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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 2 部 ラナクロア 編
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第5話:聖獣 II


 遂にマノフに遭遇した一行。


 振り返ったマノフの巨顔には、すでに秘めたる碧眼が浮かび上がっていた。



 待て待て待て待て!


 なんでいきなり戦闘モード入ってんだよマノフ!


 とりあえず心の中でツッコむ。


 思考は巡る。


 しかし、肝心の身体が脳の命令を受け付けてくれない。


 恐らく部隊全体が同じ状態なのだろう。


 マノフが振り返ったその瞬間、誰一人として動ける者はいなかった。


『るうううううううううううううううううううううううううううううううう!!』


 二度目の咆哮。


 ようやく呪縛から解き放たれた俺は、慌てて先頭のクレハへ視線を送った。


 その瞬間――マノフが巨大すぎる後ろ足を天空へ掲げる。


 時間の流れが妙に遅い。


 これが走馬灯ってやつか?


 ゆっくり振り下ろされる巨足を見上げながら、そんなことを考えていた。


 人は絶望的な状況に陥ると動けなくなる。


 そんな中でも即座に動ける人間になりたかった。


 だが今の俺は――動けていない。


 あほか俺は!


 ぼーっと見てる場合じゃないだろ!


「なんとかしなきゃな!」


 そう口にすると、俺は軽く笑みを浮かべた。


 そして剣気を身に纏う。


 魔法のあるこの世界の住人は、目に見えない力に敏感らしい。


 俺の剣気に周囲の視線が集まる。


 大きく息を吸う。


 集中を高める。


「よし!」


 声と同時に、俺は右手を引き上げる。


 大太刀『轟劉生』の抜刀。


 この刀を抜くためだけに、何度も試行錯誤した。


 反復練習で編み出した独特の抜刀。


 見る者を魅了する美しさがある――らしい。


 刀は抜けた。


 身体も軽い。


 ……だからどうしたってくらいでけえええええ!!


 俺の魂の叫びなど関係なく、マノフの足は落ちてくる。


 考えろ俺!


 尻尾が弱点……。


 届くかよあんなの!


 仮に届いても、下手すりゃこっちに歩いてくるぞ!


 どうする……どうする!


 眼球だけ動かし、マノフを観察する。


 結論――前に倒すしかない。


 前足を刈る。


 そう決めてメヘ車から飛び降りようとした。


 ───その時。


『クレハストラアアアアアアアアイク!!』


 絶叫。


 前方のメヘ車からもみあげが飛んだ。


 クレハだ。


 全身が金色の光に包まれている。


 クレハストライクて。


 必殺技をリアルで叫ぶ人、初めて見た。


 しかもレイピアを持っている。


 なるほど。


 足裏に突き刺すのか!


 ───ドゴオオオオオン!


 轟音。


 俺は目を見開いた。


 あ り え な い。


 クレハは突かなかった。


 殴った。


 剣ではなく拳で。


 マノフの足を。


 ぶん殴った。


 あぁ……理由は想像できる。


 絶対こう言う。


 「このほうが格好いいだろう?」


 頭痛くなってきた。


『なにやってんのぉ!

 もって二十秒!

 すぐに他のマノフが出てくるぞぉ!

