第6話:ロイエル・サーバトミン
■
サキュリアスによる作戦は、一応の成功を収めた。
奇跡的とも言える、わずか二名のみの犠牲者。
賞賛に値するその結果すらも、クレハ・ラナトスを満足させるものではなかった。
内心で打ちひしがれながらも、代表を務めるクレハにそんな猶予は与えられない。
湧き出した苦い後悔と屈辱を、絶叫と共に吐き出す。
そしてクレハは、すぐさまライアット達の後を追ってその場を去った。
◇
「クレハ様、もうよろしいのですか?」
「OK~OK~……」
「はぁ……全然よろしくないじゃないですか」
クレハの様子に、ライアットは思わず微笑を浮かべながらため息を漏らした。
「……わりぃ。野営地までには」
「了解です。
少し眠ってはいかがでしょう?
昨夜から一睡もされていないようですし」
「それはお前もだろぉ」
「クレハ様」
「……わぁ~ったよ。
野営地まで隊を頼んだぞぉ、ライアット」
「了解しました」
◇
その頃、野営地の入り口では――
作戦任務に出かけたサキュリアス所属傭兵の代わりを買って出た、野良の傭兵達が必死の形相で防衛にあたっていた。
「はぁ……はぁ……こんなきつかったんだな……」
「あぁ……はぁ……はぁ……
今、撃退したので何匹目だよったく!」
彼らとて魔獣との戦闘経験が豊富な、プロの傭兵である。
しかしながら、彼らが経験してきた護衛と拠点防衛は勝手が違った。
「はぁ……はぁ……
これあれだよあれ……精神的にきちぃ」
「はぁ……はぁ……あぁ……っていうか……」
再び襲いかかってきた魔獣の群れを撃退し、傭兵達は顔を見合わせる。
『魔術師が一人もいね~よ!!!』
拠点防衛で最も重要になるのは、襲い来る魔獣の陣形をいかに崩してから近接戦闘に持ち込むか。
その点において、魔術師を欠いた現状は圧倒的に不利だった。
「弓師はまだか!?」
「奥でまだ矢、作ってるよ!」
「なんで大量に作っておかねぇ~かなぁ!」
「俺に言うなよ!
ってか魔術師ちゃんと雇えよなぁ!」
「ば~か!
今時、野良ポーターやってる奴なんてドケチな奴ばっかだろ!」
「言ってるお前も野良傭兵だろ!」
「それはお前もだろ!」
「ったく!……ん?」
「……なぁ兄弟」
「どうした!」
「……あれ」
そう言った男の指差した先には、一台のメヘ車。
メヘ車は、魔獣の巣窟であるメイヨー平原を走るには似つかわしくない、のんびりとした速度で野営地に向かってきていた。
「ありゃあ……なんなんだ?」
「さぁ……ん?
あのメヘ車、サキュリアスの社章入ってね~か?」
呆然としていた傭兵達をよそに、メヘ車はとことこと野営地入り口へ到着する。
視線が一点に集まる中、扉が開いた。
中から出てきたのは一人の少年だった。
……あのガキ、確か昨日見たような?
傭兵達が首を傾げる中、少年――ポレフ・レイヴァルヴァンは後ろを振り返る。
「やっと戻ってこれたな!姉ちゃん」
「はい♪
よく頑張れましたね♪ポレフ」
優しい声色で応えながら、銀髪の女性が下車する。
その姿に、傭兵達の顔が一斉に綻んだ。
『エレシ・レイヴァルヴァン!!!』
「あら……?
