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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
17/57

ロイエル・サーバトミン

 



 ■




 サキュリアスによる作戦は一応の成功を収めた。奇跡的とも言えるわずか二名のみの犠牲者。賞賛に値するその結果すらもクレハ・ラナトスを満足させるものではなかった。

 内心で打ちひしがれながらも代表を務めるクレハにそんな猶予は与えられない。湧き出した苦い後悔と屈辱を絶叫と共に吐き出すと、クレハはすぐ様にライアット達の後を追ってその場を去った。




 ◇




「クレハ様、もうよろしいのですか?」


「OK~OK~……」


「はぁ……全然よろしくないじゃないですか」


 クレハの様子にライアットは思わず微笑を浮かべながらため息を漏らした。


「……わりぃ、野営地までには」


「了解です。少し眠ってはいかがでしょう?昨夜から一睡もされていないようですし」


「それはお前もだろぉ」


「クレハ様」


「……わぁ~ったよ、野営地まで隊を頼んだぞぉライアット」


「了解しました。」




 ◇




 その頃、野営地の入り口では作戦任務に出かけたサキュリアス所属傭兵の代わりを買って出た野良の傭兵達が必死の形相で防衛にあたっていた。


「はぁ……はぁ……こんなきつかったんだな……」


「あぁ……はぁ……はぁ……今、撃退したので何匹目だよったく!」


 彼らとて魔獣との戦闘経験が豊富なプロの傭兵である。しかしながら彼らが経験してきた護衛と拠点防衛は勝手が違った。


「はぁ……はぁ……これあれだよあれ……精神的にきちぃ」


「はぁ……はぁ……あぁ……っていうか……」


 再び襲いかかってきた魔獣の群れを撃退し、傭兵達は顔を見合わせ声を揃えた。


『魔術師が一人もいね~よ!!!』


 拠点防衛の際、最も重要になってくるのは襲いくる魔獣の陣形を如何に崩してから近接戦闘に持ち込むかという事だった。その点において魔術師を欠いた現状は圧倒的に不利なものと言えた。


「弓師はまだか!?」


「奥でまだ矢、作ってるよ!」


「なんで大量に作っておかねぇ~かなぁ!」


「俺に言うなよ!ってか魔術師ちゃんと雇えよなぁ!」


「ば~か!今時、野良ポーターやってる奴なんてドケチな奴ばっかだろ!」


「言ってるお前も野良傭兵だろ!」


「それはお前もだろ!」


「ったく!……ん?……なぁ兄弟」


「どうした!」 


「……あれ」


 そう言った男の指差した先には一台のメヘ車。メヘ車は魔獣の巣窟であるメイヨー平原を走るには似つかわしくない、のんびりとした速度で野営地に向かってきていた。


「ありゃあ……なんなんだ?」


「さぁ……ん?あのメヘ車、サキュリアスの社章はいってね~か?」


 あっけにとられて呆然としていた傭兵達を傍目に、メヘ車はとことこと野営地入り口へと到着する。傭兵達の視線を一点に集める中、その扉を開くと中から一人の少年が出てきた。


『(・・・あのガキ確か昨日見たような?)』


 傭兵達が首を傾げる中、少年ことポレフ・レイヴァルヴァンは後ろを振り返りながら口を開く。


「やっと戻ってこれたな!姉ちゃん」


「はい♪よく頑張れましたね♪ポレフ」


 ポレフの声に優しい声色で応えながら銀髪の笑顔のその人が下車する。その姿に傭兵達は表情を綻ばせながら声を揃えた。


『エレシ・レイヴァルヴァン!!!』


「あら……?皆さんどうかなさいましたか?」




 ◇




 マイスター『エレシ・レイヴァルヴァン』。なにかと話題に上る事の多い彼女を知らない者は少ない。


 マイスターはあくまで職人である。製作者に位置している彼女らだが、その職業柄、高度な魔法技術を要求されるため、必然的に戦闘魔術に優れた者が多く存在する。エレシ・レイヴァルヴァンがその最たるものである事は周知の事実だった。


