第10話:最初の課題 II
■
◇
「なんなんだよ!? お前は……!?」
そう口にしたおっさんは俺をじっと見た後、急にはっとなった様子で視線を俺の背後へと送ると、そのまま硬直してしまった。
俺と話してたんじゃないのかよ、このおっさん。
そう思いつつも気になったから俺も振り返った。
硬直した。
ピシッと硬直した。
え?
何に硬直したって?
そりゃぁ……
『どうしても我慢できそうにありません。ポレフ』
振り返った先には、瞳になみなみと殺気を宿した姉ちゃんがいたんだよ!
それも両手に魔力を集束済みで!
え?
それからどうなったかって?
姉ちゃんを見た大男は悲鳴を上げて気絶したし、俺は俺で慌てて姉ちゃんを止めにかかったりもした。
魔術は詠唱する魔術師が優秀なほど、集束から発動までの時間が速い。
そして姉ちゃんはいわゆる、優秀な魔術師の部類だった。
だから間に合わない。
必死に声を上げて姉ちゃんを制止しようとしたものの、俺の声よりも先に姉ちゃんの魔術は炸裂してしまった。
視界いっぱいに眩い光が広がり……
視力を奪われる最中に見た姉ちゃんの顔には、明らかに『ぶっ殺』と書かれてあった。
そしてその怒りのままに集束した魔力の総量は、俺が今までに見た中でも屈指のものだったと思う。
まともに炸裂していたならば、その場に居合わせた他の候補者もろとも一掃していたかもしれない……。
でも……
それよりも先に動いた奴がいたんだ。
「クレハ様? どうして邪魔をするのですか?」
姉ちゃんのその声に、見えにくくなった目を凝らして、ようやく何が起こったのか理解した。
姉ちゃんの真正面には、両手を重ねて大きく前に突き出したクレハの姿があった。
信じられないことに、このもみあげは姉ちゃんの魔術を防ぎやがったんだ。
唖然とする俺と不機嫌そうな姉ちゃん。
そんな俺達に対してクレハは、片目を閉じて軽い調子で手をぷらぷらとさせながら口を開いた。
「かぁ~! さっすがエレシちゃん! 効いたぁ……まぁ怒るのもわかるんだけどよぉ」
そう言うとクレハは、いつものように右手の人差し指をぴっと立て、ウィンクする。
それを見て『うぇ』って感じになっていた俺を他所に、クレハはさらに言葉を続けた。
「エレシちゃん、わりぃ~んだけど」
「……はい」
「ここは若のステージなんだわ」
オルティスの?
そう思いつつもクレハの視線の先へと意識を送る。
そこにオルティスはいたんだ。
いたにはいたんだ。
でも……
「なんっっっだあれえええ!!」
思わず叫んだ。
オルティスが一人……
二人……
三人……
ああっもう! いっぱい!
兄弟多いんだなぁなどと一瞬、思ってしまった自分の馬鹿さ加減が嫌になる。
よく見ると一人一人のオルティスは、向こう側の景色が伺えるほどに薄い。
ってことはあれは……
残像って……ぉぃぉぃ、どんだけ動き速いんだよ!
最初はあんなに速く動いて何してんだろうと呑気に見守っていた。
でもすぐに気がついた。
俺はここに何をしに来ているのか……。
考えるまでも無い。
俺はここに勇者になるために来ている。
そしてそれはオルティスも同じだ。
今の俺にはオルティスのあの動きを捉えることはできない。
でもあれは戦っているのだろう。
それだけは理解できた。
だから見よう。
今の俺には無理でも明日の俺は追いつけるように。
そして明後日には追い抜けるように……。
手には確かに剣が握られている。
でも斬ってるようには見えない。
他の候補者達は、自分の目の前を瞬速で駆け抜けていくオルティスに様々な表情を送っている。
訝しげに視線を送る者。
驚く者。
身構える者。
逃げようとする者。
それぞれに違った反応を見せてはいるが、皆一様にオルティスのその動きに翻弄されていた。
にしても速い。
何をどうすればあんなに速く動けるのだろうか。
ようやく目が慣れてきて、少し遅れながらでもオルティスの動きを追えるようになってきた。
ってあれ?
