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白い闇が徐々に晴れ、目も慣れた頃。そこにはさっきまで男性が立っていたのだが、いなくなっていた。上も左右も確認したけど、それらしき人影は見当たらなかった。見当たらないということは、脅威が去ったと思っていいのだろうかと思っていると、父親は大きな板を鞄にしまい、大きな息をふうと吐いた。
「たぶん、いなくなったと思う。今のうちに先を急ごう」
銀色の髪をした少年が放った一撃で仕留められたのかそうじゃないのか気になるけど、今はまず町へ向かうことに意識を向け歩き始めた。ここさえ抜けることができればと自分に何度も言い聞かせ、黙々と進んでいると生い茂っていた森が途中で途絶えその先にはいくつもの住宅が並んでいるところに出た。間違いない。ここはあのとき買い物で行った町だ。あたしはそう確信した瞬間、安心したのか足の力が急に抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。それをおばちゃんと父親に抱え込まれながらなんとか町の中へと入り誰かに話ができないかあちこち探してた。
探し始めてしばらく。夜も遅いともあってか人影を見ることはなく、あたしたちは困っていた。夜の空気へと変わった今、肌寒くなっていた。さすがにこのままではよくないと父親に言うと父親もそれにうんと頷いた。
「どうにかしないとな……」
そうはいってもという雰囲気の中、おばちゃんは小さく「あ」と声を漏らした。おばちゃんの視線の先には微かではあるけど、オレンジ色の明かりが揺らめているのが見えた。もしかして、まだ起きている人がいるかもしれない。けど、失礼にあたるかもしれないとせめぎあっていると、父親はゆっくりとその明かりが見える家の前へと歩き小さく扉を叩いた。すると、中から男性の声と思える声が聞こえ窓から見えたオレンジ色の明かりはゆっくりと入口の方へと移っていった。扉がゆっくりと開き中から少し眠たそうな男性が現れ、父親は事の経緯をかいつまんで話した。すると中の男性はゆっくりと扉を開けてあたしたちを迎え入れてくれた。
「寒いだろう。さ、中へ入りなさい」
何度も頭を下げながら中へ入ると、その男性は温かい飲み物をあたしたちに用意してくれた。それから一口サイズのパンとゴールドイエローに輝くスープも出してくれた。スープからは湯気が立ち上り、その湯気は鼻を通してお腹の中へと直行していくと「お腹すいた」と言わんばかりの音が聞こえた。
「あまり多くはないけど、よかったら召し上がってください」
男性はそう言い、にこりと微笑んだ。あたしたちは男性に感謝をし、食事にありついた。一口サイズのパンは、冷めているのにも関わらず小麦の香ばしさが鼻を抜けていき、噛めば噛むほどその香ばしさが濃厚になっていく感覚に驚いた。飲み込むのが惜しいとも思える一口の後は、ゴールドイエローに輝くスープ。こちらはミルクとコーンを何時間も煮込んだようなコクとまろやかさが絶妙にマッチしたスープだった。コーンの粒も中身がぎっちりと詰まっていて噛むとぷちっと弾けてまるでクラッカーのようだった。そんな一口一口を楽しんで食べていると、あたしの顔が余程面白かったのか、その男性はあたしに声をかけた。
「そんなに嬉しそうに食していただけるなんて……何年ぶりでしょう」
そしてその男性と目が合うと、男性はすっと視線を逸らすように立ち上がりスープの入った鍋をゆっくりと掻き混ぜた。空になったおばちゃんの器に新しいスープを注いでいるその男性を見たあたしは、胸のあたりにざわつく何かを感じていた。嫌なざわつきではないのはわかっているんだけど……なんだろう。