『ということで助けて!エレシさん!』


「え~と……何が『ということ』なのかわかりませんがお困りの様ですね♪」

 

 エレシのその言葉を皮切りに傭兵達は自分達の置かれている状況を口々に説明し始める。一通りの説明を聞き終えるとエレシは笑顔で口を開いた。


「魔術師がいないって……わかりました♪もうすぐクレハ様達が帰還すると思います。それまで及ばずながら私が助力させて頂きます♪」


『おおおおおおおおおぉぉ!!!』


 エレシのその言葉に傭兵達は歓喜に沸いた。そんな傭兵達をよそにポレフは不機嫌そうに俯いていた。

 

 姉、エレシ・レイヴァルヴァンが魔術を使う。それはポレフにとって違えてはならない姉弟の約束を遵守しなければならないという事だった。


「ポレフ?」


「俺は見ちゃいけないんだろ、姉ちゃん」


「ポレフ……」


 約束の内容は『エレシが戦闘魔術を行使する姿を決して見てはいけない』というものだった。  


「……ふふ、ポレフ?」




 ◇




 この時の姉ちゃんはなんか違ってた。今までどれだけ頼んでも戦闘魔術を使うとこなんか見せてくれなかったのに……


「今日からは見てもいいです♪そのかわり傭兵さん達をよ~く見ているのですよ?後でちゃんと見ていたのか質問します♪」


「……え?」


 エレシは驚いた顔で自分を見上げてきたポレフの頭にそっと手を添えると優しく撫でた。




 ◇ 




 ふふ……驚いていますね。今まで見学を許可しなかった意味も、そして今、許可した事の意味もよく考えてください……ふふ、すべては私のエゴですね……


 ───しかし


『来たぞ!構えろ!』

 

 ───それでも私は


 ゴウゥゥゥン!


 傭兵の合図に応える様にエレシの魔術が炸裂する。巻き上がった砂埃をぼ~っと見つめながらポレフは心の中で先程のエレシの言葉を反芻していた。




 ◇



 

 姉ちゃんつえ~……っていうかなんで今日から見てもいいんだろ?


『傭兵さん達をよ~く見ているのですよ?後でちゃんと見ていたのか質問します♪』


 脳内で姉の言葉を復唱する。傭兵を見ろ……う~ん、後で質問するって事は……


 !?


 答えられなかったら包丁飛んでくるじゃねええかああああ!!!


 自分の置かれている状況に気が付いたポレフは大慌てで砂埃を再凝視した。

 

 っていうか姉ちゃんの魔術が発動した後に魔獣が生き残ってた事なんて一度もね~じゃね~かああああ!……ってあれ?


 砂埃が晴れるとそこには魔獣達の姿がそのままにあった。魔獣達は先程のエレシの魔術によって崩された陣形のままに勢いを殺さず入り口へと到達する。それに鮮やかな連携で傭兵達が応戦していった。


 そっか……これを俺に見せるために……


「わかったよ!姉ちゃん!」


 ポレフの瞳に力が宿る。言われた通りに傭兵を見る。過去にエレシが自分に与えた指示にはすべてに意味があった。それを考える。


 考えろ俺!『ちゃんと見てた!うん!見てただけ!』じゃ後で確実に包丁が飛んでくる!


 ない頭をフル回転する。傭兵を一人一人、目で追っていく。目の前では止む事なく近接戦闘が繰り広げられていた。それをただひたすらに見る。


 傭兵と一括りに表されてはいるものの、当然ながら様々なタイプの傭兵がいる。ポレフはこの時、初めてそれに気が付いた。


 あっちの奴は大柄で力押しタイプだな……俺の参考にはならないな。あっ、あっちの奴は小柄だけど、なんて言うか巧いなぁ、参考にするならあっちの奴とそこの奴だなぁ


 気がつくとポレフはふむ、ふむと頷きながら必死に傭兵達を観察していた。そんなポレフの方を軽く振り向くとエレシは微笑みかける。




 ◇




 ポレフ……よくできました♪


「皆さん……次の群れから私がすべて引き受けます♪手の空いた方から後方に下がってください」


 透き通った声でそう宣言するとエレシの両手に光の粒が集まり始める。


 ラナクロアの魔術師は詠唱時に想いを紡ぐ。エレシにとってその想いとはポレフへの愛だった。


 ポレフ……あなたは進むべき道を定めました。後はその道をただひたすらに進んでください♪


「放ちます」


 私はそれを全力でサポートしますから♪


 ───カッ!!


