19:七不思議の話①
風守先輩から、除霊と浄霊の違いを前に教えてもらったんだ。
除霊が霊の意思や意見、要望を無視して強制的に追い払ったり、成仏させる……まぁ言ってみれば羽柴がいつもやってること。
で、浄霊が霊の未練や心残りを聞いて叶えたり説得したりして、自分から人に危害を加えるのをやめさせたり、成仏の手伝いをするやり方。
……これが除霊と浄霊の違いなら、今日の羽柴がやったことは浄霊になるのかな?
浄霊というには、とんでもないこと勧めてたけど。
明日、リコーダーとテストだっていうのに、部屋のどこを探してもリコーダーが見つからなくて、学校に置きっぱかなと思って、学校まで戻ったんだ。
その時はまだ4時くらいで、外も明るかったし。
で、学校に戻って机やロッカーを探しても見つからなくて、よーく前の授業を思い出してみたら俺は先週の授業から音楽室に忘れっぱなしな可能性に思い至って、慌てて音楽室に向かったよ。
で、音楽室の前に来た時なんか変な感じがしたんだ。
ピリッとした痛みがなかったから、悪霊ではないけどなんかいるのかな? と思ってすぐに思い出したよ。
うちの中学の七不思議の一つ、ひとりでに鳴るピアノを。
話はどこにでもよくあるやつ。
将来は名ピアニスト間違いなしって期待されてた女子生徒が、遅くまでいつも残って練習してたけどコンクール直前に事故で死んじゃって、それ以来ピアノがひとりでに鳴るって話。
ちなみにこの話を聞いた羽柴の第一声は、「名ピアニスト間違いなしなのに、家にピアノがなかったの?」だった。
突っ込んでやるな、そんなところ。
家庭の事情か何かがあったんだよ、きっと。
まぁそれは置いといて、その話を思い出したけどそれなら余計に訳わからなくなって、一人で俺は首を傾げてた。
だってピアノの音は全然、聞こえてなかったから。
七不思議とは関係ない浮遊霊かなんかかな? って俺は勝手に納得したんだけど、それなら悪霊ではなさそうだけど、向こうがこっちに気づいてないから悪意を向けてないだけかもしれないし、悪意はなくてもウザいちょっかいをかけてくる奴もいるから、正直言って入りたくなかった。
でも丸々一週間リコーダー放置して練習なしじゃ、明日のテストがヤバかったからとりあえず様子見をしようと決めて、そっと音を立てないように扉をちょっとだけ開けて、隙間から音楽室を見てみたんだ。
そしたら音楽室で、羽柴がちょっと透明な女子と話してた。
思わず俺は、そのまま扉を閉めた。
いたんか、お前。
そして、何をしてる。
ちょっと透明って時点で霊であること間違いなしなのに、羽柴が霊相手に殴っても蹴ってもなかったから、マジでちょっと透明なだけの生きてる普通の女子かと一瞬でも思った俺は、たぶんもうダメだ。羽柴に毒されすぎてる。
その事実に凹みつつも、羽柴がサーチアンドデストロイやってないんなら害のある奴じゃないだろうと思って、もう普通に入ってやったわ。
そしたら、俺に気づいた羽柴が言ったんだよ。
「ソーキさん、助けて」って。
羽柴が俺に助けを求める!? 一体何者なんだ、この霊は!? とか思うよりも早く、いつもよりちょっと困ったような顔で、自分の前の半透明の女の子を指差して言ったよ。
「この人、愚痴が長い」
……聞いてやれよ、それぐらい。
で、羽柴がなんで放課後に音楽室にいたかは、不真面目な俺とは違って真面目な羽柴は今日の授業で配られたプリントを一枚、音楽室に忘れたから取りに来て、それでピアノを弾くこの霊と遭遇したらしい。
半透明の女子、七不思議の霊でした。
もちろん羽柴だからピアノを演奏するだけの霊にビビるわけもなく、普通に入って、普通にプリント探して回収してたから、逆に霊の方をビビらせてたらしい。
