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 自宅に帰ってからは母親の怒鳴り声が止むことはなかったね。どこに行っていたんだとか、なんで何も言わないで出て行ったとかそんなことを聞かれた気がするけど、あの時はただただ母親が怖くて何も言えなかったな。答えなかったら頬を叩かれ、勇気を出して答えようと口を開くとまた叩かれと結局はなにをしても叩かれ続けて、両方の頬は真っ赤に腫れあがってじんじんとした痛みがあたしを正気にしてくれていたのかと思うとなんとも皮肉だけどね。

 やがて疲れたのか飽きたのかわからないけど、母親は何も言わずに自分の部屋へと行った。辺りが静かになってから少し経って、入れ替わるように今度は父親が出てきた。父親はおろおろとしながらあたしに近づいて優しくも力強く抱きしめてくれた。さっき、あたしが帰ってきたときにいつもお菓子をくれるおばちゃんが、あたしを抱きしめてくれたように。その温もりに安堵したあたしはようやく声が出るようになって、声をあげて泣いた。もう我慢ができなかった。怖くて不安でどうしたらよかったのかわからなくて……。全力で泣いているあたしの頭を父親は優しく撫でながら「ごめんな」と何度も何度も言っていた。

 少し落ち着いて呼吸を整えていると、父親はあたしを真っすぐ見据えて「あいつに……部屋から出てくるなって言われててな……すまない」と謝罪をした。あたしは首を横に振って、むしろ教えてくれてありがとうと言うと、父親はなんとも申し訳なさそうに自分の頭を掻いた。そんな父親が大好きだし、こうしてあたしの前できちんと話をしてくれるというのが今は何よりも嬉しかった。今度はあたしが父親になんで一人で村の外へと行ったかを話した。いつもお菓子をくれるおばちゃんにお遣いを頼まれたこと、町では買い物をなるべく早めに済ませたつもりだけど遅くなってしまって母親に怒られてしまったことを偽りなく話した。すると、父親はそれを知っていったかのように頷くとあたしを抱き寄せてまた優しく抱きしめてくれた。

「お前は嘘を言う子じゃないというのはわかってる。だから、尚のこと心配していたんだ」

 その一言がまた嬉しくて、やっと落ち着いた気持ちがまた揺さぶられ目に涙を浮かべた。すると父親はその涙を落とさせまいと薄く笑みを浮かべながら指で拭った。

「今日はお父さんと寝るか?」

「……いいの?」

「ああ。構わない。このままじゃ眠れないだろ?」

「……うん……」

「よし。それじゃあ、寝よう。明日はきっと素敵なことがあると信じて……ね」

 父親が少し悪戯に笑いながら手を引いてくれた。乱暴で強引に手を引く母親とは違って、緩くてもあたしの手を離さない程度の力で優しく手を引いてくれて安心したあたしは父親の手をきゅっと握り返した。そしてそのまま父親の布団に潜り込みすぐに眠りについた。


 翌朝。鳥のさえずりで目が覚めたあたしは、すぐ傍に父親がいることにびっくりして少しだけ声を出してしまった。それが耳に入ったのか父親は体をびくりとさせながら目を覚ました。あたしは起こしてごめんと言うと、父親は「気にしないでいいよ」といいゆっくりと体を起こした。窓を開けると朝の爽やかな風が流れ込み、眠かった体に優しくまとわりつき眠気を吹き飛ばしてくれるかのようだった。あたしも体をうんと伸ばしてから自分の部屋へ戻り着替えを済ませ、キッチンに向かった。簡単な朝食を作り、まだ寝ている母親を無理やりに起こしみんなで朝食を摂った。その間も、母親は昨日のことを引きずっているのか終始あたしを見る目がなんとも怖かった。そのせいか、食事中は無言となりせっかく焼いたパンの味も感じることなく終わった。

 後片付けを済ませ、庭の手入れをしていると隣のおばちゃんが窓から顔を出していた。あたしと目が合うと少し嬉しそうな顔に変わり、辺りを気にしながら外へ出てあたしに小さな袋を持たせるとすぐ家に戻っていった。小さな袋から熱を感じ中を確認すると、焼き立てのクッキーが入っていた。そしてその中に小さな紙切れが入っていて中を確認すると「昨日はごめんなさい。あなたとの関係を終わりにしたくなくて……わがままをいってごめんなさいね」とあった。その気持ちはあたしも同じで、あんな理不尽な言われ方されたら「はいそうですか」とはなりにくい。あたしはおばちゃんに小さくお礼をしたあと、焼き立てのクッキーに舌鼓をうった。その間、あたしは母親との付き合い方をどうしたものかと考えていた。いつも通りに接しても不機嫌になるのなら、いっそ相手にしなければいいのでは。あたしのことを気にかけてくれる人だけ接すればという答えに至り、決意した。正直、事あるごとにあたしを怒鳴る母親にはうんざりしていたときでもあったので丁度いいのかもと自分を納得させ、最後のクッキーを味わって食べた。手入れ道具を倉庫に戻し、部屋の掃除をしようとバケツに水を汲みに井戸へと向かっているとき、ふとよぎったことがあった。


─いなくなっちゃえばいいのに。あんなに怒る母親なんて……いやだ。


 昨日の一件から、母親をそんな風に思ってしまうことが増えていき次第に母親とは口もきかなくなった。母親はあたしが嫌だというのはわかっているし、これでお互い様だと思えば苦ではなかった。むしろ清々した。母親にはそういった態度をとるけど、父親には絶対にしない。その差ははっきりとわかるようにしてやると、母親は面白くなさそうにジロリと睨んできた。前のあたしだったらびくっとしたかもしれないけど、今となっては素知らぬ顔でかわすことができるから何とも思わなかった。

 夕飯の支度も鼻歌を歌いながら調理をすすめ、未だにむすっとした母親を無視し父親と一緒に食事を摂った。父親は少し居心地が悪そうにしているも、あたしの作ったシチューを食べるとにっこりと笑いながら「美味しい」と言ってくれた。その笑顔は嬉しくなったあたしは「作ってよかった」と思いながら自分で作ったシチューを口に運び自画自賛した。非常に気分良く食事が摂れ、後片付けも手早く済ませてから自室へ戻り、読みかけの本に目を通していると睡魔が押し寄せてきた。続きも気になるけど眠い。しばらく格闘した末、眠気の勝利となり本を閉じて明日に備えて寝ることにした。その晩、いつもよりも早く眠れたような気がした。

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