皆さんどうかなさいましたか?」
◇
マイスター――
エレシ・レイヴァルヴァン。
なにかと話題に上る事の多い彼女を知らない者は少ない。
マイスターはあくまで職人である。
製作者に位置している彼女らだが、その職業柄、高度な魔法技術を要求される。
必然的に戦闘魔術に優れた者も多い。
エレシ・レイヴァルヴァンが、その最たる存在である事は周知の事実だった。
『ということで助けて!エレシさん!』
「え~と……
何が『ということ』なのかわかりませんが、お困りの様ですね♪」
エレシのその言葉を皮切りに、傭兵達は状況を口々に説明する。
すべてを聞き終えると、エレシは笑顔で口を開いた。
「魔術師がいないって……
わかりました♪
もうすぐクレハ様達が帰還すると思います。
それまで、及ばずながら私が助力させて頂きます♪」
『おおおおおおおおおぉぉ!!!』
歓喜に沸く傭兵達。
だがその横で、ポレフは不機嫌そうに俯いていた。
姉エレシが魔術を使う。
それはポレフにとって、守らねばならない約束を意味していた。
「ポレフ?」
「俺は見ちゃいけないんだろ、姉ちゃん」
「ポレフ……」
その約束とは――
エレシが戦闘魔術を行使する姿を、決して見てはいけないというものだった。
「……ふふ、ポレフ?」
◇
この時の姉ちゃんは、なんか違っていた。
今までどれだけ頼んでも、戦闘魔術を使うところなんか見せてくれなかったのに――。
「今日からは見てもいいです♪
そのかわり、傭兵さん達をよ~く見ているのですよ?
後でちゃんと見ていたのか質問します♪」
「……え?」
エレシは、驚いた顔で自分を見上げてきたポレフの頭に、そっと手を添える。
そして優しく撫でた。
◇
ふふ……驚いていますね。
今まで見学を許可しなかった意味も、そして今、許可したことの意味も。
よく考えてください……。
ふふ。
すべては私のエゴですね……。
――しかし。
『来たぞ!構えろ!』
――それでも私は。
ゴウゥゥゥン!
傭兵の合図に応える様に、エレシの魔術が炸裂する。
巻き上がった砂埃を、ぼーっと見つめながら、ポレフは心の中で先程のエレシの言葉を反芻していた。
◇
姉ちゃん、つえ~……。
っていうか、なんで今日から見てもいいんだろ?
『傭兵さん達をよ~く見ているのですよ?
後でちゃんと見ていたのか質問します♪』
脳内で姉の言葉を復唱する。
傭兵を見ろ……。
うーん。
後で質問するって事は……。
!?
答えられなかったら包丁飛んでくるじゃねえええええかああああ!!!
自分の置かれている状況に気が付いたポレフは、大慌てで砂埃を再凝視した。
っていうか、姉ちゃんの魔術が発動した後に、魔獣が生き残ってた事なんて一度もねーじゃねーかああああ!
……って、あれ?
砂埃が晴れる。
そこには――魔獣達の姿が、そのまま残っていた。
魔獣達は、先程のエレシの魔術によって崩された陣形のまま、勢いを殺さず入り口へ到達する。
それに鮮やかな連携で、傭兵達が応戦していった。
そっか……。
これを俺に見せるために……。
「わかったよ!姉ちゃん!」
ポレフの瞳に力が宿る。
言われた通り、傭兵を見る。
過去にエレシが自分に与えた指示には、すべて意味があった。
それを考える。
考えろ俺!
「ちゃんと見てた!うん!見てただけ!」
……じゃ、後で確実に包丁が飛んでくる!
ない頭をフル回転する。
傭兵を一人一人、目で追っていく。
目の前では、止む事なく近接戦闘が繰り広げられていた。
それを、ただひたすらに見る。
傭兵と一括りに表されてはいるものの、当然ながら様々なタイプがいる。
ポレフはこの時、初めてそれに気が付いた。
あっちの奴は大柄で力押しタイプだな……。
俺の参考にはならないな。
あっ、あっちの奴は小柄だけど……なんて言うか、巧いなぁ。
参考にするなら、あっちの奴とそこの奴だなぁ。
気がつくとポレフは、ふむふむと頷きながら必死に傭兵達を観察していた。
そんなポレフの方を軽く振り向くと、エレシは微笑みかける。
◇
ポレフ……よくできました♪
「皆さん……
次の群れから私がすべて引き受けます♪
手の空いた方から後方に下がってください」
透き通った声でそう宣言すると、エレシの両手に光の粒が集まり始める。
ラナクロアの魔術師は、詠唱時に想いを紡ぐ。
エレシにとって、その想いとは――ポレフへの愛だった。
ポレフ……。
あなたは進むべき道を定めました。
後はその道を、ただひたすらに進んでください♪
「放ちます」
私は、それを全力でサポートしますから♪
――カッ!!