『すいません、レイヴァルヴァンさん。こうした方がポレフも納得がいくと思いますので』
その声は俺の背後から聞こえた。
正面からこっちに向かって来たオルティスが俺の背後にいる?
いつすれ違ったのかわからなかった。
───バタッ
振り返ってオルティスの姿を確認していた俺の背後から音が聞こえた。
慌てて振り返った俺が見たものは……
次々に倒れていく候補者達の姿だった。
気絶している?
にしても……
倒れていく候補者達の姿は、まるで糸が切れた人形のようで……
あまりにあっけなく……
そしてその波は徐々にこっちに押し寄せて……
『やりすぎだ……若』
俺の視線がいつもの高さにある間に聞いた、その日最後の声はクレハの不機嫌そうなその声だった。
バタッ……
◇
『最後に立っていた五名を合格とする』
それが王が提示した最初の課題をクリアする条件だった。
じゃあ……
最後に五人、残っていなかったらどうなるんだろう……。
『ポレフ、僕は全員に均等な力で攻撃を加えました』
頭上からオルティスの声が降り注ぐ。
不覚にも俺はその声を聞いて、やっと自分が倒されていることに気がついた。
「なんっ……!?」
景色が揺らぐ。
声が出ない。
思えば今までの人生で、自分が地面を這わされたことなど一度も無かった。
意味がわからない。
一体、何が起こった……。
いや、寝てる場合じゃない。
今は課題の最中、起き上がらないと……。
慣れない事態に困惑する脳を気合いで制して、なんとか自分の身体を動かそうとしてみる。
『そうです。君なら起き上がれるはず』
思うように動かない身体に手間取っていた俺の頭上から、そう声が聞こえた。
見上げると、そこには笑顔で俺を覗き込むように見下ろしているオルティスの姿があった。
ってお前がやったんだろうがああああ!!
あ~なんか力湧いてきたわ、くっそオルティスくらあああ!
ふらふらと立ち上がる。
「ふふふ、やりますね~♪」
あ~むかつく。
なんだその爽やかな笑顔は!
───バタッ
再び倒れた。
自分の意思とは反対に、身体が脳の指令を受け付けてくれるには、もうしばらく時間がかかりそうだった。
「っくしょう!」
とりあえずは一方的にやられたのが悔しいからオルティスを睨んでみる。
すると再び視界に捉えたオルティスは、先程の笑顔もどこへやら、何故か額に冷や汗を浮かべ狼狽した様子になっていた。
「これは……トラウマになりそうです」
そう言ったオルティスの視線は俺に向けられてはいない。
その視線の先には……
「鬼!?……じゃなくて姉ちゃん!?」
久しぶりに見たマジギレ姉ちゃんがいた。
そして俺と姉ちゃんの間を阻むようにもみあげもいる。
「エレシちゃ~ん、これマジでポレフのためなんだって~!
ここはほらっ!
抑えて抑えて!
ね?」
「そこをどいて下さいクレハ様」
「まぁまぁ……そう言わずにさぁ~」
「どいて下さい」
背筋が凍るようなその目がクレハを射抜く。
姉ちゃんにはめっぽう弱いはずのクレハの返答は意外なものだった。
「……聞けないねぇ」
「クレハ様?」
「悪いけどそれは聞けない。
ここは弟が頑張らないといけないシーンなんだよぉ~エレシちゃん」
「……」
───カッ!
会話などもはや必要なし。
それがいきなりクレハに向かって魔術を放った姉ちゃんの意思表示だった。
でも……
「く~……効いたぁ」
クレハはそれをまたしても受け止めた。
「ポレフ、まずいです。
できるだけ早く立ち上がって下さい」
二人のその様子に焦ったオルティスが急かすようにそう言ってきた。
自分でやっといてよく言うなこの爽やか腹黒男!!
