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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 2 部 ラナクロア 編
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第1話:新たなる出会い



 定臣がRPGっぽいと表現した世界。

 その世界には、確かに魔法が存在していた。


 望んだ神秘は確かに存在していた。

 しかし、その世界には望まれぬ神秘も存在していた。


 そこに住む人々は、世界を『ラナクロア』と呼び、

 世界統一国家『エドラルザ王国』のもと、日々魔族との戦闘を繰り広げていた。


 結束した人類の力で抗うも、魔族との戦闘は苛烈を極める。


 劣勢に立たされた人類は、魔術の粋を結集し、絶対防御の城壁を作り上げた。


 エドラルザは城壁によって国を囲んだ。

 囲まれた土地には、仮初ではあるが平和が約束される。


 城壁が完成してから十余年。

 城壁の内と外に明確な違いが現れるには、十分な時間が過ぎ去っていた。


 俺が降り立ったのは、その外側の世界だった。





 周囲の景色は、またしても山、山、山。


 まずは大きく深呼吸する。


「あ~やっぱこの、いきなり世界が変わる感覚だけは慣れそうにね~なぁ」


 そう呟きながら、自分の格好を確認する。


 予想通りのRPG初期装備。

 あえて言うなら旅人の服といった感じだ。


 ただし背中には、大太刀『轟劉生』がしっかりと背負われていた。


「いや~刀戻ってきてよかったぁ~。まじで焦ったぜ!」


 もう一度、自分の格好をまじまじと見てみる。


「なんでこう毎回、少しだけサイズでかいんだよ」


 やれやれと服をぱたぱた振り、確認事項を頭に浮かべる。


 えっと、主人公の名前は……。

 ポレフ・レイヴァルヴァン。


 ってカタカナかよ!


 頭の中に浮かんだその姿は、ボサボサの茶髪。

 なんとも冴えない顔つきの、小学生くらいの少年だった。


 こんなので大丈夫かよ、と思いながら居場所を確認する。


 またしても現在地からかなり近い位置にいる模様。

 どうやら主人公の近くに降り立つ仕様らしい。


 次の確認事項。


 『天使』という概念の存在……。


 って翼どうやって出すんだよ!

 そんなの知るかよ!


「ノリで出るかな?」


 しばらく顎に手を当てて考える。


 そして、なぜか忍法さながらに両手の人差し指を立て、胸の前で組んだ。


「ちょえ!」


 ───バリッ


 よし。

 翼生えた。


 そして服もげた。


「よくねえええよおおおおお!!」


 思わず頭を抱える。


 背中が思いっきりスースーする。

 後ろ姿を想像すると泣きたくなってきた。


「結構この服、気に入ってたんだけどなぁ……」


 そういえば前回も、来て早々に服がダメになった。


 そういう仕様か?

 何かといい加減な天使なら、それもありえそうだ。


 そんな思考を巡らせてみたものの、

 結局、破れたものは仕方ない。


 あきらめるしかなかった。


 さすがに人前で上半身をはだけさせるのはまずい。

 首の後ろで破れた服をしっかり結ぶ。


 応急処置としてはこれでいいだろう。


「代えの服探さないとなぁ」


 とりあえず主人公に会えば何とかしてもらえるかもしれない。


 感覚を頼りに、山の中を進んでいく。


 鬱蒼と茂る草木を掻き分け、ひたすら直進する。


 すると不意に、視界が開けた。


「たっけぇ~!」


 目の前には断崖絶壁。

 その下には村が見えた。


 遠目にも賑わっているのがわかる。


「あの村に住んでるのかな?」


 周囲を見渡して降りられそうな場所を探す。


 しかし見つからない。


「むぅ」


 困り果てて、来た道を引き返そうと後ろを振り返る。


 その時、目に入ったのは先ほど出現させた翼だった。


 翼が生えたってことは……。

 この世界には『天使』という概念が存在するんだよな。


 ただ、概念があるからといって、

 昔の自分の世界と同じ認識とは限らない。


 俺が昔いた世界では、

 天使とは神秘的な想像上の存在だった。


 果たしてこの世界ではどうなのか。


「珍獣扱いだったら捕獲されかねねーしなぁ」


 翼をもう一度眺める。


「生えろって念じれば生えたってことは……

 結構自由に動かせるのか?これ」


 ───パサパサ


 動いた。


 確認。


 目の前には断崖絶壁。

 降りられそうな場所はない。


 眼下には村。

 距離もあるし、誰かに目撃される心配もなさそう。


 俺には翼がある。


 もう一度言う。


 俺には翼がある。


「そう!人は一度は思う!

