1 雨の日の出会い
この作品を手に取っていただき、本当にありがとうございます。
この物語は、生きることに疲れた一人の青年と、一匹の不思議な猫が出会うところから始まります。
誰かを救ったつもりが、いつの間にか自分が救われていた。
そんな優しくて少し不思議な物語を書きたいと思い、この作品を執筆しました。
笑える場面もあれば、少し胸が苦しくなる場面もあるかもしれません。
ですが、読み終わったあとに少しだけ心が温かくなるような作品になれば嬉しいです。
それでは――
青年と猫の物語を、どうぞお楽しみください。
雨が降っていた。
街灯に照らされた雨粒が、夜の街を静かに濡らしている。
俺はビニール袋を片手に歩いていた。
中に入っているのは一本のロープ。
ホームセンターで買ったばかりのものだ。
これで終わりにする。
そう決めていた。
仕事も、人間関係も、未来も。
全部に疲れてしまった。
朝が来るたびに憂鬱で、夜が来るたびに安心する。
そんな毎日だった。
だから終わらせる。
ただ、それだけだった。
そんなことを考えながら歩いていると、雨音に混じって小さな声が聞こえた。
「にゃあ……」
足が止まる。
路地裏に目を向けると、段ボールの陰で一匹の子猫が震えていた。
白と黒の混じった小さな猫。
全身びしょ濡れだった。
「……」
俺は視線を逸らす。
関係ない。
どうせ明日には俺はいない。
助けても意味はない。
そう思って歩き出した。
だが――。
「にゃあ……」
弱々しい鳴き声が背中を追いかけてくる。
気づけば俺は足を止めていた。
そして深いため息をつく。
「……今日だけだからな」
そう言って子猫を抱き上げた。
小さな体は驚くほど軽かった。
家に帰ると、タオルで体を拭いてやる。
コンビニで買った猫用の餌を皿に入れると、子猫は夢中で食べ始めた。
その姿を見ていると、少しだけ胸の奥が温かくなった。
久しぶりの感覚だった。
「腹減ってたんだな」
子猫は満足そうに「にゃ」と鳴いた。
まるで礼を言うように。
その夜。
部屋の隅にはロープが置いてある。
明日。
明日には全部終わる。
そう思いながら布団に入る。
視界の端では、子猫が丸くなって眠っていた。
安心しきった顔だった。
「……お前はいいよな」
小さく呟く。
返事はない。
だが、その寝顔を見ていると、不思議と心が少しだけ静かになった。
やがて眠気が訪れ、俺の意識は闇の中へ沈んでいった。
◇◇◇
翌朝。
ふわりと優しい香りが鼻をくすぐった。
温かい匂いだった。
味噌汁。
焼き魚。
炊きたてのご飯。
そんな朝の香り。
「……いい匂いだな」
目を閉じたまま呟く。
懐かしい。
子供の頃、母親が朝食を作ってくれていた頃を思い出す。
当たり前だった日常。
いつの間にか失ってしまった景色。
しばらくその余韻に浸っていた。
トントントン。
包丁の音が聞こえる。
ジュウッ。
何かを焼く音も聞こえた。
そして鼻歌。
どこか楽しそうな声。
「……」
俺はゆっくり目を開いた。
数秒考える。
そして違和感に気づいた。
待て。
包丁の音?
鼻歌?
俺の部屋で?
いや。
待て待て待て。
俺、一人暮らしだよな?
一気に目が覚めた。
勢いよく布団から飛び起きる。
恐る恐るキッチンを覗いた。
そこには一人の女性が立っていた。
長い白銀の髪。
二十歳くらいだろうか。
見覚えのない女性がエプロン姿でフライパンを振っている。
「……は?」
思わず声が漏れる。
女性が振り返った。
そしてぱっと笑顔を咲かせる。
「おはよう、ご主人!」
知らない顔だった。
なのに、その琥珀色の瞳だけは見覚えがあった。
女性は首を傾げる。
「あれ? ご主人、まだ眠い?」
そう言って近づいてくる。
首元で小さな鈴が揺れた。
チリン。
昨夜拾った子猫につけていた鈴だった。
俺の思考が止まる。
女性は笑顔のまま言った。
「朝ごはんできたよ!」
そして。
「にゃ!」
元気よく鳴いた。
沈黙。
三秒。
五秒。
十秒。
「……いや、待て」
さらに沈黙。
「待て待て待て待て待て待て」
女性は不思議そうに首を傾げる。
「ご主人?」
俺は頭を抱えた。
そして――
「いや、誰ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
絶叫がアパート中に響き渡った。
第一話を読んでいただき、ありがとうございました。
主人公は人生に絶望し、自ら終わりを選ぼうとしていました。
そんな彼が最後の夜に出会ったのは、一匹の小さな猫。
何気ない気まぐれだったはずの行動が、彼の運命を大きく変えることになります。
そして翌朝――。
まさかの展開でしたね。
主人公と同じように驚いていただけたなら嬉しいです。
これから始まるのは、人間になった猫と主人公の少し不思議な共同生活。
笑ったり、悩んだり、ぶつかったりしながら、二人がどのように変わっていくのかを見守っていただければ幸いです。
次回もぜひお付き合いください。
ありがとうございました。
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