真っ赤なその人
■
何も考えてなさそうな……もとい、嫌いなものなど無さそうなポレフに嫌いと言わしめる人物。一帯どんな人なんだと想像してみる。
1、テンションがおかしい
2、なんか格好が変だ。
3、超偉そうだ。
どれもろくでもなかった。
◆
しばらくして戻ってきたエレシと合流し、目的の建物を目指す。市が立ち並ぶ大通りを通過した先にその建物はあった。それも二つも。
見た感じには木造だろうか。どうせ建物限定で許されている都合の良い魔法が行使されているに違いない。そう思いながらもまじまじと建物を観察する。
右手に見える建物からは同じ造りながら年季を感じさせられる。対して左手に見える建物は造られて間もない感じだ。
エレシいわく右手が旧傭兵雇用所で左手がサキュリアスの支社になるそうだ。
にしても旧傭兵雇用所って閑古鳥鳴いてるなぁ
「あれって営業してんの?」
「してますよ♪」
サキュリアスに大半の依頼がいく中でも、サキュリアスの営業範囲外へ赴きたい者は今でも傭兵雇用所を利用しているらしい。
大きな組織に属すの嫌う傭兵もいるだろうしなぁ、上手く住み分けてるのかぁ……っていうか営業してるのに『旧』とかつけてやるなよなぁ
それにしても見るからに流行っていない。サキュリアスの営業範囲とやらがラナクロア全土に及ぶのもそう遠くない時代のことだろう。そうなればラナクロアの古き良きかはわからないが伝統が一つ失われる事になる。
そういうのはどこの世界でもあるんだなぁ
そう思いながらも定臣は昔、住んでいた世界での出来事。大手に需要を奪われて廃れていった近所の商店街の事を思いだしていた。
そんな定臣を他所にエレシはなんの迷いも無く左手のサキュリアス支社の扉をノックする。そもそも最初からその予定だったので迷う必要すら無かったのだが、定臣はそのエレシの背中をどこか切な気な表情で見送っていた。
「ほら!定臣いくぞ!」
「あ、あぁ」
ポレフにせかされてエレシの後に続く。扉が開くとすぐに明るい男の声がかかった。
「いやっほぉ~ぅ!エレシちゃん来たね!?来たよ来ちゃったよ!」
なにそのテンション。
うわ~という顔で定臣は男に視線を送る。第一印象はちゃらそうなおっさん。ド派手な金髪にリーゼント、あきらかに他の人と違う赤色のスーツをはおり、その中にはシャツ的な何かは着込まれていない。そして何より目立つのはそのもみあげだった。
なにその格好。
思わず男を凝視したまま声を失っていた定臣に男が気付き声をかけてきた。
「なになになになにこの美女!エレシちゃんの何?妹なんていたっけ?ははぁん、俺様に惚れたな?」
俺様て……なるほどわかったよポレフ。最初に想像したポレフが嫌う人物像。すべてに合致したこの男こそが恐らくはクレハ・ラナトスその人なのであろう。
得意の愛想笑いでスルーしようとした定臣だったが笑顔がものの見事に引きつっていた。
「クレハ様」
困った様子の定臣を見兼ねてエレシが声をかける。するとクレハは瞬時に硬直した。
「あ、あ~はぁ~。ごめんごめん、俺様ちょっと調子にノリすぎた」
「はい♪」
クレハ・ラナトスも笑顔の奥の絶対零度の瞳の存在を知る一人らしい。
エレシはなんともいえない顔で二人のやりとりを見ていた定臣の方に振り返ると紹介を始めた。
「定臣様、こちらサキュリアス社長のクレハ・ラナトス様です。そしてこちらはサダオミ・カワシノ様です」
「ども」
「ど~もど~も、それでそのサダオミちゃんはエレシちゃんのお知り合いの方かな?美女は決して忘れない俺様が見た事ないんだけど」
自分の正体を明かすべきか否か、一瞬、口をつぐんだ定臣を他所にエレシが即座に答える。
「私の従姉妹になります。珍しく遊びにいらしたんです♪」
俺の正体は秘密って事か。軽くエレシとアイコンタクトを交わした定臣はすぐにエレシに話を合わせた。
「小さい頃にちらっと会っただけだったから近くに寄った際に会いに来たんだよ」
あれ?今、クレハの笑顔が一瞬消えたような……
「そ~かそ~かぁ!エレシちゃんの親戚って事はいずれは俺様の親族ってことだぁ、困った事があったら相談にのるよぉ!」
気のせいか?