 メイヨー平原が輝いた。光源をエレシとしたその光が終息したその頃には、遠目に見えていた魔獣の一団は消滅していた。


「皆さん、お疲れ様でした♪」


『い……一発って……』


 傭兵達が綺麗にドモり具合までハモったその時、野営地の方から数人の傭兵が慌てた様子で駆け出してきた。


『待たせたな!矢!できたから!』


『遅すぎるだろおおおおおお!!』


 


 ◇




 慣れない拠点防衛に苦戦する傭兵達。悪戦苦闘する彼らを助けたのはマイスター『エレシ・レイヴァルヴァン』だった。エレシの放つ圧倒的な魔術。その威力に恐怖した魔獣達は退却を始める。

 それから数刻後、野営地にはポレフ達と帰還したサキュリアス部隊の姿があった。




 ◇




「エレシちゃんエレシちゃん助かったよぉ~」


 そう言ったのはクレハだった。


「いえ♪」


 こちらとしてもポレフの良い勉強になりましたから♪


「にしてもまぁ~さか魔術師いなかったとはなぁ~……うっかりうっかり、確認してなかったよぉ」


「それには私も驚きました……」


「申し訳ありませんでした!」


 二人のやり取りにはっとなった様子で口を開いたのはライアットだ。

 

「別に責めてるわけじゃね~ってライアット~」


「ライアットさんが責任を感じる必要は無いかと♪」


「しかし……」


 落ち込んだ様子のライアットの頭を軽くぽんぽんと叩くと、クレハは真顔になりエレシの方に振り返ると、深々と頭を下げた。


「言い訳はしない。エレシちゃん、すまない!」


「?」


 小首を傾げるエレシを傍目に野営地内が騒然とする。野良のポーターや傭兵達をはじめ、サキュリアスの社員ですらクレハが人に頭を下げた姿を見るのはこれが初めての事だった。


 クレハはそんな彼らを気にする事なく更に深く頭を下げると口を開く。


「……サダオミちゃんとマリダリフが……死んだ」


 そのクレハの言葉に辺りは水を打ったように静まり返った。数秒後、一人の傭兵が涙ながらに口を開き、この静寂は破られる事となる。


『う……うそだろ……サダオミ……マリダリフ……』


 クレハはそう言った傭兵の方に向き直り丁寧に頭を下げると口を開く。


「……すまない」


 それは何よりも確かな肯定だった。重い沈黙が続く。数秒が数時間に感じる。耐え難いその静寂を打ち破ったのは一人の少年だった。


「定臣が死ぬわけね~じゃんだってあいつは」


「ポレフ!」


 天使だから。そう口にしようとしたポレフを制する様にエレシがその名を呼んだ。


 純粋に皆を安心させたかったポレフと、愛しい弟が嘘つき呼ばわりされることを恐れたエレシ。二人は顔を見合わせるとエレシが首を横に振り、それにポレフが軽く頷くというやりとりを交わす。


 二人のそんなやりとりをクレハはただじっと辛そうに眉をひそめて見守っていた。その胸中に秘められていたのは先程見たマノフの姿。背筋が凍りつく様な多数の斬撃痕に、ものの見事に切り落とされた尻尾。そこに魔術を行使した後は一切、見られなかった。


 斬撃の跡から察するにマノフと戦闘を繰り広げたのは恐らく定臣一人。あの化け物とあそこまで無魔で渡り合ったというのだ。親戚にあたるポレフがその実力を信じて疑いたくないのも頷けると内心で納得しつつも、クレハはその彼女を死なせてしまった申し訳無さに苛まれていた。


