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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 2 部 ラナクロア 編
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第7話:少女の過去



 ロイエルの爆発魔法は故意によるものではなかった。

 気絶したままの定臣を連れ、ロイエルは北へと歩みを進める。


 彼女の目的地はどこなのか。


 自分が移動させられている事すら気がついているはずもない定臣には、知る由もなかった。


 ───翌日。


 ラナクロア暦六三五年。

 水の月三の水の日。


 勇者の公募開始まで、あと二日。





 早朝に野営地を出発したポレフ達一行は、エドラルザ王国を目指し、北へとメヘ車を走らせる。


 その車中には、エレシの不意の告白により口をあんぐりと開いたクレハの姿があった。


「な……なに言ってんのエレシちゃん……」


「はい♪ですから定臣様は生きてらっしゃいます♪」


「エレシ様……そう信じたい気持ちはお察ししますが……」


 言いにくそうに話を切ったのは、ライアットだった。


 野営地までメヘ車の天井に配備され、護衛の任についていた彼女であったが、野営地で増員された護衛にその任を預け、現在は車中に待機している。


「姉ちゃんの言ってる事は本当だぜ!


 定臣は人間じゃね~もん」


『……!?』


 ポレフのその言葉に、クレハとライアットは驚いた表情で顔を見合わせた。


「……まさかエレシちゃん」


「いいえ」


 慌ててエレシの方に向き直ったクレハに、エレシが軽く首を振る。


 二人の間でしか理解できないやり取りだった。


 ポレフは首を傾げ、ライアットは無表情で見守っていた。


「じゃあ……一体……」


 困惑した表情で呟いたクレハに、エレシは優しく微笑みかける。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「あの方は……あの方は天使様なのです」


「あぁ!天使だったのですか!

 天使だったのかぁ!

 あはっ、あははは」


「……はぁ──ライアットお前」


 壊れたのはライアットだった。


「うははは!

 堅そうな姉ちゃんやっと笑ったな!

 な?姉ちゃん」


「はい♪笑いましたね♪」


「……コホンッ。し、失礼しました」


「いや~、まぁ……でもエレシちゃんよぉ~。

 さすがに天使なんて信じられね~よぉ」


「はい。私もはじめは信じられませんでした……ですが……」


 エレシは一度言葉を区切る。


「───いえ、では一つお尋ねします」


 話の途中でエレシから質問が飛ぶなど珍しい。


 クレハは両手を前で組み、前のめりになって聞く体勢を整えた。


 それを確認したエレシは、更に優しく微笑む。


「何故、マノフは定臣様だけを追っていったのでしょう?」


 ───マノフは種族を標的とする。


『……!?』


 クレハとライアットが再び顔を見合わせた。


「俺様としたことが……」


「私としたことが……」


「天使様だと信じられないとしても、少なくともあの方は人間ではありません」


「あぁ……違いないねぇ~……」


「だから天使だっつってんじゃんよ~!」


「あぁ~そうだなぁ弟ぉ~」


「わわっ!


 ちょ!


 頭触んなおっさん!」


「ポレフ?その言葉遣いはいけませんよ?」


「だっておっさんがぁ……わ~~!

 姉ちゃんごめん!ごめん!

 包丁やめてえええええ!」


「エレシ様!


 車内で包丁はやめてください!」


「まぁまぁ仲良くていいじゃねぇ~かぁ~」


 慌てた様子で止めに入ったライアットにそう言うと、クレハは軽く目を瞑り口元を緩めた。


 そうか……。


 サダオミちゃん、生きてるかぁ……。





 その頃。


 野営地の遥か北西――エドラルザ王国から南西に位置する鞄の町『シイラ』の酒場では、隻腕の傭兵がただひたすらにグラスを傾け続けていた。


「お客さん……昨日から飲み続けで……大丈夫ですかい?」


「ふぅ~……。

 なぁ~に、これくらいどうって事ね~よ」


「お強いんですねぇ」


「飲んでないと引き返しちまいそうでな」


「?」


「ここで待ってるって約束したんだよ」


「大事な人なんですねぇ」


「あぁ……俺の嫁候補だ」


「ほほぉ~」


「まぁまだOKもらってないんだけどな!

