っていた冷たさが幻聴なんかではないことを訴えてくる。

 それでも、さっきのは何だったのかと問うほどの勇気は俺にはなくて、俺は一度身震いをしてから、屋外と変わらない温度のその奥へ向かっていた。


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