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もう夕日の明かりが薄くなってきて、いよいよ本格的な夜がやって来ようとしていた。温かった風も少しずつ冷たさを纏い、あたしたちの足元をくすくすと笑いながら通り抜けていった。そんな悪戯な風に弄ばれながら、あたしたちは町へと向かって一歩ずつ確実に進んでいった。ちょっとした休憩や体を解す時間を入れたりしながら順調に進んでいった……かのようにも思えた。
感覚的に半分を過ぎようとしていたとき、それは口を持ち上げて笑い始めた。さっきまで足元を通り抜けていった風は段々と強くなり、あたしたちの体から暖気を奪っていった。次第に耳が痛くなり頬も冷たくなりと突然真冬が訪れたのかと思うくらいに寒くなった。
「おかしいな。今の季節でこんなに寒くなることなんてないのに……」
父親が鞄から厚手の布を取り出しながら言った。あたしもあの村で生まれてからこんなにおかしな気候にあったことがなくて正直驚いていた。父親は厚手の布をおばちゃんに手渡し、次にあたしにも渡してくれた。布を被りながら先へと進む最中、あたしはほんの少しだけ嫌な予感がしていた。この冷たい風はさっき村で起こった風となんとなく似ているように感じたのだ。うねうねと蛇のように風、まるで意思を持っているかのような……もしかして、この風は自然環境の中で起きたのではなく誰かが意図的に起こしているものなのか……いやでも、そんなましてや風なんかを自在に操ることができるのだろうか……あたしは歩きながら自問自答を繰り返していた。そしてあたしは何かにぶつかり、足を止めた。それは父親の背中だった。父親は目の前でくるくると渦巻いている風を見つめていた。おばちゃんも父親の背後から覗き込むようにそれを見ていると、その渦巻いている風は段々と大きくなり、弾けた。
「うわっ!!」
「ひゃあ!」
父親があたしたちを庇うように立ち、被害はさほどないにしてもその強烈な風圧厚手の布をしっかりと持っていないと飛ばされてしまいそうな力だった。必死に耐え、風が収まるとそこには一人の褐色肌の男性が立っていた。独特な形をした木製の髪飾り、何かの動物をモチーフにしたかのような木製の手甲。腰には複数枚の色のるいた布を巻き、その上に鳴子のようなものを巻き付けていた。そして、その男性はふわふわと小さな上下をしていることを不思議に思ったあたしは、その男性の足元を見た。すると、小さなつむじ風が男性を浮かせていることに気が付いた。つむじ風、そして季節外れの寒い風……まさかと思い、あたしはその男性をきっと睨みつけた。
「もしかして……あなたがやったのですか」
あたしの声に男性はにやりと笑った。まるでそれが答えかのような対応に、あたしは急に足元が震えだした。この男性が村を襲った張本人。そして父親の衣服をぎゅっと握る力も強くなったことに気が付き、父親は落ち着いた声で男性に話しかけた。
「あなたの口から答えを聞きたい。この先にあった小さな村を襲った竜巻のような風は、あなたの仕業ですか」
すると男性は低い声で「ああ」と答えた。その瞬間、あたしは今までに感じたことのないくらいの寒気を感じた。こんなにも平然としていられることもそうだけど、まるで悪びれた様子を微塵も感じられない男性の態度が一番怖いと思った。あたしは唇をぎゅっと噛みしめ睨んでいると、それに気が付いた父親は左手でそれを制し、口を開いた。
「あの村はわたしたちの生まれ故郷なんだ。それについてあなたはどう思いますか」
静かにだけど微量に怒りが混じった口調で父親が言った。だが、男性はそれに気が付いているのか否か態度を変えずに「いいや」と答えた。