 飛んでみたいとおおおお!」


 そう叫ぶと、俺は崖から飛び降りた。


「あああああああああああああああああああああああああああ」





 エドラルザ王国領南部。

 そびえ立つライマ山の山中に『レイフキッザ』の村はある。


 険しい山中にありながら村には活気があり、商業取引が盛んに行われていた。

 城壁の内部とを行きかう商人たちで、村には常に人が溢れている。


 そのレイフキッザから外れ、さらに南に一軒の家が建っていた。


「姉ちゃん姉ちゃん!なんかおもろいの拾ったぞ!」


「あらあら、今日は何を拾ったの?ポレフ」


 私はそう言いながら、愛しい弟へ視線を向けた。


 弟、ポレフの背には女性が背負われている。


 確か今日は、カダの木を削りに行っていたはず。


 カダの木はライマ山南部に群生しており、

 靴の材料には欠かせないものだ。


 そう。

 南部に群生しているのだ。


 ライマ山を南に越えた先は魔族の支配下。

 数年前の大侵攻で切り崩された崖がある。


 だから弟が必要以上に南へ行くことはないと思っていたのだが――。


「ポレフ、その人を離しなさい。魔族かもしれません」


「違うって!空から降ってきたんだって『これ』!」


 空から?

 それに『これ』?


 幼い頃から言葉遣いには特に厳しく育ててきた。

 その弟が見知らぬ人を指して『これ』呼ばわり。


 少し躾けが必要なようだ。


「ポレフ、人様を指して『これ』はないでしょう?」


「わっ!わわわ!違うんだって!姉ちゃん!

 包丁降ろして!違うんだって!

 『これ』人間じゃないんだって!」


 人間ではない。


「やはり魔族……」


「待って!謝るから待って!包丁やめて!」


「ポレフ、魔族は危険だと何度も教えたでしょう?」


「魔族じゃないってば!翼!翼生えてたから!綺麗な!」


 翼……?


 翼を持った魔族は存在する。

 だが綺麗な翼と表現するには、おぞましいものばかりだ。


「ポレフ、詳しく話してください」


 私はポレフを家の中へ入れた。

 背中の女性を奥のベッドへ寝かせる。


 それからリビングへ移動し、テーブルを挟んで向き合った。


 詳しく話を聞き出す。


 話によると、カダ削りに出かけたポレフは夢中になるあまり、

 うっかり崖の手前まで進んでしまったらしい。


 そこで、天から声が聞こえてきたという。


 さらにポレフは、この女性をどこかで見たことがあるとも言った。


「う~ん、どこだったかなぁ」


「しっかり思い出してください。

 初対面ではないのなら覚えていないのは失礼ですよ」


「会った事はないと思うんだけどな~……あ!」


 ぽん、と手のひらを打つ。


 その仕草に、思わず笑みがこぼれた。


 私の弟はなんと可愛いのでしょう。


「思い出しましたか?」


「教会!教会の壁に描いてあった絵の人だこれ!」


 教会の壁画……。


 綺麗な翼。


 天使?


 そこに思い至った瞬間、

 私は思わず気持ちが高揚した。


 古くからの言い伝えがある。


 天使が舞い降りた者には幸福が訪れる。


 その天使が、愛しい弟に舞い降りた。


 こんな幸せなことはない。


「ポ、ポレフ。それでその天使様は何と仰っていたのですか?」


「どうしたの?姉ちゃん急に早口になって……。

 天使ってこれのこと?」





 小刻みに首を縦に振られたので、思い出してみる。


 ポレフが思い出したのは、

 必死の形相で翼をばたつかせながら空から降ってくる定臣の姿だった。


「え~と確か……」


 頭を掻きながら思い出す。


 やっと思い出せた。


『俺はペンギンかあああああああああああ』


「って言ってた」


「オレワペンギンカアア?

 天の国の言葉でしょうか?」


「さぁ?」


「ポレフの前に舞い降りた時にそう仰られたのなら、

 きっと天の国の挨拶なのでしょう」


「う~ん……」


 舞い降りたというより、落下してきた感じだった。


 しかも半泣きで叫んでいた。


 挨拶じゃないと思うんだけどなぁ……。


 そう思いながらも、

 目の前でにこにこ笑っている姉の顔を見ると何も言えない。


「まっいっか!たぶんそうだよ姉ちゃん!」





 あ~……死んだ。


 確実に死んだわ俺。


 意識が戻り、目覚めるまでの僅かな時間。

 俺は思考を巡らせていた。


 まさか飛べないと思わねーよ普通!


