表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『灰色の戦線』  作者: 釣鐘銅鑼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/20

第二十話 狙撃手たちの戦場

戦争には様々な戦いが存在する。


 歩兵同士が泥の中で殺し合う戦い。


 戦車が鋼鉄をぶつけ合う戦い。


 砲兵が何十キロ先の敵を吹き飛ばす戦い。


 そして狙撃手の戦い。


 それは他のどれとも違う。


 派手さはない。


 歓声もない。


 仲間すら存在しない。


 あるのは静寂だけだ。


 息を潜める時間。


 引き金を引く一瞬。


 そして生死を分ける僅かな差。


 狙撃手の戦場は孤独だった。


 だからこそ残酷だった。



 ミラ・クロウは瓦礫の陰に伏せていた。


 丘陵地帯の斜面。


 草木の少ない乾いた地面。


 風は弱い。


 視界は良好。


 本来なら狙撃には向いている。


 だが今は違った。


 相手もまた狙撃手だからだ。


 しかも相当な腕前。


 少しでも油断すれば終わる。


 ミラはゆっくりと呼吸を整える。


 焦らない。


 急がない。


 狙撃手に必要なのは反射神経ではない。


 忍耐力だった。



 遠方。


 約九百メートル。


 敵狙撃手ハウンドもまた伏せていた。


 岩陰。


 自然の窪地。


 完璧な隠蔽。


 普通の兵士なら絶対に見つけられない。


 だがミラは違う。


 そしてハウンドも理解していた。


 相手は普通ではない。


 発砲位置。


 風の流れ。


 射角。


 全てを読んでいる。


 同じ種類の人間だ。



 再び銃声が響く。


 ハウンドだった。


 弾丸が空気を切り裂く。


 ミラは撃たれる前に動いていた。


 ほぼ本能だった。


 直後。


 先ほどまで頭があった場所へ弾丸が突き刺さる。


 土が弾ける。


 岩が砕ける。


 あと一瞬遅れていたら終わっていた。



 ミラは転がりながら別の遮蔽物へ移動する。


 そして笑った。


 戦場で笑うことなど滅多にない。


 だが今は違う。


 本当に久しぶりだった。


 命を懸けた読み合い。


 相手も同じ速度で考えている。


 同じように射線を読み。


 同じように風を読み。


 同じように殺意を向けてくる。


 懐かしい感覚だった。



 七年前。


 弟を失ったあの日。


 ミラは狙撃手になった。


 遠くから敵を殺せば仲間を守れると思った。


 誰かを救えると思った。


 だが現実は違った。


 何人殺しても弟は戻らない。


 何人撃ち抜いても戦争は終わらない。


 それでも引き金を引き続けた。


 他に生き方を知らなかったからだ。



 そして今。


 初めて思う。


 この戦場には意味がある。


 第七小隊を生かすため。


 カイたちを帰すため。


 ノアを待つ少女の涙を増やさないため。


 守る理由がある。


 それだけで十分だった。



 一方。


 レオたちは移動を続けていた。


 ミラが時間を稼いでいる。


 その事実が全員の背中を押している。


 足を止めることはできない。


 止まれば彼女の覚悟を無駄にする。


 だから進む。


 共和国軍戦線へ。


 あと十数キロ。


 遠い。


 だが希望は見えていた。



 カイは走りながら何度も振り返る。


 遠くで銃声が響く。


 一発。


 また一発。


 狙撃手同士の戦いは続いている。


 見えない場所で。


 誰にも知られず。


 ただ命だけを賭けて。



 レオはそんなカイを見ていた。


 若い。


 優しすぎる。


 だから危うい。


 戦争はそういう人間から壊していく。


 それでも。


 そういう人間がいなくなったら終わりだとも思う。


 誰も悲しまなくなったら。


 誰も怒らなくなったら。


 それはもう兵士ではない。


 ただの殺人機械だ。



 その頃。


 アルベルト・ヴォルフは追撃部隊と共に前進していた。


 双眼鏡越しに前方を見る。


 獲物は逃げている。


 だが焦りはない。


 むしろ楽しんでいた。


 包囲網は崩された。


 部隊にも損害が出た。


 普通の指揮官なら不機嫌になる。


 だがアルベルトは違う。


 予想外が好きだった。


 計算外が好きだった。


 だから第七小隊が気に入っている。


 彼らは予想を裏切る。


 だから面白い。



「少佐」


 副官が声を掛ける。


「ハウンドが足止めを継続中です」


 アルベルトは頷く。


「そうか」


 そして笑う。


 穏やかに。


 不気味なほど穏やかに。


「なら追いつけるな」



 再び丘陵地帯。


 ミラは呼吸を整えていた。


 汗が流れる。


 だが手は震えない。


 心拍数も安定している。


 長年の経験が身体へ染み付いている。


 そして。


 見つけた。


 ほんの僅かな違和感。


 風ではない。


 光でもない。


 自然の中に混じる人工物。


 ライフルの銃身だった。



 発砲。


 迷わない。


 引き金を引く。


 弾丸が飛ぶ。


 九百メートル。


 風速。


 落下。


 全てを計算した一撃。



 直後。


 ハウンドが飛ぶ。


 ほぼ同時だった。


 岩が砕ける。


 石片が飛び散る。


 あと数センチ。


 本当にあと数センチだった。



 ハウンドは思わず息を吐いた。


 冷や汗が流れている。


 久しぶりだった。


 死を感じたのは。


 この距離で。


 この速度で。


 ここまで正確な射撃。


 帝国内でも数えるほどしかいない。



「いいな」


 ハウンドは呟く。


 笑っていた。


 敵であることを忘れそうになるほど。


 狙撃手として純粋に興奮していた。



 だが。


 その瞬間。


 彼は気付く。


 ミラの本当の狙いに。


 自分を倒すことではない。


 時間を稼ぐこと。


 それが目的だった。


 つまり。


 自分は足止めされている。



 ハウンドは苦笑した。


 ようやく理解する。


 相手は最初から勝負していなかった。


 任務を遂行していただけだった。


 そして。


 その任務は成功しつつある。



 遠く。


 共和国軍戦線の砲声が聞こえる。


 微かに。


 だが確かに。


 第七小隊は近付いている。


 安全圏へ。


 帰る場所へ。


 そしてミラは最後にもう一度だけスコープを覗く。


 敵狙撃手もまたこちらを見ていた。


 互いに撃たない。


 ただ見つめる。


 奇妙な静寂だった。



 やがてミラは立ち上がる。


 ライフルを背負う。


 任務は終わった。


 もう十分時間を稼いだ。


 後は帰るだけだ。


 仲間の元へ。


 自分が守りたい連中の元へ。



 そして戦場の向こうで。


 アルベルト・ヴォルフは初めて小さく眉をひそめた。


 第七小隊。


 また逃した。


 また生き延びた。


 だが。


 その目に諦めはなかった。


 むしろ逆だった。


 執着はさらに強くなっていた。


 獲物を逃した狩人のように。


 静かに。


 確実に。


 彼らを追い続けることを決めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