第四十四話:護る形
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一世は、城の内側をひと通り見終えたあと、まっすぐに俺の方を見た。
呼ばれたわけではない。
ただ、視線が合った。
それだけで、十分だった。
俺は、人の流れを邪魔しない位置まで歩いてから立ち止まる。
近づきすぎない。
離れすぎない。
それが、この場所における俺たちの適切な距離だった。
一世は、先に口を開いた。
「護衛であれば、護れ」
声は低く、どこまでも淡々としている。
責める調子でも、試す調子でもなかった。
事実としての、確認だ。
俺は、すぐには答えなかった。
少しだけ、炊事場の方へ視線を向ける。
鍋が一つ空き、次の鍋が澱みなく前に出る。
鉢が戻り、また別の、温もりを求める手に渡る。
その流れは、一度も止まらない。
「護ってる」
それだけを、短く返した。
一世は、表情を変えなかった。
「誰をだ」
俺は、少しだけ考えてから、わずかに首を振る。
「誰か一人、じゃない」
俺は言い直すように、視界にあるすべてを指した。
「ここの全部だよ」
一世の視線が、ゆっくりと城の内側をなぞる。
歩きやすく整えられた通路。
絶えることのない火床。
種類ごとに整理された集積所。
そして、淡々と生きている人々の背中。
俺は続けた。
「立てる場所を、 先に作っただけだよ」
弁明も、言い訳もしない。
「鈴を守ったわけでもない」
一世が、ほんのわずかに目を細める。
「鈴は」
「立てるよ」
遮るように、短く答えた。
「立てる地面さえあれば、あいつは一人で立てるから」
一世は、何も言わずに、その言葉を静かに受け取った。
しばらくの間、二人とも黙る。
背後を、子どもが笑いながら走り抜ける。
誰かが重い荷を抱えて通り過ぎる。
鉢と鉢が、軽く触れ合う乾いた音がする。
それだけの、短い時間だった。
一世が、重い口を開く。
「斬らなくて、いいのか」
俺は、すぐに頷かなかった。
炊事場の火を見る。
強くはない。
だが、消える気配もない火だ。
「斬る場面は、まだこの先にあるかもしれない」
嘘を吐かずに、正直に言った。
「でも、今日じゃない」
一世は、それ以上は問い返さなかった。
代わりに、自分の足元の土に視線を落とす。
大勢の人間によって踏み固められた、頑丈な地面。
誰かの新しい足跡の上に、また別の、生きるための足跡が重なっている。
「護衛だ」
一世が言う。
それは、冷酷な命令ではなかった。
この場における、役割の再定義だった。
俺は、小さく息を吐く。
「護るよ」
もう一度、繰り返す。
けれど、その言葉の響きの中に、もう剣の影は浮かばなかった。
一世は、ゆっくりと顔を上げる。
城を見る目は、昨日までと同じ冷徹さを湛えている。
だが、その瞳が見ているものは、もう昨日までとは違っていた。
それで、十分だった。