 全軍散開!野営地方面には行くなよ!』


 クレハの声で我に返る。


 あまりにクレハすぎて状況忘れてた。


 俺たちも発進。


 メヘ車を走らせる。


 出遅れた俺を制して発進させたのはマリダリフだった。



 見事な統制だった。


 これが軍隊ではなく、一企業の私兵とは。


「サダオミ!今は集中だ!」


 マリダリフの声。


「わ、わりぃ!」


『るうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!』


 三度目の咆哮。


 空を見上げる。


 影。


「でやがったな……」


 マリダリフが呟く。


 空に灯る複数の青。


 碧眼だ。


 その数が増えていく。


「最初の一撃だ!」


「それさえ回避すれば逃げ切れる!」


「了解!」


 最悪、足を斬るしかない。


 俺は覚悟を決めた。



「なぁマリダリフ~」


「な、なんだサダオミ」


 数分後。


 なんとか初撃を回避した俺たちは、西へ走っていた。


「マノフってさ~」


「あ、あぁ」


「全部俺らについて来てない?」


 俺たちの背後。


 そこには――


 大量の碧眼。


 まだ追ってきている。


「言うなあああああああああああ!」



 その頃。


 ラナクロアの主役ポレフ・レイヴァルヴァンは泣いていた。


「だから勝てると思ったんだってぇえええ」


「黙りなさい」


 エレシが包丁を構えていた。


 瞳の奥は般若だ。


「ちょっと踏まれただけじゃんか~」


「私が怒っているのは踏まれたことではありません」


「うっ……」


「ポレフ、あなたは先程……」


 エレシの脳裏に先程の出来事が蘇る。


 ――回想――


 目の前には予期せぬ碧眼。


 しかし前方にはクレハ様。


『クレハストラアアアアアアアアイク!!』


 お見事です。


 さて、ポレフを安全な所へ。


「おおおおお!」


「おっさんすげぇな姉ちゃん!」


「はい♪すごいですね」


 弟を不安にさせない。


 笑顔で返事をする。


 そして回避行動。


 サキュリアスの撤退は見事だった。


 定臣様は天使。


 心配する必要はない。



 数秒後。


 マノフの大群出現。


 だが初撃は別方向。


 エレシは部隊から離れる一台のメヘ車を見る。


 定臣とマリダリフの車だった。


 見事な操縦。


 マリダリフの技術だ。


「ポレフ?」


「メヘメヘはああやって操るのですよ?」


 だが返事がない。


「……ポレフ?」


 振り返る。


 いない。


『ねえちゃああああああああん!』


 声の方向を見る。


 そして頭痛。


 ポレフが走っていた。


 マノフへ向かって。


『クレハがやってたやつやる~~~!』


 馬鹿だ。


 完全に馬鹿だ。


 だがエレシの思考は違う。


 勇敢な弟。


 素敵。


 恍惚。


『いくぞおおおおお!』


 ポレフが斬りかかる。


 素手で。


『ポレフウウウウ!!』


 格好いいですよ!


『ストラア……』


 ぷちっ。


 踏まれました。


 見事に踏まれました。


 ――回想終了――


「自分から踏まれに行ってどうするんですか!」


「あれにはびっくりした!」


「びっくりしたのはこちらです!」


「ちょっと痛かった!」


「当たり前です」


 包丁をしまうエレシ。


「……あれ?」


 ポレフが拍子抜けする。


「残念でしたが、少し格好良かったですよ♪」


「だ、だろ?」


「でも危ないのでもうしちゃいけませんよ?」


「男が負けたままで終われるか!」


「次は成功させる!」


「……次?」


 ポレフは空を見上げた。


 そして悟る。


 地獄を。


「姉ちゃんの笑顔の裏に鬼があああああ!」


「ポレフ?」


「包丁やめてええええ!」


「笑顔の裏が……なんですって?」


「ぎゃああああああああああ!」


 この日。


 メイヨー平原に響いた絶叫は、マノフのものではなかった。



「まずいな……」


 マリダリフが後方を振り返りながら呟く。


 今回の作戦の大前提。


 それはメヘメヘの速度がマノフの進行速度より速いということだった。


 だが今、マノフが行っているのは進行ではない。


 追跡だった。


 振り下ろされる巨足。


 そこには明確な殺意が込められている。


 通常の歩みよりも遥かに強い力で地面を叩きつけていた。


 轟音。


 震える大地。


 恐怖したのは人間だけではない。


 メヘメヘもだ。


 本来メヘメヘは温厚な草食動物。


 極めて臆病な性格をしている。


 サキュリアスはそのメヘメヘを徹底的に訓練していた。


 どんな状況でも動けるように。


 だが今の状況は、サキュリアスですら想定していなかった。


『ピュイイイイイイイイ!』


 突然、メヘメヘが悲鳴を上げた。


 走りが乱れる。


 速度が落ちる。


 マノフとの距離が一気に縮まった。


「やっぱりこうなったか……ちぃ!」


 マリダリフが舌打ちする。


 そこへ俺が声をかけた。


「マリダリフ!」


「なんだ!」


「手綱に集中させてくれ!」


「それどころじゃない!」


「どうした!」


「いいから見てみろ!」


 俺は指をさした。


 メヘメヘの頭だ。


「わかってる!」


「それを今落ち着かせてる!」


「だからそうじゃなくて」


「なんだ!」


「耳だよ!」


「耳!」


 マリダリフがメヘメヘを見る。


 恐怖で耳を伏せ、震えている。


「な?」


「わからん!」


「耳がどうした!」


「無茶苦茶可愛いじゃねぇかぁあああ!」


「…………しるかあああああああ!!」



 怒られた。


 この可愛さが分からないとは残念な奴だ。


 まぁ状況はかなり悪いが。


 しかし――なんで全部こっちに来た?


