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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
20/57

最初の課題 I

 



 ■




 定臣は突然、ロイエルに依頼された護衛を無事にやり遂げた。 

 本人の意思とは無関係に辿りついた先はラナクロアの魔術の心臓部と呼ばれる『カルケイオス』という都市だった。

 

 エドラルザ王国国立魔科学専攻学院の校舎前、そこでロイエルを待つ間に定臣はゆっくりと眠りの世界へと堕ちていった。


 その頃、エドラルザ王国首都『エドラルザ』サキュリアス支社に併設する、サキュリアス社員専用魔術訓練場では、一人の女性が魔術を行使し続けていた。




 ◇




 ───ゴウゥゥン!


 防音の魔法が施されているはずの場内を雷属性の魔術が震わせる。 

 標的役を買ってでている魔法人形の損傷具合からは、彼女がどれだけの魔術を行使し続けているのかが容易に伺えた。


 ───ライアット・サリス。


 誰もが認めるクレハ・ラナトスの右腕にしてポーター結社『サキュリアス』副社長。


 薄い緑色の髪を耳にかからない程度に切りそろえ、その前髪は右目だけを覆う様に垂らした彼女のその表情は相変わらずに無表情なものだった。しかしながらその額には汗が玉の様に広がり肩で大きく息をし、膝は笑い続けていた。


 ───ゴウゥゥン!


 そんな自身の状態に気がついていないかの様に彼女は魔術を行使し続ける。


「くっ……」


 明らかな魔術過多。遂にライアットは膝を折り、その場に座り込んでしまった。 

 震える自らの手を哀しげな瞳で、しかし無表情なその顔でじっと見つめながら彼女は何を思うのか……




 ◇




「私は……」 


 物心ついた頃には魔術を学んでいた。そして誰よりも努力してきた。


 エドラルザ王国国立魔科学専攻学院を主席で卒業できた事は、それを裏づけする何よりの証拠であり、自らの誇りでもあった。


 それが目に留まり、あの方に声をかけて頂いた……


 とはいえ、『カルケイオス民』の私を国務ではなく個人で雇用するにはミレイナ様の許可が必要だった。


「ふふ……今でもたまに悪夢を見ている様ですね」


 許可を頂くまでにはそれはもう……それはもう……


 エドラルザ王国国立魔科学専攻学院主席の個人雇用に成功した事は当然、ラナクロアを騒がせた。


 私があの方から初めて与えられた仕事は『それ』を煽れ(あおれ)という内容だった。

 怪訝な顔つきで首を傾げていた私にあの方は『俺様、目立つの好きなの』などとおどけた様子で軽い口調で言ってきた。


 散々、手を尽くさされ、ラナクロア中に噂を広め終えた時に『俺様、もっと目立ちたかった』と言われ、驚かされた事は今でも昨日の事のように覚えている。


 不思議な人だった……


 はじめはその軽い調子が嫌いで仕方無かった……


 共に仕事をしていく内に自分でも気がつかない内に信頼してしまっていた……


『クレハ、好きな人に冷たくされたら悲しいんだぞ!』

 

 不意に脳内にポレフ少年の言葉が蘇る。


「私はあの方を……?」


 信頼している。


 尊敬もしている。


 ずっと傍で支えていたいと思っている……


「それはつまり……?」


 ……好き?


「ぃ……ぃゃぃゃぃゃぃゃぃゃ!!!ないです!ありえないです!」


 

 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン!



