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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
18/57

少女の過去



 

 ■




 ロイエルの爆発魔法は故意によるものではなかった。気絶したままの定臣を連れ、ロイエルは北へと歩みを進める。彼女の目的地はどこなのか。自分が移動させられている事すら気がついているはずもない定臣には知る由もなかった。



 ───翌日


 ラナクロア暦635年、水の月三の水の日 勇者の公募開始まであと二日。




 ◇




 早朝に野営地を出発したポレフ達一行はエドラルザ王国を目指し、北へとメヘ車を走らせる。その車中にはエレシの不意の告白により口をあんぐりと開いたクレハの姿があった。


「な……なに言ってんのエレシちゃん……」


「はい♪ですから定臣様は生きてらっしゃいます♪」


「エレシ様……そう信じたい気持ちはお察ししますが……」

 

 言いにくそうに話をきったのはライアットだった。野営地までメヘ車の天井に配備され護衛の任についていた彼女であったが、野営地で増員された護衛にその任を預け、現在は車中に待機している。


「姉ちゃんの言ってる事は本当だぜ!定臣は人間じゃね~もん」


『……!?』


 ポレフのその言葉にクレハとライアットは驚いた表情で顔を見合わせた。


「……まさかエレシちゃん」


「いいえ」


 慌ててエレシの方に向き直ったクレハに、エレシが軽く首を振るという二人の間でしか理解できないやりとりが行われる。それにポレフは首を傾げ、ライアットは無表情で見守っていた。


「じゃあ……一体……」


 困惑した表情でそう呟いたクレハに、エレシは優しく微笑みかけるとゆっくりとその口を開いた。


「あの方は……あの方は天使様なのです」


「あぁ!天使だったのですか!天使だったのかぁ!あはっあははは」


「……はぁ──ライアットお前」


 壊れたのはライアットだった。


「うははは!堅そうな姉ちゃんやっと笑ったな!な?姉ちゃん」


「はい♪笑いましたね♪」


「……コホンッ、し、失礼しました」


「いや~、まぁ……でもエレシちゃんよぉ~、さすがに天使なんて信じられね~よぉ」


「はい、私もはじめは信じられませんでした……ですが……

 ───いえ、では一つお尋ねします」


 話の途中でエレシから質問してくるなど珍しいと、クレハは両手を前で組むと前のめりになり、話を聞く体勢を整える。それを確認したエレシは更に優しく微笑むと続きを口にした。


「何故、マノフは定臣様だけを追っていったのでしょう?」


 ───マノフは種族を標的とする。


『……!?』


 クレハとライアットが再び顔を見合わせた。


「俺様とした事が……」

「私とした事が……」


「天使様だと信じられないとしても、少なくともあの方は人間ではありません」


「あぁ……違いないねぇ~……」


「だから天使だっつってんじゃんよ~!」


「あぁ~そうだなぁ弟ぉ~」

 

「わわっ!ちょ!頭触んなおっさん!」


「ポレフ?その言葉遣いはいけませんよ?」


「だっておっさんがぁ……わ~~!姉ちゃんごめん!ごめん!包丁やめてえええええ!」


「エレシ様!車内で包丁はやめてください!」


「まぁまぁ仲良くていいじゃねぇ~かぁ~」


 慌てた様子で止めに入ったライアットにそう言うと、クレハは軽く目を瞑り口元を緩めた。


 そうか……サダオミちゃん生きてるかぁ……




 ◇




 その頃、野営地の遥か北西、エドラルザ王国から南西に位置する鞄の町『シイラ』の酒場では隻腕の傭兵がただひたすらにグラスを傾け続けていた。


「お客さん……昨日から飲み続けで……大丈夫ですかい?」


「ふぅ~……なぁ~に、これくらいどうって事ね~よ」


「お強いんですねぇ」


「飲んでないと引き返しちまいそうでな」


「?」


「ここで待ってるって約束したんだよ」


「大事な人なんですねぇ」


「あぁ……俺の嫁候補だ」


「ほほぉ~」


「まぁまだOKもらってないんだけどな!がははは」


 マリダリフのその言葉に酒場のマスターは皿を拭くその手を止め、ニカッっと口を開いた。


「そいつぁ~いい!一杯おごらせて頂きますよ」

 

