『Les femmes qui complotent 企む、女たち』第一話
小説タイトル: 『Les femmes qui complotent 企む、女たち』
劇中劇のタイトル: 『女という名の業 — The Burden Called Woman』
主役を勝ち取ろうとする六人の実力派女優。キャリアを切り開きたい若手女優たち。芸大の演劇科からやってきた、まだ無名の学生たち。そして、彼女たちの才能を見極めようとするブロードウェイの演出家、ミシェル・サウン。
誰もが、表向きには演技を競っている。
でも、内心では何を考えているのか。
誰が誰を警戒し、誰が誰を利用し、誰が本当に役を欲しがっているのか。
そして、ミシェル自身もまた、彼女たちの思惑に巻き込まれていく……。
「企む、女たち」なのに、いちばん企みを見抜けないのが演出家だったら?
【登場人物紹介】
◾️ミシェル・サウン
韓国系アメリカ人の舞台演出家。
ブロードウェイで演出を手がけ、作品はトニー賞にノミネートされた経験を持つ。ニューヨーク・ドラマ批評家協会賞を受賞した実力派である。
次回作『女という名の業』の日本公演に向け、東京・池袋で公開オーディションを開催する。
彼女が探しているのは、単に演技のうまい女優ではない。観客を凍りつかせるほどの何かを、その身に宿した女優である。
ただし、彼女自身もまだ、その「何か」を完全には言葉にできていない。
◾️富士やよい
華やかな存在感と、舞台に立った瞬間に周囲の視線を集める力を持つ実力派女優。
人に見られることを知り尽くしている彼女は、自分の魅力をどう使えばいいかも心得ている。
◾️天野ユリ
凛とした佇まいと、揺るぎない存在感を持つ実力派女優。
強さを表現するだけでなく、強さの奥に隠された弱さまで演じられることが、彼女の持ち味である。
◾️田所マナミ
自然体の演技と、親しみやすさの中に潜む鋭さを持つ女優。
何気ない会話や日常的な仕草の中から、人物の感情を浮かび上がらせることを得意とする。
◾️澤ユキノ
繊細な感情表現と、観る者の想像力を刺激する独特の存在感を持つ女優。
多くを語らずとも、表情や沈黙によって場の空気を変える力がある。
◾️倉木リカコ
堂々とした立ち居振る舞いと、強烈な華を備えた実力派女優。
自信に満ちた姿の裏側に、どのような感情を秘めているのか。それもまた、彼女の演技の見どころである。
◾️霜田キコ
豊かな表現力と、相手の懐に入り込むような演技を得意とする女優。
笑顔から怒りへ、親しみやすさから不穏さへ。感情の変化によって、場の空気を一変させる。
◾️若手女優たち
芸能事務所に所属し、これからの飛躍を目指す女優たち。
経験ではベテランに及ばなくとも、若さゆえの大胆さや、計算されていない感情の爆発が、思わぬ結果を生むこともある。
◾️芸術大学の演劇学生たち
演技を学び、舞台に立つ未来を夢見る学生たち。
名声も実績も十分ではない。しかし、既に評価を確立した女優たちと同じ場所に立つことで、彼女たちは自分でも知らなかった可能性と向き合うことになる。
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彼女たちが挑むのは、舞台作品『女という名の業』の主役を決めるオーディション。
与えられるのは、即興演技――エチュード。
台本はない。決められた正解もない。
演じるのは、嫉妬、裏切り、愛情、憎しみ、そして言葉にならない感情。
演技の中で、女たちは何を見せるのか。
そして、演出家ミシェル・サウンは誰を選ぶのか。
第一話 まだ、誰も演じていない
東京・池袋。
東京芸術劇場の一室に、朝から妙な緊張感が漂っていた。
オーディションの開始時刻まで、まだ三十分ある。
それなのに、会場にはすでに大勢の女優たちが集まっていた。
実力派として知られる六人の女優。芸能事務所から送り込まれた若手たち。そして、大学の講義を休んで駆けつけたらしい演劇学生たち。
年齢も、経歴も、出演してきた舞台の規模も違う。
ただ一つ、全員に共通していることがあった。
誰もが、主役を欲しがっている。
今回の舞台作品は『女という名の業』。
演出を手がけるのは、ブロードウェイで活躍してきた韓国系アメリカ人の演出家、ミシェル・サウンだった。
彼女の演出作品はトニー賞にノミネートされ、ニューヨーク・ドラマ批評家協会賞も受賞している。
そして今回の日本公演は、東京芸術祭への参加を目指す意欲作。さらに国際演劇祭への展開も視野に入れ、将来的には讀賣演劇大賞も狙える作品として、関係者の期待を集めていた。
つまり。
ただの舞台ではない。
出演者にとっては、これからのキャリアを左右しかねない舞台だった。
だからこそ、会場の空気は重かった。
*
「お久しぶりです」
富士やよいが、天野ユリに声をかけた。
明るい声だった。
少なくとも、声だけは。
「本当に。お元気そうで」
天野は微笑んだ。
「ええ。おかげさまで。天野さんこそ、相変わらずおきれいね」
「ありがとうございます。富士さんも」
二人は笑った。
完璧な笑顔だった。
そして、二人とも相手の靴を見た。
富士の靴は、落ち着いた色の上質なパンプスだった。天野の靴は、控えめながら、どう見ても高価なものだった。
どちらも、相手に負けてはいない。
何に負けていないのかは、本人たちにも説明できなかった。
「今回、楽しみですね」
富士が言った。
「ええ。ミシェルさんの演出ですもの」
「どんな女優をお探しなのかしら」
「さあ。お会いしてみないと」
天野は微笑みを崩さなかった。
富士も崩さなかった。
会話は、そこで終わった。
お互いに、これ以上しゃべる必要はなかった。
相手が何を考えているか、わからない。
だからこそ、警戒する。
女優という職業には、そういう場面で役に立つ能力がある。
相手の顔から感情を読み取る能力。
そして、読み取られないように自分の感情を隠す能力。
問題は、相手も同じ能力を持っていることだった。
*
「おはようございます」
田所マナミが入ってくると、会場の空気が少しだけ動いた。
「皆さん、おそろいですね」
田所は一人ひとりに挨拶をした。
富士にも、天野にも、澤ユキノにも、倉木リカコにも、霜田キコにも。
誰に対しても、同じように自然な笑顔を向けた。
「田所さん、今日はよろしくお願いします」
倉木が言った。
「こちらこそ。ご一緒できてうれしいです」
「でも、まさか、こんなに大勢集まるとは思いませんでしたね」
「本当に」
田所は会場を見渡した。
「学生さんまでいらっしゃるんですね」
「ええ」
倉木は、その言葉をゆっくり受け止めた。
「若い方は、勢いがありますから」
褒め言葉だった。
たぶん。
田所は笑顔でうなずいた。
「そうですね。私たちも、負けていられませんね」
倉木の笑顔が、ほんの一瞬だけ止まった。
ほんの一瞬だった。
しかし、近くにいた澤ユキノは、それを見ていた。
澤は何も言わなかった。
ただ、視線を窓の外へ移した。
この会場では、何も言わないことも、一つの意思表示になる。
*
壁際の椅子に、一人の若い女性が座っていた。
黒いパンツに、白いブラウス。
化粧は控えめで、髪もきちんとまとめている。
膝の上には、折り目のついた応募書類があった。
彼女は六人の女優を、順番に見ていた。
憧れているのか。
怖がっているのか。
それとも、観察しているのか。
表情からは、わからなかった。
「大学生?」
隣に座った別の学生が、小声で尋ねた。
「はい」
「何年生?」
「三年です」
「すごいね。私なんか、ここに来るだけで緊張してる」
若い女性は、少し考えてから答えた。
「私も、緊張しています」
「そうは見えないけど」
「そうですか」
それだけ言って、彼女は口を閉じた。
学生同士の会話としては、少しばかり愛想がなかった。
だが、彼女には、ほかに気になることがあった。
六人の女優たちは、まだ一度も演技をしていない。
それなのに、すでに互いを探っている。
誰が誰に挨拶したのか。
誰が誰を見たのか。
誰が、どの椅子に座ったのか。
そんな些細なことまで、会場の空気に影響している。
舞台に立つ前から、勝負は始まっているのだ。
彼女は、応募書類の端を指で押さえた。
自分は、ここで何ができるだろう。
有名な女優たちと同じ場所に立って、何を見せられるだろう。
答えは、まだなかった。
*
「皆さん、そろそろお時間です」
運営スタッフが声をかけた。
会話が止まった。
椅子を引く音がした。
誰かが咳払いをした。
倉木リカコが腕時計を見て、霜田キコが背筋を伸ばした。澤ユキノは、窓から視線を戻した。
富士やよいは、もう一度、天野ユリを見た。
天野は気づいていた。
気づいていたが、振り向かなかった。
そのとき、会場の扉が開いた。
入ってきたのは、黒いジャケットを着た一人の女性だった。
長い移動の疲れなど感じさせない足取り。手には薄い台本。顔には、愛想のための笑顔すらなかった。
ミシェル・サウンだった。
彼女は会場を見渡した。
六人の実力派女優。
若手女優たち。
演劇学生たち。
そして、自分を見つめる、たくさんの目。
ミシェルは台本を机の上に置いた。
「おはようございます」
通訳が言葉を伝えた。
全員が挨拶を返した。
ミシェルはうなずいた。
それから、少しだけ首を傾けた。
「ずいぶん、大勢集まりましたね」
誰かが笑うべきなのか迷った。
結局、誰も笑わなかった。
ミシェルは続けた。
「最初に、一つだけお伝えしておきます」
彼女は、台本を開かなかった。
「私は、うまい女優を探しているんじゃないの」
会場の空気が、変わった。
「うまい女優なら、ここにたくさんいるでしょう。皆さん、経験もある。実績もある。舞台に立つ技術も、十分に持っている」
ミシェルは、六人の実力派女優を順番に見た。
誰も目をそらさなかった。
「でも、私が探しているのは、そういうことではありません」
彼女は、台本を閉じた。
「私が探しているのは、観客を凍りつかせる女優です」
沈黙が落ちた。
富士やよいの笑顔が消えた。
天野ユリは、わずかに顎を上げた。
倉木リカコは腕を組み直した。
田所マナミは、ミシェルの目を見つめた。
澤ユキノは、何も変わらなかった。
霜田キコだけが、小さく息を吐いた。
ミシェルは、そんな彼女たちを見ていた。
「怖い顔をすればいい、という意味ではありません。大声を出せばいいわけでもない。泣けばいいわけでもない」
彼女は、ゆっくりと言った。
「笑っているのに、目が笑っていない。優しい言葉を口にしているのに、相手が逃げ出したくなる。何もしていないのに、観客が目をそらせなくなる」
ミシェルは、会場を見渡した。
「そういう女優を、私は探しています」
誰も、何も言わなかった。
六人の実力派女優も。
若手女優たちも。
演劇学生たちも。
まだ、一度も演技をしていない。
それなのに、すでに誰もが、誰かに見られている気がしていた。
ミシェルはスタッフに目を向けた。
「では、始めましょう」
最初の応募者の名前が呼ばれた。
一人の若い女性が立ち上がった。
椅子の脚が、床をかすかにこすった。
彼女は一度だけ息を吸い、部屋の中央へ歩いていった。
六人の女優たちが、その背中を見ていた。
ミシェルも見ていた。
彼女は、まだ何も演じていない。
ただ、そこに立とうとしているだけだった。
ミシェルは、台本の表紙に指を置いた。
そして、初めて少しだけ笑った。
「あなたは、誰ですか」
通訳が、その言葉を伝えた。
最初のエチュードが始まろうとしていた。




