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第44話 幕間:菜月とユズル 幕間:菜月とユズル


「おねえちゃん、だれ?」


 高橋譲敬徳(6歳)が、高瀬家の庭に現れた。






 ♢ ♢ ♢






 第28話の中ごろ。


 大人の菜月(22歳)と共にパズトゥス御一行様が高瀬家から去ったシーンのあと。


 それを見送った子供の菜月(12歳)は家の庭にいた。




「10年後のオレを呼び出せたってことは、もしかしてできるかな? 召喚!」


 菜月が召喚陣を展開する。


「子供の頃のおっさん!」


 召喚魔法陣が輝く。




「おねえちゃん、だれ?」


 6歳のユズルが現れた。




「うひょー、かわえー! おっさんのくせにかわえー!」

「たかはしゆずる、6さいです。こんにちわ!」


(あざな)は?」

「けいとく!」


「ちゃんとあいさつできてえらいぞおっさん。オレは高瀬菜月だよ」


「なつきおねえちゃん、こんにちわ!」

「こんにちは。おっさん」


 菜月がユズルの頭をなで回す。


「わー♪」


「ちっちゃいおっさんもいいもんだなー。まだ呪いにもかかってないんかな?」




「解説しましょう! そこはまだ設定されていませんよ! 呪いにかかった経緯は考え中です。どちらにせよこっちの菜月さんは15歳になってませんから、呪いは発動しませんね」


 解説娘ちゃんが解説する。




「じゃあくっつき放題か、やったね。ほれほれおっさん、おっぱいだぞ」


「ないよ?」


 抱きついてきた菜月に、ユズル(6歳)が不思議そうにする。


「少しはあるだろ!」

「すこしだね!」


「おっさんがでっかくなる頃にはオレもでっかくなってるからな!」




「菜月、その子、小さい頃の(ユズル)さんなの? 時空を越えて誘拐?」


 と、菜月の母があきれたように言った。


「うん、時空を越えて誘拐」


「ちゃんと帰しとくのよ? ユズルくん、お菓子食べる?」

「たべます。ありがとうございます」


「いい子ねえ。菜月をよろしくね」

「はい!」


「言質とったぞおっさん」




 菜月はユズル(6歳)を膝に乗せて、しばらくお菓子などをもぐもぐする。


「そうだおっさん、いっしょにお風呂入ろうぜ。オレはまだおっさんとの縁は薄いからな。ここらで詰めておかないと」


 犯罪臭がするなあ。


「子供同士だから合法だろ!」


 子供同士で風呂に入るのが合法でも、それを描写するのは違法だ。

 くわしくは書かないが、楽しく風呂に入ったのさ。

 ふたりでね。




「眠そうだな、おっさん」


「にゃつきおねーちゃん……」


 風呂から上がったユズル(6歳)が、菜月にもたれかかってうつらうつらと揺れている。


「どこにも傷跡なかったけど眉間の傷はいつできるんだろ」


 第01話でだよ!




「あ……」


 眠ってしまったユズルの周りに、送還魔法陣が光り始めた。


「時間切れがあるのか……またな、おっさん」


 解説娘ちゃんが出てきてユズルの頭をそっとなでる。


「子供の頃に菜月さんと会った記憶は大人のユズルさんにはありませんから、つじつまを合わせるためにここで過ごしたことは忘れてもらうことになります。これも解説娘ちゃんの仕事」


「忘れちゃうのか……」


「忘れても無くなるわけじゃありませんよ。物語は現実とは違って、いつでも読み返すことができます。ページを戻せば、どのシーンでもそこにあり続けるのです。喜びも。苦しみも。いつまでも同じ鮮やかさで」




