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「異世界とゲームと俺と」

 ヘッドセットを外した瞬間、現実の空気が戻ってくる。

 深夜二時。六畳の自室はいつも通り散らかっていて、机の上にはエナジードリンクの空き缶が二本並んでいる。


 スマホに通知が来ていた。ゲームのコミュニティチャットだ。ハンドルネーム「アルケミスト」からのメッセージ。


『シーザーさん、公開してた転移補助魔法使わせてもらいました。めちゃくちゃ使いやすいです』


 悪くない気分だった。スマホを持ったまま、ベッドに倒れ込む。


『よかった。詠唱の省略部分がちょっと不安だったんだよね』

『全然問題なかったです!むしろすっきりしてて使いやすい』


 プレイしているのは「アルカナ・リングア」。脳波読み取り型のVRゲームで、数年前のリリース当初はその没入感で話題になった。今では中規模のコミュニティが形成されている。


 特徴的なのはゲーム内に存在する架空の言語「リングア語」で、これを組み合わせることで自由に魔法を設計できるシステムだ。

 コミュニティでは有志がAIを使って魔法を最適化し、素人目には信じられないような密度で魔法体系が発展していた。有志が開発したスマホアプリ「リングア・クラフト」を使えば、VRの外でも魔法の設計ができる。


 始めたのは、まあ単に流行っていたからだ。攻略動画を見て、強い魔法を覚えて、普通にクエストをこなしていた。それがいつの間にか、自分で魔法を組むようになっていた。


 きっかけは些細なことだった。ゲーム内で荷物持ちに使えるいい魔法がなかった。探してもなかったから、作った。公開したら思いのほか好評で、それからちょこちょこ作るようになった。

 たいした話じゃない。ただそういう性分なのだ。


 返信を打ち終えて、スマホを置こうとしたとき、リングア・クラフトの通知が目に入った。昨日から作りかけの収納魔法の改良版だ。容量を増やして、取り出しをもう少し直感的にしたい。

 少しだけ、と思いながらアプリを開いた。

 その瞬間だった。

 視界が、白くなった。


 ■◆■


 気がついたら、空だった。

 正確には、空を見上げていた。草の上に仰向けになっていて、見たことのない星が瞬いている。東京の空では絶対に見えないような、馬鹿みたいにたくさんの星だ。


「……は?」


 ゆっくり上体を起こした。周囲は草原で、遠くに森が見える。月明かりで輪郭だけはわかるが、どこの公園でもない。というか公園のレベルじゃない。

 スマホを確認した。電波はない。時刻は表示されている。深夜二時十七分。さっきから十分も経っていない。リングア・クラフトはまだ起動したままだった。


「……落ち着け」


 自分に言い聞かせながら立ち上がった。パニックになっても何も解決しない。まず状況を整理する。

 どこかに飛ばされた。それは明白だ。電波もない。でもスマホは生きている。

 深呼吸をひとつ。


「とりあえず、朝まで待つか」


 幸い、変な生き物は出てきていない。草原の風は涼しくて、悪くない。

 渉は草の上に座り直して、夜空を見上げた。

 星がきれいだった。状況を考えれば呑気すぎるかもしれないが、純粋にそう思った。

 そのとき、遠くから声が聞こえた。

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