 なんのための翼だよ!


 ……いや、まぁ。

 確認しなかった俺が悪いんだけどな。


 我ながらまぬけすぎる。


 誰にも見られてなくてよかったなぁ……。


「それいいね!そうしよう姉ちゃん!」


 あれ?


 誰かの声が聞こえる。


「えぇ、えぇ。

 きっと天使様も喜んでくださいますよ」


 天使……。


 なんで正体知ってんの!?


「早く目、覚まさないかな~天使」


 覗き込まれてる。


 目開けて大丈夫か?これ。


 一瞬躊躇したが、仕方ない。

 諦めて目を開く。


 そこへ───


「あ!起きたよ!姉ちゃん!」


 覗き込んでいたのは少年。


 この世界の主人公、

『ポレフ・レイヴァルヴァン』だった。


 何このデジャヴ。


 小夜子の時もこんな感じだった気がする。


 とりあえず、寝転んだままでは状況がわからない。

 体を起こす。


 目の前にはポレフ。


 その少し奥に女性が一人立っていた。


 その女性は驚くほど綺麗なストレートの銀髪を、

 地面につきそうなほど伸ばしている。


 天使顔負けの美しい顔立ち。


 金色と翠色のオッドアイ。


 そして、るるかばりの笑顔でこちらを見ていた。


 透哩とどっちが綺麗だろう。


 そう思い、思わず見とれてしまう。


 そこへポレフが声をかけてきた。


「天使!天使!」


 視線を戻す。


 ポレフは満面の笑顔で右手を挙げた。


 そして大きく口を開き――


「オレワペンギンカアアアアア!」


 と言った。


 なん……だ……と?


 見られていた。


 思わず涙が出そうになる。


 頭を抱え、首を左右に振る。


 そんな俺にさらに声がかかる。


「天使様、私も」


 顔を上げた瞬間――


「オレワペンギンカアア♪」


 これはいじめなのだろうか。


 だが二人とも満面の笑顔。

 悪意はまったく感じられない。


 とりあえず得意の愛想笑いを浮かべ、

 軽く手を振り返してみた。


「おぉ!通じた!

 オレワペンギンカアアアア!」


 ポレフ・レイヴァルヴァン。


 元気がいいな。


 というか俺はペンギンか言うな!


 どうやら挨拶と勘違いしているらしい。


 見たところ、この世界の住人は天使に悪意は持っていない。


 ならば。


「初めまして。

 俺の名前は川篠定臣といいます。

 もうわかってるみたいだけど天使です」


「うおっ!同じ言葉喋ってる!」


「まぁ、まぁ」


 二人が声を揃えて驚いた。


 う~ん。


 天使の扱いがよくわからないな。


「えっと、普通に会話できるんで」


 そう前置きしてから確認する。


「まず、この世界で天使ってどういうものなのか

 教えてもらえないかな?」


 その言葉を聞くと、

 ポレフの背後にいた女性が歩み出てきた。


 俺の前まで来て一礼する。


「申し遅れました。

 私はエレシ・レイヴァルヴァンと申します。

 そこのポレフの姉でございます」


 あまりに丁寧な挨拶に釣られ、

 思わず俺もお辞儀する。


 エレシは満面の笑顔でポレフの背中を叩いた。


「挨拶なさい」


「俺はポレフ・レイヴァルヴァン!