「ハァ、ハァ、ハァ……」


 私は何をやってるんだろう……


 自分の今の心情が理解できない。もやもやする何かを払拭しようと半ば自棄やけになりながら訓練に励んでみてはみたものの……


 結論は出ない。


 ───しかし


 私はあの人を愛してはいない……何故なら、女性を見かける度に軽い調子で声をかけるあの方を見ても嫉妬の様な感情を抱く事は無かった。 

 人を愛した事はないが、知識の上では愛している人に対してそういった感情を抱くものだという。


「馬鹿馬鹿しい……そろそろ寝ましょう。」


 思えば丸二日程、眠っていない。睡眠不足な上に魔力がきれるまで魔術を行使し続けるとはまったくもって自分らしくない……


 苦笑いに軽く口元を緩めながら訓練場を後にしようとしたその時、思い出さない様に努めていたクレハ様のあの時の言葉が脳裏に蘇った。


『あぁ───あの二人は放っておいても大丈夫だ』


 それはマノフに襲撃された際に、エレシ様達をどうするのかと問いただした時のクレハ様の返答。

 

『エレシちゃん達は放っておいても後で野営地で合流できる───

 それよりも早く隊を整えてマノフを追うぞぉ!』


 確かにエレシ様はこのラナクロアでも屈指の魔力量を誇っている。

 しかしそれは、こう言っては失礼だが『マイスター』にしてはなのだと私は思っていた。


 しかしクレハ様はそのエレシ様の実力に絶大な信頼を寄せている……


 なんだ、それが悔しかったのか……


 我ながら大人気ない……


「本当に馬鹿馬鹿しい……」


 そう結論づけて今度こそ、その場を立ち去ろうとしたものの、やはり心のもやもやが晴れない。


「……これは何でしょう」


『エレシ・レイヴァルヴァン』その人物が自分の中で引っかかっている。エレシ様とクレハ様の間にある独特の空気を思い出すと胸がチクリと痛む。


 その『なにか』を払拭する様に再び振り返ると私は魔術を行使した。


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン!


 こんな事は無意味だ。何故、私は力任せに魔力を行使し続けているのだろう……


「わからない……」


 ゴウゥゥン!


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン!


「わからない……」


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン!


「ハァ、ハァ、ハァ……」



『なぁ~に荒れてんだよぉ~、ラ~イアットォ』 



 これはまいった。 


 いつからそこにいたのだろう。無様な今の自分の姿を人に見せるつもりは無かったのだが……


 振り返った先には先程から私の思考を支配している『クレハ・ラナトス』その人が腕を組んで佇んでいた。


「寝てないだろぉ~?らしくねぇ~なぁ、なぁ~に無理してんだよぉ?」


 相変わらず表情が読めない人だ。 


 まぁ、いつもの事ですね。


「問題無いです。」


 こう答えるのもいつもの事……


「ライアット」


「はい?」


 名前を呼んだクレハ様の表情は、重大な決断を下した後の『あの』顔つきになっていた。


「お前には常々言ってきたが……今日からしばらくサキュリアスを離れる」


「承知しております。」


 そう答えるとあの人はいつも短くこう答えるのです『頼んだぞ』と……


 短く淡白なやり取りだが私はそれを気に入っていた。 

 だからその時もそう返事されるのを期待していた。


 それなのに……


「俺様が一番、信頼しているのはお前だ。そしてその信頼に必ず結果で応えてくれるのがお前だ」


 唖然とした。 


 私はクレハ様が部下を褒める所を見たことが無かった。


 どうしてこの人は……


 求めている答えをこうも的確に導きだせるのだろう……


「頼んだぞ。ライアット」


 私はやはり、この人を尊敬している。


「ひ、一言」


 あれ?


「お、多いですよ……」


 これは何だろう。


「お、おいおいおいお~い!ラ~イアットォ~!泣くなよ!泣くなってぇ~!」


 泣いている?


「泣いてないです。」


「ぃゃぃゃぃゃぃゃ!涙流してるってばぁ~」


「いえ。」


 

 ぎゅっ



「ったくよぉ~!女の涙は卑怯だろうがよぉ~!ライアットォ~」


 抱きしめられた。 


 そうやってこの人は……


「……」


「お~よしよしぃ~!」


 頭を撫でられた。 


 随分と手馴れていますね……


「何人の女性にこう接してきたのでしょうか」


 この感情は何だろう。


「え?」


 ゴウゥゥン! 