【すまない】


 再びそう口にしようとしたクレハよりも先にエレシが声を発した。


「皆さん、定臣様もそしてマリダリフ様も城壁の外に生きる人間の一人です」


 エレシのその言葉に皆が一様にはっとした顔つきになる。


 エドラルザの城壁の外の生きる者にとって死は身近な存在だ。明日をも知れぬ彼らにとって時間は常に濃密なものだった。それ故に感情はより深くより短く表現される。


 出会えば家族の様にはしゃぎ、別れる時は再会を誓いつつも今生の別れである様に哀しむ。そして誰かに死が訪れたその時は……


『天を仰げ!』


 クレハのその声を合図に全員が空を見上げた。


『俺様達はまたかけがえのない兄弟を失った。彼女らは俺様達の明日のためその身を犠牲にしてくれたのだ。哀しみ俯くのは終わりにしなければならない。哀しみは今、この場をもって捨て去り、感謝はこの身が滅ぶその時まで胸に刻み込め!』


『おぉぉぉ!』


 クレハの呼びかけに全員が声を揃えて応じる。


『目は決して瞑るな!敬礼!』


 じっと空を見据えたままに各自めいめいに拳を軽く握り、その手を胸に添える。その胸中にあるのは昨夜の宴で見た二人の元気な姿。その敬礼は自然と流れ出た涙の乾いた者から解除され、一人、また一人とその場を去っていった。去り行く彼らは誰一人として決して後ろを振り返らない。それが城壁の外に生きる者達の礼儀だった。


 クレハとライアットを最後に野営地にいた者達は各自のテントへと帰っていった。マノフの移動に成功した事を知った彼らは明日の出発の準備に早速追われ始めたのだ。その背を見送り、その場に取り残されたポレフとエレシは会話を交わす。


「俺、こういうの嫌なんだよなぁ」


「仕方がないです。皆いつまでも哀しみに囚われてはいられませんから」


「にしてももうちょっとこう……あ~っもう!うまく言えないや!」


「ふふ……ポレフは悲しい事を悲しむ時間と余裕を皆にあげたくて勇者になるのでしょう?」


 エレシのその言葉にポレフはわしゃわしゃと頭を掻いていた手を止めると、満面の笑顔を作り口を開いた。


「そう!それだよ!姉ちゃん!俺、がんばるよ!」


「はい♪」


 あぁ……ポレフ……なんて良い子なのでしょう……


 激愛モードが発動仕掛けたエレシだったが、ぎりぎりで踏みとどまると軽く天を仰いだ。


「どうしたの?姉ちゃん」


「いえ……」


 天使様な定臣様がまさか死ぬ事は無いと思いますが……大丈夫なのでしょうか……




 ◇




 エレシが定臣の心配をしていたその頃、定臣とマノフの激戦が繰り広げられたその場所はようやく巻き起こった砂埃が納まり、視界が晴れつつあった。


 その様子を近くの丘の上からじっと見据える少女の姿が一つ。砂埃が完全に納まったその場所を見つめると少女は深くため息をついた。


 少女の視線の先、つまりは定臣とマノフ達との決戦跡地には巨大なクレーターが複数残され、元が平原と山で織成されていた美しい景観であったとは到底思えないものへと変わり果てていた。


 しかし、この少女のため息の原因は他にある。


「はぁ……結局、しょうもない死に方しちゃって……」




 ◇




 野営地に戻ったクレハは皆に定臣とマリダリフの死を知らせた。深い哀しみに包まれつつも彼らは後ろを振り返らない。城壁の外に生きる者としての誇りと尊い犠牲への感謝を胸に彼らは明日に向かって歩き出す。


