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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
16/57

聖獣 II




 ■ 




 遂にマノフに遭遇した一行。振り返ったマノフのその巨顔には、既に秘めたる碧眼が浮かび上がっていた。




 ◆




 待て待て待て待て!なんでいきなり戦闘モードはいってんだよマノフ!


 とりあえず心の中でつっこむ。思考は巡る。しかしながら肝心の身体が脳の命令を受け付けてくれない。恐らくは部隊全体がその状態に陥っているのだろう。マノフが振り返ったその瞬間、誰一人として動ける者はいなかった。


『るうううううううううううううううううううううううううううううううう!!』


 二度目の咆哮。ようやくマノフの呪縛から解き放たれた定臣は慌てて先頭のクレハへと視線を送る。それとほぼ同時にマノフは巨大すぎるその後ろ足を天空へと掲げた。


 時の流れが妙に遅く感じる。これが噂に名高い走馬灯ってやつなのだろうか。


 思わず視線を引き戻された定臣は、ゆっくりと振り下ろされるマノフの後ろ足を見上げながらそんな事を思っていた。


 人はあまりに絶望的な状況に陥ると身動きすらとれなくなってしまう。そんな中、即座に行動をおこせる人間に定臣はなりたかった。しかしながら確固たる実力を手にいれた今でも身動きをとれずにいる。


 あほか俺は!ぼけ~っと見てる場合じゃないだろ!


「なんとかしなきゃな!」


 そう口にすると定臣は軽く笑みを浮かべながら剣気を身に纏う。魔法が存在するこの世界の住人は目に見えない力を敏感に感じとる事ができるらしく、定臣が発する剣気は周囲の注目を集めた。


 大きく息を吸う。集中力を高めていく。


「よし!」


 その声と同時に定臣は先程からしっかりと柄を握り絞めていた右手を引きずり上げる。定臣のその姿に周囲から感嘆の声が漏れた。


 大太刀『轟劉生』を抜刀するためだけに試行錯誤と反復練習の末に編み出した独特の抜刀スタイルは、見る者を魅了する美しさを兼ね備えていた。


 刀は抜けた!身体は軽くなった!……だからどうしたってくらいでけえええええええ!!


 定臣のそんな魂の叫びなどお構いなしにマノフの後ろ足はゆっくりと振り下ろされる。


 考えろ俺!尻尾が弱点だったな……って届くかよあんなの!仮に届いて作戦通り移動させても下手すりゃこっちに歩いてくるぞこれ……どうする……どうする!


 きょろきょろと眼球だけを動かしてマノフを観察する。現状を打破するには前方に倒すしか方法は無さそうだと結論に至った定臣は、前足を刈り取ろうとメヘ車を飛び降りようとした。


 ───その時。


『クレハストラアアアアアアアアイク!!』


 絶叫と同時に前方のメヘ車からもみあげが飛び上がる。その全身は金色の光に包み込まれていた。


 クレハストライクて。必殺技をリアルに口に出す人、初めて見たよ!っつかあのもみあげ、マノフの足につっこんで何するつもり……


 よく見るとクレハのその手には、帯剣していたレイピアの様な細剣がしっかりと握られていた。


 そうか!あれで足の裏ぐっさりと!


 ───ドゴオオオオオン!


 定臣がそう結論づけたその時、周囲に轟音が響き渡る。


 あ り え な い


 手に持つその細剣を突き刺すかと思われたクレハは、事もあろうにマノフの足を殴り飛ばした。そう、突ではなく打で。


 あぁ、理由は簡単に想像できる……『このほ~ぅが格好いいだろう?』とか言うに違いない。頭痛くなってきた。


『なぁにやってんのぉ!もって二十秒!すぐに他のマノフが出てくるぞぉ!全軍散開!野営地方面にはいくなよ!』


 思わず頭に手を当てた定臣だったがすぐにクレハの声が耳に入り、我に返った。


 あまりにクレハすぎて状況を一瞬忘れてた。


 既に散り始めた他のメヘ車となるべく車間を開き、自分達も発進する。一瞬、出遅れた定臣を制し、メヘ車を発進させたのはマリダリフだった。




 ◇




 にしても見事なものだ……統制された部隊。これが国の軍隊ではなく、ただの一企業の私兵だというのだ。


「サダオミ!今は集中だ!」


 サキュリアスに中てられ、辺りをきょろきょろと見回していた定臣にマリダリフが檄を飛ばす。


「わ、わりぃ!」


 

『るうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!』


 三度目の咆哮。再び空を見上げた定臣を影が覆った。


「でやがったな……」


 空に灯る複数の青。マリダリフのその呟き後、その数は次々と増えていった。


「最初の一撃だ!それさえ回避すれば逃げきれる!」


「了解!」

 

 最悪、マノフの片足をぶった斬るつもりでいくしかないか。


 振り下ろされるマノフの足をじっと見据えながら定臣は覚悟を決めた。


 


 ◇




「なぁ、マリダリフ~」


「な、なんだサダオミ」


 数分後、何とかマノフの初撃を掻い潜る事に成功した定臣達は、野営地から遥かに西のメイヨー平原をひた走っていた。


「マノフってさ~」


「あ、あぁ」


「全部、俺らについて来てない?」


 そう呟いた定臣達の背後には今も尚、幾数もの眩い碧眼が追跡して来ていた。


「言うなあああああああああああ!」



 

 ◇




 定臣とマリダリフがマノフに追われているその頃、ラナクロアの主役ことポレフ・レイヴァルヴァンは泣いていた。


「だから勝てると思ったんだってぇえええ」


「黙りなさい。マノフに踏まれてはいけませんよと言いました。」


 ポレフの正面には包丁を構えたエレシの姿があった。もちろん瞳の奥には般若の形相を携えている。


「ちょっと踏まれただけじゃんか~」


「……私が怒っているのは踏まれた事、それ自体ではありません」


「うっ……」


「ポレフ、あなたは先程……」


 そう呟きながらエレシが思い出したのは、マノフに遭遇してから今までの一連の出来事だった。



 ――回想―― 



 目の前には予期せぬマノフの碧眼、これにはさすがに驚きを隠せませんでした。しかしながら私達の前方にいらっしゃるお方はあのクレハ・ラナトス様です。 


『クレハストラアアアアアアアアイク!!』


 お見事なお手並みです。さてさて、のんびりしている時間はありません。マノフの次の一撃が来る前に愛しの弟、ポレフを安全な所まで避難させなければ……


「おぉぉぉおお!おっさんすげ~な姉ちゃん!すっげ~すっげ~!」


「はい♪すごいですね」


 不安にさせてはいけません。弟には常に笑顔を見せる様に心がけます。 

 

 弟に軽く笑顔で返事をした後、私はすぐにメヘメヘを操り、マノフの一撃を回避しようとしました。


 前方を走っていたサキュリアスの部隊はさすがと言えるでしょう。見事に統制の整った撤退をみせています。


 定臣様の安否は心配するだけ失礼にあたるでしょう。あの方は天使様なのですから。




 ◇




 数秒後、遂にマノフの大群が姿を現しました。あまりの数にその初撃を回避できるか不安を覚えましたが、マノフの一撃は予想外の方向へと伸びていきました。


 私はてっきり、初撃を回避したクレハ様の元へと降り注ぐものと思っていたのですが……


 その時、エレシは散開しながらも精錬された動きをしていたサキュリアスの部隊とはあきらかに違う動きをし、部隊から大きく離れていった一台のメヘ車へと視線を送っていた。

 視線の先のメヘ車に乗車しているのは定臣とマリダリフである。


 あの動き……メヘメヘを操っているのはマリダリフさんですね。


 荒さの中に確かな技術が光るその操作は部隊として訓練を受けた者とは異なるものの、幾つもの修羅場から生還し続けた彼、マリダリフ・ゼノビアの実力の程が伺えるものだった。


 ……お見事ですね


「ポレフ?メヘメヘはああやって操作するのですよ?」

 