「くぅ……っそおおおおお!!」
よし!
いける!
視界は安定してきた。
後はこの膝さえなんとかなれば!
───バタッ
くそ……いつまで笑ってんだよこの膝!
『がっ!?』
───え?
自分の膝を睨みつけていた俺の前を、呻くような声を上げながら赤い何かが通過した。
慌てて視線で追いかける。
視線に捉えた赤はクレハの服の色だった。
さすがに防ぎきれなくなったのだろう。
吹っ飛んだクレハは地面に突っ伏している。
そんなクレハに向かって姉ちゃんはコツコツと足音を鳴らし、一歩ずつ近づきながら口を開いた。
「クレハ様……あなたはいつまで私の邪魔をするつもりですか」
その時、聞こえてきた姉ちゃんの声は感情が欠落したような声で……
俺はその声をいつか聞いたことがあって……
!?
◇
記憶の断片が脳裏を過ぎる。
一瞬、思い出した景色は一面の赤。
緋。
紅。
クレハの服の色なんかとは比べ物にならない、深く生臭く、そして鮮やかな紅だった。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
俺は『これ』を思い出したくない。
やめてくれ。
思い出したくないんだ!!
◇
『弟が立ち上がるまで邪魔するぜ? エレシちゃん』
その声に意識を引き戻された。
今のは何だったんだ……。
いや、それよりも。
再び視線を二人に送る。
先程、吹き飛ばされて地面に突っ伏していたクレハは、いつの間にか立ち上がり、服の汚れをぱんぱんっと手で叩きながら、いつもの軽い調子で姉ちゃんのことを見ている。
対する姉ちゃんは真顔でクレハをじっと見ていた。
姉ちゃんのあの顔はまずい。
俺は姉ちゃんのあの顔を知っている。
あれは『敵』を認識した時の顔だ。
まずい。
まずい。
まずい。
まずい。
このままだとクレハが……
───動け俺!
「……ぁ、あああああああああああ!!!」
膝を両手で思い切り叩きながら立ち上がる。
気合いで足りない分は大声で補った。
背中は大きく曲がったまま。
膝は今も笑っている。
それでも俺は、なんとか立ち上がることができた。
「姉ちゃん!!!!」
とりあえず叫ぶ。
全力で叫ぶ。
もう俺は姉ちゃんに……あれ?
なんだっけ。
まぁいいか。
「ポレフ?
少し待っていて下さい。
今こちらを終わらせますので」
あぁ、終わらせるとか言っちゃってるよあの人。
止めさせないと。
どうしよう。
……どうする。
「姉ちゃん!!
大好きだああああああ!!!!」
何言ってんだよ俺。
こんなこと言っても姉ちゃんが止まるわけ……
「私もです♪♪♪ ポレフ♪♪♪♪」
止まったーーーーーーー!!!!!
先程の鬼の形相もどこへやら、最高のスマイルを浮かべた姉ちゃんが軽い足取りで俺の方へと走ってくる。
───ガシッ!
ものっすごい抱きしめられました。
オルティスがとても爽やかな笑顔でこっちを見てやがる。
恥ずかしいからあっち向けボケ。
姉ちゃん越しに見たクレハは『あぁ~……死ぬかと思ったぁ』と愚痴るように小声で呟くと、へなへなと地面に座り込んでいた。
っていうか課題の最中に抱きしめられ続けている今のこの状況はどうなんだろう。
そんなことを思いつつも結局、姉ちゃんが満足するまで抱きしめられ続けていた。
「ポレフ」
ようやく姉ちゃんから解放された俺に、オルティスが呼びかけてきた。
振り返ってみるとオルティスは、またしても爽やかな笑顔を浮かべつつ、すっと右手を差し出してきた。
ここにきて握手かよ。
さっき殴り倒したこと、忘れてないかこいつ。
まぁ……
この笑顔には毒気を抜かれるな。
仕方がないので握手しようとする。
手を差し出そうとした俺とオルティスの間に、すっと姉ちゃんが立ちはだかった。
「オルティス君」
珍しく姉ちゃんが人の名前を『君』付けで呼んだ。
首を傾げていた俺を納得させる一言が次の瞬間、姉ちゃんの口から放たれた。
「私、あなた嫌いです♪」
姉ちゃんが人を嫌いって言うとこ初めて見た!