 一方その頃、定臣とマノフ達との決戦跡地を見下ろせる小高い丘の上には一人の少女の姿があった。




 ◇




「はぁ……結局、しょうもない死に方しちゃって……」


 つまらなそうな顔でそう呟いた少女が思い出していたのは、数刻前まで眼下で繰り広げられていた女性剣士とマノフの大群との壮絶な死闘だった。


 眼下に広がる無数のクレーター。やはり先程まで自分の目の前で起こっていた出来事は夢ではなかったのだ。そう再認識すると少女は再び口を開いた。


「なんだったのよ……もぅ」


 はじめは混乱した。知識の上でしか知らなかったマノフの碧眼が発現していた事も理解できなかったし、不可侵であると教えられていたマノフに対して部隊を展開している人間がいる事も理解できなかった。


 次に驚愕した。咆哮と共に先制したのはマノフだったのだ。自分が知りうる知識の中で、マノフが人に害を加えた事など過去に一度も無かった。


 その次は唖然とした。部隊を標的としていると思っていたマノフの大群は事もあろうに一台のメヘ車に執着し、その後を追っていったのだ。移動魔法を駆使しつつ必死に後を追った彼女は更に信じられないものを目の当たりにした。


 それは一人の女性剣士の姿。


 身の丈よりもある大太刀を携えたその女性は何を思ったのかメヘ車から飛び降りるとマノフに向かって構えなおし、自ら飛び上がりその足に斬りかかった。


 それを見て思わず息を飲んだ彼女だったが次の瞬間、その女性剣士はものの見事に踏み潰されてしまった。


 これは見てはいけないものを見たと目を背けた彼女だったが、直後にマノフの悲鳴にも似た雄たけびによってその視線を引き戻された。


 思わず目を疑う。


 再び大きく振り上げられたマノフの足の下には、その全身を返り血で緑に染めながらも力強く剣を構えたままに女性剣士の姿があった。


 驚いた彼女はすぐさまに自身に視覚強化の魔法を施し、見間違いでないかを確認した。疲労の度合いが高いために敬遠されがちなこの魔法を、惜しむことなく使った事からも彼女の混乱具合がみてとれる。


『美しい』


 それが視覚強化により、戦闘の様子が手の届く距離で観察できるようになった彼女の最初の印象だった。


 思わず目を奪われる。目の前の女性は確かに戦闘をしているはずなのだ。しかしながら彼女が抱いた印象はやはり『美しい』だった。


 舞う様な剣技。その1つ1つの所作にはすべてに意味があり、そしてそのすべてが美しかった。


 気がついた頃には彼女の視線の色は『観察』から『観賞』へと変わり、そして遂には『鑑賞』へと変わっていった。


 時を忘れひたすらに彼女は鑑賞する。無意識下で彼女はその女性剣士の剣技に恋をしていたのかもしれない。


 それを証拠に鑑賞する瞳には熱がこもり、名前も知らないその女性剣士の事をすっかりと応援し、そして何よりも……一目に見て絶望的なその状況下で女性剣士の勝利を信じて疑わない様になってしまっていた。


 恐らく彼女は勝つのだろう……


 彼女はその希望的観測の更に先を妄想し始めた。


 あの女性剣士はどれだけ鮮やかなとどめを披露してくれるのだろうと。


 彼女の期待を裏切る形で事態は数分後に急転する。戦闘は必然であった女性剣士の敗北で幕を閉じた。


「そんな事で……?」


 死闘の顛末を見守った彼女は思わずそう呟いた。


 眼下では女性剣士の死を確かめるかの様にマノフがその巨足を振り下ろし続けている。巻き起こった砂埃をじっと見据えながら彼女は先程、起こった事を確認する様に思い出していた。




 ◇




 それは女性剣士が死ぬ数秒前の出来事。一匹の幼いメヘメヘが山より駆け出してきた。


 マノフが移動しているのだ。目に見えていないだけで山中では数多くの野生の動物が、その巨足に踏み潰されている事は容易に想像できる。別段、気にとめる必要もないと再び彼女は女性剣士の鑑賞へと意識を集中させた。