「ども」
クレハは短く返事を返した定臣に笑顔で答えた後に、真剣な面持ちでエレシの方へと振り向く。
「さてさて、挨拶はここまでだ。ここに来たって事はお仕事のお話かい?」
「はい♪珍しくクレハ様がいらしてたので助かりました」
「俺様、金の匂いには敏感でねぇ~、俺様の嗅覚がレイフキッザに行けと叫んでたのよ」
その嗅覚は見事に的中したとクレハは続けた。名マイスターであるエレシ・レイヴァルヴァンがレイフキッザを離れる。それはつまり、エレシ産の靴の生産が止まるという事。
ポーターの所属に関係無く、均等に販売する事を信条としているエレシの作品はサキュリアスといえど独占できない。生産が止まる事を事前に知っていれば儲け放題だとクレハは言った。
「なんだか私に靴を造って欲しくないように聞こえました……」
すっと視線を落としてそう呟いたエレシをギョっとした顔で見たクレハは慌てて口を開く。
「ないないな~いよ!エレシちゃんの新作がでなくなるとか俺様、超苦痛!」
超とか言うなおっさん。
「知ってるでしょ~?俺様、エレシ作品しか履いてないの!ラナクロアで一番、エレシ作品持ってるよ!?」
「それは存じておりますが……」
尚も俯くエレシを見て、クレハが更に焦る。
「かぁ~!このクレハ・ラナトス一生の不覚!いやいや!これマジな話しなんだけどさぁ~、俺様、マイスターエレシに心酔してんの!」
両手を顔の前で合わせながらクレハは更に続けた。
「ほらほらほおぉ~ら!俺様のサキュリアス相手に専属契約を完全拒否するマイスター魂とか!金であっさり堕ちるその辺のマイスターとは気概が違うじゃん!その美貌よりも俺様、そっちに惚れこんでるのよ!」
そういえばこのおっさん、元マイスターっていってたなぁ
だからこそ先程の失言を即座に認めての謝罪なのか。ふ~んと納得している定臣を他所に二人のやりとりは続いた。
「本当!この通り!悪かった!」
謝り続けるクレハにちらっと視線を上げてはまた降ろすを繰り返していたエレシは、クレハにいい加減泣きがはいってきた頃合を見計らってようやく口を開いた。
「私達、エドラルザ王国まで行く予定なのです」
ぼそっと呟いたエレシのその言葉に、一言一句聞き逃すまいと集音機のごとく耳を傾けていたクレハが即座に反応した。
「エドラルザ!エドラルザね!任せてよ任せて!代金とかもちろんとらないから!俺様のせめてもの謝罪!」
もしかしてエレシの奴……
「はい♪ありがとうございます♪」
そう言いながら顔を上げたエレシの顔は満面の笑顔だった。それを見た定臣は確信する。
全部、演技でしたね!エレシさん!
◇
「いや~!いやいやいや~!機嫌なおしてくれてよかったよぉ!」
謀られた事に気づけよおっさん……
哀れむ様な目でクレハを見ていた定臣を他所に本人はひたすらに上機嫌だった。そこに扉をノックする音が響き渡る。
「ど~ぞ!」
上機嫌なままの声でクレハが入室を許可すると部下らしき女性が入室してきた。
「クレハ様」
「ど~したライアット、お前は若についていろと言ったはずだが」
「はい、ですがその若様より至急、クレハ様へとお手紙を預かっておりまして」
「む、見せろ」
一瞬、顔をしかめたクレハだったがすぐに手紙を読み始めた。
「はっはっはっはははははは!」
そして一通り目を通したかと思うと突然笑い始める。
やだなにこいつきもい。
ど~するのこれといった顔でエレシに助けを求めてはみたものの、エレシも同じ様に困った顔をしていた。目が合って思わず苦笑いを浮かべた二人だったが、クレハはお構いなしといった様子で笑い続けている。
客をそっちのけにしすぎだろ、このおっさん。
思わず心の中でつっこみをいれた定臣だったが、先程から何かを忘れているような気がするとエレシに再び視線を送る。そこで気が付いた。
何やってんのあいつ
定臣の視線の先にはエレシの背後にぴったりと張り付いているポレフの姿。よく見ると何やらぶつぶつと呟いている。
はてなと首を傾げながら聞き耳をたててようやくその声は聞きとれた。
「俺は影俺は影姉ちゃんの影だからあいつには見つからないバレない影影影」
どんだけクレハのこと嫌いなんだよポレフ!