「うっわ!いきなりなぁにすんだよぉ!ライアット!」


「わかりません。」


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン!


「ちょ!撃つなって!意味がわかんねぇ~ぞぉぉ!!」


「すみません。わかりません。」


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン!


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン! 


 ゴウゥゥン!


「あぶね~っておいぃぃ!」


 まったく、ふざけた人です。 


 その場を一歩も動かずに軽くすべて捌かれるとは……


「サキュリアスはお任せください。留守は私が守ります」


「やれやれだぜ~、それだけ元気なら大丈夫そうだなぁ?」


 私は……


「頼んだぞ?ラ・イ・ア・ッ・ト♪」


 やはりこの人を……


「了解しました。」


 いえ、やはり無いですね。




 ◇




 勇者公募開始当日の早朝。エドラルザ王国首都『エドラルザ』サキュリアス支社に併設されている『サキュリアス社員専用魔術訓練場』内でライアット・サリスは一人、思い悩んでいた。


 不意に訪れたクレハとのやり取りの中、彼女は自身の心の在り方を再確認する。

 一頻り(ひとしきり)クレハに魔術を行使し終えたライアットの表情は晴れやかなものになっていた。




 ◇



 

 エドラルザ王国首都『エドラルザ』城下町、ここには様々な市が立ち並んでいる。

 開店時間の異なるそれぞれの店がようやく目を覚まし始めたその頃、各地に点在している王国公布の際に使用される放送装置から魔法で創られた特殊音が鳴り響いた。

 

 通称『魔伝音』。


 王国公布の中でも、特に重要度の高い内容を伝える際に流すその特殊音が一頻り鳴り響き、民の注目を集め終えた後に、誰もが知る英雄の音声が流れた。


『え~……オホンッ!む?これはもう繋がっているのか? (ド、ドナポス様!繋がってます!繋がってます!) む?そうか……

 オホンッ!……エドラルザ王国騎士団団長『ドナポス・ニーゼルフ』である。 

 いよいよ、先日よりワシが公布について回った勇者公募開始の期日を迎えた……  すぅ~~~~……今!この時より城門を開放する!!……(……ドナポス様!まだ内容を伝え終えていません!満足な顔してないで続きを!)

 ……む?あ~そうか。志願者は次の魔伝音が鳴るまでに登城するように。以上だ』


 こうして、いよいよ勇者の公募が開始された。


 放送を聞き終えた志願者達は我先にと続々と足を連ね登城して行く。


 傭兵として名を馳せた者。魔術師として名を馳せた者。そして中には普段、足を踏み入れる機会すら無い王城に入る絶好のチャンスだと物見遊山で参加する者の姿まであった。


 様々な者が様々な思いを胸に秘め、エドラルザ王国、初の勇者を目指す。


 多くの志願者が城へと続く城下町の大通りを闊歩して行くその中に、明らかに周りから浮いている二人組の姿があった。


 姉と弟。


 少なくとも志願者同士はライバルだと、殺伐な雰囲気を醸し出す周囲をよそに、ポレフとエレシの二人はいつもの調子でとことこと登城して行く。


 しかしながら姉の横を歩く、小さなこの少年の瞳には確かな決意を秘めた光が宿っていた。




 ◇




 いよいよだ!今日から俺の時代が始まる!勇者『ポレフ・レイヴァルヴァン』出撃だ!