 再び視界に捕らえたその女性剣士は明らかに狼狽していた。

 その視線の先には先程、山中より飛び出してきた幼いメヘメヘの姿。女性剣士が次の回避行動に成功したところでそのメヘメヘは到底救えそうにはなかった。


 むしろありえない。


 自分の命が危ないその状況下でたかが一匹の野生動物を救おうとするなど、彼女には到底理解出来ない事だった。


 しかしながらあの表情。


 まさかと思った次の瞬間にはその女性剣士はそのメヘメヘに向かって走りだしていた。


 結果として自分の命と引き換えに女性剣士はそのメヘメヘの救出に成功した。




 ◇




「ふざけないでよ……」 


 認めたくない。認めない。

 

 落胆した後に彼女が抱いた感情は怒りだった。少なくともこの短時間で彼女はあの女性剣士に魅入られていたのだ。


 それが……


「たかがメヘメヘじゃない……」


 あんたの命とは釣り合わない。


 そう言いかけて彼女は口をつぐむ。言葉に出せばあの女性剣士の死を認めてしまう気がしたからだ。もちろん生存しているとは到底思えない。しかしながら彼女はただただ認めたくなかった。

 

 数刻後、砂埃が納まりようやく晴れた視界の中、彼女はあの女性剣士の最後の場所へと歩みより、そこにその姿が無いのを確認すると今までで一番深い溜息をついた。


「はぁ……さぁ~て帰ろうかしら」


 名前も知らなかったのだ。いや、むしろ会話すら交わしていないし、あの女性剣士は自分の存在すら知らない。

 見なかった事にすればいい。そうすればこの沈んだ気持ちも少しは楽になる。


 そんな事を思いながら彼女はその場を後にしようとした。


 その瞬間───


 ──ガラガラ。


 背後で突然、音がする。 


 何かと思い振り返ろうとした彼女のその小さな背中を叫び声が襲った。


『野生のメヘメヘが山にいるとか聞いてねええええええええええぞおおおおおおおお!!!!』

「きゃあああああああ!!」


 なに?なに?なんなの?なんで生きてるの?


 慌てふためく彼女をよそに復活した女性剣士はいきなりどんよりと地面に蹲って『の』の字を書き始めた。


「……(なに?)」



 

 ◆




 俺は……あんなに可愛いメヘメヘ達を知らずとは言え巻き添えにして殺していたって事か……


 思わず死にたくなる。いや、むしろ誰か俺を殺してくれ……ってさっき死んだか……あれ?なんで死んだんだっけ……


「……はっ!?さっきの子メヘメヘどうなったんだ!?」

 

 そう言うと定臣は慌てて立ち上がり周囲をきょろきょろと見回した。……そこへ

  

『あんたのお陰で無事に山に帰ったわよ』


 なにやら声がしました。まぁとりあえずは


「そっかぁ~!誰かは存じませんがご親切にどう……も?」


 お礼を言いつつ声のした方に振り返ってはみたものの声の主の姿が見当たらない。頭に疑問符を浮かべたままに、顎に手を当てた定臣に声の主はさらに語りかけてきた。


『ねぇ、あんた何者なの?』


「それはこっちのセリフかな、姿見えないんだけどそれも魔法の一種かなにか?」


『…………』


「ん?」


 突然、黙り込んだ声の主を不思議に思い、定臣は首を傾げながら再び顎に手を当てる。


 ───ゴスッ!


「いったああああ!」


 何やら脛を蹴られました。その痛みに一瞬、小夜子の顔を思い出す。


『だ・れ・が・姿消してんのよ!ここにいるでしょ!こ・こ・に!』


 脛を押さえ蹲っている定臣に声の主が怒った様子でそう告げた。


 その声に顔を上げた俺が見たものは───


 なにやらちんちくりんの可愛い生き物がいました!