って、あ、オルティス泣いた。
あ、オルティス地面に『の』の字を書き始めた。
悪いけどおもしろすぎる。
必死に笑いを堪えようとするフリをしていた(爆笑している)俺の耳に、聞きなれない『あの』音が飛び込んできた。
『魔伝音』
それは何を意味するのか。
答えはすぐに流れたドナポスのおっちゃんの声で明らかになった。
『あ~……あ~……ふむ、現在立っている者の人数は六名か。
内、エレシ殿……じゃなくてエレシ・レイヴァルヴァン。
クレハ・ラナトスの両名は付き添いの者と聞いておる。
よって他、四名を一次課題通過者とする!』
◇
『これはまた一風、変わった世界に来たようだね姉さま』
『……〝持ってる〟人が二人いるよ……兄さま』
ポレフ達から少し距離を置いた位置から、あちらを観察するように二人組の姿があった。
この二人組こそが残りの二名の合格者だ。
二人組は男と女。
いや、幼さの残るその見た目からは少年と少女と言ったところだろうか。
銀色にやや青みがかったような光沢を携えたお揃いの髪に、似た容姿を持つ顔。
大きな瞳の色は深い緑色をしている。
少年の方は自然なカールのかかったボブカット。
少女の方は肩の所で毛先を軽くカールさせたベールカールといったところ。
そしてその服装は、真っ白な十二単を動きやすく改良したようなものだった。
場違いすぎる二人のその服装が周りの景色から明らかに浮いているのは言うまでもない。
同じ服装に見間違えるほどによく似た容姿。
二人が双子であることは容易に伺えた。
『僕は黒髪の人と一緒に行こうかな?』
少年の方が陽気な様子で少女の方にそう告げる。
『……変わり者』
対する少女はどこか無機質に短くそう切り返した。
『それはお互い様だよ姉さま。
それじゃ王道の方は姉さまの担当ってことで』
『……わかった』
『それにしても初めてだね?
レア世界』
『……うん』
『気をつけなよ?
何かあったらいつもの所にすぐにね』
『わかった……兄さま』
『ん?
なんだい?
姉さま』
『気をつけてね』
『うん、僕は大丈夫だよ』
『そう……私も大丈夫』
◇
おかしいですね……。
あそこの二人は僕が攻撃している時には、あの場に『存在』していなかった。
しかし……。
そう思考を巡らせるとオルティス・クライシスは、先程までの哀しみもどこへやら、笑顔のままにじっくりと二人を観察していった。
見るからに双子ですね。
少年の方は少しお調子者なのでしょうか。
対する少女の方は感情の起伏があまりなさそうですね。
ここに現れたということは、彼らも勇者を目指すために来たのでしょうか。
それならば『敵』になる可能性があるということ。
骨格からして近接戦闘に特化しているわけではないですね。
恐らくは魔術に特化した戦闘スタイル……。
突然、出現したあたり……独自の魔法でも使いこなせるのでしょう。
「ふむ」
脳内で決して過信していない自身の実力と、彼らの予想できる範囲での戦闘行動をシミュレートしていく。
すべての工程を終えたオルティスは、先程よりもさらに軽やかな笑顔を浮かべた。
その笑顔が示すもの。
観察から分析に移行し、オルティス・クライシスが最終的に出した結論は『支障無し』というものだった。
しかしながらエドラルザ王国の兵士にも困ったものです。
後から侵入しただけの者を、うっかり合格にしてしまうとは……。
……まぁいいでしょう。
そう心の中で呟いたオルティスは、昨夜クレハと交わした会話の内容を思い出していた。
◇
『仲間にできないなら敵にしなければいい』
「え?」
突然、そう言ったクレハに思わず僕は聞き返しました。
「だ~か~ら~、エレシちゃんだよエレシちゃ~ん!」
「あぁ、フィオラル……レイヴァルヴァンさんの話ですか」
「なんだよなんだよなんだよぉ~!