「おっ、話のわかるマスターじゃね~か!気に入ったぜ!」


 マスターが差し出してきた一杯を豪快に飲み干すと、マリダリフは店の天井に視線を送り思いを馳せた。


 まさかとは思うが……やられちゃいね~だろうな?サダオミよぉ




 ◇




 エドラルザ王国にむけて野営地を出発したメヘ車の車中で、エレシの口から定臣の生存を知らされたクレハは密かに歓喜した。

 一方その頃、マリダリフは定臣との約束の地、鞄の街『シイラ』の酒場にてただ、ひたすらにグラスを傾け続けていた。

 一見、気分の良い酒を飲んでいる様にしか見えないマリダリフ。その胸中で定臣の安否を気遣っている事を知る者はいない。



 ───翌日。


 ラナクロア暦635年、水の月三の風の日 勇者の公募開始まであと一日。




 ◇




「今日は姉ちゃん起きね~ぞ」


 勇者の公募開始を明日に控えたその日、ポレフの朝の第一声にクレハとライアットは首を傾げていた。事実、いつもは誰よりも起床が早いエレシは今も目の前で静かに寝息をたてている。


「そうかそうかぁ~!今日は風の日かぁ」


 一旦、首を傾げたクレハだったが、ぽんっと手を打つと何かを納得した様にそう口にした。


「そ~なんだよ!」


「あ、あのクレハ様?私にも理解出来るように説明お願いします。」


 一方のライアットは話に全くついてこれていない。


「あぁ~ライアット~、気にしなくていい。問題ない」


 説明を求めたライアットに向かってぴっと人差し指を立てるとクレハは『この話は終わりだ』と言わんばかりに感情のない声でそう言い放った。


「そう……ですか……」


 クレハのその態度にライアットは肩を落として一瞬、俯くといつもの無表情を作る


 ……はずだった。


「クレハ、好きな人に冷たくされたら悲しいんだぞ!」


 そう、ポレフのこの言葉を聞くまでは……


「なっ!?ななななななななななな」


「ほほぉ~ライアットは俺様の事が好きで好きで仕方ないのかぁ~」


 にやりと笑いながらそう言ったクレハはもちろんこの上ないどや顔だ。


「無いです。」


 対するライアットはいつもにも増して鉄仮面を上塗りしている。


「またまたぁ~」


「無いですって!」


「よし!俺だって空気読めるぞ!姉ちゃん寝てるし、俺が外に出れば二人っきりだ!」


 そう言うとポレフは、クレハに負けず劣らずのどや顔でメヘ車の扉を開いて外へと足を踏み出していった。


「あ……」


 もちろんメヘ車は現在走行中である。


「あああああああああああああああああ」


 若干、気まずくなった車内で二人はゆっくりと口を開いた。言うまでもなくこの時の二人の目はものすごく虚ろなものになっていた。

 

「……クレハ様」


「なぁ~にも言うな……」


「……はい」


「……ライアット」


「……はい」


「そろそろメヘ車を止めよぉ~かぁ」


「……ですね」




 ◆




 ポレフが回収されたその頃、定臣を背後に連れたロイエルは不眠不休で夜通し、北へと歩き続けていた。


「はぁ~……さすがに疲れたわね」


 そう呟いたロイエルの表情は夜通し歩き続けた疲労以上にやつれたものになっていた。


 その原因は……


 ───ごとっ


「だぁ~!もう!魔力ぎれだわ」


 背後から聞こえたその音にロイエルがごちる。音の発信源は定臣だった。ロイエルの移動補助魔法の効果が切れた事によって宙に浮いていた身体が地面へと落下したのだ。


 魔力には自信がある彼女だったが、さすがに徹夜での移動補助魔法の行使は初めての経験だった。


「づ……づがれだわ~」


 その場にへなへなと座り込んだロイエルは定臣へと視線を送る。定臣は相変わらずに白目を剥いたまま口をあんぐりと開いていた。いや、よく見れば落下の衝撃でたんこぶまでできている。