思わず心の中でそうつっこんだ。
「事情が変わった。エレシちゃん達、いつ出発だい?」
急に笑うのをやめたかと思うと声色を変えてクレハがそう口にする。ポレフの様子を見て思わず吹きだしかけた定臣だったがクレハのその声でなんとか堪えることができた。
「できればすぐがいいです♪」
エレシにどうするのかと視線を送る前にエレシはそう答えた。
それを聞いてにやりと笑ったクレハは、それならば好都合だとすぐに出発したい旨を申し出てきた。それにしても移動手段はどういうものを使うのだろうか。火の国の世界には乗り物という概念が存在しなかった。
また走りとか嫌だなぁと思いながらもクレハに促され、カウンターの脇から奥の扉の前へと歩く。
「ちょっと待ったぁ!」
そこで何やら呼び止められた。今のクレハの位置からはこちらの背中が見える。さすがにポレフの存在に気がついたようだと苦笑いを浮かべながら振り返るとクレハは少し興奮した様子で口を開いた。
「サダオミちゃんサダオミちゃんサダオミちゃん!その背中の剣!それよそれそれ!」
剣の方かよ。ポレフ放置かよ。
「剣がどうかしたか~?ポレフならそこにいるぞ~」
これ以上この世界の主人公様を放置するとなにかとやばい気がしたので、とりあえず名前を口に出してその存在を確かめてみる。
「わ~!わ~!俺はいない!いないんだぞ!」
おもしろかった。
そのやり取りでやっとポレフの存在に気がついたクレハは『なんだ弟よ!いたのかぁ~!』と熱い抱擁をお見舞いする。
『だから嫌なんだよこいつ!』とか聞こえた気がするけどきっと俺のせいじゃない。気にしない、気にならない!
しばらく、ぶんぶんと頭を揺すられたり高い高いされたりと、おもちゃにされていたポレフだったが隙をついてクレハの手を振り解くとエレシの背後へと避難した。
よく逃げられたなぁと関心しながら再度、視線を送るとポレフはエレシの背後で魂が抜けた状態で力尽きてぐったりとしていた。その口元からは念仏の様に『サダオミメサダオミメ』と謎の言葉が呟かれている。
何言ってるかわからないなぁ
今後の趣味になりそうなポレフいじりを終えて、満足顔になっていた定臣にクレハが再び剣の話しを振ってきた。
「その剣!いくらなら売ってくれる?」
さすが商人、見る目はかなりあるなと思いながらも絶対に手放せない旨を伝えると少し残念がった仕草を見せた後、クレハは感嘆の声を上げた。
「やっぱり!そうかそうかそうかぁ!」
イチイチ暑苦しい。
この後、何に感動したのかを聞いてもいないのにひたすら聞かされた。
まず、定臣がエレシの家の近くに来たついでに会いに来たと言った事がひっかかったそうだ。当然ながらレイフキッザはサキュリアスの営業範囲内になる。そのレイフキッザの近くまで旅して来たという定臣がサキュリアスを利用していなかった。
傭兵なしでラナクロアを旅できる強者もいるにはいる。しかしながらこの女性にそれだけの事をやってのける事ができるのか。サキュリアスに所属してない傭兵を雇ったのかとも思ったが、傭兵に知り合いでもいない限りそうするメリットが無い。
そこに思いが至った時、定臣の背中の大太刀に気がついた。
やはりこの女性は一人でラナクロアを旅していたのか……にわかには信じられないと先程の話しを持ちかけたのだという。
そして定臣の武器への愛着を確認した。
職人にしろ武人にしろ一定の領域に辿りついた者からは必ずそういったこだわりが感じられるのだという。
なんというか、このおっさんなかなかの職人気質だなぁ
正直、そういった気質が嫌いではない定臣はクレハのその言葉を褒め言葉として受け取る事にした。
「それはそうとおっさん、先を急ぐんじゃなかったのか?」
『おっさんはないよぉ~!』などとおどけて抗議して見せたクレハだったが、それもそうだと苦笑いを浮かべると奥の扉を開いた。
◇
しばらく室内にいたために日差しが眩しい。少し目を細めた定臣だったが、すぐに大きく目を見開く事になった。
「なんじゃこりゃあああああ!」
目の前には白い毛で全身を覆われた獣が三匹。体型は馬の様にも見えるがその大きさがとんでもなかった。
これは恐竜か?