 がははは」


 マリダリフのその言葉に、酒場のマスターは皿を拭く手を止める。


 そして、にかっと口を開いた。


「そいつぁ~いい!

 一杯おごらせて頂きますよ」


「おっ、話のわかるマスターじゃね~か!


 気に入ったぜ!」


 マスターが差し出してきた一杯を豪快に飲み干す。


 マリダリフは店の天井に視線を送り、思いを馳せた。


 まさかとは思うが……。


 やられちゃいね~だろうな?


 サダオミよぉ。





 エドラルザ王国に向けて野営地を出発したメヘ車の車中。


 エレシの口から定臣の生存を知らされたクレハは、密かに歓喜していた。


 一方その頃。


 マリダリフは定臣との約束の地、鞄の街『シイラ』の酒場で、ただひたすらにグラスを傾け続けていた。


 一見、気分の良い酒を飲んでいる様にしか見えないマリダリフ。


 その胸中で定臣の安否を気遣っている事を知る者はいない。


 ───翌日。


 ラナクロア暦六三五年。

 水の月三の風の日。


 勇者の公募開始まで、あと一日。





「今日は姉ちゃん起きね~ぞ」


 勇者の公募開始を明日に控えたその日。


 ポレフの朝の第一声に、クレハとライアットは首を傾げた。


 事実、いつもは誰よりも起床が早いエレシは、今も目の前で静かに寝息を立てている。


「そうかそうかぁ~!

 今日は風の日かぁ」


 一旦首を傾げたクレハだったが、ぽんっと手を打つ。


 何かを納得した様にそう口にした。


「そ~なんだよ!」


「あ、あのクレハ様?

 私にも理解出来るように説明お願いします」


 一方のライアットは、話に全くついていけていない。


「あぁ~ライアット~。

 気にしなくていい。問題ない」


 説明を求めたライアットに向かって、ぴっと人差し指を立てる。


 そしてクレハは感情のない声で言い放った。


「この話は終わりだ」


「そう……ですか……」


 クレハのその態度に、ライアットは肩を落として俯く。


 そして、いつもの無表情を作ろうとした。


 ……はずだった。


「クレハ。

 好きな人に冷たくされたら悲しいんだぞ!」


 ポレフのこの言葉を聞くまでは。


「なっ!?

 ななななななななななな」


「ほほぉ~。

 ライアットは俺様の事が好きで好きで仕方ないのかぁ~」


 にやりと笑いながらそう言ったクレハは、もちろんこの上ないどや顔だ。


「無いです」


 対するライアットは、いつもにも増して鉄仮面を上塗りしている。


「またまたぁ~」


「無いですって!」


「よし!

 俺だって空気読めるぞ!

 姉ちゃん寝てるし、俺が外に出れば二人っきりだ!」


 そう言うとポレフは、クレハに負けず劣らずのどや顔でメヘ車の扉を開いた。


 そして外へ足を踏み出す。


「あ……」


 もちろんメヘ車は現在走行中である。


「あああああああああああああああああ」


 若干気まずくなった車内で、二人はゆっくりと口を開いた。


 この時の二人の目は、ものすごく虚ろだった。


「……クレハ様」


「なぁ~にも言うな……」


「……はい」


「……ライアット」


「……はい」


「そろそろメヘ車を止めよぉ~かぁ」


「……ですね」





 ポレフが回収されたその頃。


 定臣を背後に連れたロイエルは、不眠不休で夜通し北へと歩き続けていた。


「はぁ~……。

 さすがに疲れたわね」


 そう呟いたロイエルの表情は、夜通し歩き続けた疲労以上にやつれていた。


 その原因は――。


 ───ごとっ。


「だぁ~!もう!

