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夢か現か

 脚を伸ばして座る田中の太腿部分に重みがある。頭をのせて寝息を立てているのは、愛しい恋人である高橋だ。柔らかい髪を撫でると、高橋の口もとが緩んだ。疲れきっているように見えたから、少しでも休んでくれると嬉しい。

 新規プロジェクトの立ちあげで、中心メンバーである高橋はあちらこちらと動きまわっている。おおがかりなプロジェクトなのでメンバーのサポートで忙しそうだ。そんな忙しさの中でも、田中を気遣ってくれるところは相変わらずで、缶コーヒーの差し入れが途切れることはない。してもらうばかりでなにも返せず、歯がゆい気持ちもある。

 今夜は久々に時間が取れたからと、高橋はなぜか田中の自宅に直行してきたのだ。疲れているのだから、自身のマンションに直帰するべきなのに。

 そんな高橋は部屋につくなりあくびを連発し、来訪から五分と経たずに田中の膝枕で眠りに落ちた。はじめはふざけた様子で膝枕をねだり、渋々オーケーしたら、田中の顔を見あげているうちに睡魔に負けていった。その様をしっかりと見届け、現在に至る。とろとろと瞼がおりるのに必死で抵抗していたところが、負けん気の強い高橋らしくておかしかった。

「寝心地悪くないのかな」

 男の膝枕なんて骨ばっていそうなのに、高橋は安心しきった顔で寝ている。一時間が経過しても一度も瞼が開かない。

 そういえば、ふたりきりの時間がずっと取れなかった。寂しくなかったわけではない。それでも頑張っている高橋を応援したかったし、困らせたくない気持ちがあった。

 我慢していたかと聞かれたら、頷くことも否定もできない。ただ、田中もそれなりに業務が立て込んでいて、寂しさでいっぱいになっていることなんてできなかったのが現実だ――『できなかった』だと、それをしたかったようだが、そんなせつなさを味わうよりは忙しいほうがいい。忙しければ気がまぎれる。そう考えると、やはり寂しかったのだと今さら自覚する。

「お疲れさまです」

 続けて髪を撫でると、高橋の口もとが緩んでいく。なにか寝言を言ったようで、唇が動いた。声は聞き取れなかったが、唇の形が『田中』と動いたと感じるのは図々しいだろうか。

 子どものような寝顔があどけなくて可愛い。無防備な姿を見せてくれることが嬉しくて、胸がほんわりと温かくなる。普段は完璧と言っても過言ではない高橋が、田中にはこうして甘えてくれるなんてたまらない。愛しさが爆発しそうだ。

 ――田中のまっすぐな性格、すごく好き。

 いつか高橋がそんなことを言っていた。地味でなにもない自分のどこがいいか聞いたときだったと思う。

 問いかけに思いきり不機嫌顔になった高橋は、大切そうに田中の頬を撫でた。「俺の好きな人のこと、悪く言わないでくれるかな」と不満丸出しで唇を指でつままれ、不機嫌顔が近づいてきて――。

「っ……!」

 そのあとの甘いキスを思い出し、頬がかっと熱くなった。破廉恥なことを考えてしまった。

 つき合って三か月、自分があの高橋の恋人だということがまだ信じられないし、キスやそれ以上の記憶がよみがえると羞恥で顔から火が出そうになる。悪いことをしているわけではなくても、田中の脳内での処理能力が追いつかない。憧れの男の恋人になるなんて、想像してみたこともない。

 次から次へと脳裏に浮かんでくるいやらしい記憶を追い払うため、頭を軽く振る。思考が散ったと思ったら、動きの振動が伝わったようで高橋が眉を寄せた。失敗した。

「う……ん」

 身じろいだ高橋の様子を見る。起こしてしまったかもしれない。申しわけなさでしゅんとしていたら、高橋が寝返りを打った。身体の向きを変えて田中のほうを向き、田中の着るシャツをきゅっと握った。

「……たなか……」

 高橋の姿を見て一瞬呆けてしまった。これは……。

「か、可愛い……」

 まだ起きていないようだが破壊力がすごい。小さな呼び声は甘える子どものようだ。悶えたいくらいに可愛くて、じたばたしたい。でも動いたら起こしてしまうから動けない。しばし動かずにいても、どうしてもじっとしていられなくて、口もとをむずむずと動かす。可愛すぎる。

 プロジェクトの中心になるのは神経を使うし、気も張るだろう。疲れた高橋が休息を求めて田中のところに来てくれたのだったら嬉しい。甘い気持ちが心を揺らす。まるで自分が高橋の特別になったみたいだ。

 高橋の髪を撫でていたら、眠気がうつったのか田中も眠くなってきた。瞼がおりかかって、慌てて目を開ける。こんなに贅沢な時間を寝てすごしたくない。


 気持ちいい。頭を撫でられている。髪を梳くように撫でる指の動きは、間違いなく高橋だ。高橋以外に田中の髪を撫でる人なんていないし、いつくしみのこもった動きは高橋だとすぐにわかる。