定臣の第一印象である。
「なにってメヘメヘだぜ」
「メヘメヘですね♪」
「メッヘメヘだぞ~!サダオミちゃん~」
そうかメヘメヘか……って知るかよ!心の中でそうつっこみながらも恐らくはラナクロアの常識の1つなのだろうと納得する。
小声で説明してくれたエレシの話によると、ラナクロアの長距離移動はこのメヘメヘに車を引かせた移動方法をとる事が多いらしい。なるほど、この世界の馬的存在か。それにしても目が可愛いなメヘメヘ。
元々、動物好きな定臣は興味津々にメヘメヘを観察する。それを見たクレハが『俺様のメヘメヘは特別仕様なんだぜ!』と自慢話しを始めたためにここでも数分の足止めをくらうはめになった。
◇
「クレハ様、準備が整いました」
その女性の声でクレハの自慢話はやっと打ち切られた。振り返ると先程、ライアットと呼ばれていた女性とその背後には鎧に身を包んだ大柄な男が二名控えていた。
「ご苦労!それじゃ出発といきますか!」
そう言うとクレハはメヘメヘの背後に設置されている車の扉を開くと紳士的にすっと手を差し出して乗車を促す。さすがに大会社の社長だけあってその様はなかなか板についたものだった。
それにしてもその社長が慌ててエドラルザへ向かう理由が少し気になる。
「なぁ、クレハ……でいい?」
「お~け~お~け~!そう呼んでくれると嬉しいぞぉサダオミちゃん~」
「ん、じゃクレハ、答えられるならでいいんだけど、エドラルザに何しにいくんだ?」
その定臣の言葉を聞くとクレハは満面の笑みを浮かべ、右手の親指をぐっとたてると大きく口を開いた。
「なぁ~に、少しばかり歴史を動かしにいくのさ!」
◇
レイフキッザの北、装飾品の町『ミッサメイヤ』を目指して定臣達はメヘメヘの引く車に揺られながらひた走る。話によるとレイフキッザからミッサメイヤまでの道中は山道ながら比較的に整備されており、魔獣などの襲撃も稀なのだという。
なるほど、エンカウント率低めかなどと説明を求められても困る内容を思い浮かべながらも、先程から両脇を併走している二台のメヘメヘ車へと視線を向ける。
両脇の車には出発前にライアットの背後に控えていた鎧の大男が、二手に別れて乗り込んでいた。そしてライアットは……
なんのために車の真上に乗っかってるんだろうあの堅そうな人。
自身の頭上へと視線を向けた定臣に気がつき、先程から真横で謎の鼻歌を口ずさんでいたクレハが話しかけてきた。
「この布陣が護送の依頼には最適でねぇ~!」
『布陣』という単語に興味を惹かれた定臣は詳しい説明を求める。
ポーター結社『サキュリアス』。ラナクロアで最も信頼を獲得している大会社である。提供されるマイスター品は格安。護衛を依頼すれば成功率ほぼ100%。顧客のニーズに親切対応。お客様の安全第一ないつもにこにこにっこりの親切花丸優良企業!