 魔力ぎれだわ」


 背後から聞こえた音に、ロイエルがごちる。


 音の発信源は定臣だった。


 ロイエルの移動補助魔法の効果が切れ、宙に浮いていた身体が地面へ落下したのだ。


 魔力には自信がある彼女だった。


 だが、徹夜で移動補助魔法を行使し続けるのは初めての経験だった。


「づ……づがれだわ~」


 その場にへなへなと座り込むロイエル。


 視線を定臣へ向ける。


 定臣は相変わらず白目を剥き、口をあんぐり開けていた。


 よく見れば、落下の衝撃でたんこぶまで出来ている。


「自分でやっといてなんだけど……。

 そろそろ起きてくれないかしら」


 思わず定臣が無意識でツッコミそうなセリフを呟く。


 ロイエルはそのまま、その場に寝転がった。


「むぅ~りぃ~!

 一時間だけ寝るわ」


 ぽつりと呟く。


 重くなった瞼を落とし、眠りの世界へ誘われ――。


『ギャオオオオ!』


 ……なかった。


「あっぶなぁ……。

 メイヨー平原のど真ん中で何やってるのよ僕は」


 顔を左右に振り、眠気を飛ばそうとする。


 だが、やはり眠いものは眠い。


「……仕方ないわ」


 そう言うと、ロイエルはポケットをがさごそ漁る。


 そしてビー玉大の玉を一つ取り出した。


「最後の一個なのよねこれ……。

 狭いけど我慢だわ」


 ぱちん。


 指を鳴らし、保存圧縮の魔法を解除する。


 すると、ロイエルと定臣を不可視の空間が包み込んだ。


「お姉さま特製、絶対安全テント!

 マノフの不可視の擬態をヒントに作り出されたこのテントには、空間断絶の超高度魔法が施されていて安眠を約束してくれるわ!

 あまりに高度すぎてお姉さまにしか作れないのが玉に瑕……ってサダオミ聞いてるの!?」


 もちろん、聞いているはずもない。


「それにしても……ぜまいわ”」


 外からは見えない空間。


 そこにロイエルと定臣(白目)が、ぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。


「うぐ……ぅ……。

 効果がきれるまでこのまま寝るわ」


 最後にそう呟く。


 ロイエルは体力の限界を迎えたらしく、そのまま深い眠りへ堕ちていった。





 勇者の公募開始をいよいよ明日に控えたその日。


 ポレフの宣言通り、エレシが目覚める事はなかった。


 増員された護衛により、更に安定した旅路を進むポレフPT。


 その日の夕暮れ時、一行はいよいよエドラルザの城壁を目視出来る地点まで辿り着いた。


 一方。


 体力の限界を迎えたロイエルは、定臣と共に不可視+空間断絶のテントの中で身体を休めていた。





 ……で、目が覚めたら。


 何やら狭い空間に閉じ込められていたわけだが。


 外の景色は見える。


 しかし見えない壁のようなものが存在するらしい。


 目覚めた俺は、まったく身動きが取れない状況だった。


 それにしても……。


 俺は視線を落とす。


 胸元にへばりつくようにして眠っている少女。


「気持ち良さそうに寝てんなぁ……」


 あまりにも気持ち良さそうに眠っている。


 起こすのも悪いかと、俺は声を出さずに思考を巡らせた。


 確かこの子の名前は――。


 ロイエル・サーバトミン。


 マノフにやられた後、起き上がったらいたんだったな……。


 !?


 そうだ!


 ロイエに服を直してやるって言われて頼んだら爆発したんだった!