「自分でやっといてなんだけど……そろそろ起きてくれないかしら」


 思わず定臣が無意識下につっこみそうなセリフを呟くと、ロイエルはそのままその場に寝転んでしまった。


「むぅ~りぃ~!一時間だけ寝るわ」


 そうぽつりと呟くと重くなった瞼をそっと落とし、眠りの世界へと誘われ……


『ギャオオオオ!』


 なかった。


「あっぶなぁ……メイヨー平原のど真ん中で何やってるのよ僕は」


 ふるふると顔を左右に振ってなんとか眠気を飛ばそうとするものの、やはり眠いものは眠い。


「……仕方ないわ」


 そう言うとロイエルはポケットをがさごそと漁り、ビー玉大な玉を一つ取り出した。


「最後の一個なのよねこれ……狭いけど我慢だわ」


 ぱちんと指を鳴らし、保存圧縮の魔法を解除する。するとロイエルと定臣を不可視の空間が包み込んだ。


「お姉さま特製、絶対安全テント!マノフの不可視の擬態をヒントに作り出されたこのテントには、空間断絶の超高度魔法が施されていて安眠を約束してくれるわ!あまりに高度すぎてお姉さまにしか作れないのが玉に瑕……ってサダオミ聞いてるの!?」


 もちろん、聞いているはずもない。


「それにしても……ぜまいわ”」


 外からは見えないこの空間にロイエルと定臣(白目)はぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。


「うぐ……ぅ……効果がきれるまでこのまま寝るわ」


 最後にそう呟くとロイエルは体力の限界を迎えたらしく、そのまま深い眠りへと堕ちていった。




 ◇




 勇者の公募開始をいよいよ明日に控えたその日、ポレフの宣言通りにエレシが目覚める事はなかった。

 増員された護衛により更に安定した旅路を行くポレフPTに死角はない。その日の夕暮れ時、一行はいよいよエドラルザの城壁を目視できる所まで辿り着いた。


 一方、体力の限界を迎えたロイエルは定臣と共に不可視+空間断絶の効果が付与されたテントの中でその身体を休めていた。 




 ◆




  ……で目が覚めたら何やら狭い空間に閉じ込められていたわけだが。


 外の景色は見える。しかしながら見えない壁の様なものが存在するらしく、目が覚めた定臣は全く身動きがとれない状況だった。


 それにしても……


 先程から自分の胸元にへばりつく様にして眠っている少女へと視線を落とす。


「気持ち良さそうに寝てんなぁ……」


 あまりに気持ち良さそうに眠っているので起こすのも悪いかと、定臣は声に出すのを控えながら思考を巡らせた。


 確かこの子の名前はロイエル・サーバトミン……マノフにやられた後、起き上がったらいたんだったな……


 !?


 そうだ!ロイエに服を直してやるって言われて頼んだら爆発したんだった!……待て待て待て!気絶させられた上に何やら身動きがとれないこの状況……


 まさか!?