 その技術に感動した私は弟に見せようと呼びかけました。しかし、いつもはすぐに返事をする弟から返事がありません。


「……ポレフ?」


 手綱に手を添えたまま、後ろを振り返った私は思わず目眩を覚えました。後ろに乗車していたはずのポレフの姿がありません。


『ねえちゃあああああああああああああん!』


 そこにポレフの声が聞こえてきました。慌てて声のした方を振り向いた私を更に頭痛が襲いました。


「ポレフ!何をしているのですか!」


 あの子はいつの間にメヘ車を降りたのでしょう。私の戸惑いなど知る由もないといった具合に満面の笑顔を浮かべ


『ちょっとさっきクレハがやってたやつやってみる~~~!』


 と大声で叫ぶと一番近くにいたマノフへと向かって駆け出していきました。


 当然ながら魔法を一切、学んでいないあの子に先程のクレハ様の真似事ができるはずがありません。


 マノフの碧眼の矛先は定臣様の乗るメヘ車へと向かってはいます、しかしながらマノフには攻撃に使用している前足の他に定臣様を追跡している後ろ足もあるのです。


 マノフにとってはただの歩みに過ぎないその後ろ足の一撃だけでも十分に危険なのです。


 それなのに……それなのに……そこに勇敢にも自ら飛び込んでいく我が愛しの弟ポレフ……

(注:馬鹿姉視点です)


 先程までの心配もどこへやら、ポレフの後ろ姿を見つめながらエレシは恍惚な表情を浮かべていた。


 そんなエレシなどお構いなしにポレフ・レイヴァルヴァンはただひたすらに猛進する。


 ああ……なんて……なんて素敵なのでしょう……

(注:馬鹿姉です)




 ◇




『いくぞおおおおお!』


 ポレフは雄たけびをあげながら遂に一番近くに見えるマノフの足へと追いつき、そして斬りかかった。素手なのに。


『ポオオレフウウウウ!!』


 格好良いですよ!ポレフ!


『ストラア……』

 ぷちっ


 踏まれました。あの子、踏まれました。


 必殺技?がいよいよ炸裂しようかという寸前に別のマノフの後ろ足が頭上から降り注ぎ、ポレフはものの見事に踏み潰されてしまいました。



 ――回想終了―― 


 

「自ら踏まれにいってどうするのですか!」


「あれにはびっくりした!」


「びっくりしたのはこちらです!」


「さすがにちょっと痛かった!」


「当たり前です」


 そう釘を刺すとエレシは懐に包丁をしまいこんだ。


「……あれ?」


 てっきりいつもの人間ダーツが始まると身構えていたポレフは、思わず拍子抜けした声を上げた。


「……結果的には残念でしたが、少し格好良かったですよ♪ポレフ」

(注:馬鹿姉です)


「だ、だろ?」

(注:馬鹿弟です)


「えぇ、えぇ♪でも危ないのでもうしちゃいけませんよ?」


「男が負けたままで終われるかってんだ!次はちゃんと成功させるよ!」


 優しいエレシの声色に安堵したポレフは思わずそう口にする。


「……次?」

 

 なぁ定臣……お前だけはわかってくれてると思うんだ……


 エレシの声を聞いた後、突然、空を見上げたポレフは心の中でそう呟いた。


 この……


「姉ちゃんの笑顔の裏に隠された鬼の形相をおおおお!!あああああ!かすった!今かすったって!」


「ポレフ?」


「あっ!あああ!包丁やめて!やめてえええ!」


「笑顔の裏が……なんですって?」


「ぎゃあああああああああああああ!!!」



 ラナクロア暦635年 水の月 三の火の日。

 この日、ポーター結社サキュリアスによって行われた大々的な作戦の中、メイヨー平原に響き渡った絶叫はマノフによるものではなかった。




 ◇




 何故かマノフに追跡され続ける定臣達。マリダリフの絶妙なメヘメヘ捌きで回避し、一度は逃げきれるかに思えたものの、定臣達とマノフの群れとの距離は徐々に狭まってきていた。