そこまで聞くと定臣はそれはもう何度も聞かされたと話を切った。事実、クレハが隣に乗車してきてからここまでの道のりはクレハの愛社精神の深さとうざさを思い知らされるには充分な時間だった。
「つれないねぇ~」
おどけた仕草でそう言ったクレハに無表情で定臣が告げる。
「布陣と関係ねーじゃん、その話」
「あるよあるあるあ~るよ!」
「じゃ、聞くよ」
『無表情でも可愛いねぇ』などと謎の呪文を呟きながらクレハは説明を始める。
何度も聞かされた護衛の高い成功率。その高い成功率をどうやって叩きだしているのか。それを知るにはまず、従来の傭兵達の手法を学ぶ必要があるという。
サキュリアスが設立されるまで人々は町を離れる時には雇用所で傭兵を雇っていた。その雇用方法がなかなかに杜撰なものだったらしい。
予め傭兵登録さえ済ませていればいつ、どの町の雇用所ででも依頼を受ける事ができる。一見、便利な様に見えるこのシステムには穴があった。依頼を受けたい傭兵は予め最寄の雇用所に待機している。そこへ依頼者が来店し、受付を済ませ護送が始まる。
その時、その場にいて依頼料に納得した傭兵が護衛に参加してくる。それはつまり、自身の実力に関係無く任務につけるという事。サキュリアスはまず、所属傭兵を各ランクで分ける事によって自身の実力に適した任務だけを遂行できるようにしたという。
傭兵と一口に言っても各傭兵にはそれぞれに得意分野というものがある。剣が得意な者、弓が得意な者、魔法が得意な者、体術が得意な者。それぞれの得意分野には当然ながら相性というものが存在する。
従来の雇用方法はその相性を完全に無視していた。相性を完全に無視されたバランスの悪いPT構成、実力の半分も発揮できずに何人もの傭兵達が死んでいった。
サキュリアスはこれを徹底して見直し、各支部ごとに最適なPT構成の傭兵を常時配置しているのだという。
そして話の内容はようやく布陣の説明へと及ぶ。
従来の傭兵達の護送方法はメヘ車1台による単騎移動が主流だった。その1台に構成や実力を無視された傭兵達が詰め込まれていたのだという。身動きしにくい状況な上に単騎移動のため当然ながら魔獣の攻撃は集中する。
サキュリアスはこれを見直し、各任務に最適な布陣を敷き、傭兵の力を思う存分発揮できるようにしたのだという。
ちなみに護送に最適だという今回の布陣は、両脇に別の車を走らせその車には防御のスペシャリストを乗せ、攻撃を散らせた上で中央の護送車の天井から魔術で敵を殲滅するというものだった。
そしてライアット含め、他ニ名はエドラルザ行きの護送任務ではまず出動する事がない破格のAランク傭兵なのだと言いながらクレハは自慢気に話を〆た。
ん~……偉そうに自慢気に話されたものの、要は適材適所な人材配置と利に叶った移動方法を確立したってだけ……だよな?
定臣は説明してくれたクレハに礼を述べつつもどこか納得しない表情を浮かべる。するとそれに気づいたクレハが口を開いた。
「簡単な事だよなぁ~!」
「え?」
心の中を読まれた気がして思わず声が漏れた定臣にクレハは続けた。
「傭兵側は皆、気がついてたんだよ~。昔っからな」
しかしながら依頼者は素人ばかりだ。プロである傭兵達が自分達が便利だからと、そんな利に叶ってない手法を公然と行使しているなど思いもよらなかったのだとクレハは続けた。
「だから俺様が変えたんだよ。プロはプロの仕事をしないとねぇ~」
そう言ったもみあげは、もみあげの癖にちょっと格好良く見えた。
確かに、明らかにおかしい事がまかり通る事など世の中にはよくある事だ。
傭兵の昔の手法もその1つにすぎなかったのだろう。大手を振って当たり前の事と位置づけられていたその手法に異議を唱えて改革したこの男はやはりすごい人物なのだ。
おかしい事に気がつくだけの人間はどこにでもいる。しかしながらそのおかしい事に異議を唱え、行動できる人間はそうはいない。そう思いなおした定臣は自身の先程の安易な考えを戒めた。
「悪い、クレハ。あんたとサキュリアスは確かにすげ~よ」
「だろうだろうだろう!俺様を愛してもいいんだぜ?」
こいつめんどくせー!