メイヨー平原が輝いた。
光源をエレシとしたその光が収束した頃には、遠目に見えていた魔獣の一団は消滅していた。
「皆さん、お疲れ様でした♪」
『い……一発って……』
傭兵達が、綺麗にドモり具合までハモった。
その時。
野営地の方から、数人の傭兵が慌てた様子で駆け出してきた。
『待たせたな!矢!できたから!』
『遅すぎるだろおおおおおお!!』
それから数刻後。
野営地には、ポレフ達と帰還したサキュリアス部隊の姿があった。
「エレシちゃんエレシちゃん助かったよぉ~」
そう言ったのはクレハだった。
「いえ♪」
こちらとしても、ポレフの良い勉強になりましたから♪
「にしてもまぁ~さか魔術師いなかったとはなぁ~……
うっかりうっかり、確認してなかったよぉ」
「それには私も驚きました……」
「申し訳ありませんでした!」
二人のやり取りにはっとした様子で口を開いたのはライアットだ。
「別に責めてるわけじゃね~ってライアット~」
「ライアットさんが責任を感じる必要は無いかと♪」
「しかし……」
落ち込んだ様子のライアットの頭を、クレハは軽くぽんぽんと叩く。
そして真顔になると、エレシの方へ振り返り――深々と頭を下げた。
「言い訳はしない。
エレシちゃん、すまない!」
「?」
小首を傾げるエレシ。
その横で、野営地内が騒然とする。
野良のポーターや傭兵達をはじめ、サキュリアスの社員ですら――
クレハが人に頭を下げた姿を見るのは、これが初めてだった。
クレハはそんな彼らを気にする事なく、更に深く頭を下げる。
「……サダオミちゃんとマリダリフが……死んだ」
その言葉に、辺りは水を打ったように静まり返った。
数秒後。
一人の傭兵が涙ながらに口を開く。
『う……うそだろ……
サダオミ……マリダリフ……』
クレハはその傭兵の方へ向き直ると、丁寧に頭を下げた。
「……すまない」
それは、何よりも確かな肯定だった。
重い沈黙が続く。
数秒が数時間に感じる。
その耐え難い静寂を打ち破ったのは、一人の少年だった。
「定臣が死ぬわけねーじゃん。
だってあいつは――」
「ポレフ!」
天使だから――。
そう口にしようとしたポレフを制するように、エレシがその名を呼んだ。
純粋に皆を安心させたかったポレフ。
そして、愛しい弟が嘘つき呼ばわりされる事を恐れたエレシ。
二人は顔を見合わせる。
エレシが首を横に振る。
それにポレフが軽く頷いた。
二人のやり取りを、クレハは辛そうに眉をひそめて見守っていた。
その胸中にあるのは、先程見たマノフの姿。
背筋が凍りつくような多数の斬撃痕。
そして、見事に切り落とされた尻尾。
そこには魔術を行使した痕跡は一切見られなかった。
斬撃の跡から察するに、マノフと戦闘を繰り広げたのは恐らく定臣一人。
あの化け物と、あそこまで無魔で渡り合ったのだ。
親戚にあたるポレフが、その実力を信じて疑いたくないのも頷ける。
だが――。
クレハは、彼女を死なせてしまった申し訳なさに苛まれていた。
すまない。
再びそう口にしようとしたクレハより先に、エレシが声を発した。
「皆さん。
定臣様も、そしてマリダリフ様も――
城壁の外に生きる人間の一人です」
その言葉に、皆がはっとした顔つきになる。
エドラルザの城壁の外に生きる者にとって、死は身近な存在だ。
明日をも知れぬ彼らにとって、時間は常に濃密だった。
それ故に感情は、より深く、より短く表現される。
出会えば家族の様にはしゃぎ。
別れる時は再会を誓いながらも、今生の別れのように哀しむ。
そして――誰かに死が訪れた時は。
『天を仰げ!』
クレハの声が響いた。
全員が空を見上げる。
『俺様達はまた、かけがえのない兄弟を失った。
彼女らは俺様達の明日のため、その身を犠牲にしてくれたのだ。
哀しみ俯くのは終わりにしなければならない。
哀しみは今、この場をもって捨て去り――
感謝は、この身が滅ぶその時まで胸に刻み込め!』
『おぉぉぉ!』
全員が声を揃える。
『目は決して瞑るな!