 ……待て待て待て。


 気絶させられた上に、この身動きの取れない状況。


 まさか――。


 これが拉致監禁ってやつか……。


 そこに思考が到達し、俺は青ざめた顔でロイエを見下ろす。


「うぅん……お姉さま……」


 うわ言のように呟いたロイエルの目には、薄く涙が浮かんでいた。


 ……ないかぁ。


 恐らく、あの爆発も悪気があったわけではないのだろう。


 無防備な寝顔を見ていると、不思議とそう思えてくる。


「……にしても狭いなぁ」


 見えない壁で仕切られた空間。


 おおよそロイエルサイズだろうか。


 そこに二人、無理やり詰め込まれている状態だ。


「たぶん、これ外から見ると顔とかおもしろい事になってるんだろうなぁ」


 もちろん外部からは遮断されている。


 だが、そんな事を俺が知るはずもない。


「……やれやれ。

 ロイエが目覚めるまではどうあがいてもこのままっぽいな」


 そう呟き、俺は天を仰ぐ。


 そして――大きくため息をついた。





 ───白い世界。


 夢の始まりは、いつもそうだった。


「……夢ね」


 その白い世界で、僕は軽く呟いた。


 今日は自覚のある夢……。


 あれは……。


 初めてお姉さまに学院へ連れてこられた時の僕……。


「夢って不思議なものよね……。

 自分で自分の姿が見れるんだもの……。

 またあの夢ね」


 自覚のある夢の中で、この始まり方をする夢を、彼女は何度も見ていた。





 ───エドラルザ王国国立魔科学専攻学院。


 それを主に置き、連なる街の名が『カルケイオス』。


 ラナクロアの魔術師の心臓部とも言われるこの学園都市。


 その長にして学院長を務めているのが、ロイエル・サーバトミンの姉――ミレイナ・ルイファスだった。


「そのお姉さまに連れられて来たのが僕だもん……。

 他の生徒達のあの視線も頷けるわ……」


 気だるそうに呟くロイエル。


 視線の先には、先生と思しき人物が、今よりも幼いロイエルを同じ部屋の子供達へ紹介している場面が映っていた。


 まるで昔の映画のように。


「あの時は不安で一杯だったな~……」


 他の生徒達の視線の色。


 期待。


 不安。


 羨望。


 嫉妬。


 不安に駆られながらも、彼女の学院生活は始まった。


 それから――。


 場面は早送りのように進んでいく。


「あれは……数ヶ月経った後ね……」


 そこにはロイエルが一人、寂しく机に向かう姿。


 遠巻きに様子を窺いながら、ひそひそと陰口を叩く数人の生徒。


 周囲のすべての人間が、ロイエルを特別扱いした。


 〝あの〟ミレイナ・ルイファスが連れて来た人材。


 そして実の妹であると。


「ふぅ……ろくな事がなかったわ……。

 僕はお姉さま程、優秀じゃないし」


 はじめの内は良かった。


 元々、魔力が強い僕は攻撃魔術の授業では誰よりも優秀だった。


 対抗試合でも負けなかった。


 だが、それが災いした。


 ある日の模擬戦で、同じクラスのリーダー格の子を軽く倒してしまったのだ。


「手加減なんてする方が失礼だと思ったんだもん……」


 しかしそれが、彼女のプライドを傷つけた。


「数の暴力って怖いわね」


 あっという間だった。


 その日を境に、ロイエルへ話しかける生徒はいなくなった。


「まっ、独りは慣れてたんだけどね」


 独りになったロイエル。


 それでも彼女の魔術が強力である事には変わりなかった。


『ロイエル・サーバトミンは優秀である』


 薄く張られた笑顔の裏に自己保身を隠し、教師達はロイエルを贔屓し続けた。


「余計に浮くってのよね」


 『いじめ』は、さらに加速した。


 強がってはいたものの、辛くないはずがない。


 唯一信頼できる姉には相談する時間がない。


 なにせ彼女はカルケイオスの長。


 彼女の一秒は、凡人の数日分にも値する。


 なにより――。


 そんな事で姉に心配をかけたくなかった。


 結果として、僕は心を閉ざしていった。


 最初の数ヶ月は、ただひたすら俯いていた。


 しかし幸か不幸か。