「ふふ、ドナポス様は相変わらずですねポレフ♪」


 俺の気合いもよそに姉ちゃんは、今日も相変わらずいつも通りだ。というかさっきの放送はドナポスのおっちゃんだったのか。


「おっちゃんと会えるのかぁ~!久しぶりだな!姉ちゃん!」


「ふふ、そうですねポレフ♪」


 何が嬉しいのかわからないけど、姉ちゃんは昔っから俺が話しかけると嬉しそうな顔をする。

 

 俺はそんな姉ちゃんの笑顔が好きだ。


 俺が勇者になりたい一番の理由……


『そういうの嫌なんだ!皆が安全に暮らしたり旅したりできるようにしたい!』


 あの時、俺が定臣に言ったあの言葉は嘘じゃない。


 でも一番の理由は他にある。


 姉ちゃんは魔族が嫌いだ。


 魔族は姉ちゃんから笑顔を奪うから俺も嫌いだ。


 だから俺は魔族を……


「ポレフ?」


「うぇ?」 


 なんか変な声が出た。


「なにか考え事ですか?ふふ、それとも緊張しているのですか?」


「なんでもないよ!姉ちゃん!」


「ふふ、そうですか♪」


 姉ちゃんの観察眼は時々、心が読めるんじゃないかって勘違いさせられるくらいすごい。

 だから隠し事なんてしようとするだけ無駄だし、すると包丁飛んでくるから昔から姉ちゃんには隠し事をしたことが無い。


 だから……


「姉ちゃん」


 俺は意を決して言った。


「何ですか?ポレフ♪」


「俺が勇者になるためにだされる課題に、なるべく姉ちゃんは手をださないで欲しいんだ!姉ちゃんに頼ってばっかじゃ、いつまでたっても勇者になんかなれないと思うんだ」


「……」


 まずい。これはまずい。


「ポ……ポレフ……立派になって!」


 姉ちゃんは涙を流しながら俺に近づいてきて……


「ぎゃ~~~!姉ちゃん抱きつくなあああ!」

 

 人目も憚らず抱きしめられまくった。




 ◇




「ね、姉ちゃんもういい?」


 こうなった姉ちゃんはしばらく放っておくしかない。


 そう思って放っておいたんだけど……


 周りを見てみると明らかに歩いていた志願者達の姿が無くなっている。


「ね、姉ちゃん!」


「ふふ、もう少しだけ♪」


「締め切られるって!誰もいなくなってるって!」


 俺のその言葉を聞くと姉ちゃんは


「あら?あらあらあら?……行きましょうかポレフ♪」


 なんて言いながらいつもの調子で微笑みながら頭を撫でてくる。


 ほんと力抜けるよなぁ……



 

 ◇




 そうして俺達はゆっくり急いでエドラルザ城に向かっていった。


 大通りを抜けると視界の遥か彼方に、僅かにエドラルザ城の影が見えてきた。そこに繋がる一本道には、数々の勇者候補が様々の武器を携えて登城して行く後ろ姿が点々と見えた。


 あれ皆、ライバルかぁ……わくわくしてきた!


 目を輝かせていた俺の頭に軽く手を添えると、姉ちゃんは珍しく真顔で俺にこう言ってきた。


「ポレフ、先程あなたは手をだすなと言いましたが……私の力はあなたのためにあるのです……極力……極力!控えますが……どうしても我慢できない時は許してくださいね……うぅっ」


 これは頷いておかないと、えらい事になると本能的にそう感じた俺は即座に激しく首を縦に振りまくった。


「うんうんうんうんうんうん!その時は頼むよ!姉ちゃん!」


「はい♪」


 そう言った姉ちゃんの顔は幸せそのものだった。




 ◇




 小さな頃から話には聞いていたけど、俺にとってこれが初めての登城だった。遠目に見てもかなり迫力があったけど、近付いてみるとその迫力は……


「すっげぇ~な!姉ちゃん!これがエドラルザ城か!」


「ふふ、そうですよポレフ♪」


 エドラルザ城の外壁は『エドラルザの城壁』と同じ素材を使っているなどという姉の解説を聞きつつ、見上げたそれは世界統一国家『エドラルザ王国』を体現したと言わんばかりの巨大さと、どこか悪寒すら感じる厳かな雰囲気を兼ね備えていた。


 ごくりっ


 思わず息を飲む。


 俺の目にはこの時、エドラルザ城がマノフ以上に危険な怪物に見えていた。


「さぁ、ポレフ行きますよ♪」


 そんな俺なんてお構いなしに姉ちゃんはいつも通りだった。


 いつもマイペースでおっとりした姉ちゃん。


 俺はこの姉ちゃんに何度、拍子抜けさせられてきただろう。


 でも……


 姉ちゃんの笑顔を見ると何でもできる気がしてくる。


 やってやるさ!


