第5話:親指の代償
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蹴り破られた扉が、サダオミの鼻先をかすめて壁に激突した。
硝煙と魔力の残滓の中から、燃えるような赤髪が揺れる。
「……死ねっ」
「うわっ、ちょっ、姐さん! 落ち着いてくださいっ! まずは挨拶! 挨拶しましょ!? おひさしぶっあぶなっ!」
挨拶代わりの超高精度な魔術を、サダオミは首を傾げて回避した。
背後の壁が、音もなく円形に削り取られる。
――と、いうか。
――ここまで魔術ヤバかった!?
いちいち殺しにきている。
以前の理路整然とした正論の魔術ではない。
今そこにあるのは、拒絶。
磨き上げられた年月そのもの。
「……いつまで」
静かな声。
「いつまで、姉様と間違えてるのよっ!」
魔力が跳ね上がる。
多重魔法陣。
退路、消失。
「僕はロイエル・サーバトミンよ」
サダオミの呼吸が止まる。
学院の回廊。
爆発する回復魔法のテスト。
くだらない言い合い。
「来てくれて、ありがとね!」
最高の笑顔。
親指。
背中。
「あれ、別れだったの?」
怒鳴らない。
ただ、問う。
サダオミは答えられない。
「僕はね、“またね”だと思ってたの」
一歩。
空間が閉じる。
「次に来たとき、ちゃんと成長して驚かせてやろうって思ってた」
術式は、美しい。
怒りで乱れていない。
「あなた、帰ってこなかった」
封鎖、完全。
「終わるなら」
魔力が収束する。
「終わるって言いなさいよ」
その瞬間。
ロイエルの瞳の奥で、何かが揺れた。
零れはしない。
でも、溢れかける。
「僕は、あなたが戻る場所でいるつもりだった」
呼吸が乱れる。
「それなのに」
視線がぶつかる。
怒りより先に、置いていかれた時間。
「ずるい」
爆ぜた。
絶対封鎖。
逃げ場ゼロ。
それでも。
サダオミは抜ける。
歪み。
継ぎ目。
理の盲点。
連続回避。
衣服が裂け、頬が切れ、呼吸が荒れる。
顔が引きつる。
だが崩れない。
心を乱せば、たちまちに詰む。
そんな領域のやり取りが続く。
やがて。
一枚、また一枚と魔法陣が消えていく。
ロイエルの魔力が尽きる。
膝が落ちる。
荒い呼吸。
「……あ~あ」
視線を逸らす。
「結局、サダオミはサダオミなのね」
「いや、超本気だったよ!?」
即答。
「見て!? 顔! 引きつってるでしょ!? あれマジで死ぬやつだった!」
ロイエルが、じっと見る。
本当に、ギリギリだった顔。
沈黙。
「……僕が納得してないの」
怒っていない。
ただ、悔しい。
サダオミの表情が、ほんの少しだけ変わる。
「……そっか」
それ以上は、言わない。
言えない。
胸の奥で、遅れて理解する。
――今度は、言葉で言うべきだった。
静寂。
残ったのは、まだ終わっていない関係だけだった。