「風は気まぐれなんだ。どこでいつ吹くなんて誰にもわからない。そんな風にお前たちの生まれた村だかを壊されたからどうにかしろだなんて……どうかしてるぜ」
最後は鼻で笑い、こちらをじろりと見てきた。なんだろう。とてつもなく嫌な感じがする。だけど、それをどう言っていいかわからないでいると、父親は鞄から一枚の大きな板を取り出して構えた。
「ほう……お前たちのような小物がおれに歯向かうってのかい。面白い。なら吹き飛ばしてやろうか」
父親は苦い顔をしながら板に組み込まれた丸いものを選び、男性に投げつけた。現れたのは男性と少し似ている野性味のある女性だった。
「あたいの炎、見切れるかい」
そういって女性が円状の物に炎を纏わせ、男性に投げつけた。時間差でもう一つ投げつけあと少しで男性にあたると思ったそのとき、円状の物は男性の前で鋭い金属音と共に弾かれた。確かに当たる軌道だったのにおかしいと思っていると、男性の前には小さな風が渦巻いていて、その渦巻が女性の攻撃を風の力で弾いていた。
「くそ……まだまだっ!」
女性はもう一度投げつけるも、それは小さな風に阻まれ男性に届くことはなかった。必死に投げつけている女性を見た男性はくくくと肩を震わせながら笑うと、両手を高く掲げた。
「貴様らなぞそよ風に過ぎん」
その瞬間、まるで地面の中に風が隠れていたのではないかと思うくらいの風量が足元を襲った。その風量はあたしたちを軽々と持ち上げ、そのまま地上へと叩き落した。叩き落されたあたしは肺の中いや体の中にある酸素をすべて吐き出したような感覚に陥り、頭がくらくらした。その後は体を地上に叩きつけた衝撃が思い出したかのようにやってきて、体の動きを鈍くさせる。さっき円状の物を投げた女性は動くことができず、光の粒となって消えてしまっていた。
「ぐっ……まずい……」
父親はまた丸い物を選ぶと、今度はあたしたちの前にそっと置いた。現れたのは異国の法衣に身を包んだ神々しい女性だった。その女性は慈愛に満ちた笑顔であたしたちに微笑むと握っていた手のひらをゆっくりと広げた。その手のひらから溢れた光と薄桃色の小さな花弁が舞うと、あたしたちの目に見える傷だけでなく目に見えない傷もたちどころに癒していった。
「日輪の加護を与えましょう。大丈夫、すぐに良くなります」
女性がまた微笑むと、さっきまで力が入らなかった足に力が入るようになりすっくと立ちあがることができた。あたしとおばちゃんは不思議に思っている間、まだ難しい顔をしている父親。それに対し、男性は腕を組みながら余裕の表情を浮かべていた。やがて男性はふんと鼻で笑うと指で空を切った。その数秒後、あたしたちの周りに竜巻でできた檻が現れた。高速回転された風の刃は段々と狭まり今にもあたしたちを切り裂こうとにじり寄ってきていた。
「相手が悪かったのか……でも、ここで諦めるわけにいかない……!」
父親は板から丸い物を二枚取り出した。狭い檻の中、上空に現れたのは透き通った水の色をした憂いを含んだ瞳が印象的な女性だった。背中に羽を生やし手には鳥籠を持っていた。女性は鳥籠の鍵を開け、中にいた数羽の鳥を外に出した。
「行きなさい。風燕」
かぜつばめと呼ばれた数羽の鳥は、くるくると上空を旋回したあと小さいながらも翼を何度も動かすとあんなに暴れ狂っていた竜巻の檻をまるでなにもなかったかのように無効化させた。続いて現れたのはどこか哀愁の漂う銀色の髪色が特徴の男の子だった。その男の子は身の丈程ある大きな杖を男性に向けた。
「追い風です」
「時を変える恐ろしさ。味わってもらおうか」
上空で男の子の援護をする女性、そしてその女性を守らんと高速で空を切るかぜつばめたち。援護の力が男の子の杖に光を宿すと、男の子はその杖を男性目掛け振り下ろした。援護の力を凝縮した光は男性に当たると辺り一帯真っ白い闇に覆われた。