「よし!行こう!姉ちゃん!」


「はい♪」

 



 ◇




 時はきた。エドラルザ王国全土に騎士団団長『ドナポス・ニーゼルフ』の声が響く。

 勇者の公募を開始する旨を伝えたその放送の後、候補者達は各々の想いを胸に登城していった。


 


 ◇




 外から見たエドラルザ城は黒い大きな怪物に見えた。


 城門を潜ってからというもの、ずっと悪寒が消えない。


 中に入ってからは、その大きな黒い怪物の腹の中にいるような錯覚に捉われている。


 俺は緊張しているのか?


 にしても……


 ここは世界統一国家『エドラルザ王国』の王城だったはずだ。厳かな雰囲気と他の面々の殺伐とした空気に中てられたのだろうか。


 ここに来た者は夢や希望を抱いた者ばかりではない。それは理解していたつもりだった。


 しかし……


 ここには狂気と殺意が充満している。


 これではまるで……


 想像していた魔王城そのものではないか……




 ◇




「こんにちは。初めまして」


 呑まれかけていた俺に不意に声がかかった。


 この空気の中、まさか姉ちゃん以外に声をかけてくる者がいるとは思っていなかった。


 俺は思わず返事するのを戸惑った。


「なんだよぉ!緊張してんなぁ~!弟よぉ~!」


 え?


 声と共に頭をわしゃわしゃされる。


「ク、クレハ?」


 振り向いた先には、真っ赤な服のもみあげのその人が、白い歯を輝かせながら親指を立てて佇んでいた。


「ほらほらぁ~!勇者になるんだろぉ~?弟よっ!」


「お、おう!」


 クレハはすごい。


 この旅でその事は嫌というほど思い知らされたし、俺自身クレハの事をすっかりと尊敬し始めていた。


 おどけたその様子に緊張が一気に緩和していくのを感じた。ようやく平常を取り戻した脳が正常に働き始める。


 そういえばクレハに話かけられる前に見知らぬ兄ちゃんに挨拶された。


 俺の背後には姉ちゃんがいる。


 姉ちゃんは挨拶や言葉遣いには相当に厳しい。


 もう一度言う、背後には姉ちゃんがいる。


 そっと振り返った俺が見たものは……


「ポレフ?」


「わぁ~~!わぁ~~~!遅れてすいません!初めまして!俺の名前はポレフ・レイヴァルヴァンです!!」


 エドラルザ城が黒い怪物に見えたって?はっ!もっと怖い怪物を俺は姉ちゃんの瞳の中に見たぜ!


「ポレフ?私の方を向いて挨拶しても意味がありませんよ?」


「そうでした!そうでしたあああ!」


 慌てて振り返る。だってしょうがないだろ?怖いし。


 黒髪?


「ふふ、改めて初めまして。僕の名前はオルティス・クライシスと申します」


 爽やかな笑顔のオルティスと名乗った兄ちゃんがすっと手を差し出してくる。


 慌ててその手を握り返した俺の第一印象は


 すっげ~~~~いい人そう!


 だった。


「君の事はクレハから伺っています。僕も君と同じく、勇者を目指す者です。お互い頑張りましょう」


 そうか、それはそうだ。


 ここにいる以上は当然、オルティスもライバルの一人だ。


 でもなんでだろう。初対面のはずなのに俺はこの人と敵対したくない。


「どうかしましたか?」


 黙りこんだ俺に不思議そうにオルティスがそう言ってきた。


「い、いや。あんたともライバルになるのか~ってさ」


 背後から殺気!