 送還魔法陣がユズル(6歳)を包み込み、消える。


「あばよ、おっさん」


 菜月がつぶやく。






「じゃあ次! 召喚! 少し育ったおっさん!」


 召喚魔法陣が輝く。


 高橋譲敬徳(12歳)が現れた。




「あれ、もしかして、なつきお姉ちゃん?」


「忘れてねーじゃねーか!」


「あら? 変ですね。まあ、第01話の時点までに忘れていれば辻褄(つじつま)は合いますから、気にしない気にしない」


「まあいいか。なんとかなるだろ!」




「なつき姉ちゃん、本当にいたんだ。夢なのかと思ってた」


「ちぇっ、もうオレより背が高いじゃん。あんなにかわいかったのになー。おっさんのくせに」


「なんでなつき姉ちゃん、俺のことおっさんって言うの?」


「『俺』って言った! さっきまで『ぼく』だったのに! それはともかく、もっとおっさんになったおっさんを知ってるんだよ。だから子供だろうがおっさんはおっさんだ」


「よく分からないけど分かった」


「よし、遊ぼうぜ!」

「いいけど、何して遊ぶ?」


「くっくっく、20世紀生まれのガキを現代に連れてきたならやることはひとつ!」


「それは……?」


「最新のゲームをやらせてビビらせるんだよおーーーー!」




「テレビでっけー! 画質すげー! へー、昔のコースもけっこうそろってるんだ。プレイ感覚はあまり変わらないな」


「この前DLCを入れたからなあ。どうだビビったかあ!」

「ビビったあ!」


 それから二人で妨害上等のレースゲームをやったり。




「な……! 見えてる範囲全部行けるだ……と……?」

「ウインドボムで飛べえ!」


 オープンエアーなアクションアドベンチャーをやったり。




「これすげーアイデアだな」

「撃て撃てー! 塗れ塗れー!」


 インクを塗りまくるシューティングゲームをやったり。




 全力でゲームに没頭する少年と少女だった。




「はー、遊んだ遊んだ」


「未来のゲームすげーな。思ったよりは未来感ないけど」

「くくく、文明マウントは気持ちいーなー」




 体を動かすスポーツゲームをやり終えて床に転がる子供が二人。


「汗かいたなー。いっしょに風呂入るか? おっさん」

「はっ、入らねーよ! もうそんな歳じゃないだろ!」


「さっきは入ったのにー♪」

「こっちは6年前じゃ」




 少しの間、二人黙って天井を見上げる。


「めっちゃ面白かった。どーしてくれんだ、帰ったらもう昔のゲームできねーぞ」

「めんご」


「大丈夫です! 今度こそ忘れてもらいますから」


 解説娘ちゃんが『つじつま合わせマニュアル』を確認しながら受け合う。


 大丈夫だろうな。


「忘れちゃうんだ。ま、しゃーないか」




 またしばらくの沈黙。




「……なつき姉ちゃん、なんで俺を呼んだの?」

「……おっさんがおっさんになった頃に言うよ」


 菜月(12歳)が手を伸ばして、ユズル(12歳)の額にかかった前髪を除ける。


 ユズルは少し赤くなって身を引いた。


「お? 恥ずかしいか? 恥ずかしいんか? 呪いが発動か?」

「うっせーわい」


「6歳んときはべったりくっついてくれたのになー」

「あーあー、覚えてませんー、つじつま合わせで忘れましたー」


「ガッコで女子と遊んだりはせんの?」

「まあ、ないな」


「大いに結構。クラスに好きな娘とかは?」

「…………」


「え? いんのかよ! 浮気者! スケベ! ハーレム主人公!」


「何でそうなる」


「おのれ、おっさんのくせに……あ、でも」

「ん、なに?」


「……」

「え、もしかしてうまくいかないの?」


「いや、よく知らんけどたぶん……」

「えー……」


「あ、でもおっさんになったらモテるから! クグのねーちゃんも美人だったし大人のオレもおっぱいでかかったから! 鎧もなんかハーレム世話してくれるみたいだし、大丈夫! 大丈夫だぁ!」