食事を終え、後片付けをしようと席を立つと男性はそれを静かに制し一人で黙々と洗い物を始めた。手慣れている様子で食器一つ一つを洗い、手早く水気を切ってから清潔な布巾でそれらを拭き棚へとしまった。その一連の流れがまるで踊っているように見えたあたしはその様子をただじっと見ていた。
ひと段落した男性は、戸棚から一つの鍵を取り出し父親に手渡した。それはこの町の中にある家の鍵だった。ちょうど一つ空いているのでしばらくはそこでゆっくりしていくといいと言われ、あたしたちは何度もお礼を言いその家に向かった。その家はすぐに見つかり鍵を開けて中に入ると、さっき入った男性の家の中と同じ内装だった。家具もありすぐに馴染めそうな気がしたあたしは大きなソファに腰をかけるとそのまま深い眠りに入ってしまった。
翌朝。はっと目を覚ますとあたしの肩に顎をのせて眠っている父親と、それに連なって眠っているおばちゃんがいた。二人の気持ちよさそうな寝顔を見て安心したあたしは、二人を起こさないよう静かに動き朝食の準備を始めた。鞄の中にある材料でできる朝食を作っていると、父親がもぞもぞと動き低い唸り声をあげた。そして大きな欠伸とともに体を起こした父親のまだ眠たそうな目を擦りながら立ち上がった。
「おはよう。ゆっくり眠れたかい」
あたしはうんと頷き、焦げ目がしっかりつくまで焼いたソーセージを皿に盛り付けテーブルに並べた。今ある食材ではこれが限界だけど、このあと買い物をすればなんとかなるでしょう。メニューはパンにソーセージ、それに昨日お世話になった男性からもらったスープ、それに卵を手早く熱してとろとろにしたスクランブルエッグ。準備が整い、まだすやすやと寝息を立てているおばちゃんを起こすのは忍びないと思いながらも、体をゆっくり揺すりながら起こした。
「あらおはよう。それにいい香りがするわ」
おばちゃんが匂いの正体に気が付くと、ぱっと顔を輝かせながら席についた。父親も席につきみんなで両手を合わせて挨拶をしてから朝食を摂った。あたしはまずソーセージを口に運んだ。噛んだソーセージからはぱりっと音をたて中から熱々の肉汁が口いっぱいに広がり、その肉汁は火傷をしてしまいそうなほどだった。はふはふいいながら半分になったソーセージでとろとろのスクランブルエッグを拭うように絡ませてから口に運ぶと、ソーセージのうま味とスクランブルエッグの濃厚な甘みが重なりまたなんとも言えない美味しさだった。まだ半分残っているスクランブルエッグを今度はパンに浸して食べるとこれもまた格別であり、満足感のある食べ応えだった。その食べ方を真似たおばちゃんも、あたしと同じで「うーん」と言いながら満足そうに笑っていた。その瞬間、あたしは昨日感じていたざわつきの正体が少しわかった気がした。でも、まだそうじゃないかもしれないけど……なんとなく、そうなんじゃないかなって思いだした。
「ん……。ごちそうさまでした。後で昨日の男性にお礼を言わないとね」
一番に食べ終わった父親は食器を流しに持っていき、自分の食べた分を洗い始めた。その動作はぎこちなく、あちこちに水を跳ねさせ袖口を濡らして慌てていた。
「もう、父さん。あたしが洗うから置いておいて。まとめて洗ったほうが早いから」
あたしは最後のパンを口に運び、流しに持っていき食器を重ねてまとめた。少し遅れておばちゃんも食器を流しに持ってきてくれて一言。
「とっても美味しかったわ」
そのとき、あたしの疑念は確信に変わった。昨日のお世話になった男性の家に入ったときの安心感。帰る場所があるというだけでなんでこんなにも心が安らぐのだろうと思った。洗い物をしている後ろ姿を見たとき、なんとももどかしい気持ちになったのはいつもあたしがしていることなのに、なんで進んでできなかったんだろうという思いがあったから。そして、あたしが作った食事を「美味しかった」と言ってくれたこと……。これらが仲良く手を繋いだ瞬間、あたしはやりたいことが目の前に浮かんだ。
「あたし……どこかで食堂を切り盛りするお仕事がしたい……」