 ◆




「まずいな……」


 後方をちらちらと振り返りながらマリダリフがそう呟く。


 作戦の大前提として乗車するメヘメヘの速度は、マノフの進行速度よりも速いというものがあった。しかしながらその大前提はあくまでマノフの『進行速度』と比較した場合である。


 後方のマノフが行っているのは『進行』ではなく『追跡』だった。振り下ろされる前足にはすべてに殺意が込められ、通常の歩みよりも力強く地面に叩きつけられている。


 轟音と共に振動する大地。並々ならぬ恐怖を覚えたのは人間だけではなかった。


 当然ながら定臣は知る由もないのだが本来、メヘメヘとは温厚な草食動物であり、その性格は極めて臆病なものである。戦闘に不向きなそのメヘメヘにサキュリアスは徹底的な訓練を施し、如何なる事態にも対処できる様に鍛え上げ、様々な作戦に投与してきたのだった。


 そして現在、背後で起こっている事態はサキュリアスが想定していた如何なる事態にも当てはまるものではなかった。


『ピュイイイイイイイイ!』


 従順にマリダリフが操る手綱に従っていたメヘメヘが突然、声を上げながら走りを乱す。一気に速度が落ちた事により、これまで懸命に凌いできたマノフとの距離が更に狭まった。


「やっぱりこうなったか!?……ちぃ!」


 事態が更に悪化した事に苛立ち、思わずマリダリフが舌打ちする。そこに定臣が声をかけた。


「マリダリフ!」


「なんだ!ちょっと手綱に集中させてくれ!」


「それどころじゃないんだ!」


「どうした!」


「いいから見てみろって!」


 そう言いながら定臣が指した指先は、先程からマリダリフが制するのに悪戦苦闘しているメヘメヘへと向けられていた。


「わかってる!それを今、落ち着かせてるんだ!」


「だからそうじゃなくって」


「なんだ!」


「耳だよ!耳!」


 定臣のその言葉に仕方なくもう一度、マリダリフはメヘメヘへと視線を送る。メヘメヘは恐怖から耳を伏せ、その身体をぶるぶると震わせていた。


「な?」


「わからん!耳がどうかしたのか!」


「どうかしたのかってお前……無茶苦茶可愛いじゃね~かぁああ!」


「…………しるかあああああああああああああ!!」




 ◆




 なにやら怒られた。この可愛さがわからんとは残念な奴だな……まぁ状況はかなり悪いか……しかし、なんだって全部こっちに来たんだ?


 後方を振り返る。マノフとの距離は狭まってはいるものの、もうしばらくは保ちそうだった。


 どうしたものかな……俺はともかく踏まれるとマリダリフは確実に死ぬよな?


 いくらフラグを立てまくったからといって目の前で人が死ぬのは我慢できない。そう考えを巡らせると定臣は現状を打破しようと思考を加速させた。


 マノフ、マノフ……碧眼……


 背後に輝く複数の碧眼を見上げながら、定臣が思い出したのは作戦前のクレハの言葉だった。


『自身の種に害を為す存在には種をもっての返礼が成される』

 

 害を為す存在……存在……一匹のマノフを殺した魔獣という存在を永遠の敵とみなしたマノフ……種族を敵としてみなす?


 そこに考えが至った定臣はマリダリフを見た。


 こいつは人間……俺は天使……マノフは全部、俺達のメヘメヘに向かって来た……


 ───!?


 まさか!


「どうした!なんか喋ってくれ!そっちの方が落ち着くんだ!」


「……わりぃマリダリフ」


「なんだ!」


「俺は大丈夫だからこのメヘメヘ守ってやってもらえるか?」


 そう言うと定臣は身を乗り出し、メヘメヘの頭を軽く撫でた。それを見ながら怪訝な顔を浮かべマリダリフが口を開く。

 

