願い
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一般人向けの魔法を行使された靴をエレシから受け取って上機嫌だった定臣だったが、不意に何かを忘れているのに気がついた。
何かを忘れている気がするんだよなぁ、覚える事が多すぎて少し混乱してるなぁ
ラナクロア、エドラルザ王国、レイフキッザの村にライマ山、ルッセブルフ、それに城壁やら魔法やら魔族やら更にはマイスター、ポーター、マーケッターに各免許ごとに行使される魔法……うん、うんと悩んでいると不意ににポレフが話しかけてきた。
「なぁ定臣!それで天使ってどうやって幸福を訪れさせるんだ?」
ソレダ
「ポレフ?先程、加護を頂いたでしょう?あなたはもう幸せなのよ?そうですよね定臣様?」
ごめんなさい!忘れてました!その笑顔にごめんなさい!
「定臣様?」
「そ、そうだな!うん!そうなんだよそ、そ、そうなんだけどな?」
「?」
うっ……笑顔で首傾げないで……
「よ、よぉ~し!靴ももらっちゃった事だし!ここは大サービスだ!ポレフ、お前の夢か願いを叶えてやるよ!」
強引すぎたか……?
これはさすがに怪しすぎるかとちらりと二人を見た定臣だったが
「まぁ!まぁまぁまぁまぁ!」
「おお!お前いい奴だな定臣!」
声を揃えて喜ばれた。
まぁ嘘じゃないからいいだろうと話を進める事にした定臣は、心の底から叶えたいと願っている夢や願いではないと駄目だと前置きした後にポレフに尋ねる。するとポレフは満面の笑顔で右手を挙げながら即答してきた。
「おう!んじゃ俺、自分の手で魔王倒してみたいぜ!」
ピンポーン!
何言ってんのこいつ?と思った直後に脳内に効果音が流れた。
魔王て……魔族がいればその王様もいるって事かよ
心の中で軽くつっこみをいれつつエレシに確認の視線を送ってみるとエレシは両手を口に当てて涙を流していた。どうしたお姉ちゃん
「ポ、ポレフ、り……立派になって……」
だろ?などと自信満々で胸を張っているポレフにいささか不安を感じながらも、一応なんでそう思いたったのかを聞いてみる。
するとポレフは急に真顔になり、思いの丈を話し始めた。
城壁の中には仮初ではあるが平和がもたらされている。外にも各特産地には騎士団が派遣され警備はされてはいる。それでも魔族の放った魔獣によって旅人やポーターの間では死人が絶えないのだという。
「そういうの嫌なんだ!皆が安全に暮らしたり旅したりできるようにしたい!」
この思いは本物だ。その瞳に宿る力を見てそう確信した定臣は改めて協力する事を心に誓うのだった。
◆
さてさて、魔王を倒すと言ってもそんな簡単な事ではない。このポレフ・レイヴァルヴァンにそれが可能なのか。
改めてポレフを見てみる。ボサボサな茶髪に冴えない顔つき、前髪少し切れよというつっこみは置いておくとして歳の頃は大きく見積もっても十二歳前後といった所か。
〝無理じゃね~のこれ?〟一瞬、そう思った定臣であったが脳裏に小夜子の姿が過ぎる。
その見た目からは想像もつかない怪力少女。そして恵まれた天賦の才。
そう───人はそれを主人公補正と呼ぶ。
ポレフ・レイヴァルヴァンはラナクロアの主人公だ。そしてそのポレフは魔王を倒したいと言った。魔王を倒す存在は勇者と相場は決まっている。そこに思考が到達した定臣は口を開いた。
「って事はポレフは勇者になりたいのか?」
「勇者!それいいな!それになる!」
ここに、ラナクロアの勇者が誕生した。
「ってそんな簡単になれるかよ!」
じゃぁどうやって勇者になるんだよ~と聞かれた定臣だったが正直、勇者など見た事はない。ここはRPGの知識で返答するしかないかと口を開く。
「そりゃあれだよあれ、王様に認められるしかないんじゃないの?」