そんで羽柴はピアノ弾いてビビらせる以外の害はなさそうだからってことで、物理的除霊もせずに無視して帰ろうとしたけど、気になることが一つあったから訊いたとさ……。
「家にピアノないの?」って。
訊いたんかい。
そしたら霊がいきなり号泣して、自分ん家にピアノがない理由、わざわざ学校に残って練習してる理由という名の愚痴を聞かされてたらしい。
そんな経緯なら、なおさらお前がちゃんと聞いてやれよ。
まぁ、こんな理由とはいえ羽柴にたぶん初めて頼られたから俺も悪い気はしなくて、俺もその霊の話を聞いたよ。
その子さ、中学に上がると同時に親が離婚して母親に引き取られたんだって。
離婚理由は、母親の不倫なのに。
父親は裁判までしたけど親権が取れなくて、せめて娘が苦労しないように、娘の好きなピアノをずっと続けられるようにって、かなりの額の養育費を毎月払ってくれたんだけど、母親は娘を愛してるから手放さなかったんじゃなくて、金づるだから離さなかったんだとさ。
ピアノは真っ先に売り払われて、ピアノ教室も辞めさせられて、父親が払う月謝は母親のブランド代。
家に帰っても、母親は彼氏といちゃいちゃしっぱなしで、自分に八つ当たり以外の干渉はしない。
父親との面会は、娘が会いたがらないと嘘をついてさせず、娘にはもちろん父親の連絡先を教えない。
だからその子は、ずっと学校で練習してたんだ。
家に帰りたくないから。
父親が信じて応援してくれてた、ピアニストになるって夢を諦めたくなかったから。
死んでからもここにいてピアノを弾くのは、コンクールに出れなかった無念からじゃなくて、自分が死んでも生命保険を掛けてなかったことを悔しがる母親の元になど帰りたくないから。
そんなところに行くぐらいなら、ここでずっと父親との思い出を思い返していたいからだったんだ。
俺、何も言えなかったよ。
俺ん家の親は、息子本人が爆発しろとか思うくらいに仲が良いし、俺自身も愛されてると思うから、……こんな虐待を受けた子に言える言葉なんてなかった。
普通は、誰も何も言えないはずだ。
だけど、あいつはいろんな意味で普通じゃない。
この音楽室に留まる理由を霊が語った後、羽柴は真顔で言った。
「何で帰らないの? ピアノ弾けるのなら、ポルターガイスト起こして、母親をビビらせるくらいの仕返したら?」
羽柴さん。なんでお前は悪霊になること勧めてるんだよ?
あまりにも斜め上をぶっちぎる発想に、霊は涙を吹っ飛ばしてポカンとしてたわ。
俺もちょっと反応に困ったけど、流石に止めた。
いやいや、気持ちはわかるがそれはダメだろ。悪霊化を勧めんな。
せめて、母親じゃなくて父親の方に帰ることを勧めろよとか俺が、何が悪いのかさっぱりわからないと言いたげな羽柴を説得していたら、そのやりとりが面白かったのか、霊の女の子はちょっと吹き出して、初めて笑った。
笑って、「そっか。仕返し、したら良かったんだ」って呟いてた。
ちょっと待って、羽柴の意見採用するの? と心配したけど、その子は俺たちに笑って言ったよ。
「ありがとう。話を聞いてくれて。
おかげで私、本当に行くべきところがわかった。
私、帰るわ。……お葬式で泣いてくれた、お父さんの元に」
その子は、俺の意見を採用してくれた。
自分を愛してくれたお父さんの元に帰っても、先に死んだ親不孝をした代わりに父親を守る守護霊になるって言ってくれたよ。
そう言ってその子は、俺が瞬きをしたらもう消えてた。
言葉通り父親の元に行ったのか、それとも成仏してしまったのかは俺にはわからなかったけど、どちらにせよ俺は霊感に目覚めてたぶん初めて、いい気持ちで終わったって思うことができたよ。
羽柴に、「ありがとう」って言ってもらえたしな。
* * *
『それ、浄霊したのれんげちゃんじゃなくて、あんたじゃない?』
次回は、オカルト好きには有名な降霊術をホラークラッシュです。