 身長はポレフと同じか少し低いくらいだろうか。真っ赤な髪を両サイドで結び、藍色の鮮やかなローブを身にまとった可愛らしい顔をした少女が偉そうに両腕を胸の前で組み、綺麗な赤い瞳でこちらを覗き込んでいた。


『まったく失礼しちゃうわ!戦う姿だけじゃなく見た目も綺麗な人とか思ってたこの僕に対してチビとかチビとかチビとか!!ど~せチビよ!チビチビチビチビよ!』


 まさかの僕っ娘。


「お……」


『チビの何が悪いのよ!っていうか僕はチビなんじゃなくて発展途上なのよ!そのへん勘違いしないでよね!……お?』


「お前可愛いなああああ!そのそばかすとか最高に可愛いなあああ!」

 

 そう言うと定臣はその少女の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。


『ちょおおお!!なにすんのよ!いきなり!ぎゃあああああああああああ!って言うか今、そばかす言ったなあああああ!!離せ!は・な・せえええええ!』



 ───数分後。



『はぁ……はぁ……はぁ……は、禿げたらどうしてくれんのよぅ』


「うははは!禿げね~って」


『も~~、お姉さまみたいな事しないでよね』


「わりぃわりぃ、お姉さまが誰かは知らないけどちっと悪ふざけが過ぎたわ」


『むぅ……』


「ん?」


『名前よ!な・ま・え!いい加減、名乗りなさいよね!』


「あ~、そういえばまだだったなぁ、俺の名前はサダオミ・カワシノ。サダオミって呼んでくれ」


『わかったわよサダオミ。僕の名前はロイエル・サーバトミン。皆はロイエって呼ぶわ』


「了解。よろしくなロイエ」


「何をよろしくかは知らないけどとりあえずは握手するわ」


 そしてようやく名乗り終えた二人は軽く笑みを浮かべながら握手を交わす。


「ねぇサダオミ」


「ん?」


「あんたこれから先、どこかの街へいくの?」


「あぁ……うん、いくよ」


「まさかと思うけどその格好のままいくつもり?」


 ロイエのその言葉に自分の今の格好を確認する。


 なんというか涙が出ました。


 お気に入りだった旅人の服(仮)はまたしても所々が破け、マノフの返り血で緑に染まり、なかなかにエロティックなはだけ具合になっていた。


「ぬああああ!またかあああ」


 頭を抱えた定臣にロイエは笑顔で口を開く。


「ねぇ、その服、直してあげましょうか?」


「お?」


 その笑顔には一切の悪意が無いように思えたんだ。


「僕、こう見えても魔導師なんだよ?」


「まじで!?超助かる!頼むよ!」


 回復魔法はエレシのそれを見た事がある。あの時、同様にこの状態からでも新品同然に修復してもらえるのだろうと定臣は期待した。


「よぉ~し、それじゃいくよ~」


「おぅ!」


 ロイエの両手に光が収束する。暖かい光が俺を包み……暖かい……?


「あっつぅ!あっつい!あっついって!ロイエええええ!」


 ───どんっ!


 爆発しました。主に俺が。


 もしかしてチビよばわりしたのとか、そばかすの事を言ったのとか頭撫でまわした事とか怒ってたのか?薄れゆく意識の中で定臣はそんな事を思っていた。




 ◇




 幼いメヘメヘの命を救うため、マノフにあえなく敗北した定臣。絶叫と共に復活した定臣の前には一人の少女の姿があった。

 少女の名はロイエル・サーバトミン。持ち前の可愛いもの好きを遺憾なく発揮した定臣はロイエルとすぐに打ち解けた。


 定臣の格好に見かねたロイエルは服の修繕を申し出る。その申し出を喜んで受けた定臣だったのだが……




 ◇




「はぁ……また失敗しちゃったわ……」


 ロイエルはそう呟きながら、ひらすら北へ向かいその歩みを進めていた。


「あぁ……お姉さまに殺されるわ……!」


 後ろをちらっと振り返り定臣の様子を再確認したロイエルは嘆く様にそう呟いた。

 ロイエルの視線の先には真っ黒こげになり、口をあんぐりと開いたまま白目を剥いて気絶している定臣の姿。その身体は僅かに地面から浮き上がり、彼女の後を追う様についてきていた。


 とりあえず吹き飛んだ服の代わりに僕のローブを着せといたけど……


 当然ながらサイズが合わないので切り裂き、面積を広げて定臣の裸体を隠す様に巻きつけていただけなのだが、思考の中ですら『着せた』と表現するのは彼女なりのこだわりなのかもしれない。