「お前、頭いいな!」
素直すぎるだろうポレフ・レイヴァルヴァン。
「そうなんですよぉ♪」
エレシさん心の中を読まないでください。
そもそも騎士団などというものが組織されているエドラルザ王国である。そのエドラルザが勇者などを求めるだろうか。もう少し、エドラルザについて知識が必要だと判断した定臣はエレシに色々と質問してみる事にした。
「でさ、エレシ。騎士団って特産地の防衛してるって言ってたけど、魔王討伐とかには出かけないの?」
「……現状では難しいかと」
表情に影を落としながらにエレシは説明していく。
数年前の大侵攻以来、魔族は南の崖より北へは攻めて来ていないものの、放たれた魔獣が城壁の外を今も闊歩し特産地の防衛と城壁拡大の護衛で騎士団は手一杯なのだという。
防戦一方か……それなら勇者の存在を認めてもらえるかもしれないなぁ
組織ではなく単独でしかも有志で魔族と戦ってくれる存在は王国にとって利はあっても害はないだろう。
っていうかわざわざ王様に認めてもらってから勇者やる必要自体が無いんだけどな。正直、適当に提案したらあっさりOKだされちゃった感が……
若干の後ろめたさを覚えつつも、それじゃエドラルザに行ってみようかと提案しようとした定臣だったが、入り口の方から聞こえてきた男の声によってその提案は阻まれた。
『エレシ殿~!エレシ殿はおられるか~!』
「あらあら、この声はドナポス様ですね……どうぞ、お入りください~」
エレシのその声を聞いたドナポスが扉を開いて入ってきた。一目見た印象は大男。先程聞こえた野太い声に、掘りの深い顔立ち。モヒカンを短く切り揃えた髪形に、鎧に包まれた岩の様に屈強なその身体は茶褐色に染まっていた。なんというかイカツイです。
「お久しぶりです、ドナポス様」
「いやいや、やっと会いにこれましたぞ!エレシ殿!」
エレシに満面の笑顔を見せつつそう言ったドナポスが定臣に気がつき視線を送ってきた。それに気がついたエレシが笑顔で口を開く。
「ドナポス様、こちらはサダオミ・カワシノ様です。そして定臣様、こちらはエドラルザ王国、騎士団団長をされておられるドナポス・ニーゼルフ様です」
いきなり騎士団団長でてきたよぉぃ
心の中でつっこみをいれつつ慌てて挨拶する。
「初めまして!サダオミ・カワシノと申します!」
「これはこれはご丁寧に。ワシの名はドナポス・ニーゼルフと申す……それにしても美しい……いや!しかしワシにはエレシ殿が」
最後の方に何か聞こえたけど気にしない!
わかりやすい程にエレシに惚れている団長殿とエレシの会話を邪魔しない様にしばらく空気に徹していた定臣だったが、不意に真顔になったドナポスに思わず息を飲んだ。
「それで今回、遠征公布にワシが同行したのには理由がありましてな……」
ドナポス・ニーゼルフ。エドラルザ王国、守備の要にして騎士団団長。人は彼を『鉄壁のドナポス』と呼ぶ。
数年前の大侵攻を防ぎきった立役者にしてその後も数々の功績を収めた英雄。気取らないその人柄から民からの信頼も絶大らしい。
普段、エドラルザ城にて国王警備に就いている彼が城を離れる事は滅多にないのだという。
「エドラルザは打ってでる」
しばらくの間を置いてドナポスがそう言い放つ。その言葉の通りなら騎士団が動くのか?なら特産地の警護やら城壁拡大の防衛はどうするんだろう?首を傾げていた定臣をよそにドナポスが続けた。
「情けない事に今の騎士団にはそれだけの余力が残されておらん。それ故にエドラルザは勇者を募る事にした」
せめてもの誠意を見せるためにその公布に自分がついて回っているのだという。
勇者になりたい!そう言った直後に騎士団団長直々に勇者公募とか……ポレフってもしかして強運の持ち主か?