若がこだわってたから提案してやってんのにぃ!」
そういえば先程までその話をしていたのでした。
もっともクレハに『絶対無理』と言われた時点で、僕の中でその話は終わっていたのですが……
「かぁ~! ま~た若の悪い癖かよ!
……切り捨ててただろ」
笑顔を取り繕いつつ、思考を巡らせていた僕の顔を覗き込むように見ると、クレハは声のトーンを落としてそう言いました。
全くもってこの人には敵いませんね。
「その通りです」
確かに僕は切り捨てていた。
そして先のことを考えていた。
この先、レイヴァルヴァンさんが僕の進む道の上に現れないのなら良し。
もし僕の歩みを阻むようなことがあるのならば……。
と。
「ふぃ~……若よぉ、笑顔がダークになってんぞ~?」
「おっと、これはいけません。
職業『影の支配者』は今日付けで廃業にしたのでした」
「……俺様はその『影の支配者』の最後の仕事のツケが怖くて仕方ね~よぉ」
「ふふ……すぐに返済しておきますよ」
「やれやれだ」
クレハはそう言うと、いつもの軽い調子で肩をすくめて見せた後、改まった様子で先程の続きを話し始めました。
「まぁ……若よ、エレシちゃんはマジでやべ~から……さ?」
「ふむ……あなたがそこまで言うのなら……少しプランを練り直してみます」
そして僕が導きだした答えは、エレシ・レイヴァルヴァンの最愛の弟と共同戦線を張るというものでした。
僕としてもエレシ・レイヴァルヴァンを敵に回すような真似はできる限り避けたいですしね。
もっとも、その弟に資格がなければ別の方法を考えるつもりだったのですが……
ふふ、まぁ及第点といったところでしょうか。
◇
『兄さん、初対面でいきなりお願いして悪いんだけど』
やはり先に話しかけてきたのは少年の方ですか。
おや?
少女の方は僕に見向きもせずにポレフの方へと向かって行きますね。
『兄さん?』
「あぁ、これは失礼。
あなたも合格されたのですね」
『合格?
何かの試験かな?』
そう言うと少年は不思議そうに小首を傾げました。
とぼけている様子はありませんね。
ならばこの言……どう判断しましょうか?
そう問うように僕はクレハに目配せしました。
するとクレハはすぐに理解したと言わんばかりに自信満々に一つ頷くと、少年に歩み寄り、その頭をわしっと掴み、高らかに宣言しました。
「お~けぇ! お~けぇ!
ファッションに無頓着な若でもこれには耐え切れなかったらしい!
俺様にまっかせろ!
素材がいいんだぁ!
この坊主はすぐに輝くぜ~!」
ちがっ!
「ん? どうした若?
顔がおもしろいことになってるぞ~」
うっかり忘れがちですが、こう見えてクレハは元『服のトップマイスター』なのです。
服装などには常々、口うるさく注意されたりしているわけですが……
服なんて着られればいいと思うのですが……
以前にうっかりそう呟いた時に、鬼と化したクレハによる説教が五時間にも渡って繰り広げられたことは、今でも僕の軽いトラウマです。
こうなったクレハはできるだけ放置するに限る。
そう既に学習している僕は慌てて話題を戻しました。
「い、いえ、まぁいいでしょう……
ところで君のお願いというのは何でしょうか?」
『兄さんがこの世界の中心だよね?』
軽い調子で言い放たれた突拍子の無い少年のその問い。
普通の人間ならば首を傾げるか、訝しげに睨みつけるかだったでしょう。
しかし僕はあえて、こう答えようとしました。
『その予定です。』
と。
ところが僕が口を開くと同時に、その声は遮られました。
「そのy」
『ちっが~う!