『急に無表情になって無視しないでよ!』などと聞こえてきている気がするが気にしない。とりあえずはそのサキュリアス自慢の布陣とPT構成とやらを見てみる。
右に大男、左に大男、そして頭上に堅そうなお姉さん、それに戦闘に参加するかは不明だがクレハ。
肉肉堅もみあげ
あほか俺は!役割で見ろ役割で!
盾盾魔もみあげ……
ふみふむ、確かにそれなりの速度で走るメヘメヘに襲いかかってくる魔獣を振り払うには向いてる構成かな。にしてもライアットさんのMPがきれたらどうするんだろう。というかMPってあるんだろうか。
クレハが面倒くさいので乗車以来、定臣そっちのけでポレフと戯れているエレシに聞いてみる。
「エレシ、楽しんでる所、申し訳ないんだけどまた質問いいか?」
「あっ……はい、なんなりと♪」
一瞬、ものすごく哀しい顔をされました。
「魔術って1日当たりに使える回数とか制限あるの?」
「個人差はありますが、何度も行使していると疲労が溜まってしまって休むまで使えなくなりますね」
MPありました。
「そっかぁ、ありがと。ポレフとどうぞ」
「はい♪」
◇
そしてその日、一行はコトコトとメヘ車に揺られながら特に魔獣の襲来も無く歩みを進め、日も落ちかかった頃に装飾の町『ミッサメイヤ』に辿りついた。
勇者の公募まで明日をあわせて後四日、先を急ぐ旅なので早朝にはすぐに出発する事にした一行は、クレハの計らいで支社の客室を借り受け、そこで一泊する事になった。
◇
ラナクロア暦635年 水の月二の土の日
勇者の公募開始まであと四日
◆
翌朝早朝、支社の前に集合した一行は軽く挨拶を交わした後、周囲の住人を起さないよう気を配りながら静かにミッサメイヤを出発する。
俺も朝、弱いんだがポレフのこれは……
視線の先には先程からずっとエレシに背負われてすやすやと眠っているポレフの姿。そういえば昨日は一人一部屋与えられていたにも関わらずエレシと同室していた。むしろエレシが同室していた。
勇者を目指すとか言ってもまだまだ子供だなぁと軽く笑顔を投げかけ、ポレフの事は目が覚めるまでそっとしておく事にした定臣はこの先の旅路へと思いを馳せる。
ミッサメイヤを通過したって事は次は魔獣の巣窟とか言ってた『メイヨー平原』か。ここからが傭兵の本領発揮って事なのかなぁ
恐らくはラナクロアの戦闘を初めてこの目で見る事ができると不謹慎だと思いながらも、若干、楽しみな定臣だった。
機会があれば俺も戦闘に参加しようかなぁ。そういえばクレハって戦えるんだろか……
定臣の隣には昨日と同様にクレハが座っている。視線に気づかれるとなかなかにうざいので、小刻みに目だけを動かしてちら見する。
昨日はもみあげとど派手な格好に気をとられて気がつかなかったが、よく見ればその腰にはレイピアの様な細身の剣がしっかりと帯剣されていた。というかその謎の鼻歌なんなんだよ。
突き主体のフェンシングの様な剣術なのかなぁ……
想像を巡らせる。思い浮かんだのは謎のテンションで敵をつっつくクレハの姿。思わず吹き出しかけた定臣は慌てて視線を背後に送った。
その先には視界から消えかかってはいたもののミッサメイヤの町がまだ僅かに見えた。
危ない危ない……そういえば装飾の町とか言ってたなぁ。通過するだけになっちまったけど機会があればゆっくり見て回りたいもんだなぁ
恐らくは店の外壁を飾っていたモチーフの装飾品達が街頭に照らされて反射しているのだろう。遠目に見えたミッサメイヤはテラテラと輝いていてなかなかに幻想的なものだった。
◇
それから数時間、メヘ車を走らせた定臣達を『あ、これは平原だわ』と一目でわかる風景が迎えた。
『ギョウエェェ!』
魔獣達も迎えた。
先程から幾度も頭上から放たれる魔術によって魔獣達の断末魔が聞こえてくる。窓越しに見たその姿は狼を大きくした様なのから、どこに手足があるかわからない様なものなど多種多様だった。恐らくは一匹一匹に名前があるのだろう。当然ながら面倒なので定臣にそれらを覚えるつもりはない。
……それにしても
───ゴウゥゥン!