そう思いながらも、これでエドラルザに行く明確な理由が出来たと自分の言葉に後付けながらも意味がもたらされた事に胸を撫で下ろす定臣だった。
◇
「俺もそれに応募するよ!」
しばらくエレシとドナポスの会話を聞いていたポレフだったが、痺れを切らして会話に割って入ってきた。
いきなり会話を切られて驚いたドナポスだったが、すぐに笑顔を作り、ポレフに視線を向けるとと大きく口を開く。
「それはありがたいな!ポレフ、しかし無理はするなよ?逃げる事も立派な戦略だ」
勇者を目指すのはいい事だが命だけは落としてはいかんと更に付け加える。そのドナポスの言葉からはポレフを馬鹿にした様な空気は全く感じられなかった。
この幼い少年を一人の男として扱っている。これが英雄か……感嘆した定臣は思わず口を開いた。
「ドナポスさん格好いいですね!」
いや、本当に思った事を口走っただけだったんだが……
「な!?なななな!これがモテ期というやつか!いや!しかしワシには心に決めた人が!」
モテ期て……
危うく告白した事にされそうなので慌てて話を進める事にした。
「それでドナポスさん、どうすればポレフは勇者になれるのでしょう?」
「いや……しかしな……うむ……これ程に美しい方がこの先ワシに……うむ……」
き、聞いてねー!
「ドナポス様?」
頭を抱えて困り始めた定臣に見兼ねてエレシがドナポスに声をかけた。
「は、はいぃぃ!エレシ殿!これはその浮気などでは!」
都合の良い耳をしていらっしゃる。
これは面倒だとエレシにその後の対応を丸投げした定臣は空気に徹することにした。
傍聴した話によると、次の雷の日より正式に勇者の公募が王城より開始されるそうだ。
って待て!雷の日ってなんだ!……まぁ、話が進まないので、一先ずそのつっこみは置いておくことにする。
公募が開始されてから発表される王からの条件をクリアすれば晴れて勇者として認められるのだという。正式に勇者になればエドラルザ王国からの様々な支援が約束される。
とりあえずその雷の日までにエドラルザに辿り着いておいた方が良さそうだなぁ
雷の日まであと何日あるのか。エドラルザの王城までここから何日でいけるのか。まだまだ知識が足りないと顎に手を当てていた定臣をよそにエレシが口を開いた。
「すぐに向かいます」
すぐっすかエレシさん
マイスターであるエレシには仕事があるはずだ。自身の作品がブランド化する程なのだから、作品を待ち焦がれている人も多いだろう。それを放置して良いものだろうか。そう考えを巡らせた定臣は口を開く。
「エレシ、仕事大丈夫なのか?依頼たまってるならポレフの同行は俺だけでもいいけど」
「依頼はすべて終えています♪それに……」
ポレフの同行者に私がいないとかありえません。そう続けたエレシの目は笑っていなかった。
正直、怖かったです。エレシとポレフを引き離すような発言は禁句だなこりゃ
「エ、エレシも一緒に行こうな!」
「もちろんです♪」
すぐに出発するならレイフキッザの村までは一緒に行くと申し出たドナポスを少し待たせ、エレシとポレフは工房の方へと消えた。しばらくして背中に大きなリュックを背負って戻ってくるとエレシの前にポレフが歩み出て
「待たせたな!早速いこうぜ!」
と言い放つ。
その言葉遣いを笑顔で注意したエレシに『元気があって良いですなぁ』と大らかな笑顔でドナポスが話しかける。そんなやり取りをかわした後、それではと全員で家を出発した。
幸せな事にドナポスは言葉遣いを注意した時の、エレシの笑顔の奥の目が全く笑ってなかった事に気がついていないようだった。
俺とポレフは冷や汗流してたけどなー。
◇
一行は他愛もない会話を交わしながら目的地を目指す。レイフキッザの村までは歩いて20分程の距離があるらしい。何だってこんな村はずれに家を建てたのかと尋ねた定臣にエレシがにこやかに答えた。
「カダの木の群生地が近いものですから♪」
カダの木の採集はポレフのお仕事ですから、近い方がいいですと付け加えたエレシの顔はものすごく幸せそうだった。利便性そっちのけでポレフ重視な所が如何にもエレシらしかった。ちなみにレイフキッザの村より南側のライマ山一帯はエレシの所有物なのだそうだ。
さすがは有名なマイスターってとこなのか……実は金持ちだったのかこの家族。