 これが拉致、監禁ってやつか……


 そこに思考が到達した定臣は、青ざめた顔をしながらロイエに再び視線を落とす……


「うぅん……お姉さま……」


 うわ言の様にそう呟いたロイエルの目には薄く涙が浮かべられていた。


 ───ないかぁ……


 恐らくはあの爆発も悪気があったわけではないのだろう。ロイエルの無防備な寝顔を見ていると不思議とそういう気持ちにさせられた。


「……にしても狭いなぁ」


 目に見えない壁で仕切られた空間は、おおよそロイエルサイズと言ったところだろうか。そこに強引に二人で詰め込まれた様な形になっている。


「たぶん、これ外から見ると顔とかおもしろい事になってるんだろうなぁ」


 もちろん外部からは遮断されているので視認する事は出来ないのだが、当然ながら定臣がその事を知っているはずもなかった。


「……やれやれ、ロイエが目覚めるまではどうあがいてもこのままっぽいな」


 そう呟いた後、定臣は軽く天を仰ぎ大きなため息をついた。




 ◇




 ───白い世界。


 夢の始まりはいつもそうだった。


「……夢ね」


 その白い世界で僕は軽く呟いた。


 今日は自覚のある夢……


 あれは……


 初めてお姉さまに学院に連れてこられた時の僕……


「夢って不思議なものよね……自分で自分の姿が見れるんだもの……またあの夢ね」


 自覚のある夢の中でこの始まり方をする夢を彼女は何度も見ていた。




 ◇




 ───エドラルザ王国国立魔科学専攻学院。それを主に置き、連なる街の名が『カルケイオス』


 ラナクロアの魔術師の心臓部とも言われるこの学園からなるこの都市の長にして学院の長を務めているのが、ロイエル・サーバトミンの姉であるミレイナ・ルイファスだった。


「そのお姉さまに連れられて来たのが僕だもん……他の生徒達のあの視線も頷けるわ……」


 気だるそうに呟いたロイエルの視線の先には、先生と思しき人物が今よりも幼いロイエルを同じ部屋にいる歳の近い子供達に紹介している所が、昔の映画さながらに映し出されていた。


「あの時は不安で一杯だったな~……」


 他の生徒達の視線の色……期待……不安……羨望……嫉妬……


 不安に駆られながらも彼女の学院での日々は始まった。


 それから早送りで視線の先の場面は時を刻む。


「あれは……数ヶ月経った後ね……」


 そこにはロイエルが一人寂しくぽつんと机に向かう姿。遠巻きにロイエルの方を伺いながら、ヒソヒソと陰口を叩いている数人の生徒の姿が見えた。


 周りのすべての人間がロイエルの事を特別扱いした。


 〝あの〟ミレイナ・ルイファスが連れて来た人材であり、実の妹であると。


「ふぅ……ろくな事がなかったわ……僕はお姉さま程、優秀じゃないし」


 はじめの内は良かった。元々、魔力が強い僕は攻撃魔術の授業では誰よりも優秀だったし、対抗試合でも負けなかった。


 でもそれが災いした。


 ある日の模擬戦で同じクラスのリーダー格の子を軽く倒してしまったのだ。


「手加減なんてする方が失礼だと思ったんだもん……」


 でもそれが彼女のプライドを傷つけた。


「数の暴利って怖いわね」


 あっという間だった。その日を境にロイエルに話しかける生徒はいなくなった。


「まっ、独りは慣れてたんだけどね」


 独りになったロイエルだったが、それでも彼女の魔術が強力な事には変わりなかった。


『ロイエル・サーバトミンは優秀である』


 薄く張られた笑顔の裏に自己保身という理由を掲げ、教師達はロイエルの事を贔屓し続けた。


「余計に浮くってのよね」


『いじめ』は増々、加速した。強がってはいたものの辛くないはずがなかった……


 唯一、信頼できる姉には相談する時間はない。なにせ彼女はカルケイオスの長である。彼女の一秒は凡人の数日分にも値するのだ。なによりもそんな事で姉に心配をかけたくなかった。