「ポレフ?初対面で『あんた』などという言葉遣いを教えたつもりはありませんよ?」


「い、いえいえいえ!いいんですよ~!フィオラルネさん!」


「ば、馬鹿!若っ!」


 俺が言葉を訂正する前にオルティスが口を挟む。それを慌ててクレハが制した。


 にしてもフィオラルネって懐かしいなぁ


 それは姉ちゃんの昔の姓だ。ラナクロアでは同じ苗字をもつ者は存在しない。


 それを……


 姉ちゃんは、マイスターとしての貢献度の高さを評価されて『エドゥナ』を授けられる時にそれを返上してまで俺と同じ姓を名乗る事を望んだ。


 あの時は大騒ぎになったなぁ


 しばらくは自宅に押し寄せる魔法通信社の取材がすごすぎて仕事にならなかったのを思い出した。


『だって弟と同じが良かったんです♪』


 姉ちゃんのその一言に、取材陣は皆して唖然としながら首を傾げていた。


 正直、あれには笑わされた。まぁ……嬉しかったんだけどなっ!


 それを思い出し、にやにやしていた俺の背後で若干、トーンを落として姉ちゃんが口を開いた。


「フィオ……ラルネ?」


「ぁ~ははぁ~!エレシちゃんエレシちゃん!怒んなんでやってくれってぇ~……若は昔からエレシちゃんのファンやってたからさぁ~、うっかりってやつだようっかりさん!……なぁ?若」