敬礼!』
拳を軽く握り、その手を胸に添える。
胸中にあるのは、昨夜の宴で見た二人の姿。
その敬礼は、自然と流れ出た涙の乾いた者から解除されていく。
一人、また一人と、その場を去っていく。
誰一人、後ろを振り返らない。
それが、城壁の外に生きる者達の礼儀だった。
◇
クレハとライアットを最後に、野営地にいた者達は各自のテントへ戻っていった。
マノフの移動に成功した事を知った彼らは、明日の出発準備に追われ始めたのだ。
その背を見送り、取り残されたポレフとエレシは言葉を交わす。
「俺、こういうの嫌なんだよなぁ」
「仕方がないです。
皆、いつまでも哀しみに囚われてはいられませんから」
「にしてももうちょっとこう……
あーっもう!うまく言えないや!」
「ふふ……
ポレフは悲しい事を悲しむ時間と余裕を、皆にあげたくて勇者になるのでしょう?」
ポレフは頭をわしゃわしゃ掻いていた手を止める。
そして満面の笑顔で言った。
「そう!それだよ!姉ちゃん!
俺、がんばるよ!」
「はい♪」
あぁ……ポレフ……。
なんて良い子なのでしょう……。
激愛モードが発動しかけたエレシだったが、ぎりぎりで踏みとどまる。
そして軽く天を仰いだ。
「どうしたの?姉ちゃん」
「いえ……」
天使様な定臣様が、まさか死ぬ事は無いと思いますが……。
大丈夫なのでしょうか……。
◇
エレシが定臣の心配をしていたその頃。
定臣とマノフの激戦が繰り広げられた場所では、ようやく巻き起こった砂埃が収まり、視界が晴れつつあった。
その様子を、近くの丘の上からじっと見据える少女が一人。
砂埃が完全に収まったその場所を見つめると、少女は深くため息をついた。
少女の視線の先――
つまり、定臣とマノフ達の決戦跡地には、巨大なクレーターが複数残されている。
元が平原と山で織り成されていた美しい景観は、見る影もなく変わり果てていた。
しかし、この少女のため息の原因はそれではない。
「はぁ……結局、しょうもない死に方しちゃって……」
つまらなそうな顔でそう呟いた少女が思い出していたのは、数刻前まで眼下で繰り広げられていた、女性剣士とマノフの大群との壮絶な死闘だった。
眼下に広がる無数のクレーター。
先程まで目の前で起こっていた出来事は、やはり夢ではなかったのだ。
そう再認識すると、少女は再び口を開いた。
「なんだったのよ……もぅ」
はじめは混乱した。
知識の上でしか知らなかったマノフの碧眼が発現していた事。
不可侵であると教えられていたマノフに対して、人間が部隊を展開していた事。
どちらも理解できなかった。
次に驚愕した。
咆哮と共に先制したのはマノフだったのだ。
自分の知る限り、マノフが人に害を加えた事など一度もない。
その次は唖然だった。
部隊を標的としていると思っていたマノフの大群は、事もあろうに一台のメヘ車に執着し、その後を追っていったのだ。
移動魔法を駆使して必死に後を追った少女は、さらに信じられない光景を目の当たりにする。
一人の女性剣士。
身の丈よりも長い大太刀を携えたその人は、何を思ったのかメヘ車から飛び降りる。
そしてマノフに向かって構え直し、自ら飛び上がり、その足へ斬りかかった。
それを見て思わず息を呑む。
だが次の瞬間――。
女性剣士は、ものの見事に踏み潰された。
これは見てはいけないものだと、少女は思わず目を背けた。
しかし直後、マノフの悲鳴にも似た雄叫びが、再び彼女の視線を引き戻した。
思わず目を疑う。
再び振り上げられたマノフの足の下。
そこには――全身を返り血で緑に染めながらも、力強く剣を構えた女性剣士の姿があった。
少女はすぐに視覚強化の魔法を施した。
