岐路
――数年後。
皇后杯・秋、当日。季節は巡り、空気にはわずかな肌寒さが混じっていた。私はユニフォームの襟元に手を触れながら、ターフへ続く通路を歩いていた。いつもの衣装へ少し手を加え、寒さに合わせて洒落たファーを取り付けている。その横へ、足音が並んだ。見るまでもなく、誰なのか分かった。
エクラちゃんは自然に私の隣へ来ると、どちらからともなく差し出した手を握った。私たちは二人で、ターフへ向かって歩く。
「お久しぶりですね、フレアちゃん」
「久しぶりって、先週会ったばっかでしょ」
六歳になっても、エクラちゃんは時々おかしなことを言う。彼女は私の返事を気にする様子もなく、ユニフォームへ目を向けた。
「そのファー、やっぱり似合ってますね」
「そうなの。ありがとうね、選んでくれて」
「当然ですよ。親友ですし、もうすぐ家族になるんですから」
私は隣を見た。エクラちゃんは、少し得意そうに笑っている。
「もうすぐって、引退するつもり?」
「ええ。今日、貴女に勝って、念願の皇后杯春秋制覇を果たして引退します」
あまりにも堂々とした宣言に、私は鼻で笑った。
「そう。なら残念ね。今年もそれはお預けよ。私、負ける気はないから」
「……ねえ、そろそろ譲ってくださいよ」
エクラちゃんは呆れたように息をつく。
「ほら、ベルアマードさんが待ちくたびれて、愛想を尽かされたらどうするんですか?」
「そうならないように、諦めて引退すればいいでしょ!」
「嫌です。皇后杯春秋制覇するまでは」
「そんなこと言って、もう六歳よ、私たち。さっさと引退しなさいよ。お兄ちゃんだって待ってるんだから」
「だから、今日勝つんです!」
エクラちゃんは握っていた手へ、少し力を込めた。
「いいわよ。全力で挑んでやる!」
私が言い返したのと同時に、私たちは手を離した。ここから先は、親友として並んで歩く場所ではない。互いに一人の駆人として、自分の足でターフへ向かう。
数歩進んだところで、エクラちゃんが何かを思い出したように口を開いた。
「あっ、そういえば」
「まだ何かあるの?」
「ベルノちゃんも、今日はレースでしょう? フレアちゃんから見て、どうですか?」
ベルノクシア。妹が産まれたばかりの頃は、私は彼女へ近づく余裕すらなかった。けれど今、その妹も同じ競駆の世界に立っている。夢を抱いて、自分なら何でもできると信じ、目の前の眩しさだけを追っている。かつての私と同じように。
「どうって……」
私は前を向いたまま答えた。
「ベルノも、そろそろ気づくわよ。夢を見ているだけじゃいけないって」
エクラちゃんは、少し黙った。それから柔らかな声で言う。
「……優しいのですね。さすがお姉ちゃんです」
私はその言葉には答えなかった。優しいつもりはなかった。ただ、夢から覚める痛みを知っているだけだ。その先に、夢を諦めるのではなく、自分の足で立つ場所があることも。私は通路の先へ目を向けた。そこには、何度走っても胸を高鳴らせるターフが待っている。
隣には、これまで何度も私の前へ立ちはだかってきた親友がいる。そして別の場所では、妹が自分の物語を走っている。私は振り返らず、皇后杯・秋の舞台へ歩いていった。