俺様が世界の中心だああああ!』
クレハ……
『あはは、おじさんおもしろいね?
でも僕が言っているのはそういう表面のことじゃないんだ』
その少年の言葉にクレハの表情が切り替わりました。
察しの良い彼のことです。
恐らくは僕と同じ違和感を少年から感じたのでしょう。
「なぁ~んか違うな?
坊主」
『すごいなぁ、たまにいるんだよね。
少し話しただけで違う匂いを嗅ぎ分けられる人種って……
あ、僕に攻撃とかしないでね?
見た目の通り脆弱だから二秒で死ぬ自信あるし』
「そんなつもりはねぇ~よ!
ガキをいじめる趣味はあっても痛ぶる趣味はね~って」
よく言う。
そう言ったクレハの右手には既に膨大な魔力が集束していました。
「で?
坊主のお願いってのは何なんだ?」
少年を観察していた僕を他所にクレハは話を進めていきました。
後は彼に任せておけば大丈夫でしょう。
『あは、兄さん達と行動を共にさせて欲しいんだ。
邪魔はしないって約束するから』
「ん~……だってよ?
どうする若?」
「クレハはどう思いますか?」
その僕の言葉には
『あなたの勘はどう告げていますか?』
という副声音が込められていました。
普通ならば読み違えてしまいそうなその僕の真意を、彼は事も無げに読み取ると
「俺様の勘は問題無しって告げてるよっ。
それに外見を生かせば若にとって悪くない働きを期待できそうだぜ?」
すぐにそう切り返してよこしてきました。
これだからクレハは頼りになる。
笑みが零れそうになるのを軽く抑えながら僕は話を続けました。
「あぁ、そこまで気が回っていませんでした……
さすがです」
「だろぉ?」
「なるほど……ふふ、いいでしょう。
同行を許可します。
僕の名前はオルティス・クライシスです。
あなたは?」
そう僕が言い終えると少年がとびきりの笑顔になりました。
弾けるような笑顔とはこのことなのでしょうか。
笑顔に定評のある僕ですが、幼さの残るこの少年の笑顔からは僕にはない魅力を感じさせられました。
『ありがと~、僕の名前はセナキ。
よろしくね!』
「俺様は誰もが知るクレハ・ラナトス!
って坊主知らないのか!?」
「あ~、うん知らない!
ごめんね!
クレハ」
「そりゃないぜ~」
「まぁまぁ……それではこれからよろしくお願いしますね。
セナキ」
「あは、よろしくねオルティス」
こうして僕達と突然現れた少年『セナキ』は、歩む道を共にすることにしました。
彼が何者なのか。
目的は何なのか。
正直、僕はそんなことには興味がありません。
僕が進むのは世界を救う勇者の道。
そこに一人の仲間が加わった。
敵は少ないに越したことはなく、仲間は多いに越したことはない。
ただそれだけのことです。
◇
納得いかない……
未だに笑い続ける膝を睨みつけながら、俺はそう思っていた。
だってそうだろ?
確かに最初の課題には合格した。
だけど俺がしたことといったら、よくわからないうちに殴り倒されて、それから必死に起き上がっただけだ。
こんなのじゃだめだ……
こんなのじゃ……
「ってうぉ!?」
思わず声が出た。
その声と同時に、膝を睨みつけていたはずの俺の視線は空へと向いていた。
要するに、また尻餅をついたわけだが……
『私……君についていくから』
今のは背後から膝を折られたのだと、その声でようやく気がついた。
「……誰……だ?」
そう言いつつ振り返った俺を、そいつはぼ~っとした目で見下ろしていやがったんだ。
そしてそいつは俺をじっと見据えたまま、再び口を開いて言い切りやがった。
『ついていく』
なんの断定だよ!
思わずそう突っ込みたくなる。
「ついていくって……お前、誰なんd」
『うちの弟に何をするのですか?』
あぁ……また姉ちゃん出てきた……
もうあれだよ。
俺が喋ると姉ちゃんももっと喋る。
……この構図やだああああああああああ!!!