 結果として僕は心を閉ざしていった。


 最初の数ヶ月はただひたすらに俯いていた。しかし幸か不幸か僕には力があった。


「ぁ~……客観的に見ると相変わらずひどいわ」


 なんだ。敵なら潰しちゃえばいいんだ……


 ある日それに気がついた。気がついてしまった。


 それからの数場面は自分でも目を覆いたくなる程、ひどいものだった。

 例えば陰口を叩いた子にはその唇に手芸を施した。例えば靴を隠した子にはその両足の甲が砕けるまで土魔法を手加減して打ち込んだ。


 何をやっても隠匿された。


 もちろんお姉さまに知れる様な事があれば、その瞬間に僕は修正されていたと思う。


 でもそれも計算づくだった。保身のためにあの馬鹿教師共はすべてを無かったことにするだろうと。


 自分の恥部とも言えるこの夢だったがロイエルは繰り返しこの夢を見る事が嫌いではなかった。


「この先にあの子がでるから・・・ね」




 ◇




 ようやく意識が戻った定臣は、目に見えない結界の様な空間に閉じ込められていた。

 身動きがとれない自分に戸惑うも、密着して眠るロイエルに気がついた定臣はその寝顔にどこか安堵させられた。


 定臣が優しく見守る中、ロイエルは夢を見る。それは過去の記憶の欠片だった……




 ◇




「自分で自分が怖いわ」


 そう呟いたロイエルの視線の先には、ただひたすらに魔術という名の暴力を振りかざし、小さな世界を掌握している魔王の姿があった。


「なんて眼してるのよ……」


 この夢の中で『この』過去の自分の姿を見るときが一番辛かった。


 渇いている。


 暖かさを渇望しながらに渇いていく。


 そこから色を失った幼い頃の自分は只々、返り血にその身を染めていった。


 


 ◇


 


 くだらない。許しを請うくらいなら始めから僕に刃向かうべきじゃないのに。


「ほら。そんなだから指が反対に向いちゃうのよ」


『ごめんなさい……ごめんなさ……も……ぅゆるし……』


 ───パキリ


 重症具合に見合わない軽い音が室内を奏でる。七本目の指をへし折った辺りから反応が小さくなって興味を失い始めていた。

 

 先程から僕の足元で惨めに雑音を発している屑は、僕を中傷する内容の張り紙をしていた。


 先日の回復魔法の学科で僕の魔法が爆発したのをいい事にやっと付け入る隙を見つけたとばかりに増々、僕への風当たりは強くなっていた。


 でも何故だろう?