ぼそりと呟いた言葉に、父親は驚いていたけどこの気持ちはきっと本物だと思った。料理はまだまだ知らないことがあるけど、それは後でなんとでもなりそうだしカバーはできる。それと、誰かが帰ってこれる場所を提供したい。そして、お腹いっぱいになるまで食事を提供して満足してもらいたいという思いが強くなっていった。
「お前がそんなことを言うなんて……」
「あらあら。それは素敵なことね。応援しなくっちゃ」
元はおばちゃんがいつもくれるお菓子からだったのかもしれない。いつもくれるお菓子は食べると元気が沸いてくるような気がしていた。母親に叱られたときに食べると、心なしか少し気持ちが落ち着いたときもあったし……。
「そうか。なら、これを持っていきなさい」
そう言って父親は鞄から昨日、あの男性と戦っていたときに使った大きな板のようなものをあたしに手渡した。そこには丸いものが埋め込まれていて、それぞれが嬉々とした表情をしていた。
「困難に立ち向かうときに使うんだ。もしくは、誰かを支えたいというときにね」
父親は丸いものを一つ一つ説明をしてくれた。これはこういうときに使うんだとか、これはいざというときに使うんだよとか。父親は戦うためではなく守るために戦うんだよと最後に教えてくれた。あたしはそれに力強く頷いた。
「けど、そういう仕事がある場所ってどこかなぁ。昨日の男性に聞いてみるとしようか」
こうしてあたしと父親は昨日お世話になった男性にお礼も兼ねて、この近辺で食堂を切り盛りできそうな場所はないか尋ねることにした。するとその男性は心当たりがあるといい、戸棚から一枚の巻物を取り出しあたしに手渡した。
「それを持ってこの町の北へ向かいなさい。すると建物が見えてくるからそこでこの巻物を使うのです。あなたならきっと良い環境かと思いますよ」
そう笑いながら男性はあたしの手をそっと握った。その手は柔らかくも力強く温かかった。あたしは巻物を受け取り、男性の家を後にした。
身支度を済ませ、町の北出口へ向かうとそこには父親とおばちゃんがにこにこしながら立っていた。
「お見送りくらいはさせてね」
おばちゃんはそう言い、あたしの手に小さな包みを渡してくれた。それはいつもあたしの心の支えでもあった焼きたてのクッキーだった。
「あの人に話をしたら、ここに住んでもいいって言われてね。あなたはやりたいことに向かって頑張って欲しいわ。寂しかったらいつでも戻ってきてね」
「……うん!」
「最後だなんて思ってないからね。気を付けて行っておいで」
「……うん!」
あたしは今できる最高の笑顔で応え、北出口の門を潜った。振り向かずにずっと真っすぐ前だけを見据え歩き出した。やがて見えてきた建物─オセロニア冒険者ギルド。そこは数々の冒険者を輩出されたと噂のギルドだった。父親からもらった板─デッキに丸いもの─駒を組み合わせ困難に立ち向かう少し変わったところだとも聞いた。冒険者だけではなく、ほかにも事務員や冒険者を補佐する機関もあるとのことでそこでの活躍もできると教えてくれた。あたしはできることから始めたいというと、その冒険者の活力の源となる食堂勤務がぴったりだと言ってくれた。あたしの料理でみんなが喜んでくれるならいくらでもやってやろうじゃないか。あのとき感じた気持ちを大事にしていきたいと心に誓い、気持ちを落ち着かせるため深呼吸をした。期待と不安を一緒にかき混ぜ、あたしは意を決し扉を叩いた。
「すみません!」
その声に中から現れた羊のような角を生やした女性に巻物を手渡すと、その女性はすらすらと読み進めていった。読み終わった女性は巻物をしまってたった一言。
「今日からよろしくな」
そう言って冒険者ギルドの中へと招き入れてくれた。今日からここであたしがみんなを支えるんだ。お腹を空かせた冒険者の胃袋とみんなが安心して帰れるを守るためのあたしの戦いが今、幕を開ける。
完