……ふぅ
とはいえ、こいつどうすんだろ。
下手なこと言うと包丁飛ぶぞ。
そう思いつつ、尻餅をついたままに、もう一度そいつを観察してみる。
するとそいつは一瞬、俯いたかと思うと、先程までの『無』の顔もどこへやら、ものの見事に変化しやがった。
なにその朗らかな笑顔。
というか可愛……なんでもない!
なんでもない!
『お姉様……先程の素敵な弟君の雄姿に、近い未来にこの世界を救う勇者の姿を垣間見ました……
弟君が勇者になるその姿を、傍らで見届けることを許して頂けませんか……』
ぉぃぉぃ、キャラ変わりすぎだろ。
というかこいつ……
姉ちゃんのことよくわかってやがる……
「まぁ……♪
まぁ、まぁ、まぁ、まぁ!……許可します♪」
やっぱりな~~!!!
「姉ちゃんちょっと待って!
まだこいつがどんな奴かも!」
「許可します♪」
「ねぇ……ちゃん……」
「許可しますよ?」
だぁ~!
もう!
こうなったらもう駄目だ!
早々に諦めた俺は渋々、姉ちゃんの宣言を受け入れた。
「わかったよ、まったく」
その俺の声を聞くなり、そいつは姉ちゃんに見えないように小さく胸元にガッツポーズを作ると
『よしっ!』
と呟くように口にした。
「なんか『よしっ!』とか言ったぞこいつ」
『言ってない』
「いや、今言ったって!」
『……言ってない』
そこ意地張るとこかなぁ!
っていうか俺の周りの女はこんなのばっかりなのか!
なぁ!?
思わず涙が出そうになった。
っていうか睨むな。
『無』の顔で。
お前そっちが素だろ。
「ところであなた、お名前は?」
正直、見てておもしろい。
姉ちゃんの声が聞こえるなり、そいつはまた変化しやがった。
「シアと申します……お姉様」
会心の上目遣いとはこのことを言うのだろうか。
薄っすらと浮かべた柔らかな笑顔で姉ちゃんを見上げたシアは……なんというか可愛……なんでもない!
そうか……シアっていうのか……
「私はエレシ。
エレシ・レイヴァルヴァンと申します♪
これからよろしくお願いしますね♪」
「はい♪ お姉様」
「俺はポレフだ!
よろしくな!シア」
「……呼び捨て。
馴れ馴れしい(ぼそっ)」
なんか呟いたぞおおお!
「どうかしましたか?
ポレフ♪」
「い、いや……今、シアが」
「え?
シアさんどうかしましたか?」
また変化きた~~!!
「いいえ♪
よろしくねポレフ君」
「……あ、あぁよろしく」
「ちくるな(ぼそっ)」
「ちょおおお!」
まぁ、そんな感じで俺達はシアと旅を共にすることになったんだ。
にしてもなんでこいつ、俺についてくるって言ったんだろう……
まぁいっか。
その後、姉ちゃんは肩の高さが合うってことで、渋々ながらに俺に肩を貸す任務をシアに譲った。
そんな姉ちゃんにバレないようにシアは俺にぼそぼそと
『体重かけるな馬鹿』
とか
『調子に乗るな』
とか呟いてきた。
ほんと、なんでこいつ俺についてくんの!?
先が思いやられるなぁ……
そこにまた魔伝音が流れてきて、ドナポスのおっちゃんが大声で話し始めた。
その内容は
『思ったよりも早く課題が終わっちゃったから次の発表は二日後。
それまで城に部屋を用意するからそこで待ってろ』
って感じの内容だった。
まぁオルティスの馬鹿が無茶苦茶したからな……
にしても
「姉ちゃん」
「何ですか?
ポレフ」
「定臣いつくるんだろ?」
「……そろそろ来て頂けるんじゃないでしょうか?」
「だよなぁ……」