 ポレフって呼んでいいぜ!」


「ああ、よろしくなポレフ」


 そこで気づく。


「あ~ごめん。名前逆だった。

 サダオミ・カワシノでよろしく」


 今まで経験した世界と細かい部分が色々違う。


 これは覚えることが多そうだ。


 そう覚悟したところで、

 エレシが先ほどの質問に答え始めた。


 話によると、この世界での天使の認識は概ね、俺が元いた世界と変わらないものだった。


 まずは一安心と胸を撫で下ろす。


 天の国にいると言い伝えられている。

 神秘的な存在。


 この辺りはほぼ変わらない。


 『舞い降りた者』に『幸福を訪らせる』


 天使は主人公の夢や願いを叶える。


 うん。

 大方、同じ感じだろう。


 そう思いながらその場で頷く。


 しばらく顎に手を当て、うんうんと頷いていると、

 エレシが何か言いたそうな顔でこちらを見ていることに気づいた。


「えっと、何かな?」


「申し訳ありません、サダオミ・カワシノ様。

 お恥ずかしながら私共は、天使様を実際にこの目でお見受けするのが初めてでして……」


 あぁ、なるほど。


 そりゃ、いきなり天使ですって言われても信用できねーわな。


 どうしたものかと少し考える。


 そして、これなら信じてもらえるだろうと思い至る。


「ポレフ、ちょっといいか?」


「おう!」


 ポレフの了承を得て、俺は天使翼を出現させた。


 もちろん信じてもらうためだ。

 できるだけ格好もつけておく。


 両手を優しく広げ、そっと目を閉じる。


 さすがに忍法どろんどろんじゃ風情がねーしな。


「うお!羽生えた!」


「まぁまぁ」


 二人の驚く声を無視し、そのままポレフを両翼で包み込む。


 そして、不老不死を行使する。


 ポレフの体を、眩い光が一瞬包み込んだ。


「ん、これで信じてもらえるかな?」


 翼を消し、エレシへ視線を向ける。


 しかしエレシは俺などお構いなしといった様子で、

 ポレフを凝視していた。


「ポレフ!」


 呆然としていたポレフだったが、

 エレシの声で我に返る。


「あ、大丈夫だよ姉ちゃん!

 なんか暖かかった!」


「そうですか……。


 それでサダオミ・カワシノ様。

 今のはいったい?」


 ポレフの言葉に安堵の表情を浮かべつつ、

 エレシは不安げに俺へ尋ねてきた。


 不老不死の存在は隠しておこうと決めている。


 ここは、それっぽく聞こえて嘘ではない言葉を選ぶ。


 ポレフ・レイヴァルヴァンは神に選ばれた存在。


 だからこそ神の加護を得られる。


 天使は、その神の加護を代行できる。


 そう説明したあと、俺は付け加えた。


「今のはその加護とやらを行使しただけだよ」


 そう言って締める。


 すると途端にエレシの笑顔が弾けた。


「やはりポレフは……。

 なんと嬉しい事でしょう。

 こんな幸せな事はありません。

 ありがとうございます!

 サダオミ・カワシノ様!」


 深々と頭を下げられる。


 なんというか、いちいち丁寧すぎて肩が凝りそうだ。


「え~と、あのエレシさん?」


「エレシとお呼びくださいませ、サダオミ・カワシノ様」


「わかったよエレシ。

 んじゃ俺の事も定臣でよろしく」


「そんな!滅相もございません!」


「わかったぜ!定臣!」


 ポレフ、元気いいな。


 正直これくらいの方が親しみやすい。


 ぽんぽんと頭を撫でると、ポレフは照れ隠しで頭をぶんぶん振った。


「やめろよ!子供じゃねーんだぞ!」


「いけませんよポレフ」


 エレシが笑顔でたしなめる。


 二人のやり取りを見ていると、

 無性に小夜子に会いたくなってきた。


 本当に仲がいい姉弟なんだな。


 穏やかな笑顔で二人を見ていると、

 ポレフが満面の笑顔で右手を挙げた。


「定臣!

 お前の靴、捨てといてやったからな!」


 やっぱりいじめられてたのか?


 言われて気づく。


 確かに靴がない。


 悪ふざけを戒めてくれ、お姉ちゃん。


 そう思ってエレシへ視線を送る。


「はい♪

 丁重に埋葬してさしあげました♪」


 待て待て待て。


 いくら世界が違うとはいえ、

 他人の靴をいきなり埋葬するとかどうなんだろう。


 この世界では普通なのか?


 俺がなかなか面白い顔で首を傾げていると、

 エレシが慌てて説明を始めた。


「申し訳ありません定臣様!

 光臨されたばかりで、このラナクロアの事をまだ……」


 様とか肩凝る!


 というか光臨って言わないで!


 泣きたくなる!


 ラナクロア……

 この世界の名前らしい。


 エレシの説明を聞き終え、

 俺は頭の中で整理してみる。


 エドラルザ王国。

 城壁。

 魔族。


 レイフキッザの村。

 ライマ山。


 そりゃそうだよな。

 普通に考えて町や山にも名前はある。


 カタカナ覚えるの苦手なんだよなぁ。


 そう口ずさみながら思い出したのは、

 火の国で初めて劉生と共に食料を買い出しに行った時の事だった。





「師匠、今向かってる村ってなんていう名前の村なんですか?」


「知らん。近くの村だ」


 ぇ~……。


「そ、それじゃその隣の村はなんと……」


「隣の村は隣の村だ」


「ぇ~……」


「む?どうした?」


「い、いえ。

 それじゃあ、そこの山は……」


「あの山はあの山だろう」


「わかりました……」


 近くの村。

 隣の村。

 あっちの山。

 その山。


 こんなので大丈夫かと思っていた。


 だが実際、五年近く住んでいて、

 何の問題もなく過ごせてしまった。


 まぁ羅刹に会いに行く時、

 住んでいた場所が超ど田舎だったと発覚したんだけど。


 いやぁ田舎っていいね!