そこで思いだした。
「なぁエレシ、雷の日って何日後なんだ?」
ラナクロアの月齢曜日は地球とは若干異なるらしい。1日が24時間というのがが同じなだけにものすごい違和感を感じる。
1年の始まりの月が火の月、次いで水、風、雷、氷、土と続き、二周目の火の月、二の火の月へと戻りそれが土まで巡って1年となる。1月は4週で月の流れと同じ順で曜日が巡る。ちなみに今日は水の月、ニの氷の日らしい。なんというか慣れのせいもあるんだろうけどわかりにくいです。
1年は12月、月は4週だが1週が6日か。若干、地球より月日が経つのが早いのかぁ……次の雷の日から公募開始って事は今日から五日後だな。
「だからすぐに出発したわけか、納得した。ありがとな!エレシ」
「いえいえ、お安い御用です♪」
相変わらずに見てるこっちまで思わず笑顔になりそうな顔で微笑まれた。
それにしてもあと五日でエドラルザまで辿り着けるのだろうか。ちょっと知らせに来るの遅いんじゃないのドナポスさん!でもまぁ公募の開始が雷の日からってだけで最悪、その日に現地にいなくても応募はできるのかなぁ……
などと思考を巡らせていた定臣の視線の先にレイフキッザの村が見えてきた。
◇
靴の特産指定地『レイフキッザの村』。なるほど、確かにここは靴の町だ。そもそもなんで『村』と呼ばれているのかという程に広い。そしてその広い町並みに所狭しと市が立っている。
ラナクロアの文字など当然、読めるはずもない定臣だったが、一見して靴屋だとわかる店が視界の範囲だけでもかなりの数あった。建物の造りはレンガ造りだろうか。どうせ違う名前の素材だろうけどまぁそんな感じだ。
にしてもすごかった。
到着するなりに目の前にできた人だかり。恐らくはエレシとの個人契約を望むポーターと無資格の販売者達が九割、残りの一割はエレシを口説こうとする男達だった。それだけならまだ良かったのだがその一割の一部が定臣にも流れてきたのだ。
ドナポスに会って少し思いだしていたが、このせいで自分の美女設定を完全に思いださせられた……やれやれと肩を竦めながらに振り返る。
それにしてもエレシのぶった斬り具合がすごかった……
並み居る人だかりに満面の笑みを浮かべたまま
『嫌です♪』
の一言。
断られ慣れているのか、はたまたエレシの笑顔の奥の怖い瞳の存在に皆、気づいているのかはわからないがそれで一同は散っていった。
エレシにぞっこんなドナポスが怒ったりもするかと思ったが終始、笑顔で皆を見ていた。さすがは英雄と言いたい所だが先程の自分に対する発言の数々を見た後では、あれは自分の所有物を褒められた時のドナポスなりのどや顔なんじゃないかという気がしてきた。
そもそもポレフ以外、全く見えていないエレシである。ドナポスには一縷の望みすら存在しないと思うのだが。
『離れていてもワシの想いはいつもエレシ殿の側に』と、どこからその自信は湧いてくるんだという発言を残してドナポスは去っていった。次に会うのは恐らくは王城になるだろう。にしてもなかなかに豪快なおっさんだった。
ドナポスを見送った三人は、そういえばお腹がすいたと食事をとる事にした。当然ながら手持ちがない定臣はエレシにおごられる事になる。申し訳ないと思いながらも異世界での食事は定臣にとって数少ない楽しみの一つでもあった。
◇
「それで定臣様、どれを注文致しましょう?」
エレシのオススメ店へと入店した三人は椅子に腰掛け、テーブルを挟んで向かい合う。もちろんポレフの隣はエレシである。
文字が読めないからと代わりにエレシに音読してもらった定臣だったが、案の定、聞いた事もない謎の料理名ばかりだったので結局、注文はエレシに丸投げする事になった。
既にエレシに頼り慣れ始めている自分に内心で苦笑しながらも、料理が運ばれてくるのを待つ間にこれからの経路を知りたいと説明を求めることにする。ちなみにポレフは口をあんぐり開けてボ~っと天井を見ている。大丈夫かこの勇者候補。
話によるとレイフキッザで護衛を雇い、ライマ山北側の麓にある装飾品の町『ミッサメイヤ』を経由し、そこから魔獣の巣窟『メイヨー平原』をずっと北に抜けた後、城壁を潜りエドラルザへと入るらしい。
魔獣って見た事もないけど結構、手ごわいのかな?
