インナーチャイルド
大石慎吾は時計が7時半を指しているのが見えた。朝からいつもように憂鬱な気持ちが漂う。頭の中にいる子供が、今日はしんどいし会社を休もうよと言ってくる。8時までには出て行かないと会社に遅れてしまう。頭がぼーとしてるし、行かなくていいじゃないと、また頭の声が聞こえてくる。パジャマ姿のまま、ベットから起き上がれない。あと少しと寝れるよ、休んで意味あると思ってるの?と頭の中が言っている。無理やり身体を起して、洗面所に行って、顔を洗って、一心不乱に何も考えないように準備を済ませる。
8時ギリギリになって家を出た。熱い空気を感じながら、駅へと歩いていく。駅に着くと多くの人でごった返している。帰りたいと頭の声が無音で現れる。電車に乗っている前から帰りたい気持ちで心が満たされていた。会社の最寄り駅に着いて、会社へと向かう道が足取りが重くなっていく。まだ引き返せるよとまた無音の声で圧をかけてくる。
会社のビルの前にに着いて、自動ドアの前に立ったところで、後ろからドンと音が聞こえてきた。ビルの上から何か大きなものが落ちてきたみたい音だった。慎吾が振り返ってみると、地面に北岡が倒れていた。目が合った。恨んでいるような目だ。慎吾は身動きができない。周囲からは悲鳴が聞こえてくる。人々が集まってくる。誰かが倒れている北岡に何かを覆い被せているのが見えた。
「おはよう」と上司の横峰に声をかけられた。
「おはようございます。」
「あの遺体、北岡かもしれない。警察に呼ばれるかもしれない。とりあえず、ビルの内に入ろう。」
「そうですね」
「救急車と警察には誰かが通報したみたいだ。」
横峯は会社の責任を追われそうな状況に頭が混乱していってるように、早口になっていく。慎吾は一緒にエレベーターに乗った。先月、北岡は会社を業務態度が悪く、遅刻などを繰り返したこともあって解雇されていた。慎吾は身震いが止まらない。地面に打ち付けらた北岡と目が合ったがことが鮮明に蘇る。慎吾自身が北岡の話をじっくり聞くべきだったのではと思える気持ちと、会社で上司として指導して心のケアを慎吾がする必要性があったのかと思う気持ちが混合していく。頭の中の子供が支配していく。未熟で馬鹿だ。北岡が悪い。助けられなくてごめん。死んで当然だ。何か出来ることはあったのではないか、なんで責められないといけないだと、頭の中を暴れ乱していく。
横峯に呼び出されて、会議室に行くと、警察がやって来ていた。遺体は北岡で間違いないらしい。少し事情を聴いて、帰って行った。北岡は解雇して逆らう恨みで起こしたのだろう。北岡が死んだことで、会社の損失が出るようだった。詳しくは分からないが、横峯も会社としても解雇は当然の決まりだったと言って、慎吾に責任はないと問うことはないと言われた。
もう少し北岡の話を聞くべきだったのだろうか。でも北岡のグチグチと自分に甘く、他人に厳しい姿に拒否反応が出てくる。慎吾の言葉を、北岡が聞こうとしただろうか。
机の電話が鳴る。不当解雇だと怒鳴る声が聞こえてくる。何も事情を知らない人が、身勝手に電話をかけてきて自分の主張を押し付けくる。1日中慎吾は電話対応に追われていく。
いつも思う。相手のペースや機嫌に惑わされて、気を使って、ペースを乱されていく。これは私の責任ではないと頭の中の子どもに伝える。
「大石さんって、優しいですよね。北岡に依存されていたのに」
隣の席に座る元山の声が聞こえてきた。
「そんなことないよ」
「謙虚ですね。だから利用されるんですよ」はそう言って、ため息をつきながら元山は仕事に戻った。
元山の言う通り北岡に利用されていたのかもしない。けど、反論できなかった。相手にしたくなった。相手を傷つけてしまうのではないかとも思うから。それに自分が本当にどうしたいのか分からない。頭の中の子どもの声に左右されながら、これからも生きていくのだろうか。