 僕には力があった。


「あ~……客観的に見ると相変わらずひどいわ」


 なんだ。


 敵なら潰しちゃえばいいんだ……。


 ある日、それに気がついた。


 気がついてしまった。


 それからの数場面は、自分でも目を覆いたくなる程ひどいものだった。


 例えば陰口を叩いた子には、その唇に手芸を施した。


 例えば靴を隠した子には、その両足の甲が砕けるまで土魔法を打ち込んだ。


 何をやっても隠匿された。


 もちろん、お姉さまに知られるような事があれば、その瞬間に僕は修正されていただろう。


 だがそれも計算づくだった。


 保身のために、あの馬鹿教師共はすべてを無かった事にするだろうと。


 自分の恥部とも言えるこの夢。


 だがロイエルは、この夢を見る事が嫌いではなかった。


「この先にあの子が出るから……ね」





「自分で自分が怖いわ」


 そう呟いたロイエルの視線の先には――。


 ただひたすらに魔術という名の暴力を振るい、小さな世界を掌握している魔王の姿があった。


 それは、幼い頃の自分自身だった。


「なんて眼してるのよ……」


 この夢の中で、過去の自分の姿を見る瞬間。


 それが一番辛かった。


 渇いている。


 暖かさを渇望しながら、渇いていく。


 色を失った幼い自分は、ただただ返り血にその身を染めていった。





 くだらない。


 許しを請うくらいなら、最初から僕に刃向かうべきじゃないのに。


「ほら。

 そんなだから指が反対に向いちゃうのよ」


『ごめんなさい……ごめんなさ……

 も……ぅゆるし……』


 ───パキリ。


 重症具合に見合わない、軽い音が室内に響く。


 七本目の指をへし折った辺りから、反応が小さくなってきた。


 ロイエルは、もう興味を失い始めていた。


 足元で惨めに雑音を発している屑。


 それは、ロイエルを中傷する張り紙を貼っていた生徒だった。


 先日の回復魔法の授業で、ロイエルの魔法が爆発した。


 それをいい事に、彼らはやっと付け入る隙を見つけたのだ。


 それ以来、ロイエルへの風当たりは強くなっていた。


 でも――。


 何故だろう?


 不意に、ロイエルの頭に疑問符が浮かぶ。


 黙っていれば、嫌な事は増えた。


 逆らえば、さらに増えた。


 仕方がないから潰した。


 潰した。


 潰した。


 潰した。


「それなのに収まらないね」


 感情の無い声で呟くロイエル。


 それを見た少年の顔は、さらに恐怖に染まった。


 なに?その顔。


 なにか怖いことしたかしら……。


「だったら……」


 口元を吊り上げる。


 その瞬間、少年の表情は絶望に歪んだ。


 ロイエルはゆっくりと口を開く。


「だったら!

 だったら!

 だったらさああ!」


 踏む。


 踏む。


 踏む。


 鈍い音が、しばらく室内を支配した。


 その狂気に逆らえる者など、この場には存在しない。


 恐れをなした他の生徒達は、少年が意識を失うまで必死に見ないふりをしていた。





 あぁ……虚しいわ。


 潰せばその場は収まる。


 しかし数日もすれば、涙も乾き――また始まる。


 いじめは再開される。


 そっか。


 生かしてるから次があるんだわ。


 何かを考えるように、ロイエルは口元に指を当てる。


 そして――その指が止まった。


「ごめんね……」


 謝罪を意味する言葉。


 周囲は安堵し、ざわめいた。


 ロイエルが反省したと、勘違いしたからだ。


 だが。


 次の言葉で、すべてが凍りつく。


「中途半端に生かしてごめんね。

 もう『次』なんて残してあげないから」


 ───殺せばいい。


「生きてるからやめないんだもんね」


 ───簡単な事だわ。


「どっちが悪いんだろうね?」


 ───仕方ないじゃないの。


「とりあえずこの子、消すけど」


 ───本当は……。


「次も誰かが懲りずにやるのよね?」


 ───辛いよ……。


「先に決めといてもらえるかな?」


 ───誰か……。


「聞いてるの!?