自身の実力を過信するわけではないが、さすがにそれなりに自信はある。内心で護衛など雇う必要がないのではと思っていた定臣だったが、まずはラナクロアの常識に合わせるべきかと発言を控えた。
◇
しばらくして見た事も無い料理が運ばれてきた。火の国の料理は比較的、自分がいた世界に近いものだったのだがこれは……
伊勢海老の様な上半身から鶏の腿肉の様なものがにょきっと生えた、所々に黄緑色と桃色の水玉模様が浮かび上がっている謎の物体が目の前に3セット。
「それではいただきましょう♪」
コレイタダクンデスカ
目の前にはナイフとフォークを上手く使い綺麗に食していくエレシと、そんな道具はいらぬと言わんばかりに手で豪快にちぎりながらむしゃむしゃと頬張るポレフの姿。何と言うかとてもおいしそうであります。
昔の人は言いました。郷に入れば郷に従えと!
「いただきます!」
意を決して一口食べてみる。やだなにこれおいしい。
人間、現金なもので味さえ良ければ気になっていた見た目などどうでもよくなるものらしい。あっという間にすっかりと平らげてしまった定臣にエレシが笑顔で告げた。
「気にいって頂いて嬉しいです♪これからの旅用にもう少し買っていきますね」
皿に盛られた料理を旅に持参するって……エレシならなんとかするのだろうと根拠はないがその場は納得する事にする。後で代金を支払う段階になってその答えは明らかになった。
代金と引き換えにエレシにビー玉の様なものが複数個、手渡される。何かと聞いた定臣にエレシは先程の料理を詰めてもらいましたと答えた。
話によると先程の料理に『保存圧縮』の魔法を行使してもらったのだという。それならばその背中に背負っている大きなリュックはなんとかならないのかと即座につっこんだ定臣だったが、案の定その魔法は料理以外には行使が禁止されているとのことだった。
利便性だけを追求すると、それにより需要が無くなる分野が出てくる。だからこその制約。どこの世界でもそれは変わらないかと思考しながらも定臣は説明してくれたエレシに礼を述べた。
◇
店を出るともう少し食料を買い込みますと、二人を残してエレシは他の店を巡り始めた。少し時間が出来たので早速、ポレフに今から行く傭兵雇用所の事を聞いてみる。
ラナクロアを旅するポーターや旅人にとって傭兵は必須の存在である。だからこそ長年、一つの職業として成り立っていたのだが、近年大きな動きがあったそうだ。
ポーターはそもそも生粋の商人である。その商人が命のためとはいえ多額の人件費を傭兵に払い続ける現状にいつまでも甘んじているわけがない。しかしながらその武力を誇示できるポーターは存在しなかった。
ポーターの誰もが待ち望んでいたその存在は突然現れた。
『クレハ・ラナトス』。ルッセブルフが城壁に囲まれるまではそこで服のマイスターしていたその男は、ルッセブルフが城壁に囲まれるや否やすぐにポーターに転職する。
何故、稼ぎが落ちるポーターにわざわざ転職するんだと当時は皆、首を傾げたそうだ。酒の肴にされていた一人のマイスターの転職劇は後にポーターの在り方を大きく変える事となる。
初めは傭兵を必要としないポーターが存在するという噂からだった。傭兵を必要としないならば当然、他のポーターより格安でマイスターの品を提供できる。眉唾だったその噂は市場に出回る格安のマイスター品の存在が知れ渡るにつれて真実味を増していった。
そもそも金の匂いに敏感なポータ-達である。噂を遡り出元があのクレハ・ラナトスであると突き止めたポーター達はこぞってクレハの元へと集まってきた。
始めからそのつもりだったのか、はたまた祭り上げられたのかはわからないがクレハは自分に着き従うポーター達を束ね、元々、自分の配下にいた傭兵達を軸に結社を立ち上げた。
ポーター結社『サキュリアス』。ポーターと傭兵を社員として迎え続け、今でも巨大化し続けるその1企業に護衛を依頼する事がラナクロアの常識となるまでそう時間はかからなかった。
「それじゃ傭兵に依頼するんじゃなくて、そのサキュリアスってとこに依頼する感じかぁ」
「そうだぜ!……でも」
珍しく暗い表情を見せたポレフが続けて口を開く。
「あいつ嫌いなんだよなぁ」