魔術ってうっさいなぁ
しかめっつらで天井に視線を送った定臣にクレハが気づき『ライアットは雷属性の魔術が得意だからねぇ~。強いけどうっさいの』と軽く説明をする。
納得した旨と説明してくれたお礼を述べつつも、定臣は自身の脳内メモに『雷はうっさい』と付け加えるのだった。
それにしてもこの轟音の中、未だに眠り続けているポレフはなかなかに肝が座っている。
「にしてもエレシ、幸せそうだなぁ」
半ばあきれながらもそう口にした定臣に対して、エレシは極上の笑顔を浮かべながら口を開いた。
「はい♪」
エレシがこの幸せそうな顔をしている時は、なるべくそっとしておいた方が良いと既に学んでいた定臣はその先の会話を諦める事にした。
◇
それから更に数時間、メヘ車は北へ北へとひた走る。さすがはサキュリアスA級傭兵といったところなのだろうか。メヘ車には既に百を越える魔獣が襲いかかった様に思うが、未だに接近は一度も許していなかった。
結局、その日は辺りを夜の闇が覆い始めるまで安定した旅路を進める事が出来た。この分だと何事も起こらずに目的地であるエドラルザまで到着しそうだ。そう安心し始めたその時にクレハがぽつりと呟いた。
「多いな……先で何かあったみたいだ」
そう呟いたクレハの視線の先には幾つもの明かりが見えた。
「あの明かりは今日、休む予定のサキュリアスの野営地なんだよぉ~」
首を傾げた定臣にさり気なくクレハが説明をする。自分にはいちいち説明が必要なのだと理解し始めているクレハに内心で苦笑しながらもお礼を言う。そんな定臣に得意気な笑顔で頷きながらクレハは更に説明を続けた。
話によるとメイヨー平原にはサキュリアスが魔獣との激戦の末に建設した野営地が複数、存在するそうだ。その野営地を照らす灯りの数が想定していたよりも遥かに多いのだという。
「ありゃうちに所属してないポーターもかなり滞在してるなぁ~」
メイヨー平原で束の間の安息を得られる重要な拠点とあって、サキュリアスに所属していないポーター達の間でもサキュリアスの野営地はありがたいものだった。そのため、多少のぼったくり価格でも喜んで支払って休憩していくのだという。
「上手い事やってんなぁ~」
「だってあれ造るの大変だったんだよぉ~!」
それもそうかと頷いた定臣とクレハは互いに軽く笑顔を交わす、その後、真顔になりしばらく野営地の方角をじっと見ていたクレハが再び口を開いた。
「嫌な予感がするなぁ~」
◇
『嫌な予感がするなぁ~』そう言ったクレハの予感もどこへやら、強固な警備と柵を越えた先、野営地に到着した一行を迎えたのは灯りの数からさしずめ予想されていた賑やかな風景だった。
サキュリアスの社員と見られる男がクレハに気付くなり慌てた様子で駆け寄り、奥の一番大きなテントへとクレハ達を案内していく。
『ちょっと重要な会議しなきゃいけなくなったんで~』と定臣達と一度別れる旨を伝えた後、去り際にクレハは空いているテントを指差して使うように言ってきた。
しばらくテントに滞在していた三人だったが、エレシがポレフを激愛な眼差しで見つめ始めたので邪魔するのも悪いと、定臣は野営地見学へと繰り出す事にした。ちなみにポレフはまだ眠っている。いい加減起きろ!馬鹿勇者候補!