「おっさんになるまでダメかよ……」

「すまねえ、責任取るぜ!」




「あ……」


 ユズルの周りに送還魔法陣が広がった。


「……時間切れだな。またな、おっさん」


「……またな、なつき姉ちゃん。次は忘れてるかもだけど、そんときゃ俺によろしく伝えてくれ」


「おう」




 魔法陣がユズル(12歳)を包み込み、消えた。






「どんどん行くぜ! 召喚! も少し育ったおっさん!」


 召喚魔法陣が輝き、高橋譲敬徳(17歳)が現れた。










 床にうずくまり、顔を伏せて。






「お、おっさん……?」


 ユズルがのろのろと、ひどくやつれた顔を上げる。


「ここは……?」




「召喚中は記憶の封印が解除されますよ!」


 深刻そうな空気など読まずに解説娘ちゃんがいつもの調子で解説する。




「……なつき姉ちゃんか。久しぶりだね。ちっちゃくなったな」


 ユズルが力無く笑う。


「どうしたんだ、おっさん……フられたのか?」


 ユズルはまた顔を伏せた。




「……父さんと、母さんが、事故で」


 それ以上は言葉が続かない。




 どうしたらいいか分からなくて、菜月はただ立ちつくす。


 平静を失った心のまま、菜月は叫んだ。


「召喚! おっさんの両親!」




 召喚魔法陣は輝かない。




「召喚! おっさんの親! 高橋譲敬徳の父ちゃんと母ちゃん! 召喚! 召喚! 召喚!」




 誰も現れない。




「来いよ……何で来ないんだよ……シリアスは禁止なんだろ、来てくれよ、おっさんが泣いてるだろ」


 菜月が泣きじゃくる。


 ユズルが菜月の肩に手を置いて、弱々しく笑った。


「ごめんな、菜月ちゃん。たぶん、俺がもう体験してしまったことだから、呼べないんだ。つじつまが合わなくなるから。俺にとっての過去は、変えられないから」


「なんでおっさんが謝るんだよ……オレが役に立たないのが悪いんだろ」


 菜月は泣いてユズルにしがみつく。


「役に立ってるよ。ありがとね、呼んでくれて。ひとりで家にいるのは苦しかったから」


 ユズルも菜月の背中に手を回した。




 しばらくじっとそのまま。




「……時間切れだね」


 送還魔法陣が輝く。


「……もっといろよ」

「もう大丈夫」

「んなわけあるか。もっといろよ。忘れちゃうんだぞ」


「忘れても、無くなるわけじゃない、だろ。またいつか呼んでくれ。その時はおっさんになってるかな」


「うん、呼ぶよ。呼ぶからな」




 魔法陣がユズルを包み込み、消える。


 抱きしめていた温もりが消えて、菜月は少し寒くななる。






『大切な人がもういないのだと、その事実を受け止めるまでには時間がかかります。そして、それを受け止めてしまったあとに、本当の悲しみが訪れるのです』


 いつか読んだ『フランケンシュタイン』の一節を思い出す。




「大丈夫なわけないよな。すぐ呼ぶぞ、召喚! 次の日のおっさん!」




 ユズル(17歳)が現れた。




「え、もう?」

「毎日呼ぶぜ! 大丈夫になるまでな」


「……正直、助かる。やっぱり独りはしんどいみたいだ」




「めんどくさいのでこの流れが終わるまで記憶は消さないことにしますね!」


 解説娘ちゃんも臨機応変に対応してくれる。




「ほれ、おっさん、ハグしてやるぜ」

「うん……」


 ユズル(高校生)と菜月(小学生)が抱き合う。


「やっといてなんだけど、これマズいのでは」

「そうか? 母ちゃん、これマズい?」


「かまわないわよ。責任はとってもらえる予定だし」


 横で見ていた菜月の母からお許しが出る。


「だってさ。親公認だ」

「うん……ありがとね」




 抱き合ったまましばらくして、送還魔法陣が輝く。


「早いな。また呼ぶからな、おっさん」


「うん、無理しないでね」


「これくらいへっちゃらだよ。レベル11000だからな」




 ユズルが消える。