 なんとなくもったいない気分で瞼をあげた。ゆりかごに揺られているのに似た心地を味わっていたい気持ちもあったが、愛しい人の顔が見たい。田中が見あげる先には、やはり高橋の顔があった。整った顔を見つめて、ぼんやりと目をまたたく。

 おかしい。寝ている高橋の髪を田中が撫でていたはずだ。そうしたら眠くなってきて……寝てしまったのだろうか。

「よく寝てたな」

 髪の上を大きな手がするりと動く。心地いいけれど、なにかがおかしい。寝ていたのは高橋ではなかったか。

 ぼうっと正面から顔を見あげる。距離の近さと寝心地から、今自分が枕にしているのは――。

「……っ!?」

 飛び起きると、高橋はあからさまに面白くなさそうな顔をした。

「もう少し堪能させろよ」

「堪能って……」

 呆れる田中に向かって高橋が手を伸ばす。また髪を撫でられ、頬に熱が灯る。

 もしかして、高橋に膝枕をしていたのは夢だったのだろうか。でもたしかに高橋の髪を撫でていた気がする。

「……?」

 状況が不可解で、自分の手のひらをまじまじと見る。柔らかい髪の感覚が手に残っていると思う。でも、気のせいと言われたらそれまでの淡い感覚だ。首をひねっている田中を見て、高橋が噴き出した。

「いつの間にか膝枕されてて、びっくりしたか?」

「……しました」

「だろうな」

 くくっとおかしそうに笑っている。高橋が楽しそうなのはいいことだが、真実が知りたい。

「あの、僕が高橋さんに膝枕してましたよね?」

「さあ?」

「髪を撫でたら甘えてくれて、すごく可愛くて」

 夢か現か、はっきりしない。思い出せるのに、夢だと言われたらそれまででもある。夢でも現でも高橋が可愛かったのは本当だが、できたら真実を知りたい。

「そういうの希望なんだ?」

「え?」

「じゃあ、今夜は甘やかして?」

 にじり寄ってこられて、慌ててあとずさる。この雰囲気はまずい。いや、まずくはないけれど、でもよくない。

「だ、だめです。高橋さん疲れてるんだから……!」

「だから癒やしてもらうんだろ、田中に」

「わっ」

 とすんと簡単にラグに押し倒される。拒みたいわけではないのだが、高橋の疲れが増すのではと考えると、流されたらいけない気がする。身じろいでわずかに抗うと、首にちゅっと音の鳴るキスが落ちてきた。こういう音を田中が恥ずかしがると、わかっているくせに。

「意地悪ですね」

「その顔、すごく可愛いな」

 可愛いのは高橋だったはずなのに、いつの間にかいろいろと逆転している。膝枕をしていたらされていて、可愛いと思っていたら可愛がられて。頭がついていかない。

「……せめて、ベッドで」

 本気で抵抗する気はない。田中の要望に、高橋は綺麗に口角をあげた。

「オーケー」

 最終的に、蕩けるまで甘やかされるのは田中のほうだ。どこまでも溶かされる。

 横抱きで抱きあげられ、少し悔しい気持ちのまま高橋の首に抱きつく。優しいにおいがして胸が疼く。

「それで」

 寝室に運ばれながら口を開くと、高橋が視線を田中に向けた。

 自宅の寝室へ、他の人によって運ばれるなんて恥ずかしい。しかも、酔って歩けないとか体調を崩しているとかではなく、そういう目的で抱きあげられているのだ。そのうえ相手が高橋なのだから、人生はなにが起こるかわからない。

「なに?」

「結局、僕が高橋さんに膝枕してたのは夢なんですか?」

 これだけでも本当のことを知りたい。あの優しい時間と可愛い高橋は、夢なのか現実なのか。

「どうかな?」

 存外いたずら好きの男は、気障に片目をつぶって見せてきた。気障でもなんでも、高橋がやれば田中の胸は素直に高鳴る。熱くなった頬を隠しても無駄だ。情けないまでに隠しごとができない。たまには高橋を慌てさせるくらいの余裕がほしいものだが、田中には一生かかっても無理だと自分でわかる。

「ずるいです」

 余裕たっぷりなのも可愛がらせてくれないのも、ずるい。でもそんなところも好きでたまらない。

 高橋の首もとに顔をうずめ、ちゅっと音を立ててキスをする。わざとこんな音を立てるなんてしたことがなくて、自分でやったことに羞恥を覚える。熱い顔を今度こそ隠すと、髪にキスが返ってきた。

 ベッドに寝かされ、両手を伸ばす。覆いかぶさった高橋の背に腕をまわすのと同時に、シャツが乱された。極上に蕩かされる甘い夜のはじまりと、高橋の肌の熱を感じる。

 これは、現実。


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