◇
テントを出た定臣の視線の先にはポーターと思しき男や、見るからに傭兵な格好をしている男が入り混じり、わいわいと酒を飲み交わしている姿が在った。皆、一様に旅の疲れを労いあっている。
「うまそぉ~!俺も飲みて~!」
弱い癖に酒好きな定臣にはなかなかにたまらない光景だっただけに、思わずそう口をついて言葉が漏れる。
『おっ、姉ちゃんも一杯やるかい?』
不意に声がかかる。どうやら今の言葉が聞こえていたようだと、視線を送ると顔に赤みがかかったいい感じに酔っている恰幅のいいおっさんがこちらに声をかけてきていた。
「あ~、飲みたいけど俺、金持ってないんだよね~」
ぷらぷらと手を振って残念と肩を竦めて見せた定臣におっさんはにかっと笑いかけるとその大きな口を開いた。
「かっかっかっ!城壁の外で生きて出会えた仲だ!俺のおごりでいいぜ兄弟!っと美女に兄弟ってのも変か!かっかっかっ!」
一見、馴れ馴れしいとも思えるおっさんの態度であったが、そういうノリが大好きな定臣はその申し出を喜んで受ける事にした。
「いいねぇ~、おっちゃんありがと!兄弟でいいよ兄弟で!」
そう言った定臣におっさんは例のビー玉の様な物を手渡すとぱちんと指を鳴らす、すると玉は一瞬、光を放ちその姿を変える。なにかと目を凝らした定臣のその手には冷えたビールジョッキが握られていた。
これが『保存圧縮』の魔法かぁ、便利なもんだなぁ
そう心の中で感想を述べた後、軽く一杯、飲み交わす。定臣の飲みっぷりが気にいったと、もう一杯よこしてくれたおっさんに定臣はお礼にと酌を買って出る。それに上機嫌な様子でおっさんが応える。そんなやり取りを交わしていた二人の周囲にはいつの間にか人だかりが出来ていた。
そもそも黙っていれば絶世の美女にしか見えない定臣である。遠目に見たその姿に自然と他の男達が群がって来るのも不思議な事ではない。
「姉ちゃん、俺にも酌お願いできないかい?」
「俺も俺も!」
「にしても美人さんだねぇ」
男達は口々に定臣に話しかけてくる。これは酔っ払いのおっさん共が巻き起こす安易なトラブルでも発生しかねないと構えていた定臣だったが、口調は荒いものの、男達は最低限のマナーを弁えた綺麗な酒の飲み方のできる者達だった。
そして皆、一様に『城壁の外で生きて出会えた兄弟達』という単語を口にしていた。
一人のポーターと思しき男がこう言った。
「俺達ゃ商売の上ではお互い容赦しね~けどよぉ、商売抜きじゃ皆、同胞よっ。サキュリアスも野良も関係ね~んだ」
一人の傭兵と思しき男がこう言った。
「明日もわからねぇ命だ!はしゃげる時にはしゃごうや!」
あぁ、なんかこいつら好きだ。
ノリがいい中でも各々からは暖かさと確かな誇りが感じられる。ポレフが守りたいと言った笑顔。クレハが愛してやまない誇り。この時、定臣は任務ではなく心の底からポレフに協力したいと思った。
◇
宴もたけなわ、いつの間にか仕切り始めていた一人の男の号令でその日はお開きとなった。皆、各々に明日の再会を約束し、自身のテントへと帰っていく。
いつもなら次の日は二日酔いで絶望する定臣であったが、解散前に二日酔い防止などという神魔法をかけてもらったため、明日への憂いは無かった。
◇
定臣が気分良くテントに帰っていったその頃、サキュリアスの駐屯場となっている野営地の一番奥のテントでは神妙な面持ちで唸り続けているクレハの姿があった。
「それでクレハ様、どうなさいましょう?」
「わかってるわかってるって~!せかすなよぉライアット」
「ですがクレハ様」
「かぁ~~~!なんで俺様の嫌な予感はこうも当たるのかねぇ~……この時期に横断とか今までに無かったっしょ~!」
「ですが現実問題、マノフが横断中であるとの報告が入っています」
「わかってるわかってるって~!滞在してる野良ポーターの異常な多さはそのせいだろうよ~」
「間違いないかと」
クレハはふぅ~と深い溜め息を吐いた後、天井を見上げる。そのまま目を瞑ってしばらく何かを考えていたが、目を見開き、視線を目の前のライアットへと戻すと何かを決意した様な顔つきになった。
その場に同席していたサキュリアスの社員一同はそのクレハの顔をよく知っている。一代にして世界一の大企業を創り上げたこの男がここ一番の時にだけ見せる顔。一同はクレハの次の言葉を固唾を飲んで待った。
「ラナクロアの常識をまた1つ変えるってのはどうよ?」