 そしてまた呼び出す。


 それを何度も繰り返す。


 菜月の方は間を置かず、ユズルの方は1日ごとに。


 召喚しては、特に何をするでもなく、ただ抱き合う。




 何度目かの抱擁のとき。


 ふいに、ユズルの目に涙があふれてきた。


「あれ……ぐっ……うぐっ……」


 こみ上げる嗚咽(おえつ)をこらえようとする。


「……いいから泣いちゃえよ。泣くのもいい運動じゃって中岡ゲンも言ってる」




 ユズルはしばらく泣き続けた。






「ふー」


 泣き止んで息を吐く。


「もう大丈夫か?」


「まだダメだけど、大丈夫になれそうな気持ちにはなれた。あとは自分で頑張るよ」


「がんばれよ、おっさん。でも潰れそうになったら逃げてもいいからな」




 送還魔法陣が光る。


「今度は忘れてもらいますよ!」


 解説娘ちゃんが『忘却のピコピコハンマー』でユズルの頭を殴った。


「ここはどこ? 私は誰?」


 魔法陣がユズルを包み込み、消える。


「今の忘れ方で大丈夫かよ」

「必要なことは思い出しますから!」






「まだ終わらねーぜ! 召喚! おっさんになったおっさん!」


 魔法陣が輝いて、高橋譲敬徳(29歳)が現れた。


「ここは……思い出した! 菜月ちゃんだ!」

「おっさんだ。眉間の傷は無いけどおっさんだ」


「変わらないね、菜月ちゃん。こっちは12年ぶりだよ」

「こっちは40秒ぶりかな」


「あの時は支えてくれてありがとう。思い出したら分かる。本当に、本当に助かった」


「よせやい照れるぜ」


「あのころはでかい地震とかもあって、みんな余裕がなくて親戚にも頼れなかったから、気持ちだけでも立ち直ってなかったらどうなってたか」


「高校生だったんだよな、あのあとどうした?」


「卒業までは遺産でしのいで、高校出てすぐ就職したよ」

「あのちっちゃかったおっさんが立派になったなあ」


「そんでこないだ勤め先がいきなり倒産して無職になった」

「おおう、そいつはまた。抱きしめてやろっか?」


「いや、大丈夫」

「うるせー! 抱かれろ!」


 菜月(12歳)がユズル(29歳)にしがみつく。


 ユズルは苦笑して菜月の背中をポンポンとたたいた。


「おっさんのくせに余裕だな。覚悟しとけよ、大人になったオレはおっぱいでかいからな! 電撃食らわしちゃる」


「楽しみにしとくよ。忘れちゃうけど」


「いつか、思い出せよな」

「そうだな、思い出すよ。いつかきっと」




 送還魔法陣が広がる。




「……呼ぶのもこれで最後だな。そのうちオレとおっさんは出会うけど、その時はお互い知らない者同士だ」


「さよなら、なつきおねえちゃん」


「さよなら、おっさん」




『さようなら』とは、『それならば』という意味だという。


 今が別れる時であるのなら。

 それならば。

 別れるとしよう。今は。






「おっさん! 好きだぞ!」






 菜月の言葉にユズルが驚いた顔をする。


「……俺の初恋は、6歳の頃に出会った知らないおねえちゃんだったよ」


 ユズル(29歳)は魔法陣とともに消えた。




 シリアスを中和する子猫が、にゃーと鳴いた。






「……これでオレはおっさんの初恋幼馴染み枠に収まったわけだ。だいぶ追い上げできたかな?」


 ユズルが去った庭に、菜月が一人たたずむ。

 なんとなくのポーズで空を見上げる。


「大人の菜月(オレ)(22歳)はおっさんに会えたかな?」


 まだ出かけたばかりだよ!


「いい女になっとくからな、おっさん。10年後、覚悟しとけよ」


 ユズルの時間軸だと18年後くらいになるけどね!






「ご飯よー、菜月」


「今行くー、母ちゃん」




 旅立ちの日はまだ遠い。


 今はまだ。


 子供時代を過ごそう。



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