 俺は後ろを見る。


 距離はまだある。


 だが確実に詰められている。


 どうするかな。


 俺はともかく、踏まれたらマリダリフは死ぬ。


 フラグを立てまくってるからって死ぬのは勘弁だ。


 俺は思考を加速させた。


 マノフ……碧眼……


 そこで思い出す。


 クレハの言葉。


『自身の種に害を為す存在には種をもっての返礼が成される』


 害を為す存在。


 存在。


 一匹のマノフを殺した魔獣という存在を、永遠の敵とした。


 種族単位の敵認識?


 俺はマリダリフを見る。


 こいつは人間。


 俺は天使。


 マノフは全部――


 メヘメヘに向かって来た。


 ───!?


 まさか。


「どうした!」


「喋ってくれ!」


「そっちの方が落ち着く!」


「……わりぃマリダリフ」


「なんだ!」


「俺は大丈夫だから」


「このメヘメヘ守ってやってくれ」


 そう言って俺は身を乗り出す。


 メヘメヘの頭を撫でた。


 マリダリフが怪訝な顔をする。


「意味がわからん!」


「マリダリフ、質問いいか?」


「なんだ!」


「ここから一番近い町は?」


「……北に進めば」


「鞄の町シイラだ」


「OK」


「じゃ酒場集合で」


「なに?」


「頼んだぞ!」


 俺はメヘ車を飛び降りた。


「ちょ!何やってんだサダオミ!」


 マリダリフが叫ぶ。


 俺は振り返らない。


 マリダリフは遠ざかる俺を見る。


「……あいつ」


 ただ者じゃない。


 大太刀を構えた俺の背中。


 強者の雰囲気があった。


 マリダリフも強者だ。


 だから分かる。


 あいつは大丈夫だと。


「ふぅ……」


「シイラの酒場集合だったな」


 マリダリフは天を仰いだ。



 マノフの標的が自分だと気付いた俺は、メヘ車から飛び降りた。


 マリダリフを守るためだ。


 迫り来るマノフを見据える。


 大太刀『轟劉生』を握る手に力を込める。


 さて。


 勢いで飛び降りたが――


 正直どうするか全く考えてない。


「にしてもでけぇ……」


 碧眼が迫る。


 無慈悲に距離を詰める。


「なんで俺なんだよ……」


 天使が敵。


 昔、天使がマノフを殺した。


 そういうことか。


「知るか!」


「俺には関係ねぇだろ!」


「どっかの馬鹿天使の責任を」


「なんで俺が取るんだよ!」


 肩をすくめる。


 本当は話し合いたい。


 だが――


「まぁ無理だよな」


 マノフが迫る。


 あと一歩。


 そこで俺は覚悟を決めた。


 師、轟劉生の教え。


 殺す覚悟。


 殺される覚悟。


 敵の想いに対価で応える礼儀。


 俺はそれを守ると決めていた。


 だから構える。


 覚悟を胸に。


「碧眼、結構可愛いぜマノフ!」


 そして――


 最初の巨足へ飛びかかった。



「ライアット!」


「隊の調整あとどれくらいだ!」


「三十分は必要です」


「ちっ」


 クレハが苛立つ。


 サキュリアス部隊は北へ退避していた。


 想定外の事態。


 だが彼の中では想定内だった。


「サダオミちゃん……」


 クレハの脳裏に焼き付く。


 マノフを引きつけたメヘ車。


「くそ……」


 敵意は自分に向いたはずだった。


 なのに――


「何やってんだ俺様!」


「クレハ様」


「なんだ」


「エレシ様とポレフ様は?」


「あぁ」


「あの二人は放っておいていい」


「え?」


 ライアットが驚く。


「エレシちゃん達は大丈夫だ」


「野営地で合流できる」


「それより」


「マノフを追うぞ!」


「……了解」


「あ、それと」


 ライアットが歩き出す。


「先に戻ります」


「クレハ様は現状調査を」


 振り返らず去る。


「……できた部下だねぇ」


 部隊が去る。


 クレハは空を見上げた。


 そして絶叫した。


『ちっくしょおおおおおおおおおおおお!!!』

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