「意味がわからん!」


「マリダリフ、1つ質問いいか?」


「なんだ!」


「ここから一番近い町は?」


「……北にずっといけば鞄の町『シイラ』がある!」


「OK~、んじゃそこの酒場集合でよろしく!」


「なに?」


「頼んだぞ!」


 そう言うと定臣はメヘ車を飛び降りていった。


「ちょ!何やってんだサダオミ!」


 マリダリフは慌てて後方に遠ざかっていった定臣のその姿を目で追った。


「あいつ……」


 ただ者ではないとは思っていた。しかしながらこれ程とは……


 視線の先には定臣の後ろ姿。大太刀を構えたその背中からは強者だけが放つ、独特の雰囲気が感じられた。それを感じる事ができるこの男もまた強者である。


 放っておいても大丈夫そうだと判断したマリダリフは天を仰ぐと


「ふぅ……シイラの酒場集合だったな……」

 

 そう呟くのだった。



 ◇




 マノフの標的が自分である事に気がついた定臣は同乗するマリダリフを守るため、意を決してメヘ車を飛び降りた。迫り来るマノフの群れをじっと見据えたまま、定臣は大太刀『轟劉生』を持つその手に力を込める。




 ◆




 さてさて───勢いで飛び降りてはみたものの正直、どうすりゃいいか検討もつかないなぁ


「にしてもでけぇ……」


 頭上にそびえる幾数もの碧眼は只々、無慈悲にその距離を詰めてきていた。


「にしてもなんだって俺なんだよ……」


 思わずごちる。


 俺が敵……天使が敵……


 昔、天使がマノフを殺したって事だよなぁ……


「知るかっ!俺には関係無さすぎるだろ!どっかの馬鹿天使がやらかした事の責任を同種族だからって俺がとらんとならん理屈はないだろ!」


 そう口にした後、できる事なら話し合いで争いを回避したいものだ───などと肩をすくめながら思いつつも、尚も一定のリズムを刻みながら迫り来るマノフを見上げる。


「まぁ無理なんだけどね……」


 大きすぎるその身体に思わずため息が出た。


 そして、いよいよあと一歩でマノフの巨足が定臣に届く距離まで迫る。その時になってようやく定臣は『殺す』覚悟を決めた。


 師『轟劉生』の剣を扱う上での教えである『覚悟』。


 それは殺す覚悟と殺される覚悟であり、敵が賭けた想いに対価を以って応じるという礼儀でもあった。


 定臣はその教えの危うさも十分に理解した上で遵守しようと心に決めていた。


 だからこそ構える。殺す覚悟と殺される覚悟を胸に秘めたまま構える。


「碧眼は結構、可愛いぜ!マノフ!」


 頭上に降り注ぐ最初の巨足に飛びかかりながら定臣はそう口にするのだった。



 

 ◇




「ライアット!隊の調整にはあとどれくらいかかる!」


「はっ、もう三十分は必要かと」 


「ちっ」


 珍しく苛立った様子でクレハは天を仰いだ。遭遇から数分後、サキュリアスの部隊は野営地から北部に位置する所まで無事に逃げ果せていた。


 ───確かに予想外の事態は起こった。しかしそれすらも彼の中では想定の範囲内のことだった。

  

「サダオミちゃん……」


 そう呟きながらクレハが思い出していたのは、その目に焼きついた定臣達を乗せたメヘ車の後ろ姿と、それを真っ先に追っていったマノフ達の姿だった。


「くっそ……」


 確かに初撃でマノフの敵意を自分へと引きつけたはずだった。


「はずだった……じゃねぇ~んだよぉ!何やってんだ俺様!」


「クレハ様」

 

「なんだ」


「エレシ様とポレフ様はどうなさいましょう?」


「あぁ───あの二人は放っておいても大丈夫だ」


「え?」


 クレハの予想外の切り返しに思わずライアットが声を上げる。


「エレシちゃん達は放っておいても後で野営地で合流できる───

 それよりも早く隊を整えてマノフを追うぞぉ!」


「……了解しました。」




 ◆




 辺りには轟音が断続的に響き渡る。わずか一蹴で文字通りに終わると思われた定臣とマノフ達との闘いは今も尚続き、その色を死闘へと変えようとしていた。


 最初に斬り抜いたのは円柱形。自身の頭上へと降り注いだマノフの足裏をくり抜く様にえぐりとると、その肉片を微塵に分断する。


 ───賭けは定臣の勝ちだった。


 自らがくり抜いたその空間に入り込む事によってマノフの初撃を回避する。

 マノフの巨足の中で無事に生き残り、一瞬暗くなった視界の中で安堵した定臣だったが、すぐ様に次の一撃への対処を迫られる事となった。


『るううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!』

 