 ねぇ!?」


 ───助けてよ……。


 パシンッ。


 不意に、ロイエルの手が払われた。


 魔術を行使しようとしていた手だった。


「!?」


 ロイエルは驚きながらも、殺気に満ちた瞳で犯人を睨みつける。





『キカ・サミリアス』。


 それが彼女の名前だった。


 目立たない地味な子。


 それが僕の持っていた印象。


 後になって気づいた。


 あの子だけは、僕に嫌がらせをしていなかった。


 ……でも。


 当時の僕は、すべてが敵だと思っていた。


「なによ……。

 次はあなたなわけ?」


 だから、そう言ってしまった。


『あなたを見誤っていたわ』


 それなのに――。


 ───ぎゅっ。


 そっと、抱きしめられた。


 意味がわからなかった。


『あなたはとても強いと思っていたから……』


 この子は何を言っているの?


 どうして、僕を抱きしめているの?


『ごめんね……。

 もっと早くこうするべきだった……』


「な……に……?」


 声が出なかった。


『私はあなたの味方だから……。


 信じてもらえないだろうけど、これから信じてもらえるようにするから』


 代わりに――涙が出た。


「……によ……なによ!」


 なんでこんなに嬉しいのよ……。


 今更じゃないのよ……。


『大丈夫。


 私が傍にいるから……。


 あなたを支えるから……』


「あ……あぁ……」


「あああああああああああああああああ!」





 あ~ぁ。


 相変わらず、みっともない顔で泣いてるなぁ僕。


 夢の終わりには、いつもキカが助けてくれる。


 彼女との友情を支えに、僕は立ち直れた。


 一人でも味方がいてくれれば、視界が変わる。


 世界が変わる。


 変わった世界で、僕は少し優しくなれた……と思う。


 それからはキカに間を取り持ってもらい、他の生徒達ともなんとか和解した。


 ちょっといじめ返しすぎちゃった子からは、


 『姐御』


 なんて呼ばれてるけど、それもご愛嬌よね♪


 ……って。


 夢の終わり!?





「!?」


「おっ。

 やっと起きたかロイエ」


 サダオミ……。


 って、あれ?


 空間断絶の効果、切れてる?


「って何時間寝たのよ!?

 僕は!!」


「起きるなり元気だなぁ~」


 サダオミの周りには、魔獣の死骸が転がっていた。


 それを見て、思わず凝視する。


 すると――。


「あぁ、これか?

 気持ち良さそうに寝てるの起こすのも可哀想だから、護ってた」


 軽く言うのだ。


 思わず笑ってしまった。


「……ぷっ。

 あははは」


「な、なんだよ?」


「ううん。

 護ってくれてありがとね」


「おぅ」


「……って!」


「ん?」


「テントの効果が切れてから、何時間くらい経った!?」


「テント?

 あの見えない狭い空間の事か?」


「そう!それよそれ!

 あと狭いのは仕方ないでしょ!?

 一人用だったんだから!」





 一人用……。


 あれは俺一人でも狭いぞ。


 正確に言うならロイエ専用だろう。


 ……言うと怒るから言わないけど。


「ん~、まぁ昼前には開放されてたかな。

 ちなみにそれから半日経って、今は夜ね」


「ちょおおおおおお!!

 まずいわ!!

 サダオミ!すぐ出発よ!」


 そう言うとロイエルは、俺の手を掴んだ。


 そして北へと歩き始める。


 起きたら別れてシイラを目指すつもりだったんだけどなぁ。


 そんな事を思いながら、俺は口元を緩める。


 ……まぁ、仕方ないか。


 俺はロイエルの後を追うのだった。



 

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