 師匠元気かなぁ。


 そんなことを思いながら軽く笑みを浮かべ、

 教えられた内容をさらに整理していく。


 エドラルザ王国は世界統一国家。


 すべての人類が属している。


 人類は魔族に日々脅かされながら生きている。


 その魔族から人々を守るために、

 絶対防壁『エドラルザの城壁』を完成させた。


 城壁の内側には平和が約束される。


 エドラルザは完成した城壁を、

 城から少しずつ広げていった。


 囲まれた土地と、まだ囲まれていない土地。


 当然、城壁の外側には常に死が身近にある。


 同じ国に属しながらも、

 明確に分かれた生と死。


 当然、不満は出る。


 それを解消するために、

 国の法律で城壁外の特産品には魔法の行使が禁止されている。


 エレシはそう言った。


 さらに特産品は、その村や町以外の物の使用が固く禁じられている。


 何を言っているのかわからない、という顔をしていた俺に、

 エレシは微笑みながら続けた。


「要するにこういう事です」


 そう言ってエレシが手をかざす。


 すると、俺の衣服が綺麗に修復された。


「これが魔法……?」


「はい♪


 回復魔法の一種で、

 物体の耐久力を人の生命力に置き換えて回復させるものです」


 衣服の町『ルッセブルフ』は、数年前に城壁に囲まれた。

 そのため魔法の行使が解禁されたのだという。


 物体の耐久力を回復できるなら、買い換える必要がない。


 それを禁止することで、買い換える必要性を作っている。


 さらに、特産品として作られたもの以外の使用を禁止することで、

 城壁の外側の利益を確保しているのだという。


 要するに――。


 金稼ぎしやすくしてやるから、

 城壁が届くまでお前ら我慢しろ。


 ってことか。


「なるほどな……。

 それじゃ靴は城壁の外の特産品なんだ?」


「はい♪

 レイフキッザの特産品です」


「ちなみに特産地以外のを使うと罰則とかあるの?」


「死刑です♪」


「埋葬していただいてありがとうございました!」





 埋葬された天界産(?)の靴の代わりに、

 エレシが靴を作ってくれるという。


 採寸してもらうことになった。


 採寸が終わると、エレシはすぐ作業に取りかかる。


 家の脇に構えている工房へ向かっていった。


 エレシを見送り、家の中に残されたのは俺とポレフの二人。


 会話が始まる。


 まずは、と俺は聞いた。


 レイフキッザの住人なら誰でも靴を作れるのか。


 するとポレフが誇らしげに答えた。


「そんなわけねーじゃん!

 特産品作れるのはマイスターだけだぜ!