 足裏を斬り刻まれた激痛でマノフが叫ぶ。


 痛みと、とどめの一撃を回避された事への怒りで、すぐ様にくり抜かれた側の足を振り上げると更に力を込めて定臣へと振り下ろす。


「そりゃ痛いわな……」


 そう口にはしたものの、定臣に手を緩める気は全く無かった。


『るううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!?』


 斬る。斬る。斬る。


 振り下ろされたその数の分だけくり抜いては切り刻む。それが定臣にできる唯一の防御だった。


 無限に続くと思われたその攻防は突如、終わりを迎える。


「そろそろいけるか……」


 定臣は回避の度にマノフの足裏を外周に向かってえぐり続けていた。そしてようやく外周まで山一つ分程の距離まで移動する事に成功すると、その身を大きく沈ませる。


 それは師『轟劉生』との決闘の際に自らの意思で不発に終わらせた轟流剣術の奥義を放つ構え。


「まさか移動するのに、この技使うとは思わなかったなぁ」


 そう呟いた定臣の姿はその音声だけをその場に残し、遥か前方へと移動していた。


「成功、成功♪」


 にしても身体にかかる負担が半端ない。足が悲鳴を上げているのがわかる。


『るううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!』


 どうやら足の心配をしている余裕は与えてくれないらしい。先程のマノフとは別のマノフにすぐ様、発見されたようだ。


「きりがねぇ~な」


 再び降り注ぐ巨足を同じ様に回避する。そこでマノフの弱点に気がついた。


「こいつら群れで攻撃してる意味ね~!」


 巨大すぎるその身体に対して小さすぎる敵。攻撃できるマノフは常に一匹だけだった。


 定臣は劉生に教えられた事を思い出し、思わず笑みをこぼした。


 ───かつて国斬りを果たした轟流剣術。


 その際に複数の敵に同時に攻撃をされた場合、どう対処したのかと問いただした定臣に劉生が示した答えはこうだった。


『む?敵とは常に一対一だろう。刹那に潜り込めぬ程、俺の剣は遅くない』


 当時は無茶苦茶だと思ったその教えは、実力をつける度に納得できるものへと変わっていった。

 気構えの話ではなく、実際にそうなのだと理解できるようになった。


 それを目の当たりにできた自分に思わず嬉しくなる。


「敵は巨大で複数───なれど闘いは常に一対一……轟流剣術・免許皆伝!川篠定臣!参る!」


 無意識の内に定臣はそう口にしていた。




 ◇




「嘘だろ……」


 ようやく部隊を整え終え、急ぎ定臣達が逃げた先へ向かったクレハ達を迎えたのは一匹のマノフだった。


 その身体には斬撃でつけられたと思われる刀傷が幾数も残され、その尻尾は中程で分断され、その歩みは通常よりも更に遅くなり、そしてその目に灯っていたはずの碧眼は鳴りを潜め、普段のクレーターの様なくぼみへと変化していた。


「くそったれ!」


 つまりそれは───標的である定臣達が殺されたという事を示していた。


「クレハ様……」


「作戦は成功した───すぐに撤収だ。

 野営地に戻ってエレシちゃん達拾ってからエドラルザに向かうぞぉ」


「……了解です。」


「あ~それと」


 指示をだそうとその場を去りかけていたライアットをクレハが呼び止める。


「先に戻っています。

 クレハ様はもうしばらく現状調査をお願いします。」


 呼び止めたクレハの方を振り返る事なくライアットはそう言い残すとその場を後にした。


「……できた部下だねぇ」


 その背中を見送り、部隊が去っていったのを確認した後、クレハは天を仰ぎ絶叫した。


『ちっくしょおおおおおおおおおおおお!!!』 


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