第1話「潜入任務」
視界を焼き尽くす、真紅の業火。
肺を焦がす硝煙の臭い。崩れ落ちる日常の瓦礫。
逃げ惑う人々の悲鳴すら、その圧倒的な災厄の前では無力なノイズに過ぎなかった。
その中心で、一人の少年が笑っていた。
陽だまりのような温かさを宿した、屈託のない笑顔。
「大丈夫だよ、姉ちゃん。だって――」
誇らしげに胸を張り、彼はいつもの口癖を吐く。
「――俺って、天才だからッ!」
直後、すべてが白光に飲み込まれた。
差し出された小さな手。掴もうとした指先。
届かない。
蹂躙。消失。そして、永遠の決別。
絶望が少女の魂を凍てつかせた、あの日、あの瞬間ッ!
……ッ。
幕が上がる。
舞台は、冷徹な現実へと切り替わる。
「……また、あの夢」
鏡の中にいるのは、十九歳の女子大生、藤浦春菜だ。
正統派の日本美人と評される凛々しき顔。透き通るような青い瞳。
しかし、その瞳の奥底に揺らめくのは、癒えることのない憎悪の残り火である。
彼女は迷いなく、大学生としての仮面を脱ぎ捨てた。
鏡の前で纏うのは、潜入捜査用エージェント・スーツ。
背中を大胆に露出させた漆黒のレザー調トップ。肩口に並ぶ黄金の装飾。
腰を絞る青いベルトが、豊かに実ったバストと引き締まったウエストの曲線を残酷なまでに強調する。
鮮やかな茶髪を、亡き弟の好きだった大きな青いリボンで高く結び上げる。
ポニーテールが揺れる。
それは、復讐という名の舞台へと踏み出す、戦士の正装。
「藤浦春菜、これより潜入を開始する」
冷たく、短い断定。
彼女は公安課特務機関「ムラクモ」のエージェントとして、闇へと溶け込んだ。
潜入先は、新興宗教を装った秘密結社の研究施設。
無機質な鋼鉄の回廊。青白く光るLED。
行き交う警備兵の視線を、彼女は華麗に回避していく。
影から影へ。光を吸い込む黒衣の死神。
目指すは、最深部の隔離区画。
そこには、結社が「アーク」と呼び、世界の理を書き換えると噂される特級機密が眠っている。
(弟を殺した奴らの、その力の根源を奪い取る。……そのためなら、あたしはなんだってする)
自傷行為に近い覚悟が、彼女の足を前へと進ませる。
幾重ものセキュリティを突破し、ついに彼女は最深部の重厚な防壁の前に辿り着いた。
しかし。
「――チェックメイトだ、お嬢さん」
唐突に、静寂が引き裂かれた。
鳴り響く、耳を刺すような赤い警報。
視界を埋め尽くす、不吉な真紅の警告灯!
罠。
舞台装置は、最初から彼女を仕留めるために組まれていた。
「発見したぞッ! ムラクモのネズミだ!」
「殺せッ! 『アーク』には触れさせるな!」
回廊の奥から溢れ出すのは、異形の生体兵器「デリーパー」。
人の形を捨て、破壊の衝動だけを増幅された殺戮の群れ。
退路、封鎖。
包囲網、完成。
味方の援護、絶望。
「ふう……っ」
春菜は、不敵に笑った。
絶望という名のスポットライトを浴びて、彼女の闘争本能が狂い咲く。
生身。装備なし。それでも、彼女の瞳に迷いはない。
「いいわよ。…………終わらせる。ここで」
手に取ったのは、警備兵から奪った一本のサバイバルナイフ。
圧倒的な死の渦中へ、少女は身を投じるッ!