「にしてもど~して爆発しちゃうのかしら……」


 中指で口元をとんとんとしながらロイエルは思考を巡らせる。そこで思い出したのはある日の姉とのやりとりだった。



 ――回想――



『ロイエ。今後、回復魔法の使用を禁止する』


「えええええぇえええ!?」


『ええじゃない!どうするんだこの有様を!?』


 そう言ったお姉さまが指差した先は、さっき僕が回復……しようとした?校舎の外壁だった。ちょっとだけひびがはいってたから補修しようと思ったのよね……


「ほ、ほら、前のデザインにも皆、飽きただろうなって思ったから……ね?」


『そうかそうかぁ~ロイエは賢くて心優しいんだなぁ~』


 そう言ったお姉さまの目はもちろん笑っていなかったわ。


『これは』


 そう言いながらお姉さまは僕との距離を一歩ずつ縮めると


『もはや校舎の外壁ではない!』

「あははははは!やめてえええ!お姉さまああああ!」


 ものすごい、くすぐられたわ。


 それから僕は気絶しては回復魔法で意識を強制的に戻され、また気絶するまでくすぐられるという地獄を味わった……お姉さまはその間ずっと高笑いし続けていたわ。




 ◇




『まったく、私の言う事を聞かないならおしおきするぞ?』


 何度目かの気絶から呼び戻された時にお姉さまはそんな事を言いやがりまし……仰いました。でも僕は知っているわ、あの程度の事はこの人にとって他愛もないスキンシップに分類されるんだってことを……


「はぁ……はぁ……もう……十分よ……」


『ふふん……にしてもロイエよ。なんでお前の回復魔法は毎度毎度、爆発するのだ?』


「はぁ……はぁ……それは……僕が聞きたいよ……はぁ……はぁ……」


『まぁいい。とりあえず私がたまたま居合わせたから良かったものの、下手をすれば怪我人……いや、死人も出ていたのかもしれんのだぞ?』


「うぅ……」


『ふふ……反省しているのなら良しとしよう』


 そう言うとお姉さまは軽く口元を緩め手をかざして回復魔法を行使する。すると先程、僕がありえない程に破壊した外壁が綺麗に修繕されていった。


 なによもぅ……僕だってあれくらいできるんだから!


『僕だってあれくらいできるんだから!』


「え”?」


 発音できない声が出たわ。


『まさかそんな世迷い事を考えてはいないだろうな?』


「なっ、ななななないよ!ない!ない!ないわよ!」


『ふふ……ならいい』


「ね、ねぇお姉さま……も、もしだけどね?もし言いつけを守らずに回復魔法使ったら僕の事どうするの?」

 

『さぁどうしような……次は何がいいかな……?ふふ……ふふふ……あ~っはっはっはっは』


 殺されるわ……回復魔法を使えば間違いなく殺されるわ……



 ――回想終了―― 



 それを……僕は使っちゃった……


 何故だろう……?


 やっぱりあの剣技に中てられたのかしら……

 

 それにしても綺麗だったなぁ……


 にしても話してみるとあんなにがさつな人だったなんて意外だったわ。でもまぁいい人そう……


 そっかぁ……僕はサダオミと少しでも仲良くなりたかったんだわ。


 もう一度、後ろを振り返ってみる。


「あはははは!」


 思わず噴出した。


「あははは!じ、自分でやっといてだけど、あはは!あの美女が、あはは!その顔!あははは!」


 爆発させられた挙句に爆笑されているなどとは露知らず、定臣は尚も白目を剥いてあんぐりと口を開いたまま気絶し続けていた。


「はぁ~……ごめんね、サダオミ」


 一頻り(ひとしきり)笑い終えるとロイエルは一応の真顔を作り、定臣に軽く謝罪を済ませ、再び北へとその歩みを進めていった。


「でもまぁ……大丈夫よね!」


 先程、一瞬見せた反省もどこへやら、そう口ずさんだロイエルの顔は実に晴れやかなものだった。



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