「はっ、はぃぃ!!すいません!レイヴァルヴァンさん!」


 目の前の大の男、二人の顔が完全に引きつっている。どうやらオルティスも姉ちゃんの怖さはクレハから学習済みらしい。うん、予習は大事だね。


「オルティスさんごめん!俺が『あんた』なんて言ったせいだ!」


 不憫なのでここは俺から謝っておこう。


「いえいえ、僕の事はオルティスと呼び捨てにしてもらっても。僕もポレフと呼び捨てにしていいですか?」


 爽やかな笑顔。


「ああ!それでいいぜ!よろしくな!オルティス!」


「ふふ、よろしくお願いしますね。ポレフ」


 再び握手を交わす。っていうかよろしくしていいのか?ライバルなんだぞ、オルティスは。


 う~んと首を傾げていた俺の横を通り抜け、オルティスは姉ちゃんの前まで歩み出た。


「エレシ・レイヴァルヴァンさん。初めまして、オルティス・クライシスと申します。先程はほんっとうに!失礼しましたぁ!」


 相変わらずに爽やかな笑顔で手を差し出す。姉ちゃんは俺を一瞥した後にいつもの営業スマイルを浮かべ、オルティスのその手をそっと握り返した。


「ふふ、私はエレシ・レイヴァルヴァンと申します。オルティス様、ポレフと仲良くしてあげてくださいね♪」


「オ、オオオオオルティス様だなんて!様だなんてとんでもないです!あ、ああああ握手してもらっちゃった!握手してもらっちゃったよ!クレハ!」


 なにやら突然、キャラが崩れた。相当、姉ちゃんの事が好きらしい。


 まぁそんな奴は見飽きる程、見てきたけど。


「ぉ~ぉ~、よかったなぁ若ぁ~」


 などと言いながらも、クレハはちゃっかりと姉ちゃんとオルティスが繋ぐ手に自分の手を乗せている。


 にしても……


 絵になる。


 姉ちゃんとオルティス。


 姉ちゃんの横に並んで似合うと思ったのは男ではオルティスが初めてだ。まぁ本人には言ってないけど女なら定臣が見劣りしなかった。あいつも相当に美人だからなぁ。

 ちなみに横に割り込んでいるもみあげはもちろん脳内で削除して見ている。


 ぽけ~っと二人(三人)を見ていた俺に気づき、オルティスが再び歩み寄って来た。


「ポレフ」


「うぇ?」


 変な声がでた。


「先程、君は僕の事をライバルと言いましたが……」


「あぁ」


「お互いに切磋琢磨していく意味でのライバルなら大歓迎なのですが、勇者になるためのライバルという意味なのだとしたら……とても残念です」


 こいつは何を言っているんだろう。


 首を傾げる俺をよそにオルティスは更に続けた。


「勇者は平和を取り戻すために募集されています。志が同じ者達が争うなんて馬鹿馬鹿しい事、この上ないです」


「あっ」


 思わず声がでた。顔から火がでる程、恥ずかしいとはこの事なのかと初めて知った。


 なんで俺は競う気になっていたんだ?本気で自分が恥ずかしい。

 俺達は手を取り合うべきなんだ。


 素直に感激した。


 このオルティスという人物に益々、中てられた。

 この人は俺の数歩、先を歩いている。


「すげぇ!」


「え?」


「オルティス!すげぇ!かっけ~な!お前!」


「い、いえ」


「俺もお前みたいになりたい!お互い頑張ろうな!」


「は、はは……頑張りましょう!」


 再び固い握手を交わした。


 その時、にかっと笑い合っていた俺達の間を引き裂く様に独特の音が鳴り響いた。


「魔伝音きたねぇ……もぉ~締め切りかぁ?ちょっとせっかちすぎじゃねぇの」

 

 クレハのその言葉でようやく今の音が『魔伝音』だったと理解した。


 それはつまり


『オホンッ!あ~あ~、それでは、只今より勇者選考の課題を発表する。なんと、王から直々に発表されるようだ!』


 いよいよか。


 というか今の声、またドナポスのおちゃんか。


 ごくりと生唾を飲む。


 不意に背後から両肩にぽんと優しく手を置かれた。


 わかってる。頑張るよ、姉ちゃん。


『エドラルザ王国、国王『エドラルザ・ゾルネバッハ・ドリヒルデ十四世』である。今より、候補者達には互いに武勇を競ってもらう。候補者の残数が五名になった時点で一次選考は終了とする。尚、これは実戦を想定した試練である』


 そこまで言うと王様は一呼吸おいた。


 王様を初めて見る、俺は好奇心から目を凝らしながらその表情を伺った。


 王冠がよく映える白髪に白髭。遠目でよくは見えないが彫りの深いその顔は青白く、とても健康的には見えなかった。


 王様はその口元を不気味に歪めると


『敵を倒す手段は問わん。生死も問わん。最後に立っていた候補者五名を合格とする。それでは始めろ』


 そう宣言した。


 王様は確かに『敵』と言った。


 オルティスの言葉に感激した俺の喜びを返せ!思わずそう言いたくなる。


 にしても、あの英雄『ドナポス・ニーゼルフ』がよく課題の内容に殺し合いを入れるなんて許可したなぁ。やっぱり王様の命令は聞くしかないのかなぁ


 少し残念だと視線をドナポスに振ってみる。


 ドナポスは遠目に見てもはっきりとわかる程に口をあんぐり開いて驚いていた。


 あぁ……おっちゃん知らなかったのか。


 ───ゴスッ


 おっちゃんの方を振り向いていた俺を鈍い衝撃が襲った。


「ポレフ!」


 あ、姉ちゃんの声が聞こえる。


 姉ちゃんの驚いたその表情を見て、ようやく自分が鈍器で殴られた事に気がついた。


 妙に時間がゆっくりと流れている気がする。とりあえずは誰が殴ったのかと確認してみる。


 振り返った先では、大柄な野性味たっぷりと言った感じの大男が棍棒を振り下ろしていた。


「へへっ!まずは一匹。ガキのくせにこんな所に来るから死ぬはめになんだよ」


 あれで殴られたのか。やれやれ、俺じゃなかったら死んでたぞ


「いきなり何すんだよおおお!」


 冷静に分析していった割りに口をついて出た言葉は相変わらず幼稚なものだった。


「なっ!?」


 大男があきらかに狼狽している。そりゃ普通に考えれば即死コースだもんな今の


 でも……


 ――俺は

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