 不意にロイエルの頭に疑問符が浮かぶ。


 黙っていれば勢いを増して嫌な事をされてきた。逆らえば更に勢いを増した。仕方がないから潰した。


 潰した。潰した。潰した。


「それなのに収まらないないね」


 感情の無い声でそう呟いたロイエルを見て、屑と称された少年が更なる恐怖に顔を染める。


 なに?その顔。なにか怖いことしたかしら……


「だったら……」


 口元を吊り上げてそう呟いたロイエルを見上げ、少年は更に絶望にその表情を歪めた。ロイエルはその少年の表情を確認すると、更に口元を吊り上げ大きく口を開く。


「だったら!だったら!だったらさああ!」


 踏む。踏む。踏む。


 鈍い音は無情にもしばしの間、室内を支配し続けた。


 その狂気に逆らえる者などこの場には存在しない。

 恐れをなした他の生徒達は、少年が意識を失うまでその凶行を必死に見ないフリをしていた。




 ◇




 あぁ……虚しいわ……不毛ってこの事なのかしら


 潰せばその場は収まる。しかし数日もすれば泣きじゃくった涙もどこへやら文字通りに『懲りず』にいじめは再開される。


 そっか……生かしてるから次があるんだわ


 何かを考える様子で口元を指で撫でていたロイエルの仕草が止まる。


「ごめんね……」


 不意に言葉上では謝罪を意味するその台詞を口走ったロイエルに、安堵した様に周囲がざわめいた。

 先程のロイエルの仕草の結論が反省に至ったという勘違いから起こったそのざわめきは、次のロイエルの言葉で瞬時に凍りつく事となる。


「中途半端に生かしてごめんね。もう『次』なんて残してあげないから」


 ───殺せばいい。


「生きてるからやめないんだもんね」


 ───簡単な事だわ。


「どっちが悪いんだろうね?」


 ───仕方ないじゃないの。


「とりあえずこの子、消すけど」


 ───本当は……


「次も誰かが懲りずにやるのよね?」


 ───辛いよ……


「先に決めといてもらえるかな?」


 ───誰か……


「聞いてるの!?ねぇ!?」


 ───助けてよ……



 パシンッ



 不意に魔術を行使しようとしていたロイエルの手が払われる。


「!?」


 ロイエルは驚きながらも殺気に満ちた瞳で手を払った犯人を睨みつけた。




 ◇




『キカ・サミリアス』それが彼女の名前だった。目立たない地味な子。それが僕が彼女に持っていた印象。後で思い返してみて気がついたんだけど、あの子だけは僕に対して嫌がらせの類をしてきていなかったわ。


 ……でも当時の僕はすべてが敵だと思い込んでいた。


「なによ……次はあなたなわけ?」


 だからそう言っちゃった……


『あなたを見誤っていたわ』


 それなのにあの子は……



 ───ぎゅっ



 そっと抱きしめられた。意味がわからなかった。


『あなたはとても強いと思っていたから……』


 この子は何を言ってるの?何故、僕を抱きしめているの?


『ごめんね……もっと早くこうするべきだった……』


「な……に……?」


 声がでなかった。


『私はあなたの味方だから……信じてもらえないだろうけど、これから信じてもらえるようにするから』


 代わりに涙がでた。


「……によ……なによ!」


 なんでこんなに嬉しいのよ……今更じゃないのよ……


『大丈夫……私が傍にいるから……あなたを支えるから……』


「あ……あぁ……あああああああああああああああああ!」




 ◇




 あ~ぁ、相変わらずみっともない顔で泣いちゃってるなぁ僕。


 夢の終わりにはいつもキカが助けてくれる。彼女との友情を支えに僕は立ち直れた。一人でも味方がいてくれれば視界が、世界が変わるのよね……


 変わった世界で僕は少し優しくなれた……と思う。


 それからはキカに間をとりもってもらって他の生徒達ともなんとか和解したわ。ちょっといじめ返しすぎちゃった子からは『姐御』なんて呼ばれちゃってるけどそれもご愛嬌よね♪


 ……って夢の終わり!?




 ◇




「!?」


「おっ、やっと起きたかロイエ」


 サダオミ……ってあれ?空間断絶効果がきれてる?


「って何時間、寝たのよ!?僕は!!」


「起きるなり元気だなぁ~」


 そう言ったサダオミの周りには魔獣の死骸がたくさんあったわ。それを思わず凝視した僕に


「あぁ、これか?気持ち良さそうに寝てるの起こすのも可哀想だから護ってた」


 なんて軽く言うんだもの。思わず笑っちゃったじゃない


「……ぷっ、あははは」


「な、なんだよ?」


「ううん、護ってくれてありがとね」


「おぅ」


「……って!」


「ん?」


「テントの効果がきれてから何時間くらい経った!?」


「テント?もしかしてあの見えない狭い空間の事か?」


「そう!それよそれ!あと狭いのは仕方ないでしょ?一人用だったんだから!」




 ◆




 一人用……あれは俺、一人でも狭いぞ……あえて言うならロイエ専用だろう。言うと怒るから言わないけど。


「ん~、まぁ昼前には開放されてたかなぁ?ちなみにそれから半日経って今は夜ね」


「ちょおおおおおお!!!まずいわ!!サダオミ!すぐに出発よ!」


 そう言うとロイエルはサダオミの手を引いて再び北へと歩き始めた。


『起きたら別れてシイラ目指すつもりだったんだけどなぁ』などと思いながらも仕方ないかと口元を緩め、定臣はそれについていくのだった。



 

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