 姉ちゃんはすげ~んだぞ!」


 マイスターとは、特産品製作資格免許の所持者のことらしい。


 資格は国家資格。


 非常に厳しい試験を通過する必要があるという。


 ちなみに資格所持者は特産品を製作できる。


 だが完成した特産品を、そのまま一般人に販売することはできない。


 では特産品はどうやって手に入れるのか。


 それには、それ専用の職業がある。


 エドラルザ王国の三大国家資格。


 特産品を作る『マイスター』


 それを購入し、運ぶことを許された『ポーター』


 そして運び屋から購入し販売する『マーケッター』


 その中でも、マイスター資格は群を抜いて取得が難しいらしい。


「へぇ~。エレシすげ~んだなぁ」


 俺がそう言うと、ポレフは満面の笑顔で大きく頷いた。


 本当に姉ちゃん好きなんだな。


 ちなみに作られた特産品を、

 指定された町や村の中で売る分には資格はいらない。


 現地の販売者なら誰でも可能らしい。


 そのためマイスターの作品は、

 店を構える者とポーターの間でいつも競りが行われている。


 特産地でしか買えない。


 さらに競り負けると、

 数割増しで現地販売者から買わなければならない。


 それでポーターに旨みがあるのだろうか。


 ポーターは他の地の特産品も持っている。


 城壁の外とはいえ、

 他の地の特産品を手に入れるには、

 マーケッター資格を持ちポーターから買うしかない。


 そのためポーターと現地マーケッターは、

 あらかじめ会議を行い相場を決める。


 その上で現地マーケッターが無資格販売者と競り価格の交渉を行う。


 もしこの交渉が決裂すれば、

 他の地の特産品価格が軒並み高騰する。


「うまくできてるんだなぁ。

 でも他所の特産品を買ってきて転売するのって、

 資格なくても黙ってりゃわからないんじゃないのか?」


 そこで力を発揮するのが『魔法』らしい。


 マイスター資格の取得難易度が高い理由。


 それは製作技術だけではない。


 完成直後に行使が義務づけられている

 契約魔法の取得が難しいからだという。


「魔法はいろいろ種類があるのはわかったけどさ。

 魔法見るの初めてだから、

 いまいちピンとこないなぁ」


 マイスターが契約魔法を作品にかけると、

 魔術刻印が浮かび上がるのだそうだ。


 契約魔法を行使した作品は、

 正規ルートで販売されなかった場合、

 その場で消滅するらしい。


 契約魔法をマーケッター販売用に書き換えるポーター。


 その書き換えた魔法を一般人用に書き換えるマーケッター。


 さらにマイスターの契約魔法を

 直接一般人用に書き換えられる現地の無資格販売者。


 ちなみに無資格販売者の魔法は、

 その作品の作者であるマイスター立会いのもと、

 専用魔法を使わないと効果が出ない。


 無資格とはいえ、

 その魔法を最低限使えないと店を構えられないという。


「じゃマイスターと無資格販売者が組んで、

 特産地外で作れば儲け放題じゃないのか?」


「定臣お前、天使のくせにせこい事考えるんだな~」


 せこいって言われた。


 マイスターが特産地外で製作することは禁止されている。


 マイスターは誇り高い職業。


 その誇りのもとに絶対に不正などしない。


 そう前置きしたあと、ポレフは言った。


「もし違反したら即死刑だぞ!」


 エドラルザ王国、

 なかなか物騒な国だな。


 とりあえず特産品の仕組みは理解できた。


「ん?


 そういやさっき服を魔法で直してくれたけど、

 あれはよかったのか?」


「服のルッセブルフは城壁の内側だろおおお!」


 いや、だろおおおと言われても困る。


 城壁に囲まれた土地の特産品は

 指定解除される。


 誰でも作っていいし、魔法も使えるらしい。


 ラナクロアの常識。


 俺にはハードル高いな。


 少しずつ覚えていくしかない。


 そう頷いていると声がかかった。


「定臣様、完成しましたので一度、お履きになってください」


 エレシが戻ってきた。


 手には一対の靴。


 濃い木目の上に、

 綺麗な翼が彫り込まれている。


 この短時間で作ったのか。


 驚きながら履いてみる。


 なにこの靴?


 足に吸い付くようにフィットする。


 しかも木製とは思えないほど軽い。


「すげ~だろ!

 これがマイスターの仕事だぜ!」


 ポレフが誇らしげに鼻をこすった。


 俺は頷き、改めてエレシに礼を言う。


「ありがとうエレシ!


 これすげ~いいよ!」


「気に入っていただけてよかったです♪

 それでは契約魔法をかけますのでこちらへ」


 エレシが靴を受け取る。


 手をかざす。


 眩い光が靴を包み込んだ。


 すると中央に大きな文字が浮かび上がる。


 ロゴみたいだな。


 そう思って見ていると、エレシが説明した。


「この刻印はマイスターによって

 それぞれ違うものが浮かび上がるのです」


 ロゴだった。


 エレシ作は特に人気が高いらしい。


 かなりの値段がつくとポレフが自慢げに言う。


 ブランド物か。


 そんな高価な物をもらっていいのか。


 そう思いながら受け取ろうとすると――


 すっと離された。


 一瞬、変な顔になる。


 慌ててエレシが説明する。


「契約魔法を行使した後は

 正規ルートを経由した後でないとお渡しできません。


 そうしないと消滅してしまいますので」


 そういえばさっき聞いたな。


 エレシは言った。


 今からレイフキッザの村へ行き、

 お得意様に受け渡し用の魔法をもらってくると。


 そう告げて家を出ていった。


 自作できても正規ルートを踏まないと

 他人に渡せない。


 なかなか不便な仕組みだ。


 そう思いながらも――


 俺は、会って間もない自分のために

 その手間を惜しまず引き受けてくれたエレシの背中を、

 感謝しながら見送るのだった。

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