疲労の度合いが高く、敬遠されがちな魔法。
それを惜しまず使った事からも、彼女の混乱が分かる。
そして、見た。
戦いの全貌を。
『美しい』
それが最初の印象だった。
女性剣士は確かに戦闘をしている。
だが少女が抱いた印象は――やはり『美しい』だった。
舞うような剣技。
その一つ一つの所作に意味があり、そしてそのすべてが美しかった。
いつしか少女の視線は『観察』から『観賞』へと変わる。
そして――『鑑賞』へ。
時を忘れ、少女は見続けた。
無意識のうちに、その女性剣士の剣技に恋をしていたのかもしれない。
瞳には熱が宿る。
名前も知らない女性剣士を、いつしか応援していた。
そして何より――。
一目で絶望的と分かる状況の中で、彼女は女性剣士の勝利を信じて疑わなくなっていた。
きっと勝つ。
そう思った。
いや――それ以上の妄想まで始めていた。
あの女性剣士は、どれだけ鮮やかなとどめを見せてくれるのだろう。
しかし数分後。
戦闘は急転する。
女性剣士の敗北で、幕を閉じた。
「そんなことで……?」
思わず呟く。
眼下では、女性剣士の死を確かめるようにマノフが足を振り下ろし続けている。
少女は、先程の出来事を思い返した。
◇
それは、女性剣士が死ぬ数秒前の事だった。
一匹の幼いメヘメヘが、山から駆け出してきた。
マノフが移動しているのだ。
見えないだけで、山中では多くの動物が踏み潰されているに違いない。
別に気にする必要もない。
そう思い、再び女性剣士へ視線を戻した。
だが――。
女性剣士は、明らかに狼狽していた。
視線の先には、幼いメヘメヘ。
次の回避行動に成功しても、そのメヘメヘは助からない。
あり得ない。
自分の命が危ない状況で、たかが野生動物を救うなど。
少女には理解できなかった。
しかし。
あの表情。
まさかと思った次の瞬間――。
女性剣士は、そのメヘメヘへ向かって走り出していた。
そして。
結果として――。
女性剣士は、自分の命と引き換えにメヘメヘを救った。
◇
「ふざけないでよ……」
認めない。
認めたくない。
少女の胸に生まれたのは、怒りだった。
短時間で、少女はあの女性剣士に魅入られていた。
それなのに――。
「たかがメヘメヘじゃない……」
あんたの命とは釣り合わない。
そう言いかけて、少女は口をつぐむ。
言葉に出せば、死を認めてしまう気がしたからだ。
やがて砂埃が晴れた。
少女は女性剣士の最後の場所へ歩み寄る。
そこに姿がない事を確認すると、深いため息をついた。
「はぁ……さぁ~て帰ろうかしら」
名前も知らない。
会話もしていない。
あの女性剣士は、自分の存在すら知らない。
見なかった事にすればいい。
そう思った、その瞬間――。
ガラガラ。
背後で音がした。
振り返ろうとした、その時。
『野生のメヘメヘが山にいるとか聞いてねええええええええええぞおおおおおおおお!!!!』
「きゃあああああああ!!」
なに?
なに?
なんなの?
なんで生きてるの?
慌てふためく少女をよそに、復活した女性剣士は、いきなりどんよりと地面に蹲った。
そして、地面に「の」の字を書き始めた。
「……なに?」
◆
俺は……。
あんなに可愛いメヘメヘ達を、知らずとはいえ巻き添えにして殺していたってことか……。
思わず死にたくなる。
いや、むしろ誰か俺を殺してくれ……。
……って、さっき死んだか?
あれ?
なんで死んだんだっけ……。
「……はっ!?」
「さっきの子メヘメヘどうなったんだ!?」
俺は慌てて立ち上がり、周囲をきょろきょろ見回した。
その時――。
『あんたのお陰で無事に山に帰ったわよ』
なにやら声が聞こえた。
とりあえず。
「そっかぁ~!
誰かは存じませんが、ご親切にどう……も?」
礼を言いながら振り返る。
だが、声の主が見当たらない。
顎に手を当て、首を傾げる。
『ねぇ、あんた何者なの?』
「それはこっちのセリフかな。
姿見えないんだけど、それも魔法の一種かなにか?」
『…………』
「ん?」
突然黙り込んだ。
不思議に思い、俺はもう一度顎に手を当てる。
――ゴスッ!
「いったああああ!」
脛を蹴られた。
一瞬、小夜子の顔を思い出す。
『だ・れ・が・姿消してんのよ!
ここにいるでしょ!
こ・こ・に!』
怒った声が飛ぶ。
俺は脛を押さえながら顔を上げた。
そこにいたのは――。
ちんちくりんの可愛い生き物だった。
身長はポレフと同じか、少し低いくらい。
真っ赤な髪を両サイドで結び、藍色のローブをまとっている。
可愛らしい顔。
綺麗な赤い瞳。
腕を胸の前で組み、偉そうに俺を見下ろしていた。
『まったく失礼しちゃうわ!
戦う姿だけじゃなく、見た目も綺麗な人とか思ってたこの僕に対して!
チビとかチビとかチビとか!!
ど~せチビよ!
チビチビチビチビよ!』
まさかの僕っ娘だった。
「お……」
『チビの何が悪いのよ!
っていうか僕はチビなんじゃなくて発展途上なのよ!
そのへん勘違いしないでよね!
……お?』
「お前可愛いなああああ!
そのそばかすとか、最高に可愛いなあああ!」
俺はそのまま、少女の頭をわしゃわしゃ撫で回した。
『ちょおおお!!
なにすんのよいきなり!
ぎゃあああああああああ!!
っていうか今、そばかす言ったなああああ!!
離せ!
は・な・せえええええ!』
――数分後。
『はぁ……はぁ……はぁ……
は、禿げたらどうしてくれんのよぅ』
「うははは!
禿げね~って」
『も~~……
お姉さまみたいな事しないでよね』
「わりぃわりぃ。
お姉さまが誰かは知らないけど、ちっと悪ふざけが過ぎたわ」
『むぅ……』
「ん?」
『名前よ!
な・ま・え!
いい加減、名乗りなさいよね!』
「あ~そういえばまだだったな。
俺の名前はサダオミ・カワシノ。
サダオミって呼んでくれ」
『わかったわよサダオミ。
僕の名前はロイエル・サーバトミン。
皆はロイエって呼ぶわ』
「了解。よろしくなロイエ」
『何をよろしくかは知らないけど、とりあえず握手するわ』
二人は軽く笑い、握手を交わした。
「ねぇサダオミ」
「ん?」
「あんたこれから、どこかの街へ行くの?」
「あぁ……うん、行くよ」
「まさかと思うけど、その格好のまま行くつもり?」
言われて、自分の格好を見る。
――涙が出た。
お気に入りだった旅人の服(仮)は、またしても所々破けている。
マノフの返り血で緑に染まり、なかなかエロティックなはだけ具合になっていた。
「ぬああああ!
またかあああ!」
頭を抱える俺を見て、ロイエが笑顔になる。
「ねぇ、その服、直してあげましょうか?」
「お?」
その笑顔には、悪意がまったく見えなかった。
「僕、こう見えても魔導師なんだよ?」
「まじで!?
超助かる!頼むよ!」
回復魔法はエレシのそれを見たことがある。
きっと、同じように新品同然になるのだろう。
俺はそう思っていた。
「よぉ~し、それじゃいくよ~」
「おぅ!」
ロイエの両手に光が集まる。
暖かい光が俺を包む。
……暖かい?
「あっつぅ!!」
あっつい!
あっついって!
ロイエえええええ!」
――どんっ!
爆発した。
主に俺が。
薄れゆく意識の中で、俺は思った。
チビって言ったこととか。
そばかすのこととか。
頭撫で回したこととか。
……怒ってたのか?
◇
「はぁ……また失敗しちゃったわ……」
ロイエルはそう呟きながら、北へ向かって歩いていた。
「あぁ……
お姉さまに殺されるわ……!」
後ろを振り返る。
そこには――。
真っ黒焦げになり、白目を剥いて気絶している定臣。
身体は宙に浮き、ロイエの後ろをついてきていた。
吹き飛んだ服の代わりに、ロイエのローブが巻かれている。
サイズが合わないため切り裂き、面積を広げて体を隠しているだけだった。
「にしても、ど~して爆発しちゃうのかしら……」
口元を指で叩きながら、ロイエは考える。
そこで思い出したのは、姉とのやり取りだった。
◇
――回想――
『ロイエ。今後、回復魔法の使用を禁止する』
「えええええぇえええ!?」
『ええじゃない!
どうするんだこの有様を!?』
そう言ったお姉さまが指差した先は――さっき僕が回復……しようとした校舎の外壁だった。
ちょっとだけひびが入ってたから、補修しようと思ったのよね……。
「ほ、ほら……前のデザインにも皆、飽きただろうなって思ったから……ね?」
『そうかそうかぁ~。
ロイエは賢くて心優しいんだなぁ~』
そう言ったお姉さまの目は、もちろん笑っていなかった。
『これは』
そう言いながらお姉さまは、僕との距離を一歩ずつ縮める。
『もはや校舎の外壁ではない!』
「あははははは!
やめてえええ!お姉さまああああ!」
ものすごく、くすぐられたわ。
それから僕は、気絶しては回復魔法で意識を強制的に戻され、また気絶するまでくすぐられるという地獄を味わった。
お姉さまは、その間ずっと高笑いしていた。
◇
『まったく、私の言う事を聞かないならおしおきするぞ?』
何度目かの気絶から呼び戻された時、お姉さまはそう言った。
でも僕は知っている。
あの程度の事は、この人にとって他愛もないスキンシップに分類されるんだってことを。
「はぁ……はぁ……もう……十分よ……」
『ふふん……
にしてもロイエよ。
なんでお前の回復魔法は、毎度毎度爆発するのだ?』
「はぁ……はぁ……
それは……僕が聞きたいよ……」
『まぁいい。
とりあえず私がたまたま居合わせたから良かったものの、下手をすれば怪我人……いや、死人も出ていたのかもしれんのだぞ?』
「うぅ……」
『ふふ……反省しているのなら良しとしよう』
そう言うと、お姉さまは軽く口元を緩め、手をかざす。
回復魔法。
すると、先程僕がありえないほど破壊した外壁が、綺麗に修繕されていった。
なによもぅ……。
僕だってあれくらいできるんだから!
『僕だってあれくらいできるんだから!』
「え”?」
変な声が出た。
『まさかそんな世迷い事を考えてはいないだろうな?』
「なっ、ななななないよ!
ない!ない!ないわよ!」
『ふふ……ならいい』
「ね、ねぇお姉さま……。
も、もしだけどね?
もし言いつけを守らずに回復魔法使ったら、僕のことどうするの?」
『さぁどうしような……。
次は何がいいかな……?
ふふ……ふふふ……あ~っはっはっはっは』
殺されるわ……。
回復魔法を使えば、間違いなく殺されるわ……。
――回想終了――
◇
それを……僕は使っちゃった……。
何故だろう?
やっぱり、あの剣技に中てられたのかしら……。
それにしても綺麗だったなぁ……。
話してみると、あんなにがさつな人だったなんて意外だったわ。
でもまぁ、いい人そう……。
そっかぁ……。
僕はサダオミと、少しでも仲良くなりたかったんだわ。
もう一度、後ろを振り返る。
「あはははは!」
思わず噴き出した。
「あははは!
じ、自分でやっといてだけど……あはは!
あの美女が、その顔!あははは!」
爆発させられた挙句に爆笑されているなどとは露知らず。
定臣は、白目を剥いたまま口をあんぐり開けて気絶し続けていた。
「はぁ~……ごめんね、サダオミ」
一通り笑い終えると、ロイエルは一応真顔を作る。
そして軽く謝罪し、再び北へ歩き始めた。
「でもまぁ……大丈夫よね!」
先程の反省はどこへやら。
そう口ずさむロイエルの顔は、実に晴れやかなものだった。




