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怪獣専門のジェノサイダー

 空調の音だけが室内に鳴っている。


 部屋には人間が二人以上いるのに、息遣いも衣擦れすら聞こえない。世界で一番ここが静寂な場所なのではなかろうか。明かりも薄く、壁に囲まれた暗い部屋だ。


 簡易な業務机と椅子が一つセットであり、そこには初老の男が座っていた。彼は数分前から書類に目を通している。


 そして机を挟んで向かいに、鍛えられた体の大きい男性が立っている。しっかりと姿勢を正し、短く切りそろえた金髪から汗を滴らせた。妙に湿っていて暑いのに長袖の制服を着ているせいだろう。しかも軍服に似たもので、厚手の布は風を一切通さなそうだ。よく見ると、服には青い液体が大量にかかった跡があった。


「ウィリアム・レキシントン。この報告書に虚偽はないか」


「ハッ、ありません」


 不意に名前を呼ばれたので彼は直ちに日本語で返事をした。彼の上官であろう初老の男は長く息を吐き、日本人らしい顔立ちによく似合った眼鏡を額の上にあげ、書類を乱暴に机の上に戻した。組んでいた足を解く。


「日本に来て何年になる」


「二年であります」


「そんなに古巣の米軍に帰りたいのか?」


「いえ……」


「だったらもう一度自分の口で説明しろ。クソッタレどものその〝青い血〟はどうやってお前の服を染めた」


 書類を指で叩いた上官は苦々しい表情をしている。ウィルはうなずいてから、背中に腕を組んで視線を上官の後ろの壁にやった。


「本日ヒトフタマルマル、怪獣の出現を確認。要請を受け、ただちにGチームにて対応にあたりました。周辺被害は多数。重傷者三名、軽傷者二十名、いずれも一般人です」


「そこはいい」と遮られ、ウィルは唾で喉を潤した。緊張で乾いているせいか、声がかすれる。


「中型怪獣一体は我々に対し攻撃を行ってきたので、規則に従い武器を使用、……殲滅しました」


「そうだ。言いよどんだということは事情はわかっているな」


「はい」


「〝怪獣の骨〟は回収できたか?」


 グ、とウィルの喉から嫌な音がした。上官は額を撫でながらため息を吐き、首を横に振ると引き出しからファイルを取り出す。


「市民に危険が及ぶなら倒すのは絶対だ。お前がきちんと仕事をこなしていることは評価する。だがな、レックス。やりすぎはよくないんだよ。毎回出動するたびに怪獣をミンチにするのはいい加減やめてくれ。俺たちの任務は二つだ。怪獣の対処、ならびにカイジュウニウムの回収」


「理解はしてます。頭にだって叩き込んでます」


「だったらその体にぶちこまれている骨は他人の成果だということも覚えておけ。残念だがこれ以上は限界だ。お上もどうにかしろと騒いでいてな」


「えっ」と緑の目を見開いてウィルが机に飛びついた。「ク、クビだけは勘弁してください! なんとか抑えますから! さすがに今回のは俺もやりすぎだとは思いました、反省してます!」


 だが上官はもう一度はっきりと首を横に振り、ウィルの顔面にファイルを投げつけてくる。落ちる前に慌てて受け取った。数枚の書類が入っているのが見え、中身を確認するしかないと悟る。恐る恐るファイルから紙ペラを取り出して薄目で内容を確認したが、また「えっ」と驚嘆の声を上げてしまった。


「新しい怪獣症患者が出現した。お前はパートナーとして選ばれたんだ。名誉だな」


「で、でも俺には向いてないって佐藤さんも断ってたじゃないですか! いまさらどうして患者担当になるんです!」


「損害と天秤にかけられたんだよ! ミンチと骨付きじゃどう考えたってどっちを優先するかわかるだろ。いいか、パートナーは絶対に肉塊にするな。なにがあっても守り抜け。以上だ」


「俺は現場じゃなきゃ無理ですって!」


「全員知ってるさ。会敵後には木っ端も残さぬ殲滅主義、怪獣専門のジェノサイダー。おかげで出動するたびに書く始末書で高尾山くらいなら作れる」


「だっ、ご、俺は市民を守るために必死なんです!」


 反論してきたウィルに向けて、上官がドン、とサバイバルナイフを机に突き立てた。おかげで下にあった報告書ごと机に穴が開いてしまう。彼が言いたいのはつまり断るならこの場で肉を削いで骨を置いていけ、という厳しい命令だ。ウィルは二度瞬きをし、崩していた姿勢を仕方なく正して敬礼をした。せっかく手に入れた特殊な骨と職を手放したくはなかった。死ぬのだってごめんだ。


「わかりました……。ってこれ、顔写真とかないんですか? 名前しか書かれてないし」


「患者が逃げ出したらしくて鋭意捜索中だとよ。どうせ首にチップでも埋め込まれてっからすぐ捕まるさ。明日にでも会えるだろ」


 上官のぶっきらぼうな言い方に乾いた笑いを漏らす。もう一度資料に目を通した。載っているのは「千縣祐基(ちがた ゆうき)」という名前と二十三歳であることだけだ。


 怪獣症の罹患者は常に増え続けているというが、まさか自分にもお鉢が回ってくるとは